三流退魔士の俺が名門退魔士一族の落ちこぼれお嬢様に『君が欲しい』と言われたんだが 作:ケツアゴ
「っ! ……はぁ」
覚めない悪夢、いや、この場合は終わらない悪夢って言った方が正しいのか。
毎日見続け、結末が少しずつ引き伸ばされて行く悪夢は昨夜も訪れて、今回はノコギリの刃を数度引かれる所まで。
「夢の中が実際に痛みなんて無かったら良かったのにさ……」
全身を濡らす冷や汗が気持ち悪いけれど、それ以上に僕を悩ますのは夢痛。
夢の中で刃が食い込んで皮膚と肉が引き裂かれた時の激痛、それが何となく残っている様な違和感。
落ちる夢を見て起きた時に残っているドキドキや落下感に近いけれど、それなら車の横転の時点で目を覚ましたって良いんじゃないのかい?
「オカルトは好きだけれど、味わうのは恐怖だけで十分なのに嫌な夢だなあ。呪われる場所に行くのはスリル目的であって破滅目的じゃ……」
「佳奈様、そろそろ起きませんと遅刻しますよ」
「げっ!」
本当にオバケが存在して、それから人を守る人達が居たならご立腹であろう文句を呟いているとノックの音とメイドの声が聞こえて来る。
しまった、今朝は早起きして執筆に時間を使う予定だったのに、と学生兼美少女ベストセラー作家の大変さを噛み締めながらベッドから起き上がる時に出したのが今の声、目覚まし時計に表示された時刻とシーツを湿らせる寝汗以外の……モニョモニョが理由だよ。
「泌尿器科に相談しないとな。本来なら成長と共にしなくなる物だし……」
高校生としては恥ずかしい事だけれど、今は悪夢に関しての事の方が僕にとって重要なんだ。
だってだよ、毎日の様に恐ろしい夢を見て、それが徐々に先に進むだなんてホラー作品みたいじゃないか。
「“ダークサイドの少女”のネタになってくれるのは有り難いんだけれど、流石にそろそろ精神的にキツイかな?」
僕みたいな作家にとって人生の中で発生する経験は全て素晴らしい作品の材料なり得る、故に追い込まれてる今であっても悪夢を歓迎してさえいるんだ。
「佳奈様、入りますよー」
だから今悩むべきは入って来たメイドについて。
この歳でやらかした失敗について、僕の友人が相手だからって恥ずかしい秘密をペラペラ喋るタイプの焼き蛤。
実際、初対面が最悪だった筈の大和さんと交流を深めた後は僕の秘密を話していやがったんだ。
「ちょっと待ってくれるかい? 人には見せられない状態なんだ」
桂花になら良いとして、一応異性の大和さんにまで気軽に話をされたら堪らない。
別に僕の葬儀で笑い話に使われるなら諦めるけれど、今の僕には耐えられそうにないんだよ、精神衛生的に。
だから解決しよう、速攻で解決しよう。
「私は別に気にしませんが、五分だけお待ちしますね。あまり遅刻が多いと私は旦那様から叱られてしまい、お給料だって減らされてしまいます」
「僕が補填するさ。だからちょっと待って」
でも解決するにして一体どうするのか、推理小説の犯人じゃあるまいし突発的な出来事に対して隠蔽するトリックなんて思い浮かばない。
「え? いや、確定申告とかありますし、その辺全部やって貰いたいから正規の手続きで支給された方が良いです。だから年収が同じなら減給されない方が助かるんですよね」
ってな訳で入りまーす、と仮にも雇い主の一人娘を相手にすると思えない態度だけれど、彼女は彼女で僕が幼稚園児の頃から屋敷に住んでいるから付き合いは長い、姉みたいな所がある。
「ちょっとっ!?」
「BL漫画でも隠してます? じゃあ、十秒だけ待ちますよ。でも、本当に私は気にしませんから」
『君も持ってるしね!』
そんな彼女には中途半端な誤魔化しなんか通じるわけもなく、ドアは無情にも開いて行くと思ったが、まさかの誤解で僅かな猶予、絶対的に足りないけれど。
万事休すかと思われ、思わず後ずさった僕の指に触れたのは水差し、悪夢は朝まで目覚めないので中身が半分以上残ってる。
これだ!
僕は水差しに手を伸ばし、そのままベッドに倒れ込んだ。
『因みにベッドの下にメイドとお嬢様のGL物(R18)を隠したよ。目立つホコリをベッドの周囲に散りばめてね』
にしてもBL物って発想が直ぐに浮かぶだなんて、案外持っていたりして。僕? 書いてる内容じゃちょっと参考にならないと思うし、興味無いな。
「しかし寝惚けて水差しに手を伸ばしたら手を滑らすだなんて、僕とした事がとんだ失敗だよ」
「ベッドも寝巻きもびしょ濡れでしたものね。まあ、寒い時期だと温かいお茶が入った湯呑みの場合もありましたし、温かい時期で良かったですよ」
送迎の車の中、僕は偽装工作が見抜かれていない事に安堵していた。
目の前では車を運転するメイド、”日ノ下アンナ“のツインテールが喜ぶ犬の尻尾みたいに揺れている。
あのツインテールもどうなっているのかオカルト級なんだけれど何故かアンナの機嫌に反応して動くんだよね。
「所でベッドの周囲が汚れてたし掃除は頼むよ?」
「言うほどですか? 昨日の夕方に掃除したばかりなのにどうしたんでしょう?」
今度は元気無く垂れ下がるツインテール。機嫌が良い時と悪い時で揺れる方向が違うのまで犬だし、本当にどうなっているのやら。
「佳奈様、最近夢見が悪い様ですし、カウンセラーを用意しましたよ」
「なんだ、見抜かれてたのか」
バックミラーに映るのは少し渋い表情を浮かべる自分、そしてニコニコしたメイドの顔だ。
隠せていると思ったんだけれど、少し見通しが甘かったみたいだね。
「ふふふ、佳奈様の事なら全部お見通しですよ」
自分では隠せている積りだったのに、これはちょっとしてやられた気分だ。
カウンセラーの手配も終わらせているだなんて……あれ?
少し視界が揺れて、それと込み上げて来たのは……。
「急に眠く……ふわぁ」
悪夢のせいで精神的に疲れているのは分かっていた。隈が出ていない内からアンナに見抜かれたのはビックリだけれど、それは今の状態はそれ程深刻じゃないって事も表している。
だって睡眠不足の症状は出ちゃいないし、眠らないにしても瞼を閉じて横になれば少しはマシになるんだ。
お肌の天敵とはいっても作家には徹夜が付き物なのさ、だから急に眠気に襲われるのは少し妙だ。
「佳奈様? 欠伸は可愛らしいので隠しカメラに保存しておくとして、学校まで三分もありませんよ?」
「それが妙…に……」
こんな睡魔なんて記憶の範疇で存在しないけれど、それを深く考えられる程の余裕もない。兎に角眠くて眠くて堪らない。あまりにも不自然な程に。
思考が定まらない、意識が途切れ途切れになって視界がボヤけて瞼が徹夜を続けた時以上に重く感じた。
アンナとの会話で気を緩めた? 車の揺れと温度が心地良いから?
そんな理由に辿り着けない程に眠気が酷く、今寝ても直ぐに起きる必要が有るのに抗えない。
桂花は部室の掃除の為に早く出たけれど、これは謝る時間も無さそう…だ……。
「到着したら起こしますが、今は手元に水差しは有りませんよ? なーんちゃって」
これから見るであろう見飽きた悪夢、普段のパターンからして今回こそ刃が骨に当たる感覚を味わうんじゃないかと思いつつも抗う事が出来ず、僕は微睡みの中に沈んで行く。
車の揺れもアンナの声も遠くなり、暗く冷たい水の底にまでゆっくりと沈む感覚。
『バレたくない事がバレてる悪夢は目の前に有るけれどね』
ああ、頼むからテケテケに捕まる前にアンナが起こしてくれたら助かるんだけれどね。
沈む沈む、沈み続ける。口から気泡が出て水面へと向かう音と感覚、全身を包む冷たい水、やがて僕の体は水底にたどり着いて閉じた瞼を貫く暖かい光を感じて瞼を開けば、目の前の光景はここ数日の悪夢と同じく車の中で真っ暗な街中……じゃない。
太陽が天高くアスファルトを照らし、蝉が五月蝿い程に鳴き続ける街の中、普段眺める風景とは少し違って懐かしい。
「明晰夢、されど最近の悪夢に非らず。続いた悪夢が終わった……と考えるのは早計か」
夢には意味が在る、だから続けて悪夢を見るのは何かしらの理由があっての事だろうし、それが明晰夢以外は全くの別物?
おいおい、だったら続く悪夢は何だったんだって話じゃないか。
自分の手に視線をやれば小さくてプニプニした幼子の物、履いてる靴は小さい頃に気に入っていたアニメキャラの絵柄で、小さなポシェットの中にはチャチな作りの鏡、裏には靴と同じく魔法少女の絵が描かれている。
当然、鏡に映ったのは幼い頃の僕の顔。
「……懐かしいな」
都市開発や何やらで随分と変わってしまった街並みの変わる前の姿、所々の看板がボヤけて見えるのは幼い頃の記憶だからかな?
記憶は消えない、思い出すのが大変なだけだ。
帽子を深く被り直し、それでも暑いから日陰を求めて路地裏に。
気分まで幼い頃に戻ったみたいで、普段は通らない場所に向かうだけでドキドキして来たよ。
さてさて、僕の夢の中では路地裏はどんな風になって……早速違った。
木造の塀と塀の間を通っていたのに、曲り角の先はコンクリート製のビルとビルの間、ちょっと戻って曲がり角から覗き込めば元来た道なのに、まるでゲームのマップ移動の設定を間違えたみたいだ。
因みに少し寒い、雪まで降っていて曇り空、曲がり角の向こうは夏の快晴なのにさ。
「ああ、でも強く印象に残っていたから此処に繋がったのかもね」
目の前には雪が上に少し積もった状態で動かない女の子、遠目にも虐待を疑わせる痣とかボロボロで汚い服とか。
目の前の光景は深く刻まれた遠い日の記憶、お金持ちの家の子だからと遊ぶ約束を破られて仲間に入れて貰えず、だからって家に連絡するのも嫌だったからと普段は車の中から見るだけだった街を探検してみようと好奇心を出して、その先でアンナと出会ったんだ。
「そうそう。この後で慌てて家の人を呼んだんだけれど、仲間外れにされたのがバレちゃったんだっけ」
桂花と出会ったのはもう少し後の事、この時の孤独も執筆の糧になるから良いとして、それでも幼い頃は寂しいのは辛かったなあ。
この出会いが切っ掛けでアンナは僕の家に住み込みで働いている家政婦の養子になって、嫌な思い出と一緒に持ってる物なんて全部捨てて……
「あれ? あんなボロボロのヌイグルミなんて持っていたっけ?」
僕には刺激が強いからってアンナに何があったか当時は教えられていないし、何なら今も本人は笑って誤魔化す。
当時の僕はちょっと気になって持ち物を調べたから覚えているんだけれど、確かにヌイグルミなんか持っちゃいない。
いや、夢の中だし多少の違いは良いんだよ。これでタイムトラベルだとしたら差異が大きく関わって来るんだろうけれど、とどうでも良いと切り捨てて、夢の中だろうとアンナを見捨てられずに僕は幼い頃と同様に近付いた。
「最近は化け物だらけだった……それはそれで最高なんだけれど、今はアンナの顔を見せて貰うよ。いい加減起こされるかも知れないし」
確か国を起こす夢を見たけれど、起きたら料理が出来る程の時間も経っていなかったとかの熟語が……一炊の夢、だっけ? それはあっても中途半端に終わるのはモヤモヤしてしまいそうだ。
折角の悪夢以外の夢だし、楽しませて貰おうっと。
「化け物? 佳奈様ったらオバケの夢を見たんですか?」
「おや? こっちは記憶と違うのか」
様子を見ようと肩に指先で触れた時、普段から聞き慣れたアンナの声が聞こえたよ。
髪型だけじゃなくって声変わりも殆どしていない子供っぽい声だけれど、年齢一桁の時から成人済みと同じ声な訳じゃない。
眠る前に聞いたからか、今まさに起こす為に声が掛けられているのかは分からないけれど、正直ちょっと残念だ。
でも、僕を心配している様子の声だし贅沢は言えないか。
「ああ、ちょっと不気味な奴でさ。顔面に巨大な口がある奴だったんだ」
あっ、下手したら夢の中でも水差しについて弄られるんじゃ?
その場合はどうせ夢の中だし、普段は弱みを知られている関係で出せない手を出してみるのも悪くない。
返答をしつつ考えるのは普段の仕返しの方法。
口を左右から引っ張るか拳で頭を挟んでグリグリするか、ちょっと楽しみにさえなって来た。
『そうなんですか。もしかして化け物って……』
夢には意味がある。悪夢が続くのなら原因があり、僕はその原因を解明も解決もしちゃいない。
何より、この問答なんて定番中の定番だなんてどうして気が付いていなかったのか、後から考えれば最近の夢と同様に忘れてしまっていたのかもね。
『こんな顔じゃありませんか?』
頭を上げて向けたアンナの顔には巨大な口だけが在って、僕の顔を毒々しい色の舌が舐める。
『重箱お化けやのっぺらぼう!』
『いた、いた、いたいたいたいた……だきまぁぁぁす!』
目の前に闇が迫り、肉が千切れる音が耳に届いた……。
パンダが隠れていました
敵幹部の総称アンケート 枠埋めは募集掛けるかも 今のところ三体は埋まってる 但し死従者死地士と五凶星の場合は一名入らず
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