サウジカップデーに出したかったんですが間に合いませんでした
馬群の密集を抜けて、わずかながらも先頭に躍り出る。ジリジリと伸びて伸びて、半馬身付けたところがゴール板。
"1番人気シラヌイ、半馬身抜け出してゴールイン!8億円の注目馬が芝で大敗から一転、ダートで連勝です”
2歳とはいえダートの1勝クラスにしては歓声が多い。それだけこの馬が注目されているということだろう。
「どうにかこうにかという感じやな」
「いやーもう乗りづらい乗りづらい。なんであの両親からこんな馬が出るのか」
装鞍所の1着馬のコースで鞍を外しながらシラヌイを管理する福原に答える。
「脚は使ってくれるけど、逆にいえばそれだけ。前付けしたらたいして伸びないし、その癖前に行きたがるし。元気すぎる」
「ダートで獅子舞はなかなか見ないわな。よく抑えたわ」
「下級条件ならともかく上行ったらどうなるか。かといって行きたがりは下手に教育すると走らなくなるし難しい。芝じゃそんな気配なかったくせに」
ダート転向後、シラヌイの気性に新たな問題が発覚した。スタートも下手でテンの脚もないくせにとにかくレース中に先頭に行きたがるのだ。しかも、乗り手の三宅の言う事をあまり聞かない。下手にアプローチすればやる気をなくしてしまう。端的にいえばワガママな馬だ。G1馬の両親から白く生まれたものだから、甘やかされて育てられた結果である。矯正しようにも、馬の価値が価値だけに下手に弄れない。
「センロクっていう距離がシラヌイにとって短いのはありますし、今は自分が抑えてるからいいですけど、日本のダート走る以上はマイル走れなきゃ走るところないんでどうにかするしかないっすね」
「手応えの割には伸びなかったな。先行じゃダメなのか?」
「先行は出来なくはないんでしょうけど、強みが活きない気が。この馬たぶん使える脚が決まってる感じがするので、先行でジワジワ消費するより溜めて1番後ろからぶち抜いた方が勝てると思います。ダートで追い込みはあんまり聞かないですがまぁいない事もないしそういう馬なのかと。今度からは後ろから運びます」
先行自体は出来なくはない。ただ、行きたがりの先頭民族を先行させて折り合いをつけるのがどれほど難しい行為なのかは言わずもがな。もうやりたくない。終い勝負で我慢を強いて直線で弾けさせた方が手軽かつ総合的に強いだろうというのが三宅の下した判断だった。
何より、折り合いをミスして暴走させることが怖い。ワガママな馬を一度でも好きなように走らせたらもう修正が効かなくなる。それだけは避けたい。
「マイルが苦しいとレース選択が難しいんだわ。今日勝って賞金積めたし、次はJBCにしようと思ってるけど」
「距離の問題は3歳になれば中東とかアメリカで中距離レースあるんでそこまでの我慢ですかね」
「地方3冠もあるとはいえ出るのが難しすぎる。出せるならやっぱりそっちの方が出したいよな。賞金も高いし」
「とりあえず、海外狙うなら最低限言う事聞くように躾けないと。まずはそこっすね」
「こればっかりはこっちの責任だからな。頑張るわ」
「俺もちょくちょく調教で乗って躾しに行きます。次のレースあるんで、それじゃ」
「おう。おつかれ」
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10月第3週、3歳クラシック最後のレース菊花賞。その最後の一冠をかけたレースが行われる京都競馬場のスタジオブースに、萩谷美咲はいた。
準レギュラーといっても差し支えないような競馬番組の放送の真っ最中だ。この日も特段普段と変わらない放送だが、スタジオにはどことなく緊張感というか、張り詰めた空気が流れている。
その空気の原因に、これから史上4頭目の無敗三冠に挑むフェルテマカナを管理する調教師の娘である美咲が一役買っていることは間違いないだろう。
MCもレギュラー陣も口を開けばマカナマカナととにかくフェルテマカナ無敗三冠を強調している。これから起こることの偉業さを考えれば妥当なのかもしれないが、やはり異常な気もする。
パドック解説もマカナを褒めるばかりで他の馬はあまり触れられていなかった。仕上げてなくても勝つのだろうとは思うが、あまり仕上がっているようには見えず、素人目にも好馬体とはいえないように映った。
元騎手によるパドックでよく見えた馬にはマカナは含まれていなかった。この辺りは流石にプロか。
次いで、買い目の発表。皆一様にマカナから。これは仕方ない。自分もマカナからの3連単なので人のことは言えないし、今回マカナ以外から行く人は流石に穴党がすぎると言わざるを得ない。
買い目の発表が終わり、他場の中継も済み、煽りを経て映像がスタジオからターフへと切り替わる。スタジオのモニターで流れている放送では音楽が流れ、菊花賞の文字とともに凝った模様のロゴが映し出される。本馬場入場の時間だ。
「大観衆が詰めかけた今日の京都競馬場を西陽が照らします。1年前、三冠宣言をした人馬が無敗の二冠馬として、有言実行の三冠へ最後の一冠を狙うべくこの場所へ駒を進めて来ました。3歳クラシック最後の一冠、今年は小頭数11頭、菊花賞の本馬場入場です」
「1番、マイル路線から一転3000Mの長丁場で頂点を狙います。前走大敗も照準はここに合わせて、アジャストタイムと西川淳宏」
「2番、札幌記念を勝って勢いのままに、春の悔しさを晴らしに行こう。青葉賞と札幌記念、GⅡ2勝の実力馬。グレンツェントと河田悠哉」
「3番、長距離の条件戦を連勝中。夏の上がり馬が、一矢報いるべく虎視眈々。ステイヤーの血が騒ぐ、スタンハルトには浜名秀」
「4番、ダービー5着の実力馬が夏を超えて大成長。古代の力を呼び起こせ。セントライト記念の勝ち馬ラディオドンタを、横川隆史が導きます」
「5番、3勝クラスながら、現役最強にも臆せず菊舞台へと挑みます。大金星を掴み取れ、シャイニングスターと丸屋恭輔」
「さあそしてこの大歓声!6番、史上初3歳春のグランプリホースがいざ無敗の三冠馬へ。絶対に負けられないこの一戦、無敗の二冠馬フェルテマカナの鞍上には、もちろんこの人、三宅統也です」
「7番、怪我に泣いた春シーズン。骨折明けの初戦がこの菊花賞です。未知の新星が大物喰いをやってのけるのか。チェットカントラと松川浩平」
「8番、福島記念と新潟記念の覇者、夏の中距離王者は淀の3000をどう立ち回る。末脚眩しいピラトリアルテをダミヤンレインが操ります」
「9番、1943年のクリフジ以来の大偉業へ、メンバー中唯一の牝馬が菊花賞に挑戦です。紅一点フェントエイトには、こちらも紅一点長嶋舞美が跨ります」
「10番、振るわなかった春クラシック。その屈辱を秋の京都で払拭へ。雄大な馬体に秘めた素質が開花する。ミナギルチカラとジョンモレラ」
「最後に大外11番、淀に吹き荒れろ、灼熱の嵐。遅れて来た大物、神戸新聞杯の勝ち馬ホットストリームと、悲願のG I初制覇へ、深浦大吾が現役最強へと挑みます」
「以上11頭で今年の菊花賞は争われます。解説席にはシンボリルドルフで無敗の三冠を達成しておられます岡辺元ジョッキーとディープインパクトで無敗三冠を達成しておられる岳元ジョッキーのお二人をお招きしています。岡辺さん、どの馬に注目していますか?」
「まあやっぱりフェルテマカナですよね。無敗の三冠が懸かってますから。負けられないレースっていうのはプレッシャーかかるので、三宅くんがどう動くかっていうのは気になります」
「岳さん、今のフェルテマカナと三宅騎手を取り巻く環境は当時のディープインパクトと岳さんのものと近いと思いますが、やっぱりジョッキーの重圧というのはすごいものなんでしょうか」
「そりゃもう凄いんですけどね。まあ僕の場合はディープが乗り難しい馬だったので特に。フェルテマカナは素直な馬なのでヘグったらどうしようとかはあんまりないんじゃないんですかね」
「今年は11頭とかなりの小頭数になりました。お二人は展開面はどうご覧になりますか」
「まず間違いなくスローでしょうね。行く馬がいないんですよ。皐月とダービーはボルテージランがいましたけど天皇賞の方に行っちゃったので」
「ホットストリームもラディオドンタも後ろからいく馬なんでね、グレンツェントも逃げる馬じゃないですし。フェルテマカナは脚質不問なのでどう出るんでしょうね。もしかしたら行くんじゃないですか?」
「お二人ともペースはスローだと。岳さんはフェルテマカナが逃げるんじゃないか、とそういう予想ですね」
「枠入り順調に始まっています。既に1番アジャストタイムと5番シャイニングスターはゲートの中。スタンハルトも収まりました。チェットカントラ、紅一点フェントエイト。そして奇数番最後、神戸新聞杯の勝ち馬ホットストリームが入ります。青葉賞馬グレンツェントが収まって、セントライト勝ちのラディオドンタ。ピラトリアルテ。そして無敗の二冠馬フェルテマカナも係員にひかれてゲートの中へ。最後に10番のミナギルチカラが収まって、係員離れて体勢完了」
「三冠かはたまた他馬の逆転か。ゲートが開いて菊花賞スタート!」
フォーエバーヤングも強かったけど初ダートでハナ差のロマンチックウォリアーはどれだけ強いんだ