ターフの頂点へ   作:夢遊病

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お待たせしました(n回目)
菊花賞です



偉業

"ゲートが開いて菊花賞スタート!"

"真ん中フェルテマカナがものすごいスタート!2番手にアジャストタイム、3番手シャイニングスターがいっている"

 

ゲートが開くやいなや矢のように飛び出したフェルテマカナ。目の醒めるような好発とは対照的に、三宅はその鞍上で表情を曇らせていた。後ろを確認すれば、後続とは1馬身ほどの差が空いていて、ハナをとりにくるそぶりもない。

「ちょっとだるいなあ…」

顔を顰めながら呟く三宅。

今回の菊花賞は逃げ馬がいない。この世代の逃げ馬ボルテージランはフェルテマカナから逃亡し天皇賞秋へと向かった。ボルテージランに限らず多くの陣営がフェルテマカナとぶつかるのを避けた結果、菊を目標に使ってきた馬や世代の上澄みの一部、ほぼ記念出走の馬だけが出走となり、小頭数11頭の菊花賞となった。その11頭全員が揃いも揃ってテンが遅かったり後ろから行く馬だったりという偏った出走メンバーとなってしまい、逃げる馬が本当にわからず事前の展開予想のしようがないというレースになってしまった。一部ではその自在性と操作性の高さからフェルテマカナが逃げる格好になるのではないかと予想されていたが、少なくともレースが始まるまでの時点で三宅の中に逃げるという選択肢は無かった。

しかし、ゲートが開いた瞬間にフェルテマカナが自分でゲートを決めて超好スタートを決めてしまったものだから、他馬はこれ幸いと先に飛び出したフェルテマカナにハナを譲った。これによってフェルテマカナは押し出される形で逃げさせられる形になってしまった。ド本命が逃げる形になったことでマークも容易になり、勝ちに来ている馬からしたら願ったり叶ったりだろう。

不幸中の幸いなのは先頭に立ってもふわっとせずキッチリと走れていることだろうか。身体能力もさることながら、この馬の操作性、利口さには舌を巻く。

 

"先頭はなんとフェルテマカナ!無敗の二冠馬がハナを取る展開となりました!場内からはどよめきが起こっています!2番手アジャストタイムとは1馬身の差がある。その外に3番手シャイニングスター。インコース4番手チェットカントラ外側にはミナギルチカラ。間にはフェントエイト紅一点。先頭は1周目の34コーナー中間に差し掛かっている"

"さあ1周目のスタンド前。スタート直後のどよめきも落ち着いてきたでしょうか。菊咲き誇るゴール板前を駆け抜けていく11組の人馬を歓声が送ります。レースを引っ張るのは無敗の二冠馬フェルテマカナです。鞍上三宅は積極策を選びました"

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

スタジオのモニターが映し出すレース映像は一言で言うならカオスだった。

スタートを決めたフェルテマカナが押し出される形で逃げたのはまあ良い。スタンド前から1コーナーにかけてまではレースは落ち着いていた。

問題は1コーナーを抜けて2コーナーのあたりからだ。

基礎スペックが抜けているフェルテマカナといえど、今までの戦法は中段や後方からの捲りが基本。初めての逃げで刻んでいたペースはさほど早くなかった。かといって極端に遅いわけでもなかったのだが、マイルを主戦場としていた馬には遅かったらしい。番手を取っていたマイルから大幅距離延長のアジャストタイムが抑えきれずにフェルテマカナを抜いて先頭に上がっていった。

もともと脚質が全馬似たり寄ったりの11頭。一頭が動いたことに全体が影響されて、ここから隊列がぐちゃぐちゃになった。

飛ばすアジャストタイムに絡まれたフェルテマカナ目掛けてポジションを押し上げる馬、ポジションの変化によってテンションが上がりかかってしまった馬、ポジションを落としたフェルテマカナをマークする馬。

各々が好き勝手に動き、それぞれの動きに影響されてまた隊列が乱れる。

2コーナーから向正面にかけて隊列は崩壊し入れ替わりの極めて激しいカオスな道中となった。

「美咲ちゃん、これ大丈夫かな?」

隣席のゲストが声を掛けてくる。

「もうぐちゃぐちゃですね」

今現在は向正面の終わりくらい。フェルテマカナは前から6頭目、ちょうど真ん中までポジションを落としていた。逃げた馬がポジションを落としたと考えると心配になる気持ちも当然だろう。

「でも」

冷静に考えて見れば。

「前はかかってるし、マカナは折り合って真ん中です。これ、いつもの捲りの位置ですよ」

3コーナー手前で中段の位置取り。最初にフェルテマカナが逃げたからややこしくなったが、結局はいつもの3角捲りのパターンの位置に戻ってきている。

確かに、とゲストが納得したその時、わあっと歓声がスタンドからスタジオ内へと届いた。モニターにはホットストリームの葦毛の馬体が徐々に上がっていく姿が映っている。3コーナーの中程で最後方から一気にパスしていく葦毛が画面中央に据えられている。あっという間に捲っていき、34コーナー中間点ですでに疲弊した先行馬たちを射程圏内に捉えるほどまでポジションを押し上げて、躱すタイミングを伺っているのが分かる。

手元の予想紙に目を落とす。前で疲弊している馬たちは予想で軽視した馬たちだ。このまま行けば3連単が取れそうだ。配当は美味しくはなさそうだが。

儲け分で気になっていた化粧品でも買おうかと皮算用していた最中、怒号混じりの歓声がスタンドから轟いた。

何事かとモニターを見れば黒い馬体が白い馬体の通った進路をトレースするように動いている。大本命が動き出した。

レースはすでに4コーナー終盤まで来ていた。抜け出た葦毛と、それを軽やかに追いかける黒鹿毛。3番手以下は徐々に離されはじめているから、この2頭のマッチレースになるのは確実。スタジオには、10数秒後の偉業達成を目に焼き付けんとする瞬きすらも躊躇われるような異様な空気が流れている。

 

実況が前2頭が直線に入ったことを告げた。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

真後ろにピッタリとつけられている事実に、もはや乾いた笑いすら出てくる。

菊花賞もいよいよ大詰め、残り300M。自身の騎乗馬ホットストリームはスタミナ自体は持ちそうだが、後ろのフェルテマカナとスピード比べをして勝てるかと言えば、どれだけ楽観視したとしても、勝てるなんて口が裂けても言えない。

そもそもホットストリームはロンスパ持続タイプで、最高スピードが特別優れているわけではない。キレる脚などという陳腐な言葉で表現していいのか躊躇われるほどのフェルテマカナの末脚と比較するなんていうのは烏滸がましいにもほどがある。考えるまでもなく、直線で同じ位置にいた場合は負ける。

勝つためには直線時点で大きな差をつけて抜け出し、豊富なスタミナを活かしてどうにか粘り込んでフェルテマカナに先着するしかないというのが陣営全員の見解だった。

3コーナーの半ばで早めに踏んでいったのも、直線でできる限りの差をつけておくため。フェルテマカナが捲り戦法でなければ、ワンチャンスはあった。

その目論見が外れたのは、直線で直列に走っている現状を見れば一目瞭然。

こちらが少しでも前へと懸命に手綱をしごき鞭を振るう中、相手は軽く促しただけであっさりと並走に変わってしまう。なんなら並走どころか半馬身ほどリードを許した。

外を走る黒馬へと目を向ける。黒馬を駆る人間もこちらを向いていた。

ゴーグル越し、目が合ったなと直感的にわかった。

無表情の顔から感情は窺い知れない。

たっぷり2秒はお互いを向いていただろうか、ぷいと前を向いた三宅が鞭を抜いた。左後ろからのアングルだからよく見える。

顔の横で鞭を揺らされたフェルテマカナが加速する。

俺はただ、離れていくフェルテマカナと三宅統也を見送ることしかできなかった。追いすがろうという気すら起きない。さっきまではあれだけ懸命に追っていた腕も、無意識のうちに緩慢な動作に変わっていた。

数多くのレースに乗ってきて、1000勝以上してきたけれど、俺はG1を勝ったことがない。G1馬に乗ったこともあるけれど、回ってきた時にはもう衰えている時が大半だった。

軽く促すだけで懸命に追う他馬を突き放していく、そんな魔法のような馬。馬上はどんな感覚なんだろうか。どんな景色が見えて、どんな匂いがして、どんな音がしているんだろうか。

とりとめない思考が脳内を駆け巡る。年齢も40に近づいて中堅からベテランにジョブチェンジしようかというのに、生まれてくる思考はまるで少年のような素朴で簡素な疑問。

なあ、三宅。G1を勝つっていうのは、どんな気持ちなんだ?

 

視界の先で小さくなった三宅とフェルテマカナがゴール板を駆け抜ける。

実況が偉業の達成を叫んだのがはっきりと聞こえた。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「それでは、菊花賞を勝ちました三宅統也騎手のインタビューです。おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「史上4頭目の無敗三冠馬の誕生となりました。今のお気持ちをお聞かせください」

「とりあえずホッとしてます。やっぱりプレッシャーというか、期待もすごかったので、一安心です」

「スタート直後は逃げる形になりました。あれは作戦ですか?」

「逃げる気は全くなかったです。マカナが自分で勝手にスタート決めちゃったので押し出される形になっちゃいましたけど」

「道中は入れ替わりの激しい展開を折り合って、最後はホットストリームを競り落として7馬身差をつけました。最後の直線はどんな気持ちだったんでしょうか」

「折り合いもついて進出できたので、直線入った時はもう勝ったかなと。あれだけ道中抜かれてもムキになったりしなかったので、やっぱり賢いですね」

「無敗の三冠馬となって、今後はこれまで以上に期待も大きくなるかと思います。ファンの皆様へ一言お願いします」

「三冠馬になりましたけど、僕はこの馬はまだまだこの程度ではないと思ってます。まだまだ成長しますし、まだまだ強くなります。後から振り返って、三冠は通過点だった、そのあとはもっとすごかったと言われるようにこれからも頑張っていきますので、今後もよろしくお願いします」

「三宅ジョッキーでした。ありがとうございました」

 




たまにはレース中の三宅以外の一人称もいいなと思ってやってみました。
個人的には結構いい手応えなのですがどうでしょうか。感想とかで教えてもらえたらと思います
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