三流退魔士の俺が名門退魔士一族の落ちこぼれお嬢様に『君が欲しい』と言われたんだが 作:ケツアゴ
シュモクザメ、ホオジロザメ、ジンベイザメと一纏めに鮫と分類しても多岐に渡る様に妖魔も同じ存在の様で別物が存在している。
お萩とぼた餅ならあんこの種類や季節だが、呼び名が違えば性質も違う。
例えばターボババア、若しくは百キロババア、はたまたジェットババアと高速で走って車を追い抜く老婆の都市伝説があるが、追い抜くだけという説や追い抜かれたら殺されるという説など多岐に渡るが、そういった話から生まれる妖魔の場合は危険度によって名称が変えられる。
まあ、本人が『自分は○○だ!』と語る知能や自覚を持っているのは一定以上の存在だけで、基本的には本能として人を襲うかエピソードに準じた行為に及ぶだけであり、それがアイデンティティーだ。
だから病人の足元に立つ死神は例の呪文で追い払えるし、枕元に立っていても正月なら唱えた者が代わりに呪われて死ぬ事もない。何なら原典の国に行けば一度だけは回避可能。
要するに妖魔にとって誕生に関わる伝承の類いは能力の大元であり力の根源であり……枷だ。
『ヒケケケケケケケケ!!』
この日、市街地から少し離れた一車線の道路を走る車の後方に老婆が湧いて出た。バックミラーに豆粒程度に映り込む距離と大きさで少しばかり古めかしい服装と髪型をした白髪頭で腰の曲がった老婆は本当に地面から滲み出る様に現れ、狂気の籠った目と笑いで前方遥か遠くの車を見据える。
他に車が居ないからか制限速度を少しばかりオーバーして走る黒い軽自動車のバックミラーから老婆の姿が消え去ってから三秒、その押せば転んで折れそうな体は一気に風を切った。
時速十キロ、二十キロ、三十キロ、老婆は段階的に速度を増して車へと迫る。未だ運転手は気が付いていないが、バックミラーに映る姿が加速度的に大きくなっていくのを知覚するのにそれ程間は開かないだろう。
送り提灯と呼ばれる怪異が記録にある。闇夜の中、不意に背後に現れる提灯の光を警戒して足を早めても置き去りに出来ない、という物だ。この妖魔も同じく車の速度を上げても逃げられない。老婆が速く走るから車を追い越せるのではなく、気が付いた者の車を追い越せる速度に達するのがターボババア達が持つ能力だ。
笑い声を上げて迫り来る老婆に運転手が気が付く迄に掛かる時間は残り五秒。声が微かに聞こえ、車に迫る姿に気が付いて何となく意識を向けるとそれが老婆だと理解する。
恐怖からアクセルを踏み込んで速度を上げるも老婆も同じく速度を上げて、徐々に近付く事で声も大きくなって行く。真後ろに迫り、並走し、抜き去る瞬間に視線が重なる事の結末は老婆が何かによって変わるが、都市伝説の存在に遭遇した精神状態で危険な速度で運転しているのだ。
ならば抜き去るだけであっても事故が起きる可能性が大きいのは仕方が無い。
声が僅かに運転手の耳へと届き、バックミラーに映る姿に気が付くまで5、4、3、2……。
「ヒケケケケケケケケ!! ……ケ?」
一秒前、老婆は自分を遥かに上回る速度で追い抜かれた。無論、追い抜かれたのなら追い越せば良い。それが車で運転手が気が付いたならば例え相手がトップレーサーを乗せたスーパーカーであってもだ。
それこそがこの妖魔を構成する都市伝説なのだから。
だが、それはあくまでも相手が車だったらの話だ。無論バイクだろうが低空飛行するヘリだろうが抜き去る事は出来る。但し今回は……人間だった。
自らを抜き去ったのがスーツを着た女性だと理解した瞬間、老婆は減速を始める。顔には動揺と屈辱が色濃く浮かび上がって、やがて限界が来たかの様に動きは止まって、風が吹いた瞬間に消え去った。
人の足よりも遥かに速い乗り物を抜き去るというのがこの妖魔だ。それが生身の人間に抜き去られるという矛盾に存在は耐え切れず、誰にも気が付かれないまま消え去った。
しかし、あくまでも妖魔は伝承と負の感情から生まれ落ちる存在だ。何せ名が多くある様にネットを通して怪談や目撃談は投げ売りする勢いでありふれているのだから。遠くない未来、何時か何処かで速く走る老婆の何れかが……。
「大丈夫ですか、大和!?」
「大丈夫だよ、姉さん。連絡した通り心配しなくて良いから。それよか大丈夫なのか? 仕事抜け出して」
「連絡を聞いた皆が行かせてくれましてたから大丈夫です。……私が戻るまでは仮眠時間という事で話が付きましたから」
山を越えて車も抜かして公安零課課長・伏柄勇は少し慌てながら車の中に声を掛ける。十歳下の弟の無事らしい姿に安堵の表情を浮かべた後、平然な顔で並走を始めた。
正面から車速以上の速度での接近、中の様子を確かめた直後に負荷を感じさせない滑らかな動きでの反転。
運転手である部下も実弟の大和も最早慣れたとばかりにその姿に平然としているが、そうは行かないのは小姫であった。
最初に覚えたのは感心。彼女が向かって来るのを姿が見えるまで察知出来なかった理由として足音も高速移動で生じる土煙も無かった事の理由付けとして、高位の退魔士が行う移動術の一つで霊力を薄い板状に展開して地面への衝撃を吸収するという隠密用の術を使用していると判断した。
公安零課の役目は退魔士と社会の間を取り持ち妖魔による被害から人々を守る裏方で、職員は見えるだけの事務員だと聞いてはいたが流石に支部のトップとなれば話は違うのかと……関心の途中で違和感を覚える。
あれ? 霊力全く使っていない? と。
小姫は霊力こそ少ないが制御や感知は歴史ある一族の長子として厳しい修練で鍛え上げて来た。それを誤魔化す程の偽装をしているのかと驚き、直ぐに違うと確信した。
あれは歩法によって地面への衝撃を殺しているのだと、その上で車速を遥かに上回る速度を平然と出しているのだと、生身で。
“へぇ”から“ん?”へと変わり、“はぁ!?”となった所で姉から弟の方に目を向ける。戦闘中だから気にしていなかったけれど、指で空気の弾を飛ばしていたのを思い出し、“ふぅ……”と諦めの境地へと辿り着いた。
「先輩の親戚に神とか鬼とか居る?」
「いや? 少なくても聞いた事も無ければもしやって思った事も無いな」
どうしてそんな質問を? そんな風な顔の大和に小姫は笑って誤魔化すのであった。
「えっと、伏柄支部長は車に乗らなくて良いのかい?」
「デスクワークばかりだと体が鈍るので軽い運動は必要ですから平気ですよ。それに結構鍛えているので!」
車と並走するのが軽い運動とか鍛えているにしても限度があるとか色々と言いたい事がある小姫だが、面倒になりそうなのでグッと言葉を飲み込む。
何で相手は今後世話になる公的機関の責任者であり、自陣営に引き込みたい相手の身内だ。
「それにしても心配して走って来るなんて随分と仲が良いんだね。私のところは結構険あ……おっと、これは黙っておこうか。それよりもお二人のお話を聞いてみたいし、今度一緒に食事か遊び、例えばカラオケなんてどうだい?」
窓の外に目を向ければ既に潰れたが費用の問題か放置されたままのカラオケボックスが見える。こういった所にも肝試しや根も葉もない噂から幽霊の噂が流れるんだろうと思いつつ軽い気持ちで発した言葉だが、少し気が向いた様子の勇とは真逆に大和は露骨に嫌そうな顔だ。
「えっと、もしかして……」
「理外の喉と肺活量と呪いじみた音程から繰り出される災害。漫画の音痴キャラの実写版。肥満のカバのイビキが歌劇を司る女神の美声に聞こえるレベル」
一応気を使って音痴というキーワードは避けたのに気遣いを無碍にする暴言。運転手の彼も上司に気付かれない程度に軽く頷いている。
弟からのあまりもな酷評に小姫は大袈裟だと笑う。確かに音痴は居るだろうが、其処まで言うほどのがいるはずが無いと。小刻みに震える大和とドロシーと運転手の目の奥に宿る恐怖には気が付かず、酷い言われようの当人は軽い意地悪をする弟に呆れた様子で肩を竦めて笑っていた。尚、目以外で。
「大和、カラオケは延期して道場の掃除をしませんか? その後で組み手をしましょう、一日中」
「いや、別に良いけれど……うん」
「言っておくが余は掃除など付き合わぬぞ? 撮り溜めしていたアニメが最終回を迎えるのでワンシーズンを一気見せねばならぬ」
「最初から期待してねぇから治療だけ頼む。カラオケも中止じゃなくて延期だから……」
今回苦戦したし、もう少し強くなりたいから嬉しくはあるものの、稽古の際は容赦とか慈悲とか明後日の方角に放り投げる姉との組み手に若干の恐怖を覚える。
それはそうとして歌声への評価は変えない、何故なら命の危機ならば地獄の獄卒による拷問より地獄の呵責じみた猛特訓の方が役に立つから。寧ろ前者は精神と肉体を蝕むだけで身にならないので断固拒否したい大和であったが、此処で話を黙って聞いていた小姫が密着する勢いで身を乗り出した。
「先輩が使っていた武術に興味が湧いたし、私も見学させて貰って良いかな?」
それにもっと君の事を知りたいし、と少し甘える様子を見せる彼女に押され気味に顔を赤らめている弟の姿に勇は遂に青春が来たのかと驚きと喜びの反面、小姫の思惑を考えれば今後も苦労しそうな弟が心配だった。
「貴方を狙うのはその子一人じゃないんですけれどね……」
十歳下の弟に少々ブラコン気味な彼女だが、だからといって協力者である伊邪那美家をあまり牽制し過ぎる事は無い程度には公私を分ける。あまりにも酷い利用の仕方をするなら公ではなく私として動く所存ではあったが。
強いのだ、姉として。物理的な意味ではなくて精神的な意味で。
「あっ、電話ですね。はい、もしもし……どうも、管理官。はい、はい、その辺については私からしっかりと……はい」
尚、公務員としての上司には弱いので車と並走中に掛かって来た電話の最中はペコペコと電話の効の相手に頭を下げていた。
「あの姉弟何かあるな。それにしても……キスしちゃったなぁ」
小姫が降りたのは小さいがお洒落なマンション……その横をすり抜けて日陰になっているボロアパートが彼女の家だ。風呂は無いので普段は銭湯を利用しているが夜中に空いている筈も無く、二十四時間営業のスーパー銭湯は直ぐに出る事を考えれば割高だ。
これが夏場の休日ならクーラーも効いているので朝から晩まで利用するのにと思いながらお湯で湿らせたタオルで体を拭いていく。誰も居ないのだからと下着すら脱ぎ捨てて、先ずは汗が溜まる胸の下や谷間から拭いて、次は脇を拭こうとしたところで思い返すは戦いの事。
打算と勢いで行ったキスだが、別に彼女はファーストキスにそれ程の価値を見出していない。言ったら相手が意識してくれるならばと言ってみて、実際に効果があったから得した気分でいるだけだ。
「さて、重要なのはこれからだ。受け取る側は兎も角、与える側は……非常識だな」
タオルを伸ばして背中を拭こうとした時に響く遠慮がちなノックの音。インターホンは生憎壊れているので夜中だからと控えめにしたのだろうが、これなら聞こえない振りでもしようかと思ったが、薄い扉の向こうから感じる霊力に舌打ちをする。
これは一種の挨拶や身分の証明の類い。自分が退魔士だと相手に知らせる手段の一つで、今宵の訪問もそれに関わる要件だと伝えている。
「退魔士だろうと社会常識は守って当然だろうに」
だからといって夜中に訪ねてくるなボケ、それが正直な感想だ。常識の外の力を使うからといって常識を無視して良い訳がないとは現在の退魔士の共通の認識であるべきだと小姫は考えている。
戦前じゃあるまいしとブツブツ文句を言いながら扉の方へと向かっていった。
「今全裸だから出られないんだ。明日其方の奢りでカフェにでも行って話をしようじゃないか」
「へ? は、はい! 夜分遅くに失礼しました! 私のメアド置いておきますので連絡下さい!」
返事の主は若い女の声。思わず大きな声で返事をして他の部屋から出た文句を浴びながら去っていった。
「うわっ、チョロ」
この様子だったら普段なら高くて行けない場所を指定しても大丈夫だろう、小姫はほくそ笑みながら体を拭く作業に戻って行った。
反応待ってます
敵幹部の総称アンケート 枠埋めは募集掛けるかも 今のところ三体は埋まってる 但し死従者死地士と五凶星の場合は一名入らず
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五凶星 ごきょうせい
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悪六烈 おむれつ
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七福塵 しちふくじん
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四従死地士 しじゅうしちし