三流退魔士の俺が名門退魔士一族の落ちこぼれお嬢様に『君が欲しい』と言われたんだが 作:ケツアゴ
人ならざる怪物の巣窟である領域、非日常的で非常識なその場所では多くの妖魔が集い蠢く。
最早外の世界、人間社会とは物理的な面以外でも隔絶された空間にて……。
『撤回と謝罪を要求しますっ!!』
今日もまた、ブラック労働に勤しむ社畜妖魔の影女は悲痛な叫び声を響かせる。
何処かの誰かが今この瞬間に心外で憤慨物の評価を下した事を彼女自身にも分からない理由で察したのか存在の有無さえ定かでない胃袋をキリキリと痛ませ、瞳が有れば血涙を、口が有れば噛み締めた唇から血を流しそうな勢いの絶叫を前にして周囲の反応は様々だ。
共食いさえ厭わない妖魔の巣窟にて運良く身を長らえている者達は慣れた様子で見て見ぬ振りを決め込み、一部の精神が発達し情緒豊かな者は同情の念こそ向けるものの巻き添えや八つ当たりを恐れて立ち去るばかり。
残るは困惑する新顔だけで、此方も別の意味で関わりたくないのだろうが、突然意味不明に叫ばれたら大抵の者はこの反応で間違い無い。
世話を焼こうとする奇特な性質の持ち主なら既に食われるか外の世界で倒されるのが大抵なのだから、残るのがどの様な者なのかお察しである。
結果、実は嫌われている社畜上司に近寄る存在は皆無となるのも当然だ。
渡る世間に鬼はなし、とは人間の世界の話だったのだと示す光景だが、そもそも鬼とは正体不明の恐ろしい存在の意味も有しており、鬼だらけの世界ならば今の光景もさもありなん、我が身優先は人に限った話ではないのだ。
そもそも妖魔の性質を抜きにしても影女はストレスからの過食に走りがちで、手頃な場所の手軽に摘める物といえば位の低い妖魔なので当然ではあるが。
誰が自分から機嫌の悪い状態で情緒不安定な捕食者に近づくと言うのだ。
よほどの馬鹿か、自殺志願者でもなければ居るわけないだろう、そんな奴。
「えっと、どうしたんですか?」
そんな中でも唯一困惑しながらも声を掛ける者が一人。
死んだ目をしている以外は栄養失調気味の発育不良で虐待を受けている疑い他の身体的特徴が無い人間の……そう、妖魔ではなく、本来ならば骨身を齧られ血の最後の一滴すら啜られるであろうか弱い存在の少女……爪紅百舌の姿が其処に在った。
『おや、百舌ちゃんじゃないですか。今日は塾だと言っていませんでしたか?』
「大丈夫。この前見付けたようせさんを虐める酷い男に痴漢冤罪を被せてやったの。ショックを受けたって部屋に篭った後で抜け出したから」
『ああ! あの中学生に痴漢した男が刃物を持っていたとSNSで広まっていましたが、百舌ちゃんのお陰でしたか』
「う、うん。酷い奴なんてどんな目に遭っても良いから。それにお友達の役に立ちたくって、これを……」
彼女の現状を例えるならばライオンの前で足を挫いて転んだシマウマ、もしくは養鰻場に放り込まれた麩、逃亡も抵抗も無意味。
それでも襲われていないのは招かれて訪れた存在だからだろうが、素人の手による物なのか化膿したらしき痛々しい注射痕の残る瓶、血の詰まったそれを見た途端に周囲の妖魔が色目気だった。
今までは遠巻きに見つめるか歩む速度を落として観察する程度だったのだが、目は血走り口からは涎が溢れ出して執拗に鼻を動かして漂う血臭を肺の中に取り込む。
人外共の顔に浮かぶのは至福の表情、人とも獣とも全く別物の無機質な造りの物でさえ見慣れぬ者にすら判別出来る程で、知能の低い妖魔には到底耐えられる物ではなかった。
数体が走り出し、連帯責任は御免だとばかりに周囲の妖魔に取り押さえられ、息絶える迄袋叩きにされている。
そんな中、一体の妖魔は堪え切れない状態ながらも少しだけ動きが違った。
それは赤黒い体色をした大ミミズ、樹齢百年を越す大樹の幹に匹敵する胴回りと、それだけの物を持っていながらも遠目に見れば割合的に違和感を覚えない全長。
それが自分が何かをすれば即座に動くであろう同胞から遠く離れた所で地中に潜る。
振動も臭いも音も一切感じさせずに大ミミズは地面を掘り進み、狙ってはならぬ獲物へと迫って行った。
真下まで来たならば、周囲の地面ごと飲み込んででも百舌を胃袋に納め、全てを自らの血肉にせんと本能に突き動かされるままに突き進み、そのまま地中貫き上から迫る影の刃によって体中に穴を開けられる。
それでも身を捩って抜け出そうとするも刃先に返しが付いているのか抜ける気配は無く、遅れて迫る刃によって絶命した。
『定期的に見せしめの制裁はしているというのに、流石は太歳の……』
「たいさい?」
『いえ、言い間違えただけですよ百舌ちゃん、持つべきものは友ですね。これで危ない目に遭う仲間を救える事でしょう』
百舌の影を経由して伸ばした体を元に戻しながら影女は百舌の頭に手を置く。
手が触れる寸前に百舌の表情が強張るも、撫でられた時の表情は嬉しそうであり、頭に手が近付いた時に見せた誰かへの恐怖は何処かに消え去っていた。
「へへ、えへへへ。喜んで貰えたら嬉しい……です」
瓶を眺める影女の声には喜色が混じり、百舌も嬉しそうに小さな笑みを浮かべた後で何かを言いたそうにしたが途中で止めて、影女も気が付かない事にしている。
「それで急に叫んでたのは例の糞上司のせいですか?」
百舌は百舌で反応を見て見ぬ振りされた事などに気が付く様子も一切見せず、自分に対して友人の様に接してくれる相手の奇行に思い当たりがある様子だが、心配する彼女を他所に影女は動きを止めてその場で硬直、何せ今いる場所が普段から糞上司だのと陰口を言っている糞上司の本拠地だ。
『な、何の事でしょう……』
世間という物を十分理解していない子供だからこその失言、上司への愚痴を上司の耳の届く所で暴露されたのだから、影女としては堪ったものじゃない。
正義感とか正論とか真実だけで世の中丸く収まり上手く行くのなら妖魔の数はもっと少ないんだよ! と妖魔を妖精の類と信じている、信じさせられている少女には言える訳がないのだし、だから何とか言い包めようとしたら、百舌の頭にポフリと軽い何かが乗って、見れば頭の上で棒無しリンボーダンスをするパンダの姿。
『喋るパンダのQ &A!』
『いえ、結構です』
見えるけれど目は無くて、だから瞬きで視界が一瞬でも途切れる筈が無い影女でも何時の間に乗ったのかは不明。
意識は外した、しかし視線は外してはいなかったのに見逃した。
『前回のお話で最後に影ちゃんとしては不服な評価をされたのさ。……でもさあ、君があの場所の会話を知る由もないんだし、メタ発言は程々にしないと駄目だよ?』
『貴女にだけは言われて堪るかぁああっ!!!』
だがっ! ボケだけは見逃さないっ! 何故なら影女はツッコミだから!
腰の回転を加えた渾身の右フック、常日頃の鬱憤と恨みと哀愁と過労とその他諸々を乗せた影女の拳はアンノウンの脇腹をモロに捉えて小さな体を遥か彼方、地平線の向こうにまで吹っ飛ばす。
『流石は影ちゃん。打てば響く君を側近にして正解だったよ!』
だが、残念。何事も無く右側の地平線の向こうから普通に飛んで来て百舌の頭の上に再び収まる。
影女は心労が100溜まった。糞上司のお気に入りポイントが50上がった。
『もう嫌だぁあああ!』
尚、労働基準法は適用されないので退職の自由は皆無である。
妖魔の社会は大変だ。
頑張れ影女! 負けるな影女!
『所で百舌ちゃんは有難うね。これで……影ちゃん、あの玉って何って名前だっけ? 煙々羅に使った奴。暗黒パンダ水晶?』
『いや、忘れたんですか?』
『作者も忘れたんだよ? 僕が覚えてる訳ないじゃん』
『メタ発言もいい加減にしないと怒りますよ!?』
君が諦めたらツッコミ不在になってしまう!
「作…者……? それにメタ発言って何だろう……?」
だって他の誰にも無理だから。
故に終わらない。影女の苦労は今後も続く。その存在が消えてなくなるその日まで。
特別な力を持って生まれたのなら、その力を振るうか否かの選択をする義務が有ります。少なくても私はそう教わりましたし、力を振るう道を選んだなら背負うべき義務と責任も学びました。
それは霊力を使って戦える人の中でも特殊であり、自身の感情のコントロールを常人よりも留意しなければならない妖精使いなら尚の事。
人を守り、自然を守り、両方の調和を保つ為に尽力する、それが私が力を持って生まれた意味なのですから。
「既に他の支部との連携により二体の妖魔が街にやって来る日と侵入経路の予想は出ています。問題は犠牲者の共通点の割り出しですが、其方はプロファイリングの最中でしてお待ち下さい」
説明を聞きながら資料を手にした私の目が止まったのは予測される妖魔について、本来なら類似した特徴を持つ相手を従属させる場合を除いて手を組むなんて殆ど例が無いにも関わらず今回は手を組んでいる可能性が高いそうですが……。
中位妖魔・テケテケ、都市伝説から生まれたらしい妖魔らしいのですが、少し……いえ、本当に厄介な性質を持っている妖魔。
その性質からして今直ぐにでも倒さなければならない相手であり、同時に倒したくない、救いたいと思ってしまう相手。
「噂を聞いた相手の夢の中に現れる、ですか」
「そーだよ星! 正確には夢の中に領域を作り出して内部にワープするみたいだから手出し出来ない夢の中以外で叩くのが鉄板らしいよ、ガール」
あっ、次のページに書いている。所で語尾に付けた”星”って何でしょうか?
補足された内容を資料と照らし合わせながら読み進めればテケテケに関する情報が幾つも。
どうやら過去に討伐した際の記録が残っているらしくって、個人の性格が出るからか行動パターンや戦い方こそ違うけれど大まかなスペックや能力、都市伝説で伝わる”逃げる時は曲がり角に逃げ込め”という弱点に引っ張られる事。
そうですか、何度も……何人も倒して来たんですね。
突き付けられた現実が私を打ちのめす。自分に理想をさっさと叶える力が無いせいでこうなっているのだと無数のテケテケが私を責め立てる。
気が付けば拳を強く握り込んで、手に持っていた資料がクシャクシャになっていた。
「あっ! えっと、ごめんなさい……」
何をやってるんだろう、私……。
慌てて資料のシワを伸ばすけれど、色々な意味で恥ずかしくって居たたまれなかった。
だって、この無力感は傲慢な考えだって私が一番分かっているから。
声も手も届かず、今危ない目に遭っている事すら知らない相手を守ろうなんて到底無理な話で、それを少しでも減らす為に今の活動を続けて……今の活動を……あれ?
さっき補足してくれた変な語尾の少し派手な女の人、何処かで見た気が……。
「続いてですが殆ど報告例が無いのですが、名前と特徴は分かっています」
あっ、いけない! 集中集中!
後一歩の所まで来て思い出せない彼女についてに傾いていた思考を会議の方に戻してクシャクシャの資料の方に目をやれば遭遇した人の証言から描いたらしい妖魔の絵と説明、テケテケに比べれば随分と少ない。
下位妖魔・
「顔を食べる事で相手に変身するとか面倒だね。まあ、記憶を読むまでは出来ないだけ良いとしたいけれど、戦えない人を補助に連れて行くのは避けた方が良さそうだね」
資料を片手に気怠そうな伊弉諾さんに視線を向けますが、喉の奥から込み上げる言葉は何とか抑えられました。
既に犠牲者が出ているにも関わらず真剣実が足りない態度に妖精使いと退魔士の在り方の違いが出ていて、思わず非難したくなりますが今は感情を抑える時ですから。
「おいおい、妖精が落ち着かない様子だね、お嬢ちゃん。おじさん、妖精の暴走から身を守るのは骨が折れそうだし落ち着いて欲しいなあ」
「はい……」
裏飯さんは優しく窘めてくれたけれど、本当に自分が情けない。
誰かを助ける事を優先する妖精使いと妖魔退治優先の退魔士の考えの違いは分かっていた筈なのに、頭で分かっているだけで、いざ目にすれば感情を高ぶらせてしまったのだから。
私の憤慨に反応して膨れ上がっていた妖精さん達は今は萎んで周囲を浮遊するだけ、その事に安堵しつつ面食いの資料に再び目を向けるのですが、どうなるのでしょうね。
人材の不足、情報の秘匿の観点、それらの理屈を理解してはいるものの納得は出来ていませんから、今までの他の支部と同様に下位妖魔の事は深刻な状況まで後回しにするのだろうという諦めの念が……。
「では、テケテケと同時に面食いの退治も目指すとして……実は緊急性は低い案件ですが下位妖魔の情報が入っていまして……幽霊屋敷の対処もお願い出来ますか?」
あれ?
敵幹部の総称アンケート 枠埋めは募集掛けるかも 今のところ三体は埋まってる 但し死従者死地士と五凶星の場合は一名入らず
-
五凶星 ごきょうせい
-
悪六烈 おむれつ
-
七福塵 しちふくじん
-
四従死地士 しじゅうしちし