JRAG1も残すところ朝日杯と有馬記念、ホープフルSのみとなった12月3週水曜日。
東スポの勝利を経て、フェルテマカナの次走はホープフルSに決定した。
もともと朝日杯とどちらかという話だったのが、東スポのレース内容を受けて少しでも間隔を空ける為に朝日杯ではなくホープフルSに出走ということになった。
幸いにもレースのダメージはそれほどでもなく、1ヶ月の間隔を空ける事でフェルテマカナはしっかりと回復している。
そして今まさに栗東トレセンでフェルテマカナの1週前追い切りが行われていた。鞍上には調教助手ではなく三宅を乗せている。
遼馬を3馬身ほど後ろから追走し、ゴーサインで一気に加速。軽やかに抜き去って1馬身先着。タイムもラップも申し分ない。
ただ、コースから戻ってきた三宅の表情は晴れない。
「なんか変なとこでもあったか」
三宅の顔を見て萩谷が聞く。
「いや…、マカナはもともと加速しきった後に右にもたれるきらいがあったんですけど、最近特にそうなってきてて」
「右回りが苦手ってことじゃないのか?」
主要4場のうち、東京を除く3ヶ所は右回りコースだ。ただ、古馬の大レースで右回りかつマカナの適性的に将来出走の可能性があるのはせいぜい春天と宝塚と有馬記念。3歳の皐月賞と菊花賞は能力の差でいくらでも押し切れるはずだ。
「いや、割と普段からもたれてます。新馬と東スポも左回りで目立たなかっただけで右にもたれてました。扶助でなんとかなる範囲内でしたし左回りでさほど影響がなかったんでスルーしてたんですけど最近酷くなってきてて」
「長崎からは何も聞いてないぞ」
長崎というのは萩谷厩舎の調教助手である。レース前などを除きフェルテマカナの普段の調教は長崎が乗っている。
「多分調教助手でも騎手上がりの人じゃないとわかんないレベルだと思います。右に走ってくってよりは踏み出しが右なんですよ」
「さらに悪化する可能性は?」
「まだなんとも。右側の脚の踏み出しが外側なんで、走り方が下手なだけかもしれないし、もしかしたら何かしらの故障を庇ってるのかもしれない。ただ、今変に教え込むよりはホープフルの後できちんと時間を取って皐月までに直した方がいいのは間違いない」
「わかった。故障がないか後で検査しておく。それと、さっき連絡があってクアンタムの引退式は年明けになるらしい。ほぼほぼ中山らしいが、まだ確定したわけではないとのことだ」
クアンタムは先日の香港カップで有終の美を飾って引退種牡馬入りが決まっている。引退式も行う方向で調整されていたが、日程までは決まっていなかった。
「俺いうて2歳と海外と宝塚しか乗ってないんですけどね」
「G16勝中4勝させたなら主戦だろう。引退式で何言うか考えとけよ」
「お手馬感はないんだけどなあ。なんだかんだ4勝したのか」
「そう言うことばっか言ってるから中堅から遊び誘ってもらえないんだぞ」
三宅は若手や新人から質問されたりとなんだかんだで交流があるのだが、中堅騎手、特にG1未勝利の騎手からは距離を置かれ気味。三宅としては麻雀でも連れパチでもなんでもござれなのだが、若手はそういったものはあまりやる奴がいないので暇を持て余している。
「この後は暇か」
「家帰って寝るかパチ行くかチャリ漕ぐかなんでまぁ」
「美咲が自転車始めたいらしいんだが、調べてもギアがどうたらフレームがどうたらと何が何だかよくわからん。お前詳しいんだろ、自転車屋着いてってやってくれ」
「気に入ったもん買えばいいんすよ」
「お前が同行することに意味があるんだろうが。最近競馬番組のリポーターになって、お前もよく取材受けてるだろ。銀玉弾いてる時間と金があったら一緒に出かけてこい」
「よく考えたら用事ありましたわ。お先で」
「あ、おい!待て!」
萩谷の制止を無視して三宅は他厩舎へと逃げた。
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翌週。ホープフルS最終追い切りである。有馬記念と同日であるのでトレセンは非常に慌ただしい。三宅は中山にいるので栗東には行けず、長崎が乗った。
「検査じゃ問題なかったが、まだ右にヨれてんのか?」
「右にヨれてるっていっても言われてやっと気づくレベルなんですよ。これをヨれてるって言っていいのか微妙ですよ」
「あいつが言う分には扶助でなんとかなる範囲ではあるらしいんだが」
「本当にまっすぐ走れる馬なんかいませんし他の馬と比較してもまっすぐ走れてる方ですよ。馬術馬じゃあるまいし、気にしすぎじゃ?」
「まぁ故障でもないしそういうフォームの馬なのか」
「じゃないですかね。調教駆けする馬にしても走り方が下手でこのタイムは出ないですよ」
電光板のフェルテマカナの文字の横には超抜時計が記録されている。そこらの馬が出せるタイムではない。ましてや、最終追いで流してのタイムだ。
「あとは輸送こなしたらまぁ勝つでしょう」
「輸送も前走でやってるしな」
萩谷厩舎は有馬記念に出走馬を送りこめていない。ホープフルSに出るのもフェルテマカナ1頭。東京大賞典に出る馬もいないので、フェルテマカナが今年のG1のラストチャンスだ。
「有馬は出せなかったが、ラストG1は貰ったな」
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「確認事項3つ、わかってるな?」
「わかってます」
パドックすぐ横の控え室で騎乗準備を終えた三宅に酒田が念入りに聞く。これで5度目だ。
「前走でアホみたいな乗り方したから朝日杯使えなかったって萩谷さん相当キレてたんだからな。またアホみたいなこと言って無茶苦茶やるんじゃないぞ」
東スポの後三宅は萩谷酒田両名からそれはもう壮絶に絞られた。普段は三宅に甘い原田も「アレはない」と一刀両断。ホープフルSに出走できたから良いものの、もし疲労で回避となっていたらどうなっていたことか。
「ちゃんとスクーリングしてきますよ」
フェルテマカナに向けて歩きながら三宅が答える。スクーリングとは原義としては競馬場のコースに馬を連れて行くことである。が、三宅はスクーリングを'本番レースと同コースのレースを走る'以外の意味で使わない。
「賞金加算は絶対だぞ。下手に3着とかで弥生賞使いたくないからな」
フェルテマカナに跨って地下馬道へと誘導されて行く三宅に酒田が念押しする。
「負けるわけないじゃないですか。どう勝つか見ててくださいよ」
躊躇いも無く答える三宅。
「世代戦の中距離でマカナが負けるなんてことは絶対にない。それじゃ」
「任せたぞ」
酒田の声に応えるように、ひらひらと右手を振りながら地下馬道へと消えて行く三宅。酒田にはその背中がやけに大きく見えた。
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"有馬記念を終えて、今年最後のG1です。2歳馬達の未来は如何に。ホープフルS、本馬場入場をお伝えします"
"1枠1番、競馬界の未来を担う両雄が初の晴れ舞台に登場です。2つのレコード、見せた強さは規格外。青写真を描くは冠の頂。最強○外コンビ、フェルテマカナと三宅統也"
"1枠2番、新馬戦で見せた素質は大物の器。抽選を乗り越えて葦毛の馬体が駆け抜けます。鞍上の夢を叶えられるか。深浦大吾とホットストリーム"
"2枠3番………"
やりたいことは3つ。
返し馬を終えてゲート裏で誘導を待ちながら三宅は脳内で反芻する。
1つ目はコースの確認。
右回りの得意不得意、直線が短いのはどう影響するのか、急坂を苦にするのかなどなど、確認したいことは山ほどある。3つが苦手でも能力でゴリ押せるとは思うが、楽に勝てるならそれに越したことはない。
2つ目は多頭数の経験。
新馬戦も東スポにしても10頭前後の出走数だったので、フルゲートの競馬は今回が初。今まで馬群に揉まれると言う経験がないので、そこを経験させておく。基本的に脚質は問わないタイプだと思われるので馬込みを嫌がってもそれはそれで良いのだが、あらかじめわかっていた方が作戦がはっきりと立てやすい。
3つ目は右にもたれる件。まずもたれるのか否か、もたれるのなら直線なのか道中からなのか、もたれたときどのくらい右に動くのか。斜行で失格は流石にないと思うが、可能性は排除しておくに限る。
あと一応ではあるが他馬との力量比較。まぁこれは比較するまでもないので本当に一応。
1番なのでゲート入りは1番最初。ゲートに限らずマカナは普段から待たされる事が嫌いのようで、枠入りが早い方だとすこし煩くなる。控える競馬をしたいので多少の出遅れはむしろありがたいが、出遅れ癖がついてしまうと困る。
"最後に18番ゲートに収まって…、フェルテマカナ少しチャカついているが大丈夫でしょうか。全馬ゲートの中、スタートしました。1番人気フェルテマカナやや出遅れたか。さぁどの馬が行くか先行争い。内から4番ボルテージランが押して押して出ていきます。ボルテージランが宣言通り大逃げを打ちます。2番手にはカルチャラム。圧倒的1番人気フェルテマカナは中段馬群の内内にいます。前から10頭目。最後方にはホットストリーム葦毛の馬体"
スタートしてから400Mほど、フェルテマカナは前も横もガッツリと絞められている。が、三宅は焦っていない。ガチガチのマークは想定内であるし、もともとプランとして最内から馬群を捌いて抜け出し、あるいは外に持ち出して大外一気のレース運びを考えていたからだ。
皐月賞やその先を考えていたらマークがキツい程度で音を上げてはいられない。
隊列変わらず向正面。1000M通過は59.1だが大逃げのタイムだからアテにならない。おまけに前の馬が重なって逃げ馬と番手の差が見えない。体内時計的には61.5くらいで通過した気がするが、実際のところはわからない。ただ、少なくともスローペース気味なのはわかる。
3コーナーに差し掛かる少し手前で馬群が動き出す。後ろから葦毛の馬が上がっていくタイミングで0.5頭分程だろうか、斜め前にわずかに隙間ができる。ちらりと後ろに目をやれば、後ろからも上がってくる馬がいる。前の馬は未だそこまでペースを上げていない。三宅は迷わず0.5頭分の隙間に突っ込んだ。
ハナ先を捩じ込んで、無理やりにスペースを取る。
日本の競馬学校出身の他の騎手と三宅では根本的にポジションの考え方が少し違う。そもそもアメリカに騎手養成の学校はなく、調教師がライセンス申請を許してくれるか、そしてその申請が通るかで騎手になれるかどうかが決まる。日本と比較して騎手になるのはアメリカの方が簡単だ。それ故に、生き残りの競争が苛烈だ。アメリカの競馬は土ダートをスタートから全力で走る。フルゲート20頭が先行争いをすれば当然馬群は密集し、直線のスペース確保には狭い所を通す度胸と高いレベルでの馬のコントロールが要求される。タックルは日常茶飯事だし、馬どころか騎手がぶつかるレベルの寄せを喰らったことも三宅は過去ある。
簡潔にいえば、経験してきたものが違う。
道中から1頭分に満たない隙間をこじ開ける事は日本の騎手の頭に基本データとして入っていない。直線で進路を失ってタックルで隙間を作るのはデータとしてはあるけれども、それも褒められた行為ではない。
良く言えば海外仕込み。悪く言えば荒い。
度胸と高いコントロールを持ち合わせていたから、アメリカで上位にのし上がって行けた。上位に行けたから、馬主との繋がりが増えた。繋がりが増えたから、欧州で乗せてもらえた。乗せてもらって、G1を勝てた。G1を勝ったから、短期で日本に来れた。短期で来た事が通年化のきっかけになった。
三宅統也という騎手が日本で通年騎手として乗っているのは、恐がらない心と緻密な馬の操作があったから。
0.5頭分の隙間をこじ開けて、マカナを外に持ち出す。馬が行きたがったので、そのまま馬なりで外を上がっていく。
"さぁ3コーナーにかかる所、先頭ホットストリームが突き放そうというところ、2番手まだ頑張っているボルテージランとの差は3馬身ほど。松浦大吾悲願のG1へ残せるかどうか。1番人気フェルテマカナは外に持ち出している。さぁフェルテマカナが上がってくるぞ4コーナー回って直線コース!"
直線に入るところで馬群の先頭に立つ。先を行く葦毛との差は2馬身ほど。
パシリと一発右鞭を入れる。耳元に響く風切り音と共に一気にマカナの速度が上昇する。50M足らずで先頭を捉えて、並ぶ間もなく交わしさって単騎先頭。
"先頭ホットストリームだが、フェルテマカナが一気に交わす!一気に交わす!フェルテマカナ先頭!さぁ残り200差は広がる一方!フェルテマカナが突き抜ける!これは快勝フェルテマカナ!今1着でゴールイン!"
差を広げ続けて余裕の勝利。掲示板に早々と馬番の1が灯る。
"勝ちタイム2分ちょうど、レコードの赤い文字です。2着には大逃げを打ったボールテージラン、3着には最後追い上げましたが届きませんでしたウィナーヘリテージ。最後の直線見せ場を作ったホットストリームは最後馬群に飲まれて後方での入線。フェルテマカナ三宅統也騎手がレースレコードでホープフルSを制しました。三宅統也騎手はこれがホープフルS初制覇。○外コンビが年の瀬の栄光を掴みました中山競馬場です"
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三宅統也2027年度G1成績
競走名 着順 (騎乗馬)
高松宮記念 7着(ブレイクランチャー)
ドバイターフ 3着(クアンタム)
ドバイシーマC 1着(crescent moon)
ドバイワールドC 5着(marriage blue)
桜花賞 1着(チェリースメル)
皐月賞 2着(オーバーライド)
天皇賞(春) 6着(クリスタル)
ケンタッキーダービー 2着(wonder circle)
ヴィクトリアマイル 4着(ラステラスラッキー)
プリークネスステークス 1着(wonder circle)
日本ダービー 10着(オーバーライド)
安田記念 1着(メイリィ)
ベルモントステークス 3着(wonder circle)
宝塚記念 1着(クアンタム)
凱旋門賞 3着(クアンタム)
秋華賞 2着(チェリースメル)
菊花賞 5着(プラトニックダンス)
天皇賞(秋) 6着(ゼンレット)
ブリーダーズカップC 3着(wonder circle)
エリザベス女王杯 1着(チェリースメル)
マイルチャンピオンシップ 1着(オーバーライド)
ジャパンカップ 5着(ゼンレット)
チャンピオンズC 4着(エンダーハイウェイ)
香港マイル 3着(オーバーライド)
香港カップ 1着(クアンタム)
朝日杯FS 12着(フラジール)
有馬記念 4着(クリスタル)
ホープフルS 1着(フェルテマカナ)
通年1年目の三宅の成績を語る掲示板をやりたいが掲示板の間隔が狭すぎるので微妙