スプリンターズステークスの翌週。三宅は東京競馬場で騎乗していた。土曜のメインレースがサウジRC、日曜のメインレースが毎日王冠である。
土曜日、三宅はサウジRCでクアンタムという馬に騎乗することになっていた。
ドゥラメンテを父に、ソウルスターリングを母に持つ超良血馬で、新馬戦の東京1600を圧勝。まだ1戦1勝だがその良血ゆえに天逝した父の後継としての期待もかかる超期待馬である。有野ファーム系列の1口クラブ所有馬で、萩谷厩舎に預けられている。
午後3時、10Rを勝った三宅はウィナーズサークルからパドックへと向かっていた。パドックに戻ったとき、すでにサウジRCのパドックが始まっていた。
周回する若駒を眺めながら何気なく電光掲示板に目をやれば、クアンタムの単勝オッズは1.8。あらかじめ予想していたが、相当の一本被りである。
周回が終わり萩谷に支えられてクアンタムに跨る時にはオッズは1.6に変わっていた。
「三宅、何がなんでも勝ってこい。馬券内ならまだしも、着外は絶対に許されないからな。」
萩谷の顔にはありありと緊張が現れていた。心なしか腕も少し震えている。相当の重責と圧を感じているようだった。
「次は2歳G1に向かうことになってる。勝ったら継続騎乗を進言しておく。頼んだぞ。」
「おそらく自力は抜けてます。普通に回ってくればまず負けないでしょう。軽く勝ってきますよ」
お手馬のいない三宅にとって、これだけの期待馬でG1に挑めるというのは非常にありがたい。まず負けることはないだろうが、是が非でも勝たねばならない。
念を押すかのように頼むぞ、と溢した萩谷はその後"控えて直線で差し"の指示を三宅に出した。
担当の厩務員に引かれて地下馬道にクアンタムの馬体が消えた時、掲示板の単勝オッズは1.3を示していた。
"夏の地方開催を終えて、東京開催に戻ってきました。秋の東京開催初日土曜日のメインレース、サウジRCが始まります。14頭立てのレースとなりますが注目はなんと言ってもこの馬。新馬戦を9馬身差圧勝の超良血クアンタム。父母から受け継いだ能力を初重賞となる今回でも遺憾無く発揮できるでしょうか。単勝オッズは1.3倍にまで上がっています。2番人気は〜〜"
"最後の1頭が収まって、係員離れて体勢完了。若駒たちの将来を占う出世レース、サウジRC今スタートしました。内からパタミングが行きます。外からはメモリアルタッチ。1番人気超良血クアンタムは最後方に控えます。鞍上三宅統也は最後方からレースを展開しています。"
クアンタムは若干の出負けこそしたものの、順調に馬群の後ろにつけて脚を溜めていた。馬群の中に入れて囲まれて抜け出せなくなってしまう最悪の事態を未然に防ぐという三宅の判断がクアンタムを馬群後方から2馬身離れた単独の最後尾に導いていた。
クアンタムが大欅の横を通ったころ、先頭の馬はすでに3コーナーを過ぎて4コーナーに差し掛かろうとしていた。
"先頭のパタミングが4コーナー回って直線コースへと入ってきます。先頭はパタミングリード半馬身。2番手メモリアルタッチがパタミングに並びかけていきます。1番人気クアンタムはまだ最後方。残り400を切ってここで先頭メモリアルタッチに変わったが…大外からクアンタムが上がってきます。クアンタムが大外から馬なりで先頭に並びかけていきます"
4コーナーを回って直線に入った時、三宅の目には15馬身ほど前を走る先頭の馬が見えた。手応えは抜群。外に回して軽く促した直後、三宅は馬上から置いていかれるような感覚を味わった。残り400を過ぎた時点で既に馬群を撫で切り先頭に躍り出ていた。眼に映るのは400メートル先のゴールただ一つ。
"クアンタム馬なりで先頭に躍り出て残り400坂を登ります。2番手鞭が入って追い縋るメモリアルタッチ。3番手にドレッド、外からシェードライトが追い上げて坂を登り切って残り200。クアンタムが堂々先頭リード5馬身突き放す。ドレッドが2番手に上がって外からシェードライトも上がってきますがこれはクアンタムだ!クアンタム8馬身リードゴールイン!2着にシェードライト、3着ドレッドの入線。クアンタムが人気に応えて2連勝で重賞を制しました。"
残り400を過ぎてからの三宅は文字通りただ乗っているだけであった。追わずとも後続との差はみるみる開いていき、先頭に立って気を抜くようなそぶりもない。出走した他の馬に競走馬としての格の違いを見せつけて、怪物はゆうゆうと先頭でゴール板を超えた。
数週間後、クアンタムが鞍上三宅で朝日杯に直行することが発表された。
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次回、秋華賞。