タイトル思いつかなかったので後々変わる可能性があります
「これ…、どうするんです?」
真剣な表情で向かい合う三宅と萩谷。2人の間には『マカナ中間動向』と題されたコピー紙が一つ。その紙には
6/9軽い熱発。その日のうちに回復
6/11追い切り中に熱中症疑い
6/14回復但し調整遅れ
などの文字が踊っている。
「特にこれ」
三宅が熱中症の文字に指を指す。
「ただでさえ1ヶ月しかないのに体調崩して調教は遅れてる。挙句に熱中症ときた。こんな終わってる中間で出せませんて。勝ち負けうんぬんの前に死にますよ。6月末の阪神の暑さ知ってるでしょ」
ダービーから戻ってきたフェルテマカナは公表通り宝塚記念へ向けて調整されていた。戻ってきて数日は問題なかったのだが、徐々に調教の強度を強めて行くにつれて暑さに弱い体質が露呈。昨夏は北海道滞在で問題がなかったが、栗東の暑さには耐えかねたらしい。動きが鈍いとか飼葉食いが悪いとかの前触れもなくいきなり下痢や熱発の体調不良を起こした。当然そんな体調で予定通り調教ができるわけもなく、調教は遅れに遅れている。調教駆けする馬であるにもかかわらず先日は条件馬に並走で遅れをとる始末。
「その辺の馬ならともかく無敗の2冠馬ですよ。3歳馬なんだから本来宝塚なんて出なくて良いんですよ。大人しく回避しましょ」
三宅が萩谷に訴える。至極当然の訴えだ。だが、
「いや、今更出ませんとは言えないだろう」
萩谷はその訴えを一蹴。
「調子が整わないから回避って言ったって、古馬に勝てないから逃げたんだとか嘘故障とか抜かす外野が出てくる。一度出ると宣言した以上、走れる状態にあるなら出走させる」
「走れる状態にないから今話してんでしょうが。ネットでほざいてる奴らなんぞ無視しときゃいいんですよ。宝塚なんて来年でも取れる。目先のG1ひとつより馬の将来。崖っぷちの3歳未勝利馬じゃないんだから」
三宅は回避の姿勢を崩さない。
「100%じゃないが、ダービーでかなり仕上げてある。ここ最近で多少落ちてたとしてもきちんと体調を整えて立て直せば8割くらいの出来には留めておけるはずだ。8割もあればマカナなら勝てる」
「だから、そもそも出る必要がないって話を…」
「出るもんは出るんだ。決定権は俺にある」
本来馬のローテは調教師がオーナー等と相談して決まる。一部のベテランかつ上位騎手を除いたほとんどの騎手はせいぜいが提案程度で、実力があるとはいえまだ若い三宅がここまでローテに干渉できるフェルテマカナ陣営はかなり異端だ。三宅に全幅の信頼を置く萩谷と必ず結果を出してきた三宅の信用あってのものである。
「騎手イビリは嫌われますよ」
「お前以外にここまでローテに口出してくるのはいないからな。他にやったら干されるぞ」
「強権発動されたらしょうがない。まぁ最悪負けそうになったら飛び降りますか」
「…………」
「え?何その顔。冗談よ?やらんよ?アリだなみたいな顔してるけど思いっきりアウトだからな?やらんからな?」
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「はい!今週はいよいよ宝塚記念!ということで、注目のフェルテマカナ陣営のお2人にインタビューしていこうと思います!」
テレビカメラに向かって女性特有のきゃんきゃんした作り声が響く。よくある競馬番組の取材だ。さっきの追い切りの時もカメラが回っていた。
「じゃあまずは管理している調教師の方からお話聞いていきたいと思います!お父さん、マカナの調子はどう?」
「馬がね、暑いのが苦手でちょっと中間熱中症になったんだけども、幸いすぐに回復したからそこまで問題にはならなくて順調とは言えないけど8〜9割までは整えられたかな。力のある馬だし、このくらいの調子まで持ってこれたら勝負になるとは思ってるからそこまで気にしてない」
リポーター、もとい萩谷美咲が萩谷調教師に聞く。親子ならではの堅さのない会話と親子故に聞き出せる他の番組よりも少し込み入った話が馬券の参考になると競馬番組の中でも人気らしい。
放送日が土曜なのでもちろん三宅は見たことがないしそもそも深夜帯番組なので寝ている時間だが、人気と言われても納得できる。他の取材と比べて明らかに萩谷の顔が緩んでいて穏やかだし、普段は聞かれてもぼかすような細かい情報までこぼす事が多々あり隣で聞いていてどこまで喋る気なのか心配になる事もしばしばある。
「はいそれでは三宅騎手、勝てば無敗での制覇と3歳による制覇、どちらも史上初となりますが心境は?」
「まーそうですね。実力を発揮できれば現時点で十分古馬とやり合っても遜色ない走りをしてくれるとは思ってるので。夏負けしたのはちょっと気になりますけど追い切りのタイムも悪くないし、当日めちゃくちゃ暑くなるとかでなければ」
「14番とやや外目の枠になりましたがなにか作戦とかは?」
「どこでも競馬できる馬だから枠番は気にしたことなくて。内枠なら前受けすればいいし、外枠なら下げてもいいし。スタートと他の馬の動き次第でどのポジションでも。どの位置でも最後の脚は鈍らないし」
「前走のダービー含めてデビューから5戦全て大差勝ち。他馬のマークも世代戦以上に厳しくなると思いますが?」
「包まれるのと物理的に届かない位置で直線入るのが嫌なので、外枠はこういうこと起きないだろうしそこは良さげかと。マークにしても外外回しておけば喰らわないし」
「なるほど。お二人、お話ありがとうございました!」
聞きたいことを聞き切ったらしい美咲がややぶつ切り気味に〆る。
カメラスタッフががやがやと動きだし、映像取材特有の緊張した空気が弛緩する。他馬陣営の取材がまだ残っているようで、挨拶もそこそこに他所の厩舎へと移動していく一行。
カメラレンズを覗いたときのあの底なしのような不気味な感覚を思い出し、ぶるりと三宅は体を震わせた。空には高く太陽がのぼり、調教のピークタイムをとうに過ぎ馬も人のもまばらになった栗東トレセンを照らしている。
晴れすぎるのも困りものだが、適性が未確認な重馬場になるのも都合が悪い。
理想はくもり、次点でほどほどの晴れ。小雨でもまぁいいだろう。カンカン照りと土砂降りだけは勘弁願いたい。
スマホで日曜の大阪の天気を確認すれば、くもりのち晴れとの表示。ただ降水確率もそこそこあり、くもりのあいだにパラつく可能性もありそうだ。
「たぶん重馬場走れるだろうけど、まぁ晴れた方が無難でありがたいわ」
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大阪は宝塚。
10Rを終え、これから始まる上半期グランプリに向けて観客がゴール前に、そしてパドックに増えていく。
そして、三宅が懸念していた天気だが。
「ここまでやれとは言ってねえだろバカ」
空は重たげな雲に覆われ、時折大粒の雨が降りつける。今にもスコールになりそうな天気だが、本降りにはギリギリ耐えているといったところか。
小雨程度なら歓迎だが、どう見ても小雨で済む雲ではない。決壊し降り出せば現在稍重の芝コースは不良馬場一直線間違いなしだ。
短くとも2年は競走生活を送ってきた他馬と違って、マカナはデビューから10ヶ月。キャリアはわずか5戦。そして雨中でのレース経験はない。降雨時の集中力に観客の傘など、不安要素は多い。
ただ、馬場状態は同条件だ。降らないなら降らないで問題ない。降っても不良まで行ってしまえば巧者とかそういう次元の話ではなくなる。
ギリギリの空の中、パドックは問題なく行われた。
空が決壊したのはパドックから本馬場へと向かう地下馬道に各馬が入っている時だった。
視界不良になるほどのスコールが16組の人馬を襲う。
大粒の雨は容赦なく降り注ぎ、騎手の勝負服を濡らし、馬場を悪化させる。
本番前の消耗を避けるため、全馬が足早にゲートへと集まる。
係員が各馬を素早くゲートへと誘導していく。
14番ゲートへと収まる直前に三宅が見た馬場表示は稍重。ただ、測定時とのラグを考えれば重馬場と見て間違いないだろう。
幸い、ゴネる馬がおらずゲート入りはスムーズに完了。
遠く響く観客の歓声が静まり、雨音のみが響くその瞬間、ゲートが開く。
「っ!?」
5分のスタートをきったフェルテマカナ。その馬上の三宅の視界に、次々と各馬が映り、徐々に遠くなり始める。マカナ自身のスピードが全く上がらず、そのまま置いて行かれてしまう。
フェルテマカナは5分のスタートをきったにも関わらず、スタートから100Mで直前の馬と4馬身の差を開けられた最後方でレースを展開することになった。
次回宝塚記念
結果は決まってるのでなるべく早くあげます