オカマの異世界世直し旅   作:えけある

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よしなに。


プロローグ

 ギャーギャーと聞いたこともない鳥の鳴き声が森の中に響く。

 

 「おかしいわねぇ……」

 

 ガサガサと音を立てる見えない動物たち。それも耳朶(じだ)を打つ嫌な音である。こちらの様子をうかがっているのではという不安感も駆られてしまう。背の高い草や若木をかきわけて道なき道をひたすら進む。

 

 視界に入ってくるのは見たこともない植物。さっきまで日本にいたはずだ。それなのに、見慣れた車や家屋はまったくなく、あるのは広大な自然のみ。

 

 「もぉ、あの子たちは一体どこに行ったのよ」

 

 チラリと時間を腕時計で確認したミヤビはため息をつきながら、ジーンズのポケットに入れていたスマートフォンを取り出す。連絡は来ていないよう――とここで彼……いや、彼女は思い出す。

 

 「……ここも圏外だわ。全くもうっ」

 

 ため息を一つ。こんなもの連絡が出来ないのであれば無用の長物である。スマートフォンをポケットに仕舞い、再度歩き出す。

 

 こんな状況でもない限り、変わった植物を見てはスマートフォンで写真を撮り、バーで客との笑い話にするのだが……。そうはしていられない事情があった。

 

 時間は3日前ほどさかのぼる。

 

 ―――

 

 「じゃあ、……ミヤビ。また」

 「えぇ。今日はありがとね」

 

 ミヤビと呼ばれた薄く化粧をした男性は、恰幅の良い男性の言葉にそう返す。

 

 ふらふらとした足取りで去っていく男性はミヤビの店の今日最後の客だった。神妙な面持ちで来店した男は長時間ミヤビに熱弁と説得をしたのだ。だがミヤビは首を縦には振らなかった。そして最終的にはミヤビの言葉に男が折れたのだ。

 

 そこからは日頃の不安や悩み、愚痴にシフトチェンジしていった。男は泣きながら胸の内を伝えさらに酒を煽る。

 

 一連の流れは閉店まで続いた。ちらほらいた客も全員帰り、男は最後までミヤビとあの頃を話していた。そんな思い出話をした相手は駅に向かって歩いていく、もう米粒程の大きさになった男性の背中を見て彼は、

 

 「――アタシもアンタが泣き上戸だってこと、初めて知ったわ」

 

 女口調でそう呟いた。彼とは旧知の仲の関係だが、未だに知らない事もあったとは――そうミヤビは昔を思い出しながら、深いため息をついた。

 

 カランッと店のベルが鳴り、店の中から化粧の濃い男性が顔を出す。

 

 「ちょっとママ、昔の男がいるなんて、聞いてないわヨ!」

 「何言ってるのよビューティ! そんなんじゃないわよ!」

 

 ミヤビは即座に反論するが、その反論がビューティと呼ばれた男性にはさらに怪しく感じさせる材料だった。

 

 「ほんとォ? あんなに『戻ってきてくれぇ!』って懇願してたのにィ?」

 「そんなに誇張して表現しないで。あれは、その業界に戻って盛り上げて欲しいって意味よ。深い意味はないわ」

 

 訝しげに問いただすビューティに淡々と答えるミヤビ。やいのやいのと言い合いながら、十一月の肌寒い外から店の中に戻っていく。

 

 「そもそもママはあの彼と何やってたのヨ。私接客しながらだから話飛び飛びヨ」

 

 

 ビューティは身長190センチの筋骨隆々のオカマである。元消防士であり、有り余る体力と聞き分けの良さはあるが、男所帯特有のだらしなさと、遠慮の無さ、清潔感などに若干以上の不安が残る。ミヤビからすると、まだまだオンナになり切れていないオカマだ。

 

 

 客の残していった乾き物を口に放り込みながら、ビューティはすね毛の伸びきった足を組む。相変わらず下品だとミヤビは感じながらも彼を諭す。

 

 「いいビューティ。良い女ってのはね、簡単にはわからない秘密を持っておくもの――」

 「キックボクシングですって」

 「――ちょっと、まどか!」

 

 

 バーテンダー見習いのまどかは本当の女性。このバーには不釣り合いだが、未だにバーテンダーは男性が多い仕事。それでもなりたいという本人の熱意にやられてミヤビの下で働いている。まだ学生ではあるが、やる気には目を見張るものがある。顔は良いのだが男兄弟が多い為、口調が時折男よりになってしまうのが玉に瑕である。

 

 

 「ずっとカウンターの前で話してるっすもん。嫌でも聞こえてきますよ」

 「まどか、アンタ最近生意気になってきたじゃない! 胸は小さくても態度はでかいって訳?!」

 「ずっと変わらないですよ! あと貧乳は関係ないっす!」

 

 今度は、まどかも含め3人でやいのやいのと言い合う中、落ち着きのあるオカマがミヤビに飲み物を差し出す。

 

 「……落ち着いてママ。シワが目立っちゃう。はいウーロンハイ」

 「あら、ありがとうレイラ、あと私はまだ30よ。給料減らされたいの?」

 「やだ冗談に決まってるじゃない」

 

 

 レイラは落ち着きのある物静かなオカマである。客からはクールと言われているが、ただ単に人見知りで、緊張から無口と無表情が表に出てしまうだけ。だが仲良くなると毒を吐いてしまうことが多い。良家の次男で気遣いと配慮が出来る教養のあるオカマだが、知識の偏りがあり、話が合わないこともしばしば。

 

 

 「キックボクシングねぇ。……確かにママ、足腰は強いわヨネ。体幹も良いし。あのお客の様子だと、結構良いとこまでいったんデショ」

 

 上から下へとミヤビを査定するように見るビューティ。その目は元消防士の目線でミヤビの身体を確認しているようだ。

 

 「……でもあのお客さん。とっても良いお腹をしていたわね」

 「確かにそうネン。あの彼がリングに立ってたとは思えないわネン」

 「ジムの経営者の息子とかですかね?」

 

 3人があーでもない、こーでもない。と議論する姿を、酒を飲みながら眺めている。他人の過去を詮索するような真似は頂けないが、自分の過去なだけ、一度咎めると詰め寄られるような気がして、ミヤビはその話に干渉することを躊躇った。

 

 (――いや……違うわね)

 

 「トレーナーとして戻ってきてくれないか」という内容だった。正直、とてもとても惹かれた。あの時の感動、情熱。脚光。もう一度味わいたい。自分が育てたボクサーとその歓声を浴びたい。そう思う自分も心のどこかに存在していた。

 ミヤビは迷った。でも、それでも、冷静に、ハッキリとパートナーであった彼に、自分らしさを持って答えた。

 

 

 『ごめんなさい。私にはこのお店を守っていく義務があるの』

 

 

 自分が選手で、彼はトレーナーとして、一世を風靡しその世界を駆け抜けた。デビューして間もなくどうしようもなく貧乏な時。負けが続きしんどくなった時。それでも続け、世間から注目され始めた時。長く2人で頑張ってきた。

 

 (あの頃は、辛かったけれど楽しかったわ)

 

 だが、とある事故からリングに上がらなくなり、どうしたら良いか分からないまま、路頭に迷った時期があった。

 

 (その時にあの人に声をかけられたのよね)

 

 部屋に飾ってあるトロフィーに埃が被り始めた時、ミヤビはこの店で働き始めていた。

 

 自分でも表現化出来ない気持ち。近しいとするなら後悔……なのかもしれない。諦めなのかもしれない。だが、どうにも明確に出来なかった。

 そんな気持ちをウーロンハイで奥に流し込む。が、どうしても胸に残るモヤモヤした気持ち。ミヤビは頭を掻き毟る。

 

 「……ママ、ウィッグ取れちゃうわよ」

 「私は地毛よ!」

 「……あぁ、だから薄いのね。ウィッグにしては変だなぁって」

 「ちょっと冗談にしては笑えないわね、給料減らすわあとぶっ殺すわよ」

 

 何度も起きた他愛もない言葉の応酬があった。そう。ミヤビはこの職場の仲間達とやって行くと決めたのだ。

 

 (深く考えるのはやめましょ)

 

 そう自分に言い聞かせ、ウーロンハイを一気に煽った。聞き逃しのできないレイラのヤジを皮切りに話に飛び込んでいく。

 

 「あんた達! 人の過去をとやかく言ってんじゃないわよ! 良い女には秘密があるの!」

 「そーやってママはいつもいつも秘密じゃなイ! ちょっと匂わせるってのも大事なテクニックなんじゃないノ?!」

 「だーれが加齢臭だってこの野郎!」

 「そんな事言ってないワヨ!」

 

 狭い路地裏の小さなお店。『closed』の札が掛かってからが、一番騒がしいこのバー、『BAR 優雅』。今日もこのまま店員同士が騒いで御開き――

 

 「アンタはまずそのすね毛とヒゲをなんとかしなさい!」

 「男っぽさが残ってこそのオカマヨ! ママは顔が良いからってなにもしなさすぎナノ! クソ羨ましいんじゃぶち殺すぞ!」

 「男っぽさ残しすぎなのよこのアホンダラ!」

 

 

 

 ……になるはずだった。

 二人のオカマが汚い取っ組み合いを始める中、酒瓶やグラスがカタカタと音を立て震え始める。

 

 「まぁまぁ、二人とも。ここは一旦落ち着きましょうよ。私お酒作るっすから。ね?」

 「……まどか、性格丸くなったわね。胸は平らのままなのに」

 「あん? 誰が貧乳だってぇ?」

 「……あら。前言撤回するわ」

 

 窓から見えていた外灯の明かりが、今はもう見えない。確かな変化が起きている事に、違う世界に征こうとしている事に、この4人は気付かない。もう後戻りが出来ない状況にいるというのに……。

 

 「胸は関係ないって言ってるじゃないっすか! 張っ倒しますよ! 擬乳ども!」

 「共とは聞き捨てならないわね! 私はパッドは入れてないわよ!」

 「だから無駄にまっさらでいる方がオカマっぽくないのヨ!」

 「誰が真っ平だって!?」

 「まどかちゃんには言ってないわヨ! というかどういう聞き間違いヨ!」

 

 

 「――ちょっと待って。……揺れてない?」

 

 オカマと女の言い争いに茶々を入れる程度にしていたレイラがようやく異変に気づいた。

 

 その言葉により一瞬で判断し、この地震は強くなる。そう確信し真っ先に動いたのは、やはりビューティだった。

 

「レイラ、貴女が一番近いワ。店のドアを開けておいテ。窓でも良いワ。まどかちゃん、非常用カバンがその近くにあったワヨネ? それとカウンター近くは危ないワヨ。カバンを持ってこっちへいらっしゃいナ。ママ携帯は持ってル? あと、緊急用のライトを持ってきテ。私は火元の確認をしてくるワ。全員それが終わったら各々テーブルの下に隠れるノヨ」

 

 揺れが強くなる前に、逃げ道の確保や火元の確認を指示するビューティの顔は消防士の顔をしていた。

 

 (ちゃんとカッコいい顔も出来るんだから、ホント勿体無いわ)

 

 ミヤビは携帯とライトを確認しつつそう思える程の余裕がどこかにあった。そして心のどこかに確証のない安心感があった。

 

 「高々地震だ、そう強くないだろう」「割れた酒瓶の掃除が大変そうだ」「今日は帰れないかも」

 ミヤビだけではない。他の3人、ビューティでさえ、高を括っていたのだ。

 

 だが、その安心感は程無く消え去ることになる。

 

 ガタガタと地震が強くなる。酒瓶やグラスが立て続けに割れ、地面を濡らしていく。

 

 「――け、結構強くなってきたっすねっ」

 「そうね、頭は決してテーブルから出さないのよ」

 隣には銀色の緊急カバンを大事そうに――いや、力強く掴み離さないまどか……のみ。そこで気づく。

 

 (――ちょっと待って! ビューティは? レイラは?!)

 疑問が行動に直結。即座にドアに視線を向ける。

 

 

 「レイラ!?」

 

 反応はない。ドアは開いている。開いているならなぜレイラが近くに居ないのか。開けてテーブルの下に避難するだけなのに。焦りや戸惑い、恐怖で掻き乱された頭の中に、どうしても見つけなければいけない違和感がある。

 

 (なにこの状況!? 何か、何か変なのよ!)

 

 「ママ! 真っ暗っす! なんで外の明かりが見えないんすか!」

 

 向かいのビル、街灯の灯り、この部屋の照明、そして非常用ライトさえも、ドアの沓摺(くつずり)から向こうが絵の具で塗り潰されたかのように暗い。その不気味な現象が、このバーがどこかへ飛ばされているような不思議な感覚にさせた。

 

 「レイラ!? 返事をしてちょうだい! ねぇビューティ!!」

 

 地鳴りやガラスの弾ける音、ガタンクワンと鈍い物も鉄製のなにかも音を出す。

 

 落ちる鳴る割れる転がる崩れる濡れる潰れる。

 

 色々な音がなによりこの揺れがミヤビの思考を止まらせる。壁を隔てた向こうのキッチンの様子はどうしてもわからない。

 

 「レイ――」

 

 もう一度、入り口を確認しようとしたミヤビの目に飛び込んできたのは不可思議な現象。黒いなにかが玄関を飲み込み始めていたのだ。じわじわと、このバーを飲み込んでいく様に恐怖心を覚え、その謎めいた現象に出かけた言葉を失う。

 

 そして、フリーズした。色々な不可解な出来事に思考の放棄をしてしまった。

 

 ミヤビが固まっても、まどかが震えていても、この現象は終わらない。段々と、ミヤビ達が避難しているホールを中心にして、黒が広がっていく。ゆっくりと。でも確実に。

 

 ガタガタと音の鳴る中、一度、クァン――と、硬めの何かが落ちた音。広がっていくその暗闇に向かってコロコロと転がっていく銀色の何か。

 

 ミヤビの視界には確かに入っていた。だが、思考の停止により、視界に入っていただけだった。音の鳴ったそれを正確に確認したのは、まどかであった。

 

 「……わ、私のシェイカー……」

 

 「バッ――アンタやめなさい!」

 

 その思考の停滞が、不安や焦りが、隣にいるまどかの行動を止められなかった。静止が遅れてしまった。

 

 手を伸ばしてシェイカーを取ろうとする彼女は、テーブルから少し、ほんの少し出ており、そのほんの少しは頭上からシャンデリアが落ちて、ぶつかるには十分な少しだった。

 

 腕でも服でもいい。まどかへと手を伸ばそうとした瞬間、テーブルで阻まれた視界の隅に、一瞬大きい何かが姿を表した途端、

 ガシャァン――とシャンデリアが大きい音を鳴らして床に激突した。反射的に目を瞑り、手を引いてしまうミヤビ。そしてすぐさま、落下地点にいたまどかの安否が気になり目を開く。

 

 「――」

 

 彼女はそこに居なかった。間一髪避けたのでもない。怪我をして気絶しているわけでもない。その場に存在していなかったのだ。

 

「な、なんなのよ……。何がどうなってんだよ……」

 

 もし、ミヤビ以外の誰かが居れば「口調が戻っている」とツッコんだのだろう。だが、今はもう暗い見えない暗闇の中で彼一人。

 

 そうして、誰も居なくなった黒の中、ミヤビの意識もブラックアウトしたのだった。




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