ターフの頂点へ   作:夢遊病

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東京優駿

昨夜のぐずついた天気とは打って変わって翌日日曜日、日本ダービー当日。

空はからりと晴れ上がり、詰めかけた観衆の熱気と相まって湿度の高い空気が東京競馬場に満ちている。

それはパドックの関係者スペースとて例外ではなく、冷房を掛けていても暑さは拭えない。

装鞍の手伝いくらいしかしていない自分ですら暑さを感じるのだから、三宅は相当だろう。そう萩谷は思った。

実際、三宅は氷嚢を頭に乗せて元気なさげにベンチにもたれている。10Rもこの暑さの中で長袖の勝負服を着て騎乗しているのだ、しかも帽子が熱をこもらせる。気温以上に暑さを感じているだろう。

ただ、いくらなんでもダメージを受けすぎではないか。鞍数の差こそあれ、他の騎手はなんだかんだ普通に過ごしている。辛そうに顔を歪めながら耐えているのは三宅1人だ。流石に様子がおかしい。

「おい、大丈夫か?いくらなんでもおかしいぞ。熱中症か?」

三宅が減量で苦しんだという話は聞かないが、騎手である以上常人と比較して摂取する水分量は抑えているだろうし、サウナやらで汗出しもしているだろう。特に、三宅は騎手としては長身の部類。脱水症状とか熱中症を起こしてもなんら不思議は無い。

萩谷の声にも三宅はあー、とかうー、としか返さない。これは無理か。

意識が朦朧としている可能性もある。萩谷は三宅の肩を掴んで思いきり揺さぶった。

「頭いってぇ…、揺らさないで…」

「おい大丈夫なのか。無理なら無理で良いぞ」

「あー、いや頭痛えだけなんで乗れる乗れる…。昔から熱中症気味になると頭痛起きるから」

「無理するくらいならやめとけ。レース中にフラっときて事故とか起こしたらどうするんだ」

「いやマジで問題ないんで…。クッソ頭痛いだけ」

「ならいいんだが…、いつからだ?」

「昼間の騎手紹介で立ってたあたりから…。倒れない程度の立ちくらみとかはしょっちゅうだから」

「とりあえず水飲め。前検量すぐだから。パドックの時間目一杯まで冷やしてろ」

「これだから夏は…、馬場も1日で完全に乾くしさあ…」

だぁぁぁ、と言いながら立ち上がりエアコン直撃の場所まで移動する三宅。

マカナも別に暑さに弱いわけではないが、主戦のこの姿を見ていると心配になる。10分後にはパドック周回だというのに、萩谷は厩舎スペースへと向かった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

萩谷が確認した限りではマカナは暑さに負けているような所は見られなかった。三宅もだいぶ表情が良くなってきていて、最悪の事態は避けられそう。

10分前までは萩谷はそう思っていた。別に、パドック周回中にマカナの体調が急変したとか三宅がまだまだ治っていなさそうとかではない。マカナは問題なく歩けているし、三宅もだいぶよくなっているのは間違いない。

問題はまた別。

『マカナやばくないか?』

少なくない数の観客がパドックを見てこう漏らした。

黒色というのは他の色と比較して光を吸収しやすい。光を吸収すれば当然温度は上がる。

馬の毛色も同じで、葦毛などと比較して黒鹿毛や青鹿毛は暑さに弱いことがままある。

ピカピカに磨き上げられたマカナの黒い馬体は太陽光を吸収しまくり、既に汗ダラダラ。まだレースどころか本馬場にすら行っていないのにゼッケンの下から白い汗が幾筋も流れ落ちている。

マカナだけでも不安なのに、屋外に出てまだ1分そこらの三宅の顔には既に玉汗が浮かんでいる。

「汗かきすぎだろ」

「俺外出ると爆速で汗出るんで。理論上は気化熱で冷えるし」

「心配で堪らん」

汗ダラダラでも勝った馬はいる。騎手は体調に問題がなければ汗をかこうがあまり関係ない。三宅の体調は諸説あるが、マカナは仮に発汗していても勝つことだけを考えるなら問題ないとは思われる。ただ、それでも心配なものは心配だ。

「気持ちはわかるけど、今更心配してもどうにもならないし。萩谷さんは祝勝会の店でも選んどいて。赤坂とか帝国とかその辺で頼むよ」

「赤坂と帝国ってどんだけ良い店行こうとしてるんだ」

「まあまあ、ダービートレーナーになるんだしいいでしょそんくらいは。どうせこっからはやれることないんだし変に悩まずインタビュー何言うか考えながらレース見ておけばいいのよ萩谷さんは」

ほいじゃ、とパドックから出ていく三宅とマカナ。

三宅の言葉通り、ここから調教師の萩谷にやれることはせいぜい祈るくらい。

「確かに、やれることもないか」

あと10分後にはレースは終わって結果が出ている。

あとは三宅に任せて、待つだけ。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「あっちいなおい…」

地下馬道を抜けて本馬場へ出た時、三宅の口からそう自然と出ていた。

ターフは日光の角度の関係上、遮蔽物がなくパドックよりも直射日光が当たる。当然、パドックよりも暑い。しかも東京2400はスタンド前からの発走。超満員のスタンドからの熱もそこに加わる。

「馬大丈夫かこれ…」

パドックから汗ダラダラのマカナは言わずもがな、他馬も既にゼッケンから白い線が出ている馬がちらほらと見える。

ただ、条件自体は悪くない。

過酷な状況になればなるほど地力がモノをいう。レースというのは他馬との相対比較なのだから、自分の馬の調子が微妙でも他馬のパフォーマンスが落ちるのなら問題ない。

発汗しているだけでマカナの調子自体は上向いているので無難に走れば問題ないだろう。

マカナは3枠5番なのでゲートには先入れとなる。観客の声で興奮するリスクを減らせるので今回はありがたい。ゲートを嫌がる馬でもないので入ってしまえば問題なし。

 

後入れの馬がゴネたのか少々待たされたが、マカナは落ち着いたまま。

ダービーのゲートが開いた。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

"最後に、18番のパワージェムが収まって、18頭体勢完了。全てはこの日の為に、日本ダービースタート!フェルテマカナ好スタート、注目の先行争い、やはり外から押して押して16番ボルテージランが行く。2番手内からクルミ、3番手にはテラコッタカラーがつける形"

 

いいスタートをきったフェルテマカナ。外からボルテージランがすっ飛んで来るのを見つつ、スタンド前から1コーナーへ。外から進出することを考えて外に誘導しつつ、徐々に形成されていく隊列に加わる。

 

"先頭は1コーナーを回って向正面へ。先頭はやはりボルテージランが大逃げを打つ展開。10馬身ほど離れた2番手にクルミ、その外並んでテラコッタカラー。後ろにカシアパラ。2馬身きれて、ここにフェルテマカナがいた。控えると宣言していた三宅ですが現在5番手。そこから4馬身ほど空いて、馬群がぎゅっと固まっている。ダノンタイタン、チャルコートは馬群中央。そして後方3番手、先頭から18馬身ほど離れたところ2番人気グレンツェントは後方で末脚に賭ける"

 

最初の1000Mを通過したところで、三宅は強烈な違和感を感じていた。

大逃げがいる関係で見かけの1000M通過タイムこそ早いが、離れて追走しているその他の馬はかなりのスローペースで走っている。なのに、後方から上がってこようという気配が感じられない。そもそも直後に馬がいない。

12番手くらいで追走する予定だったのに、なぜか前から5番目を走っている。

前目につけていること自体は全く問題がないのだ。スローペースは前有利。前にある馬の数が少ないから詰まる心配も少ない。だからこそ、後ろの馬たちがなぜ上がって来ないのかがわからない。

確かにレースはまだ半分以上残っている。だからといって、後方でいたずらに脚を溜めていては前の連中にまんまと押し切られる。スローペースでいつまでも後ろに固まっていては、差し戦法を取るメリットがない。

そもそも、後方にいるということは、前にいるフェルテマカナと差し脚勝負をするということ。皐月賞のようなペースならいざ知らず、今のペースで脚比べをしても影すら踏めないのは後ろの騎手たちもわかっているはず。

 

結局一頭も上がってこないまま、3コーナーを迎えた。

先頭との距離は明確に掴めないが、マカナとの距離差は変わっていない。

なぜそこまで頑なに溜め続けるのか。そんなに溜めたところでせいぜい直線で追い込んでどさくさ紛れに2着に滑り込むのがせいぜいだろう。

そこまで考えて、三宅ははっとした。どうして、どうやったってマカナに勝ちようのない位置で走り続けているのか。マカナという常識の範疇を超えた馬を除いて考えたら。マカナには勝てないと初めから割り切って、2着狙いをするのだとしたら。皐月でハイペースで自滅したことも鑑みれば、先行馬と極限まで貯めた末脚で勝負するというのは作戦としてアリだ。

 

"3コーナーから4コーナーへ、、逃げるボルテージランのリードはまだ10馬身くらいある。2番手クルミはちょっと手が動いているが、さぁ三宅が一気に動く、フェルテマカナが上がってくる。あっという間にクルミに並びかけて2番手まで進出。さぁ4コーナー回って直線コース先頭ボルテージランリードは8馬身!"

 

2着狙いと思われる後方を完全に無視して、直線に向けて徐々にマカナの使う脚の強度を強めていく。コーナーで加速しながら直線に向いてたところで先頭との差はおおよそ6〜8馬身。逃げる馬がガス欠気味なことを含めると、その気になれば150Mもあれば一気に抜きさって独走状態に入るだろう。ただ、東京の直線は500M強ある。今すぐに先頭を抜く必要はなく、楽に走らせたとしても200M分くらいは遊んでも問題ない。なら、試したいことがある。

三宅はスタートから手綱と共に握っていた鞭を初めて抜いた。抜かれた鞭が向かう先はマカナの馬体ではなく、マカナの顔の横。

鞭の先端がしなって風を切る。ひゅうと風切り音が三宅の、そしてマカナの耳に届く。鞭が起こす風切り音を聞いても、マカナの様子は変わらない。反対側でやっても反応は無い。

「うーん、仕込み始めてまだ1ヶ月経ってないし流石に無理か」

皐月賞後から仕込み始めた鞭による速度制御、それがまだ全くの未完成なことを確認した三宅は鞭をまた当初の位置に戻した。

バテバテの逃げ馬を差し切るのに鞭は必要ない、そう言わんばかりに堂々と鞭をしまった。

三宅から手綱で気合いを入れられて、フェルテマカナの速度が一気に上がる。

 

"残り300になっても未だ先頭はボルテージラン、3馬身後ろにフェルテマカナが楽々迫っている。後方各馬が一気に3番手争いに加わってくる。さあ先頭ボルテージランまだ粘っているがここでフェルテマカナが一気に加速する!一気にかわした!残り200フェルテマカナ先頭一気に突き放す!フェルテマカナのリードが3馬身4馬身と広がっていく!あとは後ろの争いだ!後ろからグレンツェントが追い込んでくる!ボルテージランに迫るグレンツェント、粘るボルテージラン!先頭フェルテマカナが突き抜ける!混戦の2着争いを尻目に、フェルテマカナが止まらない!さぁこれはまた大差か、大差だ大差だ!まさに格が違う、圧巻の強さだ!無敗の2冠馬誕生のその瞬間、フェルテマカナ先頭でゴールイン!2着には最後追い込んだグレンツェント、3着争い混戦だがわずかにボルテージランが凌いだか。5戦5勝5大差勝ち、フェルテマカナが今回も圧倒的な強さを見せて無敗の2冠馬となりました。そして鞍上の三宅統也はダービー2回目の挑戦で勝利、見事ダービージョッキーの栄光に輝きました。3冠のかかる秋の京都に、そして陣営が挑戦を表明している春のグランプリ宝塚記念へと期待が高まる、そんなレースとなりました"




現実的じゃない数字としてコントレイルの白毛馬をセレクトセールで6.5億落札にしたのにキタサンブラック産駒が5.9億で落札されたのでびっくり。8億くらいに盛り直そうかな
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