ターフの頂点へ   作:夢遊病

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ブレイク

「頼むぞ」

年の瀬も迫ってきた12月第3週。萩谷は管理馬であるクアンタムを目で追っていた。

能力のみならず血統面においても大きな期待のかかっている馬だけに、かかってくる重圧も並みの馬とは一線を画している。具体的にいってしまえば、今からクアンタムが出走する2歳G1の朝日杯は勝利を厳命されているし、3歳クラシックレースも勝利とまでは行かなくとも好走は絶対条件とオーナーサイドから伝えられている。酒の席などで胃に穴が空くなどと冗談を言ってきた萩谷だが、今日が近づくにつれてキリキリと胃が痛む症状がでてきたことからは懸命に目を逸らしている。

しかし、先程まで行われていたパドックでのクアンタムの様子はお世辞にもいいものではなく、ただでさえ悲鳴をあげている萩谷の胃壁に追い打ちをかけていた。

萩谷渾身の調整は成功しており、肉体の調子自体は間違いなくいいものの、精神面が落ち着かない。やる気なくトボトボと半ば厩務員にひきづられるような形で歩いていたかと思えば突然カリカリし始めて暴れたり、やっとおとなしくなったらなったで物見を始めたりなどなど…。

ジョッキーが乗ってからは安定していたが、それでも心配になるようなパドックと言わざるを得ない。

「普通に走ればまず勝てるんだ。普通に走れば…。逸走とかしないでくれよ…。」

萩谷の声に返事をするかのように、輪乗りの最中のクアンタムがブルルと軽く嘶いた。

 

 

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今回、三宅はレース前にほとんど作戦を立てていなかった。正確には'作戦など立てるまでもなくそもそもが他の馬と比較して頭2つほど抜けている能力があるので、馬なりに走らせて直線で軽く追えば十分に勝てる'が至った結論。

絶対的能力差に加えて、一度前走でコンビを組んだ馬。細かい脚質であるとか、加速力であるとか、大体の能力はすでにある程度把握済み。

唯一の懸念点はパドックで暴れていたことだが、自分が乗った後は落ち着いたのでそれもそこまで問題ではないだろう。

ポンと首筋を叩いてゲートへと向かう。役割は自分の競馬をさせる、ただそれだけ。

 

 

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特段の出遅れもなく普通に発馬。行く馬を勝手に行かせて控える形を取る。一頭やや離して逃げる形で、後続はやや団子気味の隊列。その隊列の中段やや後ろの外目でクアンタムと三宅は折り合って追走していた。ややスローペースの中、掛かっている馬が並走していても動じずに淡々と追走していた。

3コーナーを回って4コーナーは向かうところでも隊列は変わらず、前残りの空気が漂い始めてもなお、クアンタムは中段外目。

先頭が直線に入ったところで、手綱を軽く押して三宅からの合図が入る。

歓声が響く直線を、1番外から堂々と駆け上がるクアンタム。スローペースで前が止まらない状況の中、ただ一頭違う脚で前を行く馬を交わしさっていく。

仕掛けてからおよそ100Mで、鞭はおろかまともに追われもせずにほぼ馬なりで逃げる馬を抜き去って先頭へ。後続との差が5馬身空いたところで減速指示が出て、3馬身半まで差が詰まったところがゴール板。大楽勝でクアンタムがG1馬の仲間入りを果たした。

 

 

 

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朝日杯から2週間後。年が明け、短期免許の期間が切れた最初の月曜日。三宅は東京都内の会社の応接室にいた。オンラインの競馬メディアの取材である。取材内容としては、"初来日の今回の活躍を振り返る形で心境や目標などを記事にしたい"とのこと。

応接室に通されてから程なく、ノートパソコンとボイスレコーダーを持った記者が入ってきた。20代後半くらいのインテリ系。石和と名乗ったその記者がテーブルを挟んだ向かいのソファに腰掛けて、取材が始まった。

「取材始めさせていただきます。えー、三宅騎手は昨年の秋からの短期免許が初来日でした。スプリンターズS2着を皮切りに、G14勝。振り返ってみて如何だったでしょうか」

「いい馬に乗せていただいて、G1も勝たせて貰いましたし、勝率も纏められたと思います。完璧とは思っていませんが、いい結果を残せたと思います」

「来日初週でいきなり重賞を勝利。秋華賞で落馬をしたものの、1ヶ月で復帰してそこからG13勝を挙げて下半期のG1勝利数トップジョッキーとなったわけですが、活躍できた訳はなんでしょうか」

「いい馬に乗せていただいたというのがまず第一ではありますが、敢えて言えば日本競馬をきちんと理解していた、というのが大きいのかなと思います。海外でデビューしただけで普通に日本人ですから」

「三宅騎手はアメリカでデビューされていますが、海外でデビューした理由はなんでしょうか」

「元々高校生の時に騎手になろうと思って、ただその時通っていたのが自分で言うのもあれですが進学校だったので、猛反対されました。大学に行けと。競馬学校の年齢制限的に日本だと厳しいなと言うことでアメリカの大学に行って、卒業と同時にデビューしました」

「海外で騎乗している日本人騎手は三宅騎手の他にも何名かいらっしゃいますが、短期免許で来日したのは三宅騎手が初めてのことです。来日しようと思ったきっかけを教えてください」

「去年の夏にキングジョージを勝って、その時に日本の競馬関係者の方から短期で来ないか、というお誘いをいただきました。向こう、特にアメリカだと余程のトップジョッキーでない限りは何週間も騎乗していないと干されてしまうのでなかなか短期免許で日本に行く人は少ないんですが、自分の場合はまだまだ若手で失うお手馬なんかもほぼいなかったので。ちょうどタイミングが噛み合った感じですね」

「今回の活躍で、アメリカでも騎乗依頼が増えるんじゃないですか?」

「だと嬉しいですね」

いつのまにか置かれていたコーヒーを啜る。ブラックだった。苦味に顔をしかめながらミルクとシュガーを入れる。

「さて、短期免許期間の振り返りに行こうと思います。まずは…」

 

 

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短期免許期間を終えてアメリカに戻った三宅は、その年、完全にブレイクした。

サウジカップデーで日本馬に乗って重賞2勝。続くドバイでもドバイシーマCを昨年キングジョージを勝ったお手馬で勝利。

アメリカではケンタッキーダービーの前哨戦であるサンタアニタSを勝利。本番のケンタッキーダービーも3着。プリークネスSは奮わなかったものの、ベルモントSを勝利してアメリカ3冠競走ウィナージョッキーに。凱旋門賞にも騎乗し、BCターフを日本馬に騎乗して勝利。BC後に再び短期免許で日本へ行き、JCと有馬記念を制覇。最終的に3ヶ国でG1計8勝。国際G1での日本馬の騎乗依頼が増えたことで成績も向上。アメリカでも若手のトップジョッキーの地位を確立した。

 

 

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2年目の短期免許期間が明け、三宅は羽田空港で荷物検査待ちをしていた。北野ファームの原田が見送りに来てくれている。

「JCと有馬の2つを勝てたのは北野ファーム産の馬を回してもらったからです。ありがとうございました。」

「アメリカの3冠競走ジョッキーがいたらそりゃ馬を回すだろう。騎手として世界でもかなりの上位層だ。日本の若手にももっと上手くなってもらいたいね」

差し出された右手をグッと握り返す。

「あぁ、そうそう。これを」

大きめの茶封筒を渡される。厚みからして、なかなかの量が入っていそうだ。

「飛行機の中ででも見てくれ。それじゃあ。アメリカのクラシックがあるんだろうけど、日本のクラシックの時期に来てくれてもいいんだよ」

そう言って手を振りながら、原田は出入り口へと歩いて行った。

 

 

 

飛行機が離陸から安定飛行へと移行したところで、三宅は、渡された茶封筒を開けた。中に入っていたのは手紙と大量のコピー紙。

手紙には"真剣に検討してほしい。2年後か3年後くらいだと嬉しい"といった内容が書かれていた。そしてホチキスでまとめられた大量のコピー紙。その表紙のタイトルには

"JRA通年免許試験要綱"

の文字が並んでいた。




次回、新章開始。
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