透き通るような白き髪の少女が埃臭い古びた小屋で拘束される光景を眺める私。
私はこの光景が己の経験した記憶だと分かりながらも少女に近づき触れようとする。しかし無情にも私の手は少女の体を触れることは出来ず、少女も私に気づいていなかった。この記憶の世界で私は第三者に過ぎなかった。
やがて小屋の扉が開き、複数の男が列を成して少女を道具として扱い始める。
…吐き気を催す光景に目を背けるが否応でも自分の掠れた悲鳴が聴こえてしまう。
かつて経験したことにいつまでも苦しめられる私に寄り添うものは今まで一度たりとも居なかった。
だから時に己の身体を傷付け、血を見て気持ちを落ち着かせていた。そんな記憶までこの悲鳴を聴いていると思い出してしまう。こんな己が嫌になってもそれでも命までは絶てなかった、なぜなら…その時私のお腹には父の分からない子供が宿っていたから…でもその子供もまだ私の身体が未熟なせいで下りてしまった。
…何かも失い、絶望に身を任せ死のうとした私に初めて寄り添ってくれた人が現れた。
当時、帝国で一刀流の達人と名を馳せていた【ソラ・ユーゲン】というご婦人が死のうとした私の元に現れ、剣の道を示してくれた。
…今の私はソラというご婦人のお陰で生きている、ただいくら剣の道を進んでも…今のような記憶の夢を見てしまう。その度に今のように己の経歴を思い出して、心を落ち着かせる。
悲鳴が途絶えたと同時に夢から覚めた私は寝間着のTシャツの裏をくすぐって、幾匹もの汗の虫が気持ち悪く這い下りる。
すぐにTシャツを脱ぎ捨てて、深呼吸をする。
自傷や暴行で傷付いた肌を眺めながら、シャワーを浴びるため立ち上がった私はそこで初めて下半身の違和感に気付いた。
「はぁ…漏らした」
シーツが湿っていた、最近は見なかったトラウマを思い出してしまったことで本能的に怖がって失禁した。
片付けなくてはと下の寝間着も脱いで、片付けを始めた。
ようやく…片付けを終えた頃には一時間ほど経ってしまっていた。
今日は特に用事が無かったお陰で焦ることなく片付けられたのは不幸中の幸いなのだろう。
そう考えて気持ちを楽にしながら身体の至るところに包帯を巻いて、服を着ても肌が見えないようにした。
いつもの服も着てから朝食を用意し始めた私に電話が掛かってきた。
フライパンを揺らしながら携帯電話を取った私は電話越しに聴こえる声に思わず笑みを浮かべてしまった。
「ソラです、お元気ですか?『ティナ』ちゃん」
ティナという私の愛称に笑みが溢れてしまった。しかしそれとも共にソラさんが連絡を寄越してきたことで何か胸騒ぎを感じていた。
「え、ええ大丈夫です。それで…もしかして“帝国議会“のことで電話を…?」
私が一つ、懸念に置いていたことをソラさんに尋ねる。
…先日の『帝国議会乱入及び議員殺害事件』についてだ。この事件の裏には私とソラさんが相手にした『祓イ衆』という組織が関わっていた。だから私はこの事件のことを懸念に置いていた。
「…やはり、あなたも気にしていらっしゃってましたか。ええ、帝国議会に侵入した者の中に『祓イ衆』の幹部『革命のエイレン』が居たそうです。しかしこれだけでは祓イ衆の関与は…「ソラさん、まだありますよね。あなたほどの人脈があればエイレン以外の情報も…」…出来ればあなたには話したくありませんでしたが…民衆の指揮をした者に『アカザ』という名の男もいたそうです。」
アカザという言葉に私は…何か、聞き覚えがあったような気がする。ソラさんはまだ何かしら私の知らないことを隠していた。
「アカザ…何ですか、ソラさん。そのアカザという男は」
私は追及してしまった、しなければ良かった。アカザという男は私の…。
「あなたの兄です、以前あなたのDNA検査の際の血液と今回の事件の現場で発見された煙草の吸い殻からアカザという男とあなたが兄妹に当たることが分かりました。」
兄という言葉に私は電話を投げ捨て、口許を抑えてその場で戻してしまった。
私に癒えない傷を負わせた者達に、私を売ったのは私の兄であった。
アカザという名で分からなかったのは当時は兄のことはアザ-と愛称で呼んでいたからだった。
私は酸っぱい匂いに堪えながら電話を取り、ソラさんとの通話に戻るが既に切れてしまっていた。
かけ直しても繋がらないので、仕方なく戻したものを掃除して朝食も食欲がなくなってしまったために皿に移して冷蔵庫へ仕舞った。
少し疲れてしまった私はソファに横になり、寝につくことにした。突然のことで頭が混乱しているのをまとめようと目を瞑って考え事をしているといつの間にか、寝ていたようで急いで目を開くと…。
目の前にソラさんが温かいスープを入れて、テーブルに置いてくれていた。…なんでいるのかな?
「ソラさん…!?」
起き上がろうとした私にソラさんは手で制止した。どうやら私が心身ともに疲労していることを察してくれているようだった。
「お邪魔しています…ティア、私が性急にお話しすぎました。申し訳ない、お詫びと言ってはなんですが温かいスープを入れました。…気分が悪ければ構いませんよ…」
私は無下にしないためにゆっくりと起き上がり、テーブルの椅子に腰を掛けるとソラさんも椅子に腰を掛ける。
私に比べその動作が洗練されていて、マナーも極めているソラさんに尊敬の念を抱きながらスープをいただく。
はぁ…荒れた胃に染みる…美味しい、それに落ち着いて話せるような気がする。
「私もすみません、電話を突然切るような真似をしてしまい…それでやはりアカザが今回の事件の首謀者で間違いないんですか…?」
私が突然切り出したことでソラさんは少し同様しながらもしっかりと私の目を見ながら頷いた。
私に癒えない傷を負わせた要因の兄、許せるわけではない…それでも祓イ衆に所属しているなら多少情報を持っているはず、なら接近するしかない。
「……『システィナ・フロライン』…あなた、今回の一件から外れなさい。今のあなたでは辛いだけです。」
…ソラさんはしごく真っ当な正論を言ってくれた、たしかに今の私はトラウマを克服できていない。その状態で祓イ衆という組織に関わるのは自殺行為だ。だけど私はこのままではいけない、兄に対するトラウマを克服しなければいけない、過去のトラウマもだ。なら答えは一つだった。
「…外れる気はありません、私の兄へのトラウマはこのままではどうにもなりません。なら私は己の力で兄を止め、私の過去に終止符をうちます。」
確かな声で私はそう言った。
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