ターフの頂点へ   作:夢遊病

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気がついたら1ヶ月経ってました。


戴冠

目を覚ますと白色の天井が広がっていた。体を起こしてみれば薄緑色の蛇腹カーテンで覆われた左半分に右側には窓。窓の外で老人が看護師に車椅子を押されながら建物の間を移動していた。目を覚ます前の最後の記憶が騎乗馬の鞍上から吹っ飛ばされたことだということを考えると、病院に搬送されたということで間違いないだろう。怪我などがないか、あるとすればどの部位をしたのかを確認しているとカーテンがガシャリとあいて向こうから白衣を着た男が現れた。

 

「お、起きてる。ご自身の名前と運ばれる前に何してたか覚えてますか?」

 

「名前は三宅統也で、秋華賞に乗って吹っ飛ばされて落馬したところまでは覚えてます」

 

「記憶は問題なさそうですね。検査するので少し待っててください」

 

数分のうちに医師が呼んだ看護師が集まってきて、そのまま支えられて検査室へ。訳のわからない機械に入ったり細かい指示に従ってレントゲンを撮り、検査室の隣の部屋で医師を待つことおよそ5分。医師がパソコンの前に座って検査の結果の説明が始まった。

 

「結果から言いますと、骨に異常は見られませんでした」

パソコンに表示されたレントゲン写真に映った骨にはヒビなどはなかった。

 

「数箇所の擦過傷と軽度の打撲がありますが、逆に言えばその程度で済んでいます。ラチで衝撃が和らいだ上でダートコースに落ちたからですね。芝だとこの程度の怪我で済んでいなかったと思うので、運が良かったと思います。気絶に関してはラチと衝突した衝撃による脳震盪が原因かと」

 

「復帰までどのくらいかかるんですか?」

 

「今は意識も明確ですし、後遺症の可能性が低いとは思いますが、意識喪失レベルの脳震盪を起こしてますのである程度の期間は様子を見ましょう。問題がなければ1ヶ月後くらいには復帰できます」

 

「1ヶ月ですか…」

菊花賞の騎乗馬はそこまで期待のかかる馬ではないが天皇賞は今年のダービー馬の鞍上を託されている。菊花賞は最悪パスでも良いが、天皇賞は譲れない。

 

「来週はともかく、再来週に復帰はできないんですか?天皇賞はダービー馬に騎乗予定なのでそこまでに戻っておかないと…」

 

「気持ちはわかりますが、重度脳震盪の後に1週間で復帰は医師として認められません。もしまた脳震盪を起こせば今度は命に関わります。入院の必要はないですが、復帰は最速で1ヶ月後です。これは絶対に変わりません」

 

命に関わると言われては引き下がらざるを得ない。そう無理やり自分を納得させて部屋を出る。

元のベッドに戻ると、ベッド脇に3人座っていた。うち2人、榊と大原はわかるがもう1人は誰だろうか。

 

「本当に申し訳ない!」

知らない男が大声で謝ってきた。30後半か40あたり。体格からして騎手な気がする。

「深浦大吾です。秋華賞でカスタネットリズム…シャイニングモアを吹っ飛ばした馬に乗っていました。念願のG1を勝てると思って焦って…自分の騎乗で怪我をさせてしまって本当に申し訳ない」

深浦がこちらへ頭を下げる。

 

「怪我って言ってもせいぜい打撲くらいなので。今度から気をつけてもらえれば僕から特にいうことは無いです。」

言いながらチラリと榊を見る。

 

「元気そうでよかった。本当に心配したよ」

 

「ご心配お掛けしてすみません。あの後馬はどうなりましたか?」

 

「モアは検査でも異常がなかったよ」

 

「よかったです」

今回は完全に被害者側だが、自分の乗った馬が予後ったりするのは心苦しい。落馬競走中止で済んでよかった。

 

「打撲って言ったけど、気絶してたから脳震盪は起こしてたんだろう?復帰はどのくらいになるんだ?」

エージェントとして乗鞍を集めてくれている大原からすれば当然の疑問だ。

 

「様子見て問題がなければ1ヶ月後って言われました。エリ女週から復帰になると思います。菊と秋天は申し訳ない」

 

「エリ女か…。空いてる有力馬いたかな…」

メモ帳をぱらぱらとめくって何かを確認している大原。有力馬には期待ができないかもしれない。

 

「モアも次の目標はエリ女で動いてるから、三宅くんが良ければ次も乗ってくれないかな?秋華賞もあのまま行ってれば勝てたと思っているし、ぜひ頼むよ」

 

「大原さん的にも問題がなければぜひ」

 

「あくまで乗鞍を集めるのが僕の仕事で、先約があるのにこの馬に乗れと言ったりはしないよ。依頼が来たらエリ女はシャイニングモアの先約があると言っておこう」

 

「じゃあ、よろしくお願いします」

差し出した手を榊がグッと握った。

 

「今度こそ勝ってきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして1ヶ月後、エリ女当日。

パドック周回を終えたシャイニングモアへと駆け足で向かう。

そのまま馬上に跨って、およそ1ヶ月ぶりの感覚。出来は前回よりも良さそうだ。

 

「出来は前回よりもいいですね。狙えますよ」

 

「もちろん勝ってきて欲しいけど、怪我とかだけは無いように頼むよ」

 

「安全運転で行ってきます」

 

誘導に従ってパドックから地下馬道へと向かう直前、バシリと榊に背中を叩かれた。振り向けば、手をグーにして差し出している榊。差し出されたその手にグーを合わせる。

 

「じゃあ、レース後に口取り式で会いましょう」

任せて!と言わんばかりにシャイニングモアが嘶いた。

 

 

 

"秋も深まり冬の到来を告げる風が吹いています。冷たい風を切り裂いて、牝馬たちのプライドを賭けた戦いが始まります。エリザベス女王杯の本馬場入場をお伝えします"

"まずは1枠1番、年長勢には負けられません、今年のオークス馬グラビティーレディ

そして2番。府中牝馬ステークスを勝っての参戦となりますルネサンスライト。鞍上は川添"

"〜〜〜〜〜〜〜〜"

"そして11番。才能を見せた前哨戦。不利に泣いた秋華賞。帰ってきた鞍上とともに1ヶ月遅れのG1勝利を狙いますシャイニングモア。三宅統也とのコンビ継続です"

 

 

 

 

 

"全馬おさまって、今ゲート開きました。ややばらついたスタート。1番グラビティーレディ後方から。1番人気スターライトまずまずのスタートを決めています。"

 

 

まずまずのスタートで出て、少し行きたがる馬を抑えて番手の少し後ろのポジションへと誘導することに成功した。前回よりも先行に寄せての競馬をレースプランとして立てていたが、問題なくいけそうだ。これといった逃げ馬がいないスローペース予想を考えれば、馬群前方のポジションは間違いなく後々のアドバンテージになる。今はこのポジションを維持しながら脚を溜めることに全力を注ぐ。

 

向正面をややすぎた坂のあたり。ポジションは未だ健在。さっきチラリと見た1000メートルの通過タイムは61.2。予想通りのスローペース。坂の下りを利用して馬群から少し抜けて先頭との差を縮める。目測で差は4馬身ほど。あとはコーナーで抜け出すだけだ。

 

 

"さあレースも最終盤、3コーナーを回って4コーナーへと各馬が回ってきます。

先頭はパッショネイトですがシャイニングモアが並びかけていく。1番人気スターライトが大外を突く!その後ろからグラビティーレディも上がってくる!人気馬が外から襲いかかってくるぞ!"

 

 

 

3コーナーの終わりから進出して4コーナーで先頭を捉えて内から抜け出して直線入り口で先頭へ。上がってきていた人気の差し馬は外に回していたから、先行勢を交わしてくるのにまだ時間はかかるはず。対してこちらは既に先頭で手応えも十分。残り400Mの標識はさっき過ぎた。自分の中で、'勝てるかも'が’勝った'に変わったのを、確かに感じた。

 

 

 

"直線を向いて先頭はシャイニングモアに変わっている!シャイニングモア先頭!内食い下がるパッショネイトさらには真ん中からアドマイヤクリア、大外からスターライトとグラビティレディがようやく追い込んでくる!残り200を切って先頭はシャイニングモア!2番手パッショネイト差を詰めるスターライトグラビティレディ3番手争いから2番手争いに加わってくる!しかし先頭はシャイニングモアだ!"

 

 

400を過ぎてからの行動は繰り返しだった。全力で追って、スピードが緩めば鞭を入れる。追って、鞭。追って、鞭。また追って、鞭。残り200の標識を過ぎてもまだ後続の姿は見えてこない。100を切って視界に見えてきたゴール板が徐々に大きくなっても、蹄音こそ聞こえても差し切られるような気配はない。視界が徐々にスローモーションで流れていく。

そして、シャイニングモアのハナ先がゴール板に先頭でたどり着いたのがはっきりと見えた。

 

次の瞬間、思わず左腕で握った拳をスタンド側へと突き出して吠える自分がいた。




ハナ差も落馬も乗り越えて、遂に母国のG1戴冠。
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