ターフの頂点へ   作:夢遊病

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まさかここまでに20話かかるとは



スタートライン

年が明けて本格的に競馬が始まり、クラシックに向けて人馬ともに忙しくなる時期。

年明けから3月半ばまでの3歳のレースは、弥生賞などのクラシックのステップレースは元より共同通信杯などのクラシックレースへの間隔が程よく空いている重賞なども熾烈。

クラシックへの出走を狙う馬と同じように、騎手もまたクラシックに騎乗するために躍起になる。ほぼ間違いなく騎乗依頼が来る最上位騎手でもない限り、重賞からの継続騎乗で挑むか最上位騎手に選ばれなかった馬の乗り替わりかの2択になるので、この時期の騎乗はいつにも増して真剣だ。

ただ、普通の騎手と違って三宅は比較的暇だった。

お手馬のフェルテマカナは賞金が余裕なのでわざわざ皐月賞前にレースを使う必要もなく、皐月賞に直行。今頃はしがらきの外厩できっちりと調整されているだろう。

そして、皐月賞の乗り馬が決まっている三宅にクラシック前哨戦を張り切る必要はない。そもそもフェルテマカナが北野ファーム生産のエースなので各一口クラブもそこまで必死になって皐月に出そうとはしてこない。

個人馬主の馬にしても本番で乗り替わるよりは中堅に頼んで継続騎乗を、と考える人も一定数いるため、この時期の3歳戦の騎乗依頼はそこまで多くない。

次走に重賞を見据えた1勝クラスでの騎乗依頼は相変わらず多いが、重賞での騎乗での依頼は是が非でもクラシックに所有馬を乗せたい中小馬主の馬が主。

本番では乗り捨ててもらって構わないから勝たせて皐月に出させてくれ、というわけだ。

個人馬の騎乗数が多くない三宅にとってこういう時でもなければ個人所有の"掘り出し物"に出会えないので、意外とお互いにとって理に適った関係だったりする。

今春に三宅が個人馬主の馬に乗った重賞はきさらぎ、チューリップ、弥生、スプリングの4つ。

うち、きさらぎ賞とスプリングSを勝たせ、弥生賞も3着できっちりと皐月賞に送り込んで期待に応えている。

特にスプリングSを勝った馬の方は短中距離での素質を感じたので"マイル以下なら乗りたい"とコナをかけておいた。皐月の後にダービーではなくNHKマイルの方に回るならお手馬としてキープできたことになる。

なんなら前哨戦を勝たせるついでにそこそこ強そうな皐月当落線上の馬を徹底マークで数頭潰している。ほとんどが一口クラブ馬で今後の騎乗依頼に影響が出るわけでもないのでやり得だった。その内の一頭が萩谷厩舎の2番手で先日萩谷にネチネチと文句を言われたが、どうせマカナが勝つからいいだろうと黙らせた。細かいことを気にしすぎるからここ数年で一気にハゲるのだ。

 

そしてクラシック前哨戦の時期も終わり、いよいよ直前期。マカナ自体は1ヶ月ほど前に帰厩していて、厩舎で最後の調整。マカナの調教は基本的に萩谷厩舎の調教助手、特に長崎がやるのが定番パターンなので、三宅は最終追い切りに乗る程度。

そして最終追いも先ほど終えて、現在は栗東トレセンで記者会見。

司会進行を務める会社が音頭を取って各自から質問が飛ぶ。

「○○新聞です。三宅騎手は昨年から"三冠"と何度も発言されていますが、現時点でもその思いは変わらないんでしょうか」

「むしろ今の方が強いですね。皐月賞に出てくる馬はほとんど同レースで乗ってる馬ですけど、やはりマカナが1番強いかなと。距離の融通が効くのであれば三冠は十分に狙えると思ってます」

記者会見という手前、他陣営の目もあるので比較的オブラートに包んで答える。雑魚しかいないのでどう勝つかしか考えていないとは流石に言えない。

「△△競馬です。まず初戦ということで、相当な人気を背負うことになると思われますが、その辺りのプレッシャーなどは。萩谷調教師三宅騎手両名にお伺いしたいと思います」

萩谷と目を合わす。萩谷が先に喋るらしい。

「えー、まぁまず初戦ということで、当然ここを勝つという前提で先を見据えていますので。あまりこの言葉を使うのは好きではないですが、マカナはまぁ絶対勝つだろうなと。そう思わせてくれる馬ですね。パドックで三宅が乗るまでの間、こちらができるだけのことをやるだけです」

「人気するというのはまぁ分かりきってることですしね。プレッシャーというのもそこまでは。落馬でもしない限り力を出してくれる馬ですから。歴史に名前を残すレベルの馬だと思ってますので、その名馬の戦績を汚さないようにという意味ではかなりプレッシャーというか、責任を感じるところはありますが」

「▲▲新聞です。フェルテマカナが欧州産の外国産馬、三宅騎手も海外デビューから日本に移籍ということで競馬ファンなどから"○外コンビ"と呼ばれていますが、ご存知ですか」

「あぁ、あれですか。知ってますよ。誰が言い出したのか知らないですけど上手いこと言うなーとは思いましたね。最近は○外で強いの減りましたし、愛称というか、どう呼んでもらっても。人気出るのはありがたい話ですから」

ありがたいが、普通に純日本人なのでちょっと疎外感を感じるところはないでもない。

その後も恙無く進む記者会見。

馬の力量がズバ抜けてるのは明らかなので、レースに直接関係する質問は案外少ない。

記者側も聞くことが少ないのか、10分ほどでお開きに。

「G1の時で過去1緩い記者会見だったわ」

萩谷が溢す。

「記者会見とか堅苦しいの苦手だしあんくらいがちょうどいいっすけどね」

「お前はもう少し真面目にやれ」

「結果出してるしいいでしょ」

帰宅する三宅と厩舎に戻る萩谷。自然、途中で別れることになる。

「輸送だけよろしく頼みますよ」

「やらかさねえよ」

ロードに跨って敷地の外に出る。何か忘れている気がするが多分気のせいだ。

「うし、帰って寝よ」

 

 

 

 

2時間後、若林からの鬼電で三宅は叩き起こされた。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

G1の前の日の調整ルームは普段と雰囲気が違う。

G1で乗る馬の人気に関わらずピリつく人はピリつく。三宅は緊張と無縁のタイプなので普段通りだが、居心地はあまりよろしく無い。

その上、特に今日は最悪の居心地だった。

「師匠!」

「師匠呼ぶな」

なぜかいる若林。それもデカい声で師匠師匠と煩い。しかも何をしても後をついてくる。飯からサウナ、果ては風呂場にトイレ。

「師匠!今度はどこ行くんですか」

「風呂だよ。風呂場まで着いてくんなストーカーかお前」

「お背中お流しします!」

「黙れ」

風呂場に入る。平然とついてくる若林。辛い。

「師匠!湯船入る前に洗ってください!」

「今日風呂2回目だよお前さっきもついてきたろ。半身浴すんの」

サウナは喉がカサつく感じがするので汗出しは半身浴派だ。

「師匠!あと磐田さんが後で共用スペースに来いと言ってました!」

「風呂場で叫ぶな煩ぇ。どうせ麻雀だろ、お前俺の代わりにしてこい」

「麻雀わかんないです!」

「1と9の牌と数字以外の牌だけ集めろ。そしたら勝てる。ほれ行った行った」

若林が出ていってようやっと平穏が訪れる。まず何でG1日の主場にいるんだ。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

翌日。若林を犠牲に長時間麻雀を回避した事で体調は良好。本日ここまで9鞍で3勝2着4回。調子も悪くない。

そしていよいよ皐月賞。視線の先には相変わらず黒いフェルテマカナ。チャカ付きも物見もなく、気性面の心配はない。

止まれの合図で馬上へ。肉体の調整も問題なー

「萩谷さん。さては調整ミスったな?」

どこが悪いとかはない。あえて言うならば、全体的に物足りない。

「ミスってない」

「何も仕上がってないこの馬体でよくそんな事言えますね」

数字にするなら6割仕上げと行った所か。

「ホントにミスってない。お前よく考えろ、年明けて1回も走ってない馬は何頭いる」

「マカナと、朝日杯馬の2頭だっけな」

「18頭出てて、16頭は1回叩いてここに来てる。当然ダービーも来るだろう。」

「何が言いたいんすか」

「3歳馬は春は3走するって話だ」

「マカナは皐月とダービーで終わりでしょ」

「まだあるだろ。中距離G1」

「は?」

「ユルユル仕上げなのはそう言う事だから、よろしく。できるだけ余力残せ。ちゃんと勝てよ」

言うだけ言って離れていく萩谷。うまく状況が飲み込めないまま、本馬場へと誘導されていく。ようやく状況が飲み込めた頃には、すでにゲート裏で今にもゲートに入れられようかという状況。

「つまり、このダルダル仕上げでできるだけ楽に勝てと。無茶苦茶だよ」

ゲートへと入れられる。

一瞬の静寂。

「ま、いけるか」

つぶやいた瞬間にゲートが開く。

各馬が一斉に飛び出していき、遠くのスタンドで歓声が上がる。

 

皐月賞が始まった。




毎日4〜5000文字を更新してる方々は何なんでしょうかね。化け物かなにか?

次回は皐月賞です
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