先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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Mia amiko―ワタシ ノ トモダチ

 目が覚めたら、誰もいない部屋に閉じ込められていた。

 なんだか古臭くて、カビ臭くて、埃にまみれていて、何より暗い。小心者のコハルからすればたまったものではない。どこにお化けが潜んでいるのか、などと不安な考えに自分で苦しんでしまっていた。

 まず携帯がない。何処かに行ってしまった。買い換えたばかりなので、コハルはとても悲しくなった。

 次に武器がない。のんびり寝ていた時に連れてこられた為に、いつもなら携行している銃がない。コハルはとても心細くなった。

 そして最後に寝巻のジャージ姿で、しかも裸足で埃っぽい床を踏みしめている。コハルはとても寂しくなった。

 

「ぐすん……もうやだ」

「そんなに泣かないで。何がそんなに悲しいの」

「アンタがここに連れてきたからでしょ!!!」

 

 何より一番嫌なのは、部屋の隅にうずくまるコハルをじっと眺めているあの仮面の生徒である。

 目が覚めたコハルは助けを呼べないかと部屋に置いてあった音響装置を無茶苦茶に動かしてみたのだが、その際に彼女に捕えられて今に至る。

 どうやらコハルを連れ去ったのも仮面の生徒によるものらしく、穏やかではいられない。まさか自分が誘拐されるなどと思いもしなかったコハルは唇をワナワナと震わせ、膝を抱えて生まれたての小鹿の様にプルプルと微振動する。

 

「……別に貴女を取って食べようってわけじゃないよ。ラムレザルを呼ぶ為の囮だから」

「お、囮って何。最初の時もそうだけど、ラムをどうするつもりなの」

 

 仮面の生徒が不審な物言いをするものだから、コハルは恐る恐る問いかける。危機的状況であるからこそ、正義実現委員会の生徒として毅然とした態度を取ってみようというおっかなびっくりな挑戦だ。

 仮面の奥で何かがキラリと光る。よく見ると、それが目ではなく何か光が渦巻いているのだと気付いてコハルは心臓がバクバクした。何か、普通じゃない。

 

「私はね、ラムレザルが欲しいの」

「ほ……欲しい!?」

 

 卑猥な響きだった。コハルがよく読む破廉恥な本で多用される、いわゆる隠喩である。

 何か壮絶に淫猥な言葉にコハルはドキリとしたが、すぐにそんな生易しいニュアンスではないと考え直し、仮面の生徒をじっとねめつけた。

 

「私の名前、まだ言ってなかったね。私はね、ヴァレンタインって言うの。貴女は?」

「ヴァ、ヴァレンタイン……?」

 

 その名前は、ラムレザルのものと同じだった。思い返せば彼女の無機質な物言いは確かにラムレザルのそれにかなり近い。とはいえ、関わりがある人物であるヴァレンタインは何故市街地での襲撃や、誘拐まで行うのか。

 気になる事は沢山ある。けれど、コハルは何をされるのかわからず身を縮め、

 

「……こ、コハル」

「コハル。うん、面白い名前。それで、私がどうしてラムレザルが欲しいかって言うとね……足りないモノを持ってるからなんだ」

 

 足りないモノ、と言われればコハルの視線は不気味な仮面に向けられていた。漫画やアニメに出てくる悪者がつけている様なそれの下にどんな顔があるのか、気になって仕方ないが聞いてみたいという気持ちにはなれない。怖い。

 と、ヴァレンタインはおもむろに仮面に手を伸ばし、さっと外してみせた。コハルの想像では仮面の下にはラムレザルに似た顔があると思っていたのだが、予想を遥かに上回る光景がそこに広がっている。

 

「ひっ……何、それ」

 

 虚無が広がっている。目も、鼻も、口もない。のっぺらぼうという奴だ。気味が悪いなどというものではなくて、どうやって前を見ているのかとか、どうやって喋っているのかとか、とにかく色んな考えでコハルの頭はいっぱいだった。

 ヴァレンタインはそんなコハルの反応を面白がりながらまた仮面をつけ、

 

「私はこんな風に不完全。これじゃダメ。だからラムレザルと一つになる」

「一つになるって、ラムはどうなるの……?」

「? 消えるんだよ。当たり前でしょう」

 

 それは死ぬだとか死なないだとか生易しい表現ではない、恐ろしいニュアンスだった。

 一つになるとラムが消える? 言っている事がまったくわからない。けれど嘘をついている様には聞こえない。間違いないのはこのままではラムレザルが危険で、コハルは彼女の足を引っ張るかもしれないという二つだ。

 そこでコハルは慌てて立ち上がると、薄暗い部屋から逃げ出せないものかと室内を見回す。しかし何もない、牢屋の様に殺風景だ。

 

「あ、あう」

「心配しないで。私はコハルを傷つけないよ。邪魔してきた時はちょっとムカついたけど、今日は囮でしかないから。ラムレザルを吸収したら開放してあげる」

「そんなのダメ! 絶対に許さないんだから!」

「なんで」

 

 ヴァレンタインはコハルが声を荒げると、不思議そうに首を傾げた。その仕草は仮面の下に能面があると考えると恐ろしく、心臓がバクバクと早鐘を打つ。

 威勢よく声をあげてみたもののやはり怖い。コハルはもじもじとしながら、

 

「ラ、ラムは……私の、と、友達だから!!」

 

 まさか自分でもこんな事を言うとは思っておらず、コハルは意を決して口にした側だと言うのにハッとしてしまっていた。

 ヴァレンタインはと言えば一瞬呆気に取られた様に固まっていたと思いきや、くつくつと笑い声をあげ始めた。

 

「ふふふ、あはははは」

「何がおかしいのよ!?」

「違うよ。貴女を笑ってるんじゃない。ラムレザルが友達を持つだなんて、変だと思ったんだ」

「変って……」

「コハルは知らないんだね。ラムレザルが何処の誰なのか。それじゃ教えてあげる」

 

 しばらく笑い終えてから、ヴァレンタインはゆっくりとコハルへと歩み寄る。何か痛い事をされると思い込んで思わず頭を抱えて目をつぶってしまうコハルだが、殴られるわけでも蹴られるわけでもない。ただ、頭にポンと手を置かれた。

 気味が悪かった。一度はコハルに凄まじい敵意を向けていたヴァレンタインが、今はまるで子供をなだめるかの様な態度だ。

 

「私とラムレザルはね、人間じゃない」

「え……?」

「バックヤードで作られた、ヒトに近いカタチの化け物。命令を受けて、命令の通りに動く事が使命。私の命令は、命令は……キューブ?の解体、だっけ? あれ、ジャスティスの因子……まぁそれは良いや。うん、大事なのはね、ラムレザルは失敗作って事」

「失敗作? 何言ってるのよ、何バカな事……!」

 

 動揺するコハルにヴァレンタインはあくまでも優しく諭す姿勢を崩さず、

 

「コハルも知ってるでしょ。他の子みたいに上手くできない子。頭が悪いとか、言われた事ができないとか」

「っ……」

「ラムレザルはそれ。持たなくても良い自我なんて手に入れて、持たなくても良い感情なんて手に入れた不適格(できそこない)な人形。お父さんはね、そんなラムレザルはいらないから私にくれるんだって」

 

 言っている言葉の意味がわからないが、ただヴァレンタインがラムレザルを悪く言っている事だけは理解できた。無邪気に、まるで自分が正しいと言わんばかりにラムレザルを侮辱している。

 

『……先生に頼んで、私だけ別の場所に移してもらう。もしもまた何かあったら皆に迷惑がかかるから』

 

 深夜の病室でラムレザルはぽつりとそう言った。いつもハキハキとしていて、感情の起伏に乏しかった彼女があの時だけ申し訳なさそうにしていたのをハッキリと覚えている。

 人に迷惑をかけたくない、自分なんてどうでもいい。そんな後ろ向きな姿勢を目にして、その時コハルはとにかくモヤモヤしていた。

 思わず助けに行った時もそうだが、言葉にできないだけでコハルはラムレザルに友情を感じていた。馬鹿で卑猥な事ばかり考えてしまう自分なんかとは『違う』、真面目で律儀で、何より自己評価が低いラムレザルに対して強い気持ちを抱いている。

 

 だからなのだろう。ヴァレンタインの冷たい物言いにとにかく腹が立って、コハルは自分でも驚く程の力で彼女の頬を思い切りひっぱたいてしまった。

 仮面が弾け飛び、床に落ちて粉々に砕ける。叩かれた勢いでヴァレンタインの顔は真横に向いていて、マネキンの様に微動だにしない。

 

「私の……私の友達をバカにしないでっ!!!」

 

 それはまさに、激情と言う言葉が相応しかった。

 ゆっくりとねじが巻かれた様にヴァレンタインの能面がコハルに向き直る。心なしか、怒りの色が浮かんで見えた。

 

「―――何、この感情。凄い。むかむかする。腹が立ってる」

 

 空気が凝結する。先程までの動物に接しているかの様な態度が一転し、能面の奥から何かがコハルを覗き込んでくる。

 

「気持ち悪いな、気持ち悪いな、気持ち悪いな……」

「ひっ」

「お前、ウザいな」

 

 ひゅっと風を切って、ヴァレンタインの指がコハルの首を掴んでいた。細い指からは想像もつかない、万力の様な力だ。明確な敵意を抱き、相手の命を奪おうという意思に満ちている。

 視界はチカチカと点滅する。コハルはなんとか逃げ出そうと手足を振り回すが、ヴァレンタインを止められはしない。

 

「や、誰、か……たす」

「お前も、不適格(できそこない)……」

 

 意識が薄れていく。このままでは本当に死んでしまう。ゆっくりと手足に力が入らなくなり、目の前が真っ暗に染まっていく……

 

「コハル!!!!」

 

 その時、怒号と共に薄暗い部屋に光が差し込む。続いて銃声に続く銃声。助けがやってきたのだ。

 コハルの首にかけられていた力がサッと消え、代わりに彼女の背中を誰かの手が支えてくれた。失いかけていた意識が引き戻されていくと、視界に馴染みの顔が映り込む。今にも泣きそうで、少し安堵した表情が見えた。 

 

「ラ、ム」

「コハル、喋らなくて良い。無理はしないで」 

 

 ラムレザルはコハルをギュッと抱きしめ、空いている手で拳銃を突き付ける。銃口の先にいるのは、もちろんヴァレンタインだ。

 

「来たんだ、ラムレザル。ちょうどよかった。もう不適格な人形はいらない。私と一つになろう」

「それはできない。私は、私だから」

 

 遂にその時はやってきた。

 異なる世界にて、異なるヴァレンタインが相対する。およそ起こりうるはずのない『もしも』が始まろうとしている。

 

―――二人のヴァレンタインがぶつかり合おうかという波動を受け取ってか、地下に眠る『演奏者』は……開演の時をただ待ち望む。




ようやくVol.4も大詰めです。
スランピアにて繰り広げられるラムレザルvsヴァレンタイン。
そしてトリニティで今まさに実行されようとしているナギサ暗殺。
この賞のテーマは以前話したように『飛鳥はケイオスとは一切関係なく、ただ過ちを犯してしまった生徒を許すのか」です。ワカモの様な暴走ではなく、キヴォトスという世界だからこそ起きてしまった罪をどう受け止めるのか、どんな答えを出すのかが重要ポイントです。
これの為にミカの正体が早々に判明し、更にセイア襲撃の動機まで明かされております。
じゃあ一体今からどうなっていくのか……大体あと4~5話くらいですべてにカタがつきます!

現時点での投稿頻度に関してどのように感じていますか?

  • 区切っても良いから投稿頻度を上げて欲しい
  • このままもう少し早く出して欲しい
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