年明け早々の栗東トレセンで、三宅はクアンタムを乗せて北海道へと出発した馬運車を見送っていた。
引退式も恙無く終わり、今日が退厩日。
クアンタムは種牡馬となる為北海道へと運ばれていく。夏競馬ついでに会いに行けば会えるが、そうでもない限りクアンタムと三宅が会うことはおそらくないだろう。
世間一般と違って競馬界の別れの季節は存外早い。ただ、別れだけでなく出会いもあるのは共通。
クアンタムを乗せた馬運車と入れ違いにトレセンの敷地内に馬運車が入ってくる。
しばらく進んで停止した馬運車から一頭の馬が降りてくる。
明け2歳にしては大きめの馬格。筋肉質でがっしりとした馬体。冬晴れの空に映える白毛。そう、例の6.5億ホース、シャイニングモアの26である。
ただ、馬運車から下ろしたはいいものの、周りに出迎えの厩務員が見当たらない。
「こいつも萩谷さんのとこ?」
隣でクアンタムを見送っていた萩谷に尋ねる。預かることになったなら主戦が確定している三宅に何か一言あるはずだが、特に萩谷厩舎に入居厩するとは聞いていない。
「いや?営業はかけたけどその時点でオーナーが預けるところ決まってるって言ってたぞ。ウチの馬じゃ無い」
「じゃあなんで誰もいないんすか。普通の場合でもヤバいのにこいつですよ」
「知らんがな。頭絡持って待っとけばそのうち迎えに来るだろ」
「んなめちゃくちゃな…」
流石に放っておく訳にもいかないので待つ。
待つこと20分ほど、厩舎がある方から全速力でやってくる人影が一人。
「ヤバいヤバい‥って三宅!待っててくれたのか!」
「この馬ほったらかすなんて何してんすか福原さん。たまたまクアンタムと入れ違いで来たから良かったものの、もし脱走とかなったらとんでもないことですよ」
全力ダッシュでやってきた男の名前は福原。三宅がアメリカに発つ前までは騎手だったが、戻ってきた時には調教師になっていた。
「迎えにきたのが福原さんってことは、この馬は福原さんとこなんすね」
「そうなんよ。胃痛でしゃーない。こいつになんかあったらホンマに首飛ぶわ」
騎手時代はコントレイルに乗っていたこと、コントレイルが前長の馬だったからその縁だろう。たしか調教師としてもそれなりに結果を残していたはずだ。
「その首さっき飛びかけましたけどね」
「冗談抜きでな。お前がいてよかったわ。連絡じゃ昼くらいって話だったんに…」
ぶつぶつと文句を言っている福原に頭絡を渡して厩舎の方へと歩く。
シャイニングモアの26もカツカツと蹄をならして並走。元騎手の調教師と現役騎手に歩き運動中の期待馬が1頭。必然的に、
「ツナギがやや硬いか?」
「まぁこんなもんじゃないすか。胴長気味だし距離はあったほうが良さげかな」
「マイルは短えかな。どのみちオーナーが3冠路線って話してたしそれは別にいいわ」
厩舎までの短い間ではあるが、本職2人による即席の品評会が行われる。そして、あぁでもない、こうでもないと議論の末、2人は
「「ま、どのみち走らなきゃわからないわ」」
という結論に至った。
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トレセンの馬場内をフェルテマカナが駆け抜ける。既にローテは皐月賞に直行と決まっており、数日後にはしがらきの外厩へと放牧に出されることになっている。今走っているのは調整でもなんでもなく、純粋に一つ確かめたいことがあるからだけにすぎない。
「それで、わざわざ外厩送るのを遅らせたんだからそれなりの結果は得られたんだろうな」
馬上から降りた三宅に萩谷が問う。
「ええ、そりゃもう。例のマカナの斜行ね」
両者の間に一瞬緊張が走る。
三宅が続きを述べる。
「アレね、もう完全に直ってるわ」
「ホープフルの時にはもう刺さる感じはなかったし、フォーム微妙に変わってるみたいし馬が自分で修正したんじゃないですか?確信は持てなかったから一応今日確認したけど、今日も刺さらなかったしもう直ったと言っていい」
萩谷から安堵のため息が漏れる。
「ならよかった。変にブッ刺さって大斜行で多重落馬とかラチに激突とか起きたらたまったもんじゃないからな」
「能力はピカイチ、気性も問題なし、鞍上は俺。皐月とダービーはただもらい。菊も距離持って変なの出てこなきゃまぁ堅いでしょ」
「それ記者連中の前で言うなよ」
三宅の頭に手刀が入る。いて、と声が漏れる。
「あ〜、なるほど。髪がね、あれね。さーせんさーせん」
2度目の手刀が炸裂する。手刀というよりかはグーパンに近い。ごちん、と鈍い音が鳴る。
頭を抱えてしゃがみ込み、恨めしそうな目で見てくる三宅を萩谷は無視して厩舎へと戻った。
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「弟子にしてください!」
眼前には腰を折ってイガグリ頭を向けている若い男とその後ろで満足げに頷いている初老の男。
三宅は非常に混乱していた。調教が終わったので帰ろうとした所を呼び止められたらいきなりこれである。
「えーと、…?」
トレセン内という場所、背格好などを考慮すれば手前が騎手で奥が厩舎関係者なのは容易に想像がつくのだが、いかんせん面識がない。
「弟子入りさせてください!」
再度、イガグリ頭が深々と下げられる。
「ちょっとタンマ、まず誰?」
三宅が問う。
「若林裕斗です!髙橋厩舎所属です!」
「歳…というか何年目?」
「2年目です!」
若い。面識がないのもおそらく主戦場が違うからだろう。若手はローカルからステップアップしていくことが多いが、基本的に三宅は主場でしか乗らないのでローカル勢とはなかなか会わない。
「じゃあ奥の人が髙橋先生か」
初老がニコリと微笑む。孫を見ている気持ちなのかもしれない。
「で、なんだって俺に。ほぼ面識ないだろ」
「そりゃあめちゃくちゃ上手いからですよ!」
「俺よか上手い人だっているだろ。リーディングは俺じゃないし」
「河田さんは雰囲気怖いんで話しかけづらいです!その点三宅さんはまだ若いし雰囲気が穏やかな感じです!」
わからないでもない。ただ本人には言わないであげてほしい。
「で、弟子だっけ?あいにく教えられるような技術理論があるわけでもないからね。誰かに師事したいなら他を当たった方が良いよ」
嘘偽りない本心である。そもそも三宅はそこまで考えて乗るタイプではなくその場の感覚派。割合に表すならばフィーリング7思考3。感覚論で指導されたいのならば別だが、純粋に腕を上げるために教えを乞うなら他にもっと適任がいるはずだ。
「いや、騎乗技術とかは多分真似できるような感じじゃないので、そこ以外を教えてもらいたいなと」
「そこ以外?」
「何考えて乗ってるのかとか、普段の調整の仕方とか」
「そんなもん知ったところでその辺は人それぞれだと思うけど。変に真似してもしょうがないし」
「こういう馬の時はこうとか、大雑把な感じでいいんです!」
「別に教えてもいいけど、実際にやれないしやっても意味ないぞ」
「それでもいいです!お願いします!」
三度イガグリ頭が下げられる。
「じゃあ明日からよろしくおねがいします!」
「はいはい」
満足げな顔をして髙橋と去っていく若林。
それを見送る三宅。だが、最後の一言が引っかかった。
「ん、"明日から"?え?一回だけじゃない感じ?」
半ば無理やり書き上げた結果過去1で酷い出来な気がするので後々加筆修正するかもしれません。
次回までには頑張って復調します