ターフの頂点へ   作:夢遊病

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体調崩したりなんだりで気づいたら1ヶ月経っててびっくり


目指す夢は

フェルテマカナと三宅がスタンド前に歓声を受けながら戻ってきても、いまだに萩谷は思考がまとまっていなかった。勝ったのはわかる。ただ、何が起きた?大逃げ馬に対して番手を取りに行って気でも狂ったかと思えばいつのまにか最後方にいてよもや故障かと肝を冷やし、そしてまた気づけば訳のわからない着差で先頭でゴール板を駆け抜けていた。

「ちゃんと勝ってきましたよ」

上から声が降ってくる。気づけばウイニングランを終えて戻ってきたようだ。声の主に目を向ければ、さも当然かというような表情をしていた。

「お前、何やった?」

労いよりも先に、萩谷は三宅に問う。

「何が?」

「逃げ馬に対抗しにいって、頭イカれたのかと思ったら、最後方に下げて故障でも起きたのかと思ったぞ。何をやったらあんな騎乗になるんだ」

「あー、うーん、説明がむずいんだけどなぁ。というかまずはお疲れ様とかよくやったとかでしょ普通」

「答えた後で言ってやる」

「まーねぇ…、なんで説明すればいいのやら…。パンサラッサが居て邪魔だったから鈴付けに行って、そしたら他の馬全部ツインターボになったから、その後ツインターボの後ろでセイウンスカイしたって感じ?」

「何もわからん」

「まぁ番手で溜め逃げした的なイメージでいいかな」

「言いたいことはなんとなくわかった。だが、やろうとしてやれるもんなのかそれ」

「まぁ普通の馬じゃ無理でしょうね。ただこいつの場合操作性が高すぎるからやれちゃう」

「スペックと操作性を比較して、どっちが優れてる?」

「どっちも大概壊れてるけどギリ操作性の方が一般比で高いかな。折り合いのつくディープとか、春から肉体がある程度仕上がってるイクイノックスとかその辺のイメージ」

「最強ってことか」

「それはもう文句無く。両方とも乗ったことないし知らないけど、個人的にはマカナの方が上な気が。レーティング139とか140とかこんな感じなんでしょうね」

「そこまでではないだろ。ディープにしてもイクイノックスにしても舐めすぎだ。両方とも生で見てないだろ」

「イクイはギリ生で見てたけども。まぁ、2頭に限らず当然そういう考えの人もたくさんいるだろうけど。それはこれから証明してく訳で。俺はこいつで最強馬論争を終わらせる気だから」

下馬する三宅。ぽんと一つマカナの首筋を叩いたあと、後検量に向かう。

「で、労いは?」

ニヤニヤ顔に腹が立つ。

「………」

「三冠宣言はしたし次は引退まで無敗宣言とかにするか」

「……よくやった」

「どーも。まぁあの乗り方はもう2度とやらないんだけどね」

意味ありげにつぶやいて、検量室に入る三宅を、萩谷は見送った。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

皐月賞が終わって最初の調教。フェルテマカナは短期放牧に出される予定だったのだが、三宅の願いで在厩調整となっている。もっとも、疲労も考慮してかなり弱い調教である。

「わざわざ外厩使わずに何するつもりだ。在厩って難しいんだぞ」

「いやまぁちょっとね。思った3倍くらいマカナの操作性が高かったもんで。せっかくなら強みを活かそうと」

普段なら長崎筆頭に萩谷厩舎の面々が乗るところであるが、この中間は全て自分が乗ると三宅からの申し出があった。

「何するのか知らんが、ちゃんとこっちの言う通りに走らせるならまぁ好きにしろ」

「流石に調教師の調整ガン無視はしないっすよ。したらブチ切れるでしょ萩谷さん。ちょっと俺仕様にチューニングするだけなんで」

「チューニングだあ?」

「見せ鞭で速度調整やりたいなって。俺舌鼓苦手だし。今後どこかで役立つかもしれない」

「速度調整って加速減速を見せ鞭でやるってことか?」

「鞭の平べったい側振ったら加速で持ち手側なら減速って仕込もうかと。普通の馬なら無理だけどコイツならいけるかもしれないしやるだけやってみる感じで」

「乗り役はお前だしそうしたいなら好きにしたら良い」

どうせフェルテマカナの主戦が変わることはないだろうし、三宅もフェルテマカナを最優先に騎乗スケジュールを組むはずだ。それこそ三宅が怪我離脱でもしない限り乗り替わりはおそらくない。ならば、好きなように馬作りをすれば良い。

「楽仕上げがこんなとこで役立つとはね」

「他所は100%の状態を120%に持ってかなきゃならないからな。1ヶ月じゃ短期放牧出したってどうしても厩舎で作らなきゃならんし腕の差が出る」

「その点マカナはゆるゆるだからそこまで気にしなくても良いと」

「皐月を6〜7割で出してるから、ダービーは8割強くらいのつもりだ」

皐月賞が壊れベースだったのも相まって他陣営は疲労と状態の釣り合いを取るのが相当難しいだろう。はっきり言って8割の調子で出せるなら無難に乗っただけで虐殺レベルになるかもしれない。

「10割仕上げは?」

「宝塚」

「マジで出すんだ。そもそも酒井さんの許可取れないでしょ」

二冠(予定)馬をわざわざ厳しいローテを組んでまで3歳で宝塚に出す理由がない。過去にネオユニヴァースの例があるものの今は緩いローテが主流だ。ましてや、無敗馬。欲をかいて宝塚で負けて無敗三冠という肩書きが消えてしまうことなどあってはならない。こんなもの、誰がどう見たってNOが普通だし、NOが正しい。個人馬主ならロマンを追い求めることもできるかもしれないが、マカナは一口馬。故障のリスクなども含めて、背負うリスクとリターンが釣り合っていない。出すメリットに対して出さないメリットが大きすぎる。

「秘策がある。許可は取れる」

「なら良いけども。俺は別の馬の調教行くんで、まぁ許可取りは頑張ってもらって」

「まかせろ」

無言で萩谷の言葉に頷く三宅。そのまま馬房のマカナをひと撫でして、三宅は萩谷厩舎の敷地を出た。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

東京の長い直線を18頭が駆ける。その様を馬主の高山は緊張と不安とが入り混じった表情で観戦していた。

行われているレースはNHKマイル。3歳春のマイル王を決定するれっきとしたG1レースである。

高山の所有する馬、タケルホノオは現在3番手。先頭との差はほぼなく、もうひと伸びできれば先頭に立つことができるポジション。

タケルホノオの単勝人気は3番人気。高山からしてみれば信じられないほどの高人気だ。

高山は中央馬主として資格を得ることができる程度には富裕層ではあるものの、中央馬主内で比較すれば底辺層。1頭の馬に何億もの値がつくようなセレクトセールではセリの開始金額に参加すらできない、7桁前半の安馬を年に2.3頭買うのがやっとの馬主だ。相馬眼にはそれなりに恵まれていて、安馬を安馬なりに走らせてきた。過去の10数頭の所有馬の中には準OPまで勝ち上がった馬もいた。ただ、G1はおろかローカル重賞にすら所有馬が出たことはない。正真正銘の弱小馬主だ。

それがどうしたものか、2年前に奮発して700万で購入しタケルホノオと名付けた馬が新馬戦を勝ち上がり、1勝クラスも突破。負けこそしたものの2歳重賞に出走することができた。さらに、タケルホノオは年が明けたら今度は皐月賞トライアルのスプリングSにトップジョッキーの三宅を背に出走が決定。普段ならば縁遠い存在の最上位騎手が自身の勝負服に身を包むという事実に喜んでいたら、スプリングSをタケルホノオが勝利。皐月賞本番では三宅が乗ることはないが、タケルホノオはダービーよりマイル向きの適性。NHKマイルならば吝かではない、という三宅の言葉もあり、過酷なローテを馬に強いるのはあまり好まない高山も今回ばかりは皐月→NHKマイルの強行ローテを敢行。三宅を鞍上として確保し、人気馬の一角としてG1に出走することが出来た。

「来た!」

直線も残り200を切ったところで、高山は叫んだ。コースではタケルホノオが先頭に変わって抜け出そうとジリジリ伸びている。

5月の陽気と観客の熱気によって高山は汗だくだ。額には大粒の汗が浮き、右手に握りしめたタケルホノオの単勝馬券は手汗でふやけてしまっている。

「そのまま!そのまま!」

周りの目を気にすることなく無我夢中で叫ぶ高山。タケルホノオが半馬身リードの先頭のまま、ゴール板までは残り100ほど。強く握りしめられた単勝馬券のことなどとうに忘れている。

残り50で、追い縋っていた馬がタケルホノオに差し返そうと並びかける。万事休すか、と顔を引きつらせた高山。ターフビジョンには混戦模様が映し出されている。その中で三宅がタケルホノオに右鞭を入れるのが高山の目にはっきりと見えた。

「残せーー!!」

高山の渾身の叫びと三宅の鞭に答えて再度伸びるタケルホノオ。50Mは最後のひと伸びには十分な距離で、タケルホノオがアタマ差ほどのリードを保ったまま押し切り、そのすぐ後に4,5頭がゴールに雪崩れ込んだ。

「しゃああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

狂喜乱舞する高山。勢いのままに口取りやら表彰式やらを済ませる。

「よくやってくれた!」

自身より一回り小さい体格の三宅とがっちりと握手を交わす。

「NHKの方に回してほしかったのは僕の方ですからね。ダービー回避させた以上は勝たないと」

12Rも騎乗がある三宅。準備やらの時間がギリギリで焦っているが、興奮しっぱなしの高山は全く気が付いていない。

「本当によくやってくれた!この馬の今後のローテは三宅くんに合わせるから!」

「へ?」

「乗り馬いないなら出すから!安田とか宝塚とか、騎乗依頼きてるだろうけどもし決まってないなら出すよ!」

「安田はオーバーライドって決まってて、宝塚もまだ言えないけどほぼ内定してるんで…。ちょっとすみません、次のレースあるんでいいですか」

本格的に時間がまずい三宅。どうにか切り上げたいのだが、未だに手は握られたまま。こんなしょうもないことで戒告や制裁などたまったものじゃない。

「芝はダメか!あー、じゃあダートは?東京ダービー…は無理か。帝王賞とか地方でも!」

「帝王賞は距離長いしそもそもローテ詰めすぎなんで休養させた方が…。断言はできないけど毎日王冠とかなら乗りますよ全然。あとマジで時間ヤバいんですいません。ローテとかは調教師の方と相談してください。それじゃ」

手を振り解いて走り去る三宅。

「あーちょっと…。ダメかー」

落胆する高山。そこに近づくタケルホノオを管理している調教師。

「ダメに決まってるでしょう」

「あぁ先生…。安田はともかく宝塚とかは…」

「三宅も言ってたけど使いすぎなので休ませますよ。どれだけ早くても秋。それこそ毎日王冠とかね」

「三宅くん確保できますかね?」

「G1勝った馬だし多少確保しやすいとは思いますが、いかんせん人気すぎるのでなんとも。空いてたらラッキーくらいの気持ちでいてください。ローテを合わせるまではともかく、乗せたい気持ちはわかりますが」

「毎日王冠に出したとして、秋天かマイルCSには…」

「出走自体なら。三宅の確保はまず間違いなく無理です。諦めてください」

「そんなあ…」

少し前までとんでもない喜びようだったのに、今はすっかり沈んでしまった高山。少し個人の馬に乗っただけでこれである。三宅も大変だなあ、そう調教師は思った。




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