そろそろ10万UAも見えてきました。これからもがんばります。
日本から空の旅でおよそ13時間。
イギリスはアスコット競馬場に設けられたひとスペースで、三宅はなぜかイギリス料理を食べさせられていた。
三宅が座っている対面の席にはカメラが置かれていて、三宅の食事を映している。
舌の肥えているであろう日本人が来たから、イギリス料理を食べさせて反応を見ようという企画らしい。
最初はカレーだった。イギリスのカレーはインドカレー系統。ただ、ナンではなく米だし、スパイスではなく甘めの味付け。辛くなくて食べやすかった。辛いのは苦手だ。
次に出てきたのがフィッシュアンドチップス。これも特に言うことはなく、普通によかった。冷めていたから特別うまいわけではなかったがまあ全然食える。ジャンキーなのは嫌いじゃない。
そして3品目。今現在三宅の目の前に置かれているものだ。
やけに濁った半透明の色をした緩い個体の中に、ぶつ切りにしたウナギが封印されている。
これが悪名高きウナギのゼリー寄せというやつか。実物は初めて見た。そして食いたくない。かれこれ1分近く見つめているが、見つめていれば見つめているほど食いたくなくなってくる。シンプルに見た目が悪い。ちょっとお高い店のお通しに雰囲気は似ていなくもないが、この差はなんなんだろうか。
露骨に手が止まっている三宅を見てカメラの向こうのテレビクルーがニヤニヤとしている。せめて醤油かポン酢はないかと聞いてみたが、イギリス料理じゃなくなるという理由で断られた。なんで魚をろくに味付けせずに煮るのか。出汁じゃねえんだぞ。
食わないことには本当に解放されないらしいので、意を決して半個体を口に運ぶ。
ぐにゃっとした食感、ウナギのちょっと柔らかい肉、小骨、なんとも言えない味がないまぜになった形容し難い不快感。
「マッッッッッッッッズ!!」
いやまぁ知ってたよ。地雷枠として仕込んだんだろうし。自ら落とし穴に落ちにいく芸人と多分同じ気持ちだろう。
ニヤニヤしていたテレビクルーは堪えきれずに爆笑している。人に不味いもん食わせといて何がそんなに面白いのか。というかなんで日本語わからないだろうに発言の意味がわかってるんだ。やっぱ不味いと思ってたんじゃねえか。
何年か前に似たようなことさせられてた人はマーマイトとかアイスクリームとかだったのになんで俺だけこんな目に。
ちらりと奥に見えたジブリで見た魚が飛び出しているパイはカロリーを理由に回避した。地雷枠レンチャンはちがうだろ。
騎手にカロリーを引き合いに出されると流石にどうにもならないのか、撮影はお開きになった。
口でも濯ごうと近くの水場を探し回って騎手控え室に蛇口を見つけ、さて濯ごうと水流に口を寄せたまさにその時だった。
「Why are you here?」
「あん?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
俺の父は騎手だった。G1をいくつも勝っていて、レジェンドとはいかないまでもかなりの実績を残して引退した。
父はまだ幼かった俺に対してことあるごとにケンタッキーダービーを勝った時の感動を語り、ブリーダーズカップクラシックの偉大さを説いた。
俺が父と同じ騎手の道を志すのは自然な流れだった。幾多の栄誉を勝ち取った馬上の父は、父にとってのブリーダーズカップクラシックのように息子にとっての憧れだった。
中学を出て、すぐに競馬の世界に飛び込んだ。父は厩舎を開業していて、調教師としても優れた才能を発揮していた。
父の厩舎へ所属させてくれと父に頼んだ。父に認めてもらって見習いから正式な騎手になるのが当然だと思っていたからだ。だが、父は受け入れを拒否した。
「Oliver Smithの息子ではなくHenly Smithとして認められたらまた来い」
そう父が俺に言ったのを今でも覚えている。結局、俺は別の厩舎で騎手志望の厩務員として生活することになった。
厩舎に所属したからの俺は本当によく働いた。馬房の掃除から餌やり、普段の調教、ガタのきた道具の修理までありとあらゆることをこなした。
1年ほどで、見習い騎手としてレースに乗るようになった。そこから2年下積みをして、3年でジョッキーライセンスを取得した。
ジャッキーライセンスを取った後は、かなり順調にことが進んだ。
父の名前もあってか騎乗馬は新人としてはかなり珍しいほどに集まり、そして上々の結果を残した。
少し名が売れ出したころに、再び父の厩舎への所属を頼んだ。
父も最近の息子の活躍を知っていたようだった。
「頑張っているのは知っている。だが、お前よりも育てたい奴がいる。悪いが、お前も受け入れるのは無理だ」
「認められたらっていう約束だったじゃないか!言われた通りに別の厩舎で下積みして、そこの人に認められて俺は騎手として乗っているんだ。2世じゃない、俺としてライセンスを取ったんだ!」
「お前の努力も気持ちもわかってる。言い訳がましくなるが、最初はお前をとるつもりだったんだ。ただ、事情が変わった。お前は才能があるから、俺の元にいなくても自分で成長できる」
父がその場を通りかかった若い男を呼んだ。170あるかないかくらいの痩せたアジア人だった。
「コイツもお前と一緒で才能がある。ただ、コイツはお前と違って勝手には育たないタイプだ。俺は調教師としてコイツを一流のジョッキーとして育て上げてみたいんだ」
ただただにショックだった。勝手に育つだろうからと、実の息子よりも訳のわからないアジア人を優先するのか。息子との約束を反故にしてまで育てたいと思うほど、ソイツには才能があるのか。
父への怒りと、父を奪ったアジア人への怒りと嫉妬とがない混ぜになって、ひたすらに冷たく爆ぜた。
「アンタの言いたいことはわかった」
父へここまで語気強く喋ったのは人生で初めてだった。
憧れで、目指すべきだった父は死んだ。眼前にいるのはただの身長の小さい中年の男だ。
「アンタがそう決めたなら好きにすれば良い。俺はアンタの馬とアンタが育て上げたそのアジア人を徹底的に叩き潰す。アンタ譲りの才能でな」
もうここに用はない、踵を返した時だった。
「喚くなやガキが」
アジア人が初めて口を開いた。
「ボンボンのガキが父親の会社入れなくて喚いてんじゃねえよ。こっちは学歴捨てて太平洋超えて来てんだ。覚悟がちげんだよ。死に腐れ」
とんでもない暴言男だった。こんなヤツに、父を奪われたというのか。
「Henly Smithだ。これから何度もお前の前に…、立ちはだかる男の名だ。よく覚えておけ。チャイニーズ、名前は?」
「日本人だよ殺すぞ。中国人の顔はもっと…、ってもわかんねえか。トーヤミヤケだ。好きに呼べ」
ミヤケと初めて会ったのはこの時が最初だった。
それから幾度もミヤケとは顔を合わせた。
平場で同じレースになっていたのが、重賞になり、クラシックトライアルになり、そしてG1になった。
父の見立て通り、ミヤケにもジョッキーとしての才能があった。俺から遅れること2年でライセンスをとったミヤケはデビュー年から信じられないレベルで勝ち鞍を重ねていた。
俺が4年半かかったG1の舞台に、ミヤケは3年目にして軽々と上り詰めた。
ただ、G1の壁は厚かった。若手として名が売れようが、有力馬はベテランへと流れていってしまう。G1で力のある馬を確保することはお互い難しかった。
有力若手としてよく一緒くたに扱われていた俺とミヤケだったが、ミヤケは俺にはないものを一つ持っていた。
日本とのコネクションだ。
俺がデビューして5年目、ミヤケがデビューして3年目の夏。ミヤケが突然イギリスに行ったかと思ったら、G1ウィナーの称号を引っ提げて帰ってきた。聞けば、日本人のよしみで日本人馬主の馬のラビットに抜擢され、そのまま逃げ切って勝ってきたというのだ。
ここから、俺はミヤケに成績で大きく穴を開けられることになる。
秋から年明けまでどこかに消えていたミヤケは年明けから重賞でもガンガン勝ち始め、ケンタッキーダービーに有力馬で乗り込んだ。ケンタッキーを勝てはしなかったもののその馬でクラシックを取った。この年もミヤケは秋から冬にかけてどこかへと消えていた。その翌年、またクラシックを勝った。いつのまにか日本馬の海外遠征時のドライバーとしての役割を確立していて、ドバイに行って芝のG1を勝ったりもしたらしい。そして極め付けに、ブリーダーズカップターフを勝った。ターフとはいえ、米国競馬の祭典を制したのだ。
翌年。俺がデビューから7年目、ミヤケがデビューから5年目の年だった。
俺は並々ならぬ想いで騎乗をしていた。父に、ミヤケに、叩き潰すと啖呵を切った以上もう差を広げられるわけにはいかない。
この頃には俺もG1でそこそこの馬を安定的に確保できるようになっていて、そのうちG1を勝てるだろうという状況だった。
問題はクラシックシーズンの始まる少し前に起きた。クラシックに向けて有力馬を確保したいこの時期に、ミヤケがぱったりと姿を消したのだ。クラシックの時にはいたが、その後もまた消えた。その年のブリーダーズカップの時にまた現れて、それ以降は完全に消えた。
超有望若手の突然の消失は米競馬界に悲しみを与えたが、それ以上に俺はショックを受けていた。
ミヤケに勝つことが、父の育て上げた騎手に勝つことが騎乗のモチベーションだったのだ。ミヤケが消えたら何をモチベーションに騎乗をすればいいんだ?
念願だったG1勝ちをもたらしたのは、父の厩舎の馬だった。父も、手塩にかけて育てた騎手を失って騎手に困っていた。
結局、俺は父の厩舎の主戦としての立場に落ち着いた。なんの因果か、あの時俺から父を奪ったミヤケの消失が父と俺を結びつけたのだ。
翌年以降、俺は大きく成績を向上させた。父の厩舎から安定供給される実力馬たちは俺に幾度もG1の栄誉をもたらした。
ミヤケを追い続けた俺は、いつの間にかミヤケの消えた米競馬界でトップクラスのジョッキーになっていた。
幾度のG1勝利を認められて、徐々に国際舞台にも呼ばれるようになった。
今回呼ばれたシャーガーカップもその一つだ。ミヤケの消えた米競馬界ではもはや得られなくなった騎乗する目的を、国際舞台に求めているのかもしれない。まだ幼い頃の憧れのケンタッキーもブリーダーズカップクラシックも勝っていないというのに、惰性で騎手を続けている自分がいた。
シャーガーカップには世界選抜として呼ばれているが、どうせチームメイトの3人も大したことはないのだろう。
馬主と報道陣とで混雑したアスコット競馬場に少し疲れ、休もうと騎手控え室へと向かった。
控え室には先客がいて、なぜか蛇口から犬飲みのようにして水を口に含んでいた。水道の水を飲む気か?正気か?
先客の背にはなぜか既視感があった。2年前に突如消えたあのアジア人にそっくりだった。流石に人違いだろう。アイツは消えたのだ。こんなところにいるわけがない。
ありえないとはわかりつつ、先客の顔を確認した。ほら、そうだ。アイツは消えたんだ。いくら背格好が似てたからといってそんなわけが——
「Why are you here?」
「あん?」
消えたはずのミヤケが、いた。
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突然の声に振り返れば、アメリカ時代の知り合いがいた。
『おぉ、ヘンリーじゃん。なんでここにいる?ってどゆこと?』
『お前は消えたはずだろ?なんでいるんだ』
『消えた?ってどういうことだよ。俺は世界選抜で呼ばれただけだぞ』
『2年前に突然アメリカから消えただろう。どこで何してた』
『消えたって…誘われたから日本に帰っただけだよ。今は日本で騎手やってるの』
オリバーさんにもちゃんと説明したぞ。父親から聞いてないのか?
『そうか、日本に移籍してたのか…お前はアメリカだと消えたことになってるぞ』
『消えたってどういうことだよ。俺はちゃんとオリバーさんに日本移籍を説明したぞ』
『オヤジはお前が消えたことに対しては"俺が育てたのに"とかしか言ってなかったぞ。日本移籍なんて全く聞いてない』
『まぁ確かにあの人そういうとこあるなあ…周囲にちゃんと説明しなかった俺が悪いのか?』
『そもそもなんで移籍した。アメリカでも十分やっていけてただろう』
『故郷の方がやっぱり馴染むんだわ。飯とかも毎日ハンバーガーとかじゃないし。街中でも差別とかないし』
『騎手にしたら高い方とはいえ普通にしてみればチビだし彼女の1人もいなかったからヤバいヤツ扱いされてたんだろう。彼女の1人はできたのか?チェリーボーイ』
「誰が童貞だ!いや童貞だけど!別に捨てようと思えばいつでも捨てられるし彼女もいつでもできるからいんだよ!」
数えるのは多すぎてやめたけど彼女希望のタレントとかアイドルとかいくらでもいるんだからな。付き合いましょうのライン一つで彼女なんかできるんだよ。
『日本語で喚かれてもわからないぞ。そんなに図星だったのか』
『うっせ黙れ』
急にヘンリーが神妙な顔になった。童貞煽りの後になぜそんなに神妙になれるのか。
『日本ってことは芝メインか。こっちに来れそうな馬はいないのか?』
『アメリカ行くかはともかく、ヤベェのは一頭いる。バケモンだ。フランケルとかフライトラインとかその辺級』
『フライトラインだと?自分が何言ってるのかわかってるのか?その馬が歴史上最強だと言ってるのと同義だぞ?』
『だからそうなんだって。今年はアメリカ遠征はないのが確定してるが、来年はターフに行くかもしれない』
『お前自身はこないのか?』
『どうだろ、多分なさそう。あるとしてもターフの乗鞍』
『お前にはまだ負けてないからな。日本でできるだけ早くアメリカのダートで勝負になる馬見つけてケンタッキーとブリーダーズカップクラシックに遠征してこい。俺が叩き潰してやる』
『ケンタッキーどころか3歳クラシック勝ったことねえくせによく言うよ。俺はあとケンタッキーだけで3冠にリーチかけてんだぜ?』
『ダートのブリーダーズカップを勝ってないやつに言われても効かないね。芝なんかいくら勝ったって、ダートが1番なんだ』
『お前のそのダート信仰はなんなの?ダートの昔の名馬おクスリ疑惑のやつ結構い—』
本気のパンチが飛んでくる。流石に触れられたくない話題か。
『まぁ、ブリーダーズクラシックもケンタッキーもそのうち勝ちたいレースではある。俺が勝つ前に他の日本馬にアッサリ勝たれないようにな』
『お前にも勝たせねえよ。叩き潰してやる』
ヘンリーがニッと笑った。数年振りにあったが元気そうで何よりだ。
海外デビューを死に設定だと思っていた人いるでしょ。
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