先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
先生は世界平和を実験している
キヴォトスでは一週間に一度、定期的に謎のラジオが放送される。
毎週月曜日朝の8時。恐らくキヴォトス内の全ての学園へと向けてまず一言。
『本日の放送を、開始します』
それからは淡々と、淡々と可能な限り抑揚の抑えられた声で数字が読み上げられていく。声の主が何者であるのかは学園の生徒達であれば誰もが知る人である。
『一週間で起きたキヴォトス内での暴行事件は……3万4千件。窃盗事件は6万3千件』
数字の内容は全てキヴォトスという広大な学園都市における犯罪件数にばかり触れている。何故彼がそうしているのか、何の意図を持って行っているのかについてを知る者はあまりいない。
何かしらの洗脳ではないかという疑いもあったが、それらしい影響もない。害どころか良い部分さえ存在するかどうかあやふやだった。
それ故か、最初こそラジオを不可解に感じた不良達による電波妨害やシャーレ強襲などが行われたものの今や誰も放送を気にもかけず、怪電波の一種として扱うようになっていた。
『本日の放送を、終了します』
そうして『先生』と呼ばれる男の放送はキヴォトスの日常に溶け込み始めていた。
※
「……本日の放送を、終了します」
早瀬ユウカは先生がそう言ってスピーカーのスイッチを切るまでを見届けてから、軽く咳払いをした。彼はゆっくりと椅子に腰掛けたまま振り返り、何とも言えない表情を浮かべる。
「おはようございます先生」
「おはよう、早瀬さん。今のところ業務は滞りなく進んでいるから、君の手を借りる必要はないと思う。自分の方に注力するべきだ」
シャーレのオフィスはそれなりに整っているが、とは言え先生一人で運営しきれる規模ではない。
ユウカが月曜日の朝に必ずシャーレへやってくる理由は先生を手伝える事はないかという個人的なものだ。ハッキリ言って先生という男はとても虚弱で、『僕はこういう仕事は苦手ではない』などと嘯きつつもしっかり疲労が蓄積している事はお見通しなのである。
「先生、以前お話ししたと思いますがちゃんと朝食は取られましたか?」
「ちゃんと、という表現は少し誤りだよ。一日に取るべき栄養素を十分理解しているし、欠かさずに摂取している」
そう言って先生が指差した先、デスクの上にはいくつかのエナジーバーと奇怪な色のゼリーが盛り付けられたトレーが一枚。およそ人型生命が食事と称して取り込むものではない。
ユウカの額にビキリと青筋が走る。食事内容はもちろんだが、それらを食べているのだから栄養問題は解決しているとでも言うかのような先生の横顔がどうにも我慢ならない。
「先生、ちゃんとというのはああいう加工食品ではなく……もっとこう、食べ物と呼べるものを指しているんです。確かに栄養がどうかと気にするのは良いですが、たまには真っ当な食事をするべきです。簡単なものであれば私が今から……」
「気持ちは嬉しいけれど、料理が完成する頃にはブランチ程度には時間が経過していると思う。そこまで手を煩わせるわけにもいかないよ」
先生は手近な端末をおもむろに手に取ると、指を滑らせて何かの検索を始めた。顎に手をやり、何やら難しげに目を細める。
スクロール、スクロール、スクロール、指を止めて、それからまたスクロール。
「あの、先生?どうしたんですか」
「朝は手早く済ませてしまったけれど、昼は君に言われた通りに別のものを食べてみようかと思って。出前か何かを頼むつもりなんだけどイマイチどれがいいのかわからない。強いて言うならそばが食べたいんだけど、そばにもたくさん種類があるからね。うん……参ったな、これはこれでブランチまで長引きそうだ」
先生はしばらく悩んで、悩んで、悩んだ末にユウカへと視線を投げかけてくる。それは普段の理知的な佇まいと異なり本当に心の底から困り果てたものだった。
無言で先生は椅子から立ち上がると、ユウカの元へと歩み寄る。
年齢は二十代前半、青年というよりかは少年という言葉が似合いそうな細身の男性。言葉遣いも、声も、外見通りに丁寧で細い。弱々しい、と言う表現が相応しいだろう。
「早瀬さん、どうも僕は結論を人に委ねる癖がある。直したいとは思っているのだけれど癖というものはそうしたくてもそうできない、生まれついてのものだ。だから───」
「私が出前の内容を決めるって事ですか?」
「そうなるね。和洋中、全て君の判断で決めてもらって構わない」
言われるがままに端末をスクロールさせる。様々な料理の写真を確認しながら、ユウカは我ながら何の疑いもなく先生には何を食べさせるのが良いかなどと考えていた。
彼はそばを好んで食べている。暇な時間が出来るとループゴールドバーグマシンを使ってそばを作る程度には好んでいる。とは言え同じ食べ物ばかりを与え続けるのもあまり賢い選択とは言えない。
ならば同じ和食でもシンプルなものが良いのではないだろうか?たとえばこの鮭弁当は野菜の和え物が添えられていてタンパク質やビタミンを豊富に含んでいる。
(あれ、でも待って。先生って確か魚が苦手なんだった。じゃあ別のものにしないと───)
そこで、ようやくユウカは馬鹿正直に自分が弁当の内容について悩んでいる事に気付いた。真面目そのものな口調で、仕事を任される様な行程だったのが災いしたのだ。
「先生、こういうのは自分で決めてください!」
「……ダメか。真面目な君の事だ、ベストな選択をしてくれると思っていたんだけど。じゃあやっぱりそばかな」
「そば以外で!!!」
結局、ユウカの猛烈な攻撃に先生は渋々唐揚げ弁当を選ぶ事になった。
「先生、ラジオの事なんですが」
「何か聞きたい事があるのなら答えるよ。ああした方がいい、こうした方がいいという意見には残念ながら対応できないけれど」
昼食を決めたところで、ユウカは毎週月曜日朝8時から放送される先生によるラジオについて触れる。
椅子に座り直した先生は話を聞くや否や端末のメモ帳機能を起動した。先程まで何を食べるかと言うだけであんなに悩んでいた姿とは裏腹に、今は一転してハキハキとした口調だ。
「……内容に対してではありません。ミレニアム内で先生のラジオを、その、ラジオ体操にしている生徒達がいるみたいなんです」
「単純な数字の羅列を、淡々と読み上げる音楽どころか語感のリズムさえ取り払っている僕のラジオで?それは……なかなか、よくわからないな」
興味深い、と呟きながら先生はメモ帳に文章を打ち込んでいく。
「他には何か変わった事はあったかな」
「……先生、ラジオには何か意味があるんでしょうか?」
ユウカは恐る恐る、そう問いかけた。こればかりは純粋な興味からである。
先生はある日突然ラジオの放送を開始した。それらしい素振りは見せていたが誰にも相談せずにシャーレから全学園へと数字の羅列を発信する様になったのだ。
常態化している現状だが、だからこそ聞かずにはいられなかった。あの奇行はどの様な意図なのかと。
「ラジオは……僕が行う実験なんだ。僕はラジオを通して、このキヴォトスに透明な数字を送り続ける」
「透明な数字、というのは?」
「意味も解釈も介在しない、単なる記録だよ。僕は記録という透明な数字を広めているんだ」
「実験……とは何の事なんですか」
「うん、良い質問だ」
先生は、飛鳥=R=クロイツは椅子から立ち上がる。咳払いを一つして、
「僕は今、世界平和を実験しているんだ」
その言葉に冗談めかしたものは感じられない。彼は心の底から、自らの計画をユウカに打ち明けたのだ。
何となく書いてみたので続きは考えていません。
強いて言うならクソゲーにぶち当たってHAHAHAHAしてる飛鳥先生は書いてみたいです。