三流退魔士の俺が名門退魔士一族の落ちこぼれお嬢様に『君が欲しい』と言われたんだが   作:ケツアゴ

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誘いへの前兆

「……けほっ」

 

 布団の中で起き上がった拍子に乾いた咳が飛び出る。それが何度も続き、息苦しさに涙が滲む。口元を押さえた手に触れた乱れ髪はバサバサとした手触りで艶を失っており、夫から月明かりを思い起こさせると褒められた金の髪はくすんで見えた。

 

 鏡で見ずとも分かる。今の私がどれだけ酷い顔をしているのかは。心の臓には定期的に針で刺したかの様な痛みが走り、どれだけ着込み布団を重ねても全身に走る寒気は消えてはくれない。

 

 医者からは長くはないと言われている。それでも少しは伸ばせる方法もありましたが、夫が説得を試みようともそれだけは選べない。

 

「あら、うふふ……。元気な子達ね。せっかちなんだから」

 

 腹の内部から響く衝撃こそがその理由。大きく膨らんだ腹を撫でながら語り掛ければ返事の代わりに腹の中を同時に蹴られた。三番目と四番目の子供、そう双子。私の胎内で鼓動を続ける我が子達を産めば命を縮める事になるけれど、母とは子の為に命を投げ打つもの。……少なくとも私の母はそうだった。

 

 隠形鬼、金鬼、風鬼、そして水鬼。四鬼が都で暴れ、退魔士であった私の父も召集されて討伐隊に加わった。結果は惨敗。金鬼の肉体を前に刀も矢も術さえも弾かれ、情報だけでもと撤退中に水鬼によって殺された。

 

 だが、ただ殺された訳ではない。遙か格上に一矢報い、水鬼の左目を奪う快挙を挙げた。挙げてしまった……と言い表すべきでしょうか。目の前の羽虫を叩き落とした後でわざわざ卵を探して叩き潰す手間を選ぶ者は少ないでしょうが、人を刺した毒虫なら巣を駆除する事も有るでしょう。

 

 もし水鬼が一端の武人としての気質を持っていたならば見事と笑っていたのでしょう。

 

 結果、格下に片目を奪われ癇癪を起こした水鬼は逃げ延びた者を探し出し締め上げ、私の家を含む討伐隊に参加した者達の家の在り方を聞き出して辺り一体を濁流で押し流した。

 流され溺れていく人々を眺めてゲラゲラ笑い、何とか這い上がるか掴まるかで助かった者を探し出しては手足を潰して濁流へと投げ入れる。

 

 子供が蟻を潰して遊ぶかの様に人の命を弄び、それに夢中になっている隙に伊邪那美家の者に深傷を負わされ逃げ出す迄の僅か半日の間、母は私を守る為に命を投げ打った。

 

 一種の生贄、人柱。代償を背負う事で代価を得る一族の秘術。己の命を代償に私を封印する事によって水鬼が撤退する迄の時間を稼いでくれた母と同じ事を今やっている。

 

 男女の双子は心中者の生まれ変わり。双子は凶兆。その様な事は本来無いと退魔士なら知っている。問題はその様な流言飛語が市井に広まる事で姿形を持たぬ妖魔が生まれる事も然り。

 

 双子であるというだけで呪いは降り掛かる。かの酒呑童子は有り得ざる年月を母の胎内で過ごし生まれたとされるが、同じく呪われた事で人が人のまま呪いへと変質するのだ。

 

 だから双子だと分かった時、夫やその両親が選んだのは双子の片方を殺す事。それによって死した方に呪いを全て持って行かせるのだ。あの人達は非情な者達ではない。父母を失い秘伝の術も完全に会得した訳でもない私を迎え入れてくれた心優しい人達だ。

 

 苦渋の決断だったのでしょう。何度も額を床に擦り付けて謝られた。上の子供達には双子である事自体を決して漏らさぬ様にして貰い、私も一度は受け入れた。

 

 けれど、胎内で何度も腹を蹴られる度に生きている事を必死で訴え掛けられている気がして……私は命を懸ける覚悟を決めたのです。双子への呪いが発動するのは生まれてからの三日間。

 

 その間、私は自らを封印する事にした。例えこの身が朽ち果て様とも子供達を守り抜く為に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ! 若者だらけの所に中年が混じって悪いな」

 

「それよりも男一人に女子複数の所に他の男が混じって、じゃないかしら? 心が乙女ならセーフよね?」

 

 美神の叔父が監修、本日プレオープンの遊園地【天上楽土(てんじょうらくど)】。江戸時代っぽいデザインと現代っぽいデザインがゴチャゴチャ……コラボした風変わり、奇抜、いや、個性的な場所だ。

 

 美神から聞いたんだが天上家が代々所有していた一等地の土地を海外資本のホテルに売り渡して建設費を稼いだとか。

 

 朝っぱらからネオンがギラギラ光る目に悪そうな装飾だらけの入場ゲートに到着すれば既に見知った顔の坊主頭が二つ。

 

 なんか凄く目立ってるぜ、二人ともガタイが良いからな。

 

 

 田中先生と、正式な部だった時から彼が顧問を務める空手同好会の部長である三田原 権十郎(さんたはら ごんじゅうろう)先輩。

 

 二メートルに届かんという筋骨隆々の身体。毎日剃ってなお存在を主張する濃い青髭。朗らかな笑みを浮かべた角刈りの巨漢、等々ハーフの影響で高身長な上に目付きが悪い俺より目立っている。

 因みに祖父が空手道場をやってたんだが俺の祖父さんとは仲が悪かったせいで家が近所でも交流が無く、高校に入ってから互いに近所の道場が実家だと知ったんだ。

 

 他にもチラホラと空手同好会のメンバーの姿が。悪目立ちしている二人っつーか三田原先輩と仲間だと思われたくないのか微妙に距離がある。

 仲は良いんだよ。二年前、先輩達が全国大会で団体個人共に優勝した翌日に部員が起こした大乱闘事件での廃部から今まで一緒に活動している人も居るし。

 

 ただ、本当に三田原先輩は濃いから……色々とな。

 

「聞きましたよ。同好会から部に戻れそうだって」

 

「ええ、そうなの。去年は残念な結果に終わっちゃったけど今年は大会に参加出来そうだし、清く! そして美しく! そんな風に活動していた部員と他の先生への根回しに尽力して下さった茂先生のおかげね」

 

「別に構わなねぇよ。空手の経験は無いから形だけの顧問だが、頑張ってる生徒の力になれないんなら教師としても父親としても失格だ」

 

 相変わらず田中先生は父親が持つ責務やら何やらを普通よりも重く見ているよな。本当に娘さんが大切なんだ。そんな娘さんも招待されたらしいが体調が良い日じゃないと楽しめないから下見目的で来たと田中先生は語る。

 

 楽しい思い出が周囲に迷惑を掛けたという苦い内容になっちまうのだけは避けたいし、今日一日で娘さんが好きそうなアトラクションを体験して休憩可能な場所もちゃんと自分の目で見ておきたいんだとか。

 

 

「辛い咳に血が混じるのも苦しいが、病人にとって一番辛いのは周りに迷惑を掛けたって自責の念だからな。だから娘も楽しめるし俺も困らない周り方を知っておきたいんだ」

 

 自分が理想とする父親でありたい、か。普段から生徒の為に動いている人で、俺も何かと気に掛けていて貰っているんだよな。本当にこの人はいい大人で良い先生だと思う。

 

 部員が問題を起こして廃部になった時も同好会として活動出来る様にって動いて、前の顧問が責任を感じて辞職したから空白になったからって未経験なのに顧問の役職に就いたんだ。

 

 問題を起こしたからって同好会だろうと責任を負う教師が必要ってなって、手の空いている教師の中で声を上げたのは田中先生だけ。話からして娘さんはかなり体が弱いってのにな。

 

 背負っているだろう責任だの苦労だの想像できる範囲でも重いのにニカッと笑う姿からはそれを感じさせない。家に父親が居る奴も居ない奴も田中先生を父親みたいだって評する奴は多い。生徒一人一人の事情を把握して踏み込み過ぎず、でも遠巻きに無難な態度って訳でもない。

 

 特に上手く行っていない奴。先生なりの理想の父親であろうとしているのがそうさせているんだろうな……。

 

 誰も巻き込まないのは前提だ。佳奈と桂花の阿保二人は怪我しない程度に後回しにしても良い気がするんだが、それはそうとして先生は特に巻き込みたくないってのが俺の我儘だ。

 

 娘さんの事を語る時、普段と違って少し辛そうな表情を浮かべるのを見てそう思った。

 

「にしても朝っぱらからお熱いこって。橋本と泉だけじゃなく外人の子とまで仲が良いんだな」

 

 何処か呆れた様子の視線が俺に向けられるんだが、反論出来ねえ。何せ俺の背中にはドロシーが乗っているんだから。

 

 朝、佳奈達と合流した俺達はそのまま一緒に遊園地へと向かう筈だったんだがドロシーが眠いとか言い出したのが事の発端だ。歩けって宥めすかしても聞き入れないのは分かっている。

 

 だから時間の無駄だと背負って此処迄やって来た。最初は鼻歌歌って上機嫌だったのがいつの間にかマジで寝やがって静かに寝息を立てている。肩が少し湿って冷たい気もするが気のせいだよな?

 

 いやいや、一人称が余で凄く偉そうな奴が友達の背中で爆睡かまして涎垂らすとかないからよ!

 

 はい、現実逃避終わり。涎垂らされてるし、中身は傍目からは分からない一応美少女二人連れて外人の美少女背負ってる男とかどう思われるかってのは理解している。

 

 

 

「…… 二人は腐れ縁だし、背中の此奴は友達ですって。ほら、着いたんだから起きろドロシー」

 

 軽く揺すればドロシーは目を覚ましてモゾモゾと動き始める。背負ってるんだから変に動くなって思ったが、この程度じゃ落ちたりする筈もなく普通に降りて、即座に俺と腕を組んで来た(一方的に)。

 

「うむ! 此処から先は共に行こうぞ。折角のデートであるからな」

 

 いや、デートじゃねえぞ? 最初っから言ってんだろ。誤解が広まるから止めてくれ。そして俺が誤解の内容とは別の人間だって分かってるのに黙って笑ってるダチ共と阿保二人、覚えとけよ。

 

 ……ん? 一体誰だ……?

 

 首筋に一瞬だけチリチリとした感覚が走るも誰かが強い視線を向けた事しか分からない。どうしたものかと困って周囲に視線を向ければ美神が小学生位の男の子と話している所だった。

 

 

 

 

「いい加減にしろ! お前が姉だなんて絶対に認めないからな!」

 

 あれが例の不仲な弟か? 人前であんな事を叫ぶとか何があればあれだけ家族を嫌えるのやら……。

 

 

 

 

 

「あらあら、うふふ。私はただ園内で落ち合う予定のガールフレンドについて聞いただけですわよ? 飛野 恵麻(ひの えま)ちゃんでしたかしら? 未来の義妹に会ってみたいですわね」

 

 嫌われてる理由、あれか? 俺も姉さんが似た様な事を阿保二人に対して言った時は鬱陶しく感じたな、うん。

 

 同情するわ、マジで。

 

 




此の先待つは奈落の底 転がり続ける地獄坂

敵幹部の総称アンケート 枠埋めは募集掛けるかも 今のところ三体は埋まってる 但し死従者死地士と五凶星の場合は一名入らず

  • 五凶星 ごきょうせい
  • 悪六烈 おむれつ
  • 七福塵 しちふくじん
  • 四従死地士 しじゅうしちし
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