ターフの頂点へ   作:夢遊病

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出稼ぎしに帰国。


帰国

三宅統也は一般家庭出身である。サラリーマンの父と専業主婦の母の間に生まれ、小学校の校庭でサッカーボールを追い中学では白球を追いかけたごく普通の男子。転機は高校生の時だった。父に誘われて行った府中競馬場のスタンド最前列。3勝クラスがメインの土曜日の午前中、力強くターフを駆けるサラブレッドに魅了されその日から騎手を志した。G1となればテレビに齧り付き、ダービーデーには競馬場へ向かう。高校を出たら競馬学校へ入りJRAジョッキーに、ゆくゆくは重賞やG1も……思いを巡らせた回数は数えきれないほど。しかし、高校が進学校であったが故にこの計画は御破算となる。難関大学へ1人でも多くの生徒を送り込みたい高校側にとって、生徒がギャンブルの駒の養成施設へ行くという事は看過できることではなく、進路を巡って揉めに揉めた。三宅は懸命に教師や両親に説得を試みたが、高校、そして進学を希望する両親を説き伏せることは叶わず、JRA騎手を諦め、海外の大学へ進学しそこの国の騎手を目指すという落とし所で決着がついた。高校を卒業し単身アメリカへと渡った三宅は大学へ通いながら騎乗を磨き大学卒業と同時に騎手デビュー。めでたく念願のジョッキー生活をスタートさせた。

 

 

 

 

 

 

 

ニューヨーク空港から空の旅およそ14時間。残暑厳しい8月の終わり、羽田空港に三宅は降り立った。JRAの短期免許合格通知が来たのが8月の半ば。そこから原田と連絡を取り合い、JRA開催に騎乗可能となる9月頭より少し前に帰国という形をとった。壁の向こうからベルトコンベアで吐き出されてくる自分の荷物を回収し、ゲートを出て空港ロビーへを抜け、外へ出る。襲いかかる灼熱に少し懐かしさを感じつつ、タクシーに乗り込み実家の住所を伝える。首都高へと飲まれていく黄色い車体の中で、三宅は景色もそこそこに目を閉じた。

 

 

実家へ荷物を置いた三宅は原田との待ち合わせ場所の銀座へ向かった。久しぶりに再会した両親との会話を切り上げることができず15分の遅刻である。

待ち合わせの鮨屋へ入りカウンターに座る原野の横へ。大将に鮪と鯛を頼む。

「さて、いきなりだけど紹介したい人が2人いる」

注文を見届けた原野が口を開く。

「手前が君の受け入れ厩舎の萩谷さん。奥が君の日本でのエージェントの大原さん」

萩谷と呼ばれた男の服装はあまり競馬関係者っぽくない。船上のパーティで踊っていそうな、紳士のような見た目をしていた。

「栗東、調教師の萩谷だ。よろしく」

差し出された右手を合わせる。

「エージェントの大原です。日本にいる間は僕が君への騎乗依頼をまとめることになります。よろしく」

大原は30代ぐらいだろうか。エージェントという職業としては若い部類だろうが、日本一の牧場の代表が連れてくるのだから、やり手なのだろう。

お待ち、とカウンターの向こうから皿が置かれる。旨い。

「短期外人は毎年来るしたまに地方からも来るけど、短期の日本人は初めてじゃないか?」

「実力は折り紙付きですよ。萩谷さんもキングジョージ見てたでしょ」

「実力も申し分なし、実績も分かりやすいのが一つ、言語の問題も無い。ここまで楽な代理業もなかなか無いですよ」

「来週から騎乗になるけど、初週は特に頑張ってね。最初に好印象を残しておけば乗せてみたいって人も増えるし、逆もまた然りだから」

来てよかったと改めて思う。必要とされているという事実は何よりも嬉しい。

堅苦しい話は終わり、と原田が手を叩く。

「せっかくいい店取ったんだから、仕事の話は今度でいいでしょ。主役が落ち着かないだろうし」

原田がこっちを向く。

「アメリカ帰りで和食に飢えてるでしょ?遠慮しなくていいよ」

では遠慮なく、と注文する。

最終的にどのくらい食べたかは覚えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

萩谷厩舎の調教に参加したり、一口クラブの代表に挨拶をしたりと忙しく過ごし、現在9月第1週金曜日。JRA開催に騎乗する騎手は開催の前日に調整ルームに入ることを義務付けられている。これは八百長防止のためであり短期免許で来日している騎手にも適応され、ネット回線と接続できる電子機器の一切を回収される。当然三宅も調整ルーム入りしたのだが、一つ問題が起きた。ぼっちである。JRA騎手コミュニティに属さず、短期免許コミュニティにも日本人なんだから日本人と話せばいいじゃないかと言われ三宅は孤立。結果として食堂でぼっち飯をキメた。

 

食後に三宅はサウナへ向かった。サウナには先客が3人。談笑していたようだが、そのうちの1人が三宅に気づいた。

「知らん顔やな。噂の短期の日本人か?」

「三宅統也です」

40代中程だろうか、老けた顔が話しかけてきた。どうやら短期免許の日本人と噂になっているらしい。

「さっき食堂で1人で飯食ってたろ。中途半端に他所モンだとキツイよなあ。わかるで、俺も元々地方やったから」

「JRA騎手はJRA騎手でつるんでるし、短期の他の人は日本人同士の方がいいだろと言われて。キツイっすね」

わかるわぁ〜と声が返ってきた。こちらも40代程。地方出身らしい。

「まぁいきなり人間関係の固まりきったとこにぶち込まれたら馴染めませんよね」

地方の方の40代の隣にいる男からも同情された。同年代ぐらいの見た目だが、そこはなとなく貫禄のようなものを漂わせている。

若い方が横川。40代のうち地方出身が磐田で、もう1人は芳田というらしい。

「そうや。三宅は打てるんか?」

「打てる?」

磐田が聞いてきた。何の話だろうか。

「麻雀や。打てるか?」

「多少わかりますけど」

わかると言っても高校時代に軽くである。細かいルールはおろか役すら覚えているか怪しい。

「ならちょうどいいわ。この後俺と芳田、あとゾエで打つから来いや。どうせ暇やろ」

「え」

決まり、とばかりに芳田と磐田がサウナから出て行く。若手に拒否権はないらしい。横川が憐れみの目を向けてくる。もしかしてこれヤバいのか。

「あの人なりの歓迎だと思うのでまぁ受け止めてあげてください」

3時くらいまで付き合わされますけど、と横川が小さく呟いたが聞こえた。ちょっと待て、3時って何だ、今8時だぞ。こっちは明日1Rから乗るんだが。

 

その後、三宅はサウナ後の風呂で待ち構えていた磐田に連行され和室で対局。磐田、芳田、川添(ゾエと呼ばれているらしい)にボコボコにされ、結局解放されて眠りにつく頃には時計は4時近くを指していた。

 

翌朝土曜日9時20分。パドック前のジョッキールームには半分寝ながら阪神1Rのパドック周回を眺める三宅の姿があった。

 




次回、レース編。
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