先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
とりあえず皆さんの意見折衷案『このまま必死で頑張れ』で突き進みます!!!
「どうぞお茶を。話ばかりでは、きっと喉が渇いてしまうでしょうから」
ゴルコンダ、そう名乗った額縁の男は穏やかな声色で、飛鳥を安心させようとする。
敵ではない、彼は動く木製人形マエストロと肩を並べてそう言い切った。無論そのまま飲み込み、呑気に茶会などするつもりはない。
ただ、話したいなどと言うからには耳を傾ける余地もある。姿を見せないケイオスについて情報も聞き出したい。
「僕と話がしたいと言うけれどテーマは何かな? マエストロ、君は芸術を見せたいそうだが」
「そうとも。我が芸術を、飛鳥=R=クロイツ。そなたの目に入れたいのだ。題名は……そうだな、『複製』と言う。あのラジオがそなたの研究ならば、『複製』こそ生涯にかけて完成させたいと願うものだ」
マエストロがそう言って懐から取り出したものは、大きなタブレット端末だ。飛鳥が持つ『シッテムの箱』に形状としては近いが、オーパーツではない。市販品の様だ。
「そなたは、この遊園地がどの様な場所であったかは知っているな? 廃棄され誰の目にも触れられない楽園……ここで私とゴルコンダは研究を行っているのだ。『過去の再演』を」
「再演?」
「陳腐な言い方になるが、私は『真理』とでも呼ぶべきものを追い求めている。それはこの世にあらず、過去……原初とでも呼ぶべき場所にある。私は、否、ゲマトリアは原初を追い求めているのだ。その足掛かりとなるのが、『複製』。過去の事象を巻き戻す、まさに『再演』だ。既に目撃しただろう、あの―――『ヴァレンタイン』」
そこで飛鳥は視線を鋭く尖らせる。やはり、消えたはずのヴァレンタイン復活にはゲマトリアが関わっていた。しかも一番重要な『どうやって?』の部分と来ている。ケイオスのたくらみから始まったとしても、手を貸した時点で十分に敵対関係だ。
「ケイオスに何を吹き込まれた? ヴァレンタインは彼に命令されて作ったのか?」
問いかけにマエストロはギシギシと不満の音色をあげる。彼とケイオスはあまり良い関係ではない事がそれだけで判断でき、飛鳥はかつての師匠が異世界までやってきて何をしているのか改めて疑問を抱いていた。
ゲマトリアと結託して探究を行っている様には見えない。やはり、目的を持たずに世界に混沌をもたらす事を優先しているのだろう。
「心外だ。アレは私の芸術ではない。ケイオスが独断で行った、醜き亡霊に過ぎん」
マエストロはかぶりを振ってケイオスの関与を否定し、それから誇らしげに軋む。
「私がそなたに見せたいのは私が作り上げたミメシスの一端……スランピアの都市伝説と結びついた恐怖の存在である。観客の喜び、声援……そうした感情は時に形として残る。私はそれを物理的に出現させ、そして確かに在るモノとして蘇らせた」
マエストロが唱える芸術とは何を指しているのか、わずかであるが飛鳥には読み取れた。ミメシス、と呼ばれる何かしらの存在を用いて彼は過去に起きた事象を文字通り蘇らせているのだ。
これならば合点がいく。あのヴァレンタインはつまるところ、ケイオスが何かしらの力を行使して消滅したはずの存在を蘇らせたわけである。種が割れてしまえば得体の知れない感覚はすぐに薄れていく。つまるところ、物理的なモノであり倒す事ができるのだ。
「君が目指す『真理』とは遊園地にあるとは思えない。今行われているのは試験段階と言ったところかな?」
「その通りです。ここは私とマエストロがミメシスによる複製の実験として選んだ場です。そして今からお見せするのは、研究の一端です」
『真理』、などと大袈裟な言葉を使うからにはゲマトリアが目指す先は相当な深淵である事は読み取れる。過去の複製を行えるのならば、向かう先は当然過去の更にそのまた過去になる。
もちろん断言はできない。が、飛鳥はマエストロとゴルコンダが何故自分に接触してきたのか、その理由を理解した。
「君達の狙いは、僕の持つ『本』か?」
「……半分は当たっている。私はそなたの『始まりの書』、そしてそなたの感性を求めているのだ」
「なるほど、理解できた。大方『本』にアクセスして調べたい情報があるんだろう」
飛鳥は胸元を押さえ、そこに眠る本を想う。世界の全てを記した書、世界の裏側を秘めた書。
飛鳥自身にさえ危険そのもの、そんな代物を果たして誰に渡す事ができようか。答えは最初から決まっていたが、改めて決断ができた。
「断る。この本は個人の欲望を満たす為に使うわけではない。僕はそうやって使われる事が嫌だからこうして大事に抱えているんだ」
「しかし、です。飛鳥=R=クロイツ。貴方自身はいかがですか? このキヴォトスという世界を前にして、何も興味を持たないと?」
ハッキリと否定の意思を示した飛鳥にゴルコンダが未だ食い下がる。その物言いは黒服のソレだ。
語るに落ちているのだ。彼らはあくまでも生徒と、生徒の生きるキヴォトスを興味の対象として捉えてしまっている。そんな者達に共感を得られようが、飛鳥には敵でしかない。
「生憎、そういった欲求を今の僕は求めていない。特に、僕の生徒達を実験材料にしようというのなら尚更」
「……本当に? ヘイローを持ち、神秘を持ち、この世界において絶対と言える存在達を観察している貴方には何の疑問もないのですか?」
ない、と言えば嘘になる。研究者としての心はキヴォトスという世界に対しての疑問が消えない。何故、何故、と口に出し続ければ終わらない考察が始まりかねない程には。
ならば、それは先生である飛鳥には必要のない思考だ。今はその様に自分自身を定義している。故に彼はゴルコンダに微笑みかける。否、と。
「今の僕は研究よりも生徒達がテストに合格できるかが重要でね。ついでに、君達と仲良くしているらしいケイオスをどうやって締め上げられるかが最終目標というところだよ。誘ってもらったところ申し訳ないけれど……丁重にお断りしたい」
「―――なるほど。理解した。先生などという存在になるからには、それ相応の人物とは見越していたが予想以上だ。ケイオスがそなたをしきりに話題に出す理由も納得できる。ならばせめて『芸術』を見て欲しい。そして、そなたが感じた事を私に教えてくれ」
何処か残念そうな声色ながら、マエストロは懐からタブレット端末を取り出す。外見は『シッテムの箱』に近いが、何処にでもある市販品である。
木製の指でマエストロがタブレットを操作し、その画面を飛鳥に見える様に突き出した。移り込んでいるのは遊園地の園内、車庫らしきゾーンだ。監視カメラか何かを通して視ているこの場所に、彼が言う『芸術』はいる様だが……
「名はゴズ。かつてユートピアと呼ばれた地の住人、今はミメシスによって再誕した『恐怖』を示す存ざ―――」
『マッパハンチッッッ!!!』
マエストロの不穏極まる口上は、タブレットから聞こえてきた声によってかき消された。続いて凄まじい炸裂音と何かが砕け散る音。予想していたものとは異なる展開に飛鳥は目を丸くしながらも、声の主に口の端を緩めていた。
あの呼び名を使えばすぐに駆け付けてくれるとは思っていたが、予想以上の速さだ。流石は異種とでも呼ぶべきだろう。
「マエストロ、今のは」
「侵入者……それもたった一人でゴズと戦っている……!?」
初めて平静を保っていたゲマトリアの二人に動揺が浮かんだ。その反応は無理もない。もしも彼らと同じ立場だったとしたら、飛鳥とてきっと同じ反応を取っていた事だろう。
タブレットに移り込んでいるのは、ゴズと呼ばれた何者かを殴り飛ばすダンディの姿である。名はスレイヤー……人ならぬ異種だ。
「これは、まさか……信じられない。『神秘』そのものか!」
飛鳥への意識は完全にスレイヤーへと移り変わり、マエストロは齧りつくように異種の戦いぶりを観察している。それだけ刺激と、そして衝撃に彩られた光景が広がっているのだ。
状況を完全に把握できているわけではない。だがマエストロが生み出したらしいゴズなる存在をスレイヤーは一方的に殴り続けている。つまりはまぁ、飛鳥のよく知るいつもの光景だ。
「ゴルコンダ。これを見ろ、なんという……暴力」
「非常に興味深い。まさかこれは……ケイオスが語っていた『貴種』、ですか?」
「彼も僕やケイオスと同じく、キヴォトスの『外』からの来訪者だ」
面白い事にゲマトリアの二人は自分達の想像を遥かに超えた存在を目にしながら心を躍らせていた。研究者の性なのか、ゴズが徹底的に粉砕される様を見ながらも彼らは興奮して仕方がないという様子だった。飛鳥が解説した途端に今度はハッとした様子で、
「来訪者……外部の『神秘』!」
「それだけではありません。あの『貴種』には『止め処無い奇談の図書館』の要素まで見える……伝承の吸血鬼、そのテクストが組み込まれています」
「なんと……なんと……!」
「興奮しているところ申し訳ない。君達の見せたかった芸術がちょうど今木っ端微塵に粉砕されたわけなんだけど……これから僕はどうすればいいのかだけ教えてもらえるだろうか」
会談の場を設けたのは良いが、議題である飛鳥の勧誘は失敗した。ついでにマエストロの言う『芸術』も飛び入り参戦したスレイヤーの手で今しがた粉砕された。こうなると完全に企画倒れである。となればこの場からすぐに退散してしまいたいところなのだが、
「……これは、飛鳥=R=クロイツも併せてこの者に更なる『芸術』を見せねばならないか」
「私も同意です。予想していた以上に彼は我々ゲマトリアに刺激を与えてくれます。『シロとクロ』はこのままに、準備を始めましょうか」
「うむ。ケイオスに対する怒りは未だ止まないが、会談の場をここに定めた事は間違いではなかったか……」
聞いていない。恐ろしい事にマエストロも、ゴルコンダも、飛鳥そっちのけで自分達の世界に入り込んでしまっている。彼らは悪事を働いている自覚はないのだろう。真に、己の探究心に突き動かされるままにいるのだ。
黒服と合わせてケイオスと波長が合う事に納得しかない。お似合い、という言葉が相応しいだろう。
「あの、僕は―――」
「む。これは、すまない。飛鳥=R=クロイツ。突然のインスピレーションに襲われていた。そなたを招待した身でありながら、礼を失していた」
「我々はこれより更なる『崇高』を求め、お暇します。ヴァレンタインが連れ去った生徒は、スランピア最奥部の城にて保護しております。大切な生徒ならば、急いで迎えに行くべきかと。それでは」
そうして同時にゲマトリアのメンバーは立ち上がると、次の瞬間瞬きと共に姿を消していた。
湯気があがるティーカップが三つ。残されたのは飛鳥一人。呆然などというものではなく、数秒程静寂が場を支配していた。
「いや、まぁ……興味が移ると多分僕も同じ事をするから不平不満は我慢するけれど……少し堪えるなこれは」
よもや完全に無視されるどころか放棄されるとは思いもよらない急展開である。拘束から解放されたという前向きな考えはできるが、変人としか言いようがない人物に振り回された結果がこれだと考えるといささか腑に落ちない。
とはいえコハルが捕えられている場所まで明らかになるとは想定外だ。どうやら、マエストロとゴルコンダはただこの場で飛鳥を待っていただけでコハル誘拐に直接的な関与はしていない様だ。
(となると、ケイオスの単独犯か。けれど何故このタイミングで下江さんを連れ去った……? ラムレザルをここに呼び寄せる為だとしても何か、何か引っかかる)
一口も飲んでいないティーカップを放置し、飛鳥は椅子から立ち上がる。頭の中では現状を整理しつつ、心に残っているわだかまりを解消するべく思案が始まっていた。
突然の夜襲、攫われたコハル。待ち構えていたゲマトリア。
トリニティ内部では完全に敵対関係に近付いているナギサとその背後にいるであろうケイオス。
そして……裏切り者のミカ。
バラバラなピースにはわずかではあるが共通項目を読み取れるが、しかし相手はケイオスである。策である様に見えて突発的な行動も考えられる。
「……いや、だが考えられる可能性は一つか」
そうして飛鳥は一つの結論に思い立ち、携帯端末を取り出す。ゲマトリア達と遭遇した時点で通信回線の妨害が仕込まれていた様で、スレイヤーへのメッセージを送信した直後にハナコ達との連絡は完全に切れていた。
改めてハナコに通話を試みるが、『通話中』の画面が出て終わった。ならばと飛鳥はミカの端末に接続する。
『あっ! 先生! もしもし、大丈夫!?』
通話が繋がると、大はしゃぎでミカの声が聞こえてくる。飛鳥の考える最悪のケースはここで一つ消え去ったが、まだ次の可能性が残っている。
「大丈夫だよ。少し時間がかかったけれど、怪我もしていない。それより聖園さん、トリニティの方で何か騒ぎが起きていたりするかい?」
『え、なんで……?』
「よく聞いて欲しい。状況が状況だったものだから僕も見落としていたが……これはケイオスの作戦だ」
『作戦、って何が?』
「―――心苦しいが、ラムレザル達にこう伝えて欲しい。『僕は一足先にトリニティに戻る。下江さんを頼んだ』、と」
『え? え? え? ちょっと待ってよ先生、もうちょーっと私にもわかる様に言ってもらえると嬉しいかも。私ほら、馬鹿だから』
「これは囮だ。ケイオスの目的は……『桐藤さんの暗殺』だよ」
『へ……?』
そうであって欲しくはなかったが、飛鳥は口に出す事で『やはりこうなるのか』というある種の実感を覚えていた。
その為には時を数時間程前まで遡る必要がある。シスターフッドの生徒と交わした会話、そして……深夜に行われたミカとの会談。その内容に関してを。
〇
「……アクセル。君が思う様に、理想が現実に敵うとは私には思えないよ」
物語は終盤に差し掛かろうとしている。
攫われたコハル、そして助けに向かうラムレザル。
飛鳥はゲマトリアと決裂し、そしてケイオスの真意に気付いた。
今、スランピアとトリニティ両方で戦いが繰り広げられようとしている。
その模様を見つめながら、セイアはかぶりを振って「やはりな」と漏らしていた。
「このまま、トリニティは混乱の渦中へと落ちていく。未来は変えられない」
「いや、変えられる。変えてみせるさ」
「ッ!?」
本来、夢の中にはセイア以外の何者も入り込めないはずなのだが、アクセル=ロウは再び訪れていた。
長いテーブルを挟み、彼はにこやかな笑みを浮かべて椅子に腰かけている。手にはいつの間にか、湯気を立ち昇らせるティーカップまである。
「夢の中、結構慣れてんだなこれが」
「……まだ、あの未来はやってきていない」
「お、マジ? ちゃんと見守ってくれてたんだ? サンキュー、セイアちゃん!」
「だが、だがそれでも状況は最悪だ。飛鳥=R=クロイツはかつてない窮地に立たされている」
このままではどの道、トリニティは大混乱に陥ってしまう。それがセイアにはわかるのだ。未来を覗き見てしまった身であるが故に諦観の意識を持たざるを得ない。
それを、アクセルは鼻で笑い飛ばした。
「ふぅん? じゃあさ、そこにセイアちゃんの姿はないわけ?」
「……当然だろう。現実の私は眠りについているのだから」
「起きてみない? 起きて、そんで未来を変えてみない?」
「―――何?」
軽薄な物言いが僅かに揺らいだ。アクセルはじっと青い目でセイアを見据え、それからティーカップの中身を飲み干す。
椅子から立ち上がると、彼はゆっくりとセイアの下へと歩いてくる。その様子をどういうわけかセイアは凝視していた。
「セイアちゃん、力を貸してくれ。俺と君なら多分未来を変えられる。あの状況も突破できる」
「それは無理だ。未来を変える事なんて」
「いや、できる。セイアちゃんがその気になれば、きっと!!」
時は否応なく進む。これから待ち受けるであろう光景を、セイアはよく知っている。
ラムレザルはコハルの救出に成功する。だが問題はそこではない。トリニティだ、トリニティで実行されるナギサの暗殺……そこで、エデン条約崩壊に至るまでの致命的な諍いが起きてしまうのだ。
―――ミカさんが、裏切り者?
―――違う、違うんだよナギちゃん。私、私ね……!
―――信じていたのに。貴女は、貴女だけはッ!!
すれ違いが、否、告解が行われるのだ。避ける事はできない罪の告白。そして抗い様のない現実が少女達を襲うと……セイアは知っている。
現時点での投稿頻度に関してどのように感じていますか?
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区切っても良いから投稿頻度を上げて欲しい
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このままもう少し早く出して欲しい