先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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The Man

 大怪獣。キヴォトスを侵略する。

 飛鳥が助手席の窓越しに外を覗き込むと、夜の街を闊歩する巨体が見える。ざっと大きさは五〇メートル程で、かなりの歩幅でズンズンと進んでいる。

 乗り捨てられた車両を避けながら、飛鳥の乗る装甲車は市街地中心部へと急行していた。

 

「相当なデカさっすけど、大丈夫なんすか先生」

「……やるだけやってみる、としか言えないからね」

 

 ナギサを狙っての襲撃は鎮圧し、ケイオスの策略も頓挫した。となれば後は事後処理だけの予定だったのだが、そうはいかないとでも言わんばかりに現れたのが巨大怪獣である。外見がヒフミの愛するペロロに酷似している為、名前は『ペロロジラ』で確定している。

 さてペロロジラが上陸して数十分。その足は間違いなく何かを目指している様子だが、時折ふらふらと彷徨う時がある。最も可能性があるとすれば……

 

「間違いないんすか先生。アレの目的地、シャーレかもしれないって」

 

 運転席のイチカからの強張った問いかけに飛鳥は小さい声で唸り、

 

「あくまで計算だよ。でも、進路上にはシャーレのビルがある。このまま侵攻を許せばどうなるのか……」

「あーもう、スランピアの方もこれからだっていうのに困ったもんっす!」

 

 大怪獣をじっと見つめながら、未だ解決していないスランピアの『旋律』を考え、飛鳥は目を細める。

 ヒマリから提供された情報通りならばあそこで何かが起きようと、いや、現在進行形で何かが起きている。確かめようにもペロロジラを放っておくわけにもいかない状況だ。

 ともかく対処をするしかないという事で、復活したナギサの指示により編成された部隊がスランピアへ、そしてペロロジラには飛鳥と……ケイオスの誘導によって引き離されてしまった状態から復帰した、ハスミとツルギの部隊が当たる事になった。今彼が乗り込んでいる装甲車は撃退の為、現地に向かっているのだ。後部には緊張でガチガチな生徒達がフル武装で詰め込まれている。

 携帯端末を取り出し、ナギサとの通話を繋ぐ。騒がしい声をbgmに彼女は、

 

『飛鳥先生、羽川さん達ですが現場に到着済みです。先生のご指示をお待ちしています』

「ありがとう。けれどあの場所はかなりまずいんじゃないか。ゲヘナとの緩衝地帯にある」

『ええ、『万魔殿』からも凄まじい勢いで連絡がきています。あの怪獣は我々が作ったものだとか、もう散々な言い様です』

「それなら、彼女達に無理はさせなくていい。僕が対応するよ」

 

 非常事態であるがやはり政治が付きまとっている。連邦生徒会にも連絡してみたのだが、対応してくれた七神リンの反応もなかなかに苦しいものだった。

 

『飛鳥先生。今その地域に連邦生徒会が武力介入するのは危険です。トリニティとゲヘナの二大校に対して我々が干渉した、そんな事実が与えられかねません……ですが、シャーレの先生ならば多少の政治的問題はスルーできます。何卒、よろしくお願いします』

 

 つまりは『そっちでやってくれ』である。適当極まる内容だが、確かに彼女の言う様に超法規的措置を受けているシャーレならば面倒な政治というものには巻き込まれない。どの道やるしかないのだ。

 とはいえ見たところペロロジラの破壊規模は尋常ではない。生徒達の力を借りると言ってもまさか怪獣に戦いを挑めだなどと言えないだろう。よって、自動的に飛鳥が相手をするのだ。

 

『先生、先生?』

「ああ、すまない。少し考え事をしていた。あの大きな奴は僕が止めるから、桐藤さんは現地にいる生徒には市民の避難を最優先にする様に伝えてくれ」

『……あの力を使われるのですね?』

 

 ナギサは飛鳥の法術に対して、何かしら不安を抱いている様だ。果たしてトリニティ内でどれだけあの理を捻じ曲げる魔法の情報を持っているのか、少しだけ興味が湧いたものの飛鳥はぐっと飲み込み、

 

「今の事態を解決するには最も効率的な方法だ。僕も街の為なら力の行使に抵抗はない」

『いえ、そうではありません。先生はこれまでご自身の持つ力を公表せず隠してきました。今回、多くの人がそれを目撃する事になります。それでもいいのですか?』

「……それなんだけどね、もう隠すのはやめにしようと思うんだ。君と色々話した事で僕も自分の身の振り方というものを真剣に検討できたよ」

 

 ナギサは飛鳥の存在を脅威と感じた。人知を超えた常識はずれな力を振るう大人を信用ならないと感じた。

 少なくともそう思ったのは彼女だけではないだろう。まだこの街には多くの生徒がいて、中には飛鳥を危険視する人間もいる。

 その度に疑いを持たれるというのも少し手間だ。何より、不信感を抱かせてしまうまで含めて余分な時間である。

 

「僕は決めた。エデン条約調印の日、僕は自分のすべてを公表する。どこの誰なのか、どんな事をしてきたのか。飛鳥=R=クロイツとは何者なのか……皆に知ってもらう」

『それは、良いんですか?』

「いいとも。所詮、僕一人のこだわりでしかない。むしろもっと早くにやっておくべき事だったからね」

『……』

「心配しなくていい。君がそうさせたわけじゃないんだ。よし、通話を切るよ。そろそろあの怪獣に―――」

 

 ナギサを励まそうと声をかけようとしたところで、イチカの運転する車両に上からズドン、と衝撃がかかる。ちょうど飛鳥の座る座席の真上から聞こえてきた音は、どうやら何かが落ちてきたらしい。

 

「あの、先生。今のなんすかね」

「ちょっと見てみよう。桐藤さん、後で」

 

 通話を切り、飛鳥は恐る恐る窓を開けてチラリと車両の外観を覗き込んでみる。

 瓦礫か何かかと思いきや、両手に散弾銃を握りしめて黒髪の生徒が佇んでいる。どうやら彼女が着地した際の衝撃らしい。

 

「き、きひひひひひひっっ」

 

 気味の悪い笑い声を漏らす生徒の制服は正義実現委員会のものである。そして飛鳥の知る限りこんな猟奇的なふるまいをする人間の心当たりは一人しかなく、その時点で思わず顔を引きつらせていた。

 正義実現委員会委員長、トリニティが保有する最大戦力。剣先ツルギである。

 

「やあ剣先さん、どうしてこんなところに」

「ぎひぃっ、あ、あ、あ、飛鳥先生ィィィ……」

 

 飛鳥に背を向けていたツルギの首が180°回転し、鬼の如き形相がギロリと向けられる。間違いなく味方のはずなのだがあまりにも鬼気迫る顔つきに彼は冷や汗をかきはじめていた。

 と、飛鳥の姿を認めた瞬間、ツルギの表情はみるみる内に萎んでいき、気付けば顔を真っ赤にした少女へと変化していた。いわゆるスイッチが入るタイプの性格である彼女は、戦闘時にはどうしても気合が入ってしまうのである。かつてこのスイッチが思わぬ形で入った結果、飛鳥は散々な目にあっている。

 

「あ、せ、せんせぃ……す、すみません。先生が乗っているだなんて知らなくて、あの」

「いや、大丈夫だよ。それより状況はどうなっているのか教えてもらえるかな」

「は、はぃ。あの怪獣、さっきから小さな分身を出しているんです。一体一体は大した事ないんですが、本体を倒すには大火力が必要だと思います。し、市民の避難に関しては最優先で行っていますっ」

 

 顔を紅潮させ、途切れ途切れながらもツルギは的確に説明してくれる。流石は委員長というべきか、しっかりもので何より真面目だ。

 飛鳥は報告を確認し、やはり自分がやる他になりと理解してゆっくりと言い聞かせる様に頷くと、運転席のイチカへと、

 

「仲正さん、ここで止めて欲しい。これ以上近付くと危険だ」

「は、はいっす」

 

 ゆっくりと車両は減速し、飛鳥は重いドアを開けて車道に下りる。それなりにペロロジラからは離れているはずなのだが、それでも怪獣が一歩進む度に地面が揺れていた。これ以上の被害は押し留めなければならないだろう。

 同じく車両の屋根から飛び降りたツルギは飛鳥を守る様に躍り出ると共に散弾銃を構え、

 

「先生、きますっ……!」

 

 ほとんどの市民が避難を終え、静まり返った道路へとどこからともなく不気味な外見の鳥達が現れる。大きさは二メートル程で、だらしなく垂れた舌と焦点の合わない目がとにかく見る者を不安な気持ちを駆り立てる。

 ペロロジラに、というよりペロロに酷似しているこの怪物達がツルギの言う『分身』なのだろう。おおかた、本体を守る為に作られた護衛に違いない。

 

「剣先さん、仲正さん。この場を任せて良いかい? 僕はペロロジラ自体を何とかする」

「……あの得体の知れない力、使うんすね?」

 

 車両後部にすし詰め状態だった部下達を引き連れて飛鳥の下へ追いついたイチカは、飛鳥にそう問いかける。その声色はやはり先生という人物に対する強い興味関心を秘めている。

 飛鳥は首肯を返し、

 

「僕が何者か、とても気になるだろう。だが今はただ……目の前の敵を倒す為に皆の力を貸して欲しい」

「あはは、もちろんっすよ。元から変な人だと知ってますんで」

「―――ギターの話、漏らして申し訳ない」

「え? なんすか、よく聞こえないんすけど」

「いや、その、本当にごめんなさい」

 

 僅かに糸目を開眼させているイチカから視線を逸らして飛鳥は今まさに駆け寄ってくる小型ペロロジラ軍団へと向き直る。

 ツルギが、そしてイチカが指揮する軍団が迎え撃つ。本丸を狙う飛鳥の準備も万端だ。あとはどちらが先に攻撃を仕掛けるのか……そんなひりつく瞬間に、携帯端末がぶるりと震えた。飛鳥のものである。

 

「こ、このタイミングで電話?」

 

 今この瞬間に開戦しようかという時の通知に慌てながら端末を取り出すと、連絡の取れなかったラムレザルからの電話だった。無事だったのだ。安堵しながら飛鳥は通話を開き、

 

「僕だ。ラムレザル、スランピアで一体何が―――」

「ペロペロ、ペロペロ、ペロペロォォォォォォォォ!!!!!!!!」

「ぎゃひぃぃぃぃぃぃ、皆殺しだぁぁぁぁぁぁハハハハハハ!!!!!」

 

 更に最悪な事に、ほぼ同時に戦いの口火が切られた。小型ペロロジラの雄たけびに戦闘モードのツルギが答え、直後一斉に発砲音が飛鳥の耳朶を叩いた。

 鼓膜が破裂してしまうのではないかと慌てながらひとまず車両の影まで駆け込み、通話に意識を集中させる。ラムレザルが無事なのかどうかをしっかり確かめなければならない。

 

「ラムレザル、どうしたんだい?」

『飛鳥先生。報告は後でやるから、力を貸して欲しい。こっちは大変な状況にある。今すぐに法力が欲しい』

 

 聞こえてきた声は間違いなくラムレザル本人のものだ。ほっと胸を撫で下ろしつつ、同時に思わぬ要求に眉をひそめた。

 法力が欲しい。というのはわかる。法力研究において他の追従を許さぬ天才である飛鳥からすれば、その一言だけでやるべき事は理解している。普段の法術発動に合わせ、法力を流し込むパイプをラムレザルへ増やせという事だ。そうすれば彼女は一〇〇パーセントの力を発揮できる。

 無論可能である。ただ管を増やすだけなのだから造作もない。しかし、飛鳥の脳裏に浮かんだのはラムレザルの仲間達だ。

 

「……それは構わない。でも一つだけ確認がある。今阿慈谷さん達は一緒かい?」

『一緒だよ』

「君が力を解放するという事は、自分が何者なのかを明かすという意味だ。それでも……良いかい?」

 

 それはちょうど飛鳥本人がナギサにかけられた言葉だ。自分が何者なのかを他人に明かす。それは異世界キヴォトスに転移した中で最も危惧していた事である。

 魔法を使って生徒を守る、それは良い。抵抗する理由がない。しかし力を公開すれば、それは新たな争いを生みかねない。もう一度、『あの男』として世界を混乱させたくはないという強い願いがあった。

 ではラムレザルはどうか? 自分が他の生徒とは違う、それが力を取り戻せば判明してしまうのだ。この後、彼女がどんな扱いを受けるのかを保証できない。

 だがそんな飛鳥の憂いを払うかの様にラムレザルは、ハッキリと言い切った。

 

『大丈夫。何者かなんていうのは深い問題じゃない。重要なのは……私達が友達だという事』

 

 簡単な答えだ。けれど十分な答えだ。それが、『違う』という事なのだ。他者である事、友達である事を何よりもラムレザルは尊いものと認識している。

 であれば先生として飛鳥=R=クロイツに迷う理由はなかった。『本』の放つ輝きに照らされながら、飛鳥は微笑む。

 

「―――よかった。先生として、その答えを何よりも尊重しよう。制限時間は長く見積もって四〇秒。頼んだよラムレザル」

 

 瞬間、法力が弾けた。暗い夜を光が包み、一筋の光が地上より宙に浮かぶ。その時が来たのだ。

 

 

『飛鳥先生、法力の循環を確認。ラムレザルさんへのパス開通しています』

「ありがとうアロナ。それじゃあ、僕達の戦いを始めよう」

 

 ビルよりもずっと高い空、ツルギを、イチカを、ハスミを、地上にいる誰もが見上げるそこに飛鳥は漂う。ただ一冊の『本』を携えて。

 

「―――必要な時間はもう計算済み。問題は撃滅の為に重要な手段か」

 

 サッと衣服を撫でれば、その身は分厚いコートに包まれる。手には杖が出現し、飛鳥の全身全霊を引き出せる状態への変身が完了した。

 街を闊歩するペロロジラを数秒観察し、飛鳥は大体の算段を整えていた。何故ならば移動の最中にペロロジラが攻撃を受け、多少なりともダメージを受けている瞬間を目撃していたのである。

 

「かなりの巨体だ。どうやって体重を支えているのか、血流や臓器の働きはどうなっているのか、気になって仕方がない。だが大切なのは、君が物理現象であるというそれだけだ。実体のない存在だとすれば少々手間がかかったけれど、物理なら大した問題ではない」

 

 そこで飛鳥は懐から一枚のカードを取り出す。大人のカード、飛鳥の法力を強化するアイテムであるそれを見つめた後、

 

「これは使わない方が良いか。百合園さんに釘を刺された手前だ」

 

 また仕舞い込む。出撃の直前に百合園セイアより伝えられていたある伝言の内容を、飛鳥は少し考え込んでいたのだ。

 

―――『法術を使いすぎるな。穴が開く』。それが、アクセル=ロウから君への伝言だ。

 

(意味は理解している。恐らく大人のカードを使用し、法力の供給量を上げたせいだ。二つの世界が結合状態にある事で基準値を大幅に上回る情報体フレアが発生したというところだろう。アロナに頼んでおいたデータ収集の結果通りではあるか)

 

 伊達に地上最強の魔法使いなどと呼ばれてはいない。飛鳥は既に別世界で分析されていたワームホールに関してを把握していた。法力増強による影響、そして大人のカードが持つ副作用さえも。

 

(ケイオスが僕にカードを使わせたがった理由は情報体フレアによる二つの世界の情報圧壊と言ったところか? いやしかし、こちらの世界には影響が出ていない。あくまでも元の世界にだけ作用しているというのは重要な部分だ。相互に作用するのではなく……ん? あぁ、そういう事か)

 

「……ふふっ」

『せ、先生? どうかされましたか?』

「いや、あの人らしいヒントの渡し方だと思ってね。アロナ、『大人のカード』を使う。データ収集を」

『え、ええ!? でも先生、それはもしもの場合の最終手段では!?』

「良いんだ、一つ試してみたい事があってね」

 

 思わず一人でほくそ笑んでしまいながら、飛鳥は実験とペロロジラ撃滅を同時に行うべく『本』へと大人のカードを当て、合体させる。法力が充填され使用可能な魔法の幅が広がった事を確認しながら、飛鳥は地上への降下を開始する。

 

(市街地に被害が及ばない様に戦う必要があるな……僕にできるか? いややるしかないのか)

 

 そんな風に考えているとペロロジラとの距離がどんどん近付いていく。そうしてハッと意識を切り替えた飛鳥は、『本』からページを引き抜いて魔法を発動する準備を整えた。

 魔法を用いる事で、飛鳥は限りなく全能の存在と化している。もちろんできる事は制限されており、星を吹き飛ばそうとするならばそれ相応の出力が必要になる。とはいえ空を飛ぶ程度ならなんて事はない。コートを翻しながら飛鳥はペロロジラの頭上へと急降下し、目の前を何度か通過する。

 

(? 何か、背びれの様なものが)

 

 ペロロジラの真ん丸な体には不釣り合いな突起が背中に生えている事に気付きながら、飛鳥は速度をあげていく。

 人の前を飛ぶハエの様なもので、ペロロジラは気味の悪い目をギョロリと動かし、飛鳥の軌道を追いかけた。

 

(隙が必要だ。一瞬、それだけでこの怪物を地上から追い出せる)

 

「ペロペロ、ペロォォォォォ!!!」

 

 ペロロジラが叫んだ。果たして空中の敵に対してどの様な攻撃を繰り出すのか、と飛鳥が目を見開いて防御の姿勢を取ったところ、先程目に入った正体不明の背びれが薄く光り始めているのが見えた。どうやら飾りなどではなく、立派な器官の様だ。

 問題は何故光るのか、である。まさか威嚇の為に光るわけではないだろう。何かしらの予備動作としての発光と考えるべきなのだが……

 

『先生! ペロロジラ背部より熱源反応です!』

「うん、そうだと思った」

 

 アロナの警告に続き、ペロロジラの焦点の合わない目玉が輝く。次の瞬間、目玉から熱線が飛鳥目掛けて放射された。ただの巨大な鳥ではない、いわばギアの如き生体兵器なのだ。

 まさかそんな遠距離攻撃をしてくるとは予想しておらず、飛鳥はギョッとしながらも法力によるシールドを展開し、真正面から熱線を受け止めた。じりじりと熱が防御しながらも感じられるが、さしたる問題ではない。

 

(耐えられないわけではないが、制限時間がある。面倒だな……)

 

 熱線を浴びながら空中で加速し、飛鳥は勢いよくペロロジラへと突撃する。シールドを押し付ける様に激突してみれば、同時に熱線が逆流する様な形で怪獣の顔面へと炸裂した。自分自身の攻撃をそのまま食らう形でペロロジラは身をよじり後退していき、大きな隙を晒す。

 一瞬の隙を飛鳥は見逃さない。引き抜いていたページを光と変え、強敵打倒の為に魔法を発動する。

 手に持つ杖から怪しい光が灯る。飛鳥はその穂先をペロロジラの顔面に突き立て、固定する。一見ただの物理攻撃だがそうではない。むしろこの一撃によって勝負は決まったとさえ断言できた。

 

「時間が惜しい。君の対処は、海に任せる……」

 

 飛鳥の拳が突き上げられると、直後ペロロジラの巨体に異変が生じる。地面を踏みしめていた両足がゆっくりと浮き上がり、まるで何者かが手で掴んでいるかの様に宙へ浮いてしまったのだ。

 魔法でペロロジラの肉体を拘束した? 否、飛鳥はペロロジラに対して世界のルールを書き換えたのだ。

 

「今、君を取り囲む引力と斥力はすべて僕が握っている。想像も及ばないだろうが、この状態ならば君は空さえ飛べるわけだ。こんな風に」

 

 そうして飛鳥は指揮者の如く手を動かし、ペロロジラを操る。巨体がビル群よりも更に上空へと浮上し、更に真横へと加速を開始した。

 引力とは端的に言えば引き込む力。斥力とは反対に遠ざける力。つまり物体が浮くも沈むも、飛鳥の操作次第なのだ。

 

「ペ、ペロ~~~!?!?」

 

 ペロロジラは手足をじたばたと動かしなんとか逃れようと試みるが、効果はない。苦し紛れに熱線を飛鳥へと放つが、それも片手で作り出したシールドに受け止められてしまう始末だ。

 飛鳥とペロロジラは市街地を離れて海へと向かっていく。処遇は海に任せる、その言葉通りに彼は怪獣の巨体を深い海の底へと沈ませようと言うのだ。

 

「ペロッペロッ!!」

 

 自分の行き先を理解して大怪獣は抵抗を繰り返す。しかしマスターオブソーサリーの操る魔法は世の理を捻じ曲げる、いわば現実の書き換え。幾らこの世のものとは思えない存在でさえも抗う術など持ちはしない。

 そうしてペロロジラはつい数十分前までいたキヴォトス近海にまで運ばれてしまい、そして……飛鳥によって操作された斥力によって海面めがけて射出されてしまった。

 大波を発生させながら、ペロロジラは海中へと沈んでいく。減速などしない、ただただ下へ下へと向かう。

 

「―――君は物理的な手段が通る。ならその体格を利用させてもらうまでだ。深く潜れば潜る程圧力は増していく。たとえ深海で活動できると言っても、急激な潜航による圧力には耐えられないだろう」

 

 もはや飛鳥のその声は海中のペロロジラには届かない。既に巨体には全方位より想像を絶する速度で水圧が襲い掛かり、みるみる内に圧壊が始まっていた。

 水圧による圧縮とは何も外側からべこべこと小さくなるわけではない。掌にボールがあるとしてギュッと力を込めて握りつぶす、アレである。一瞬、たった一瞬で物体はその原型を留めずに消し飛ぶ。

 

「ペロォッッッッオオッ!?」

 

 そうして、最後の雄たけびと共に悪あがきの熱線を海上目掛けて打ち出した直後、ベコンッッと小気味良い音を鳴らしてペロロジラは完全に押し潰れた。

 飛鳥はと言えば海中より昇ってきた破壊の光を防ぐどころか、邪魔だと言わんばかりに手で弾き落としてしまう。元より受け止めずとも彼からすれば対処は容易だったわけである。

 

「もしも君に自我と定義できるものがあったとしたらすまないと思う。けれど生憎僕はそういう人間なんだ、それじゃあ」

 

 飛鳥の声色は申し訳なさげではあったものの、表情は冷酷そのものである。この場に生徒達がいない事を素直に喜ぶべきだろう。こんなにも圧倒的な蹂躙をたった一人の人間が行ったなど、目撃されようものなら驚きでは済まない。

 だがいずれ誰かに見られる。誰かが知る。それ故に、飛鳥は決断を済ませたのだ。

 

「……ん? もう、朝が来たのか」

 

 ふと海面に差し込む光に気付き飛鳥が空を見れば、勝利を祝福するかの様に朝日が顔を見せていた。どうやらいつの間にか夜が明けてしまっていたらしい。

 長い夜だった。壮絶な展開ばかりが続き、流石に肉体は限界を迎えている。今からトリニティに戻ったとして、果たして意識を保てるかどうか。ふわふわと浮遊しながら港へと戻っていき、防波堤まで辿りついた事で飛鳥は更に重くため息をついた。

 

「あ、そうだ。その前に用を済ませなくては」

 

 疲労のあまりにガックリと肩を落としつつ、飛鳥は耳元に手を当てる。即座に幾何学模様を描いた魔法陣が出現し、法力による通話が開始された。同じく法力を介して通話可能な『元の世界』に向けて、である。

 

『―――驚いたな。君はフレデリックの忠告を聞かなかったのかい?』

 

 『向こう側』から聞こえてきたのは、飛鳥そのものの声。彼が作り上げた『もう一人の飛鳥=R=クロイツ』のものだ。

 今まで、飛鳥は何度交信を試みたが叶わなかった。世界の壁を取り払えなかったが故である。では現状はどうか? 飛鳥は元の世界と確かに会話を行えている。

 

「ああ、聞いたとも。その上で『穴』を開けさせてもらった。自分の声を聞いて嬉しいと思う時があるなんて」

『君のおかげでこちらは大パニックだ。情報体フレアがまた起きた』

「だがそれは、少なくとも世界を崩壊させる程ではないはずだ。違うかい?」

『……凄いな。別の世界にいながらわかるのかい?』

「優秀な『助手』がいるからね。それよりも、フレデリック達に伝言を伝えて欲しいんだ」

『直接伝えなよ。そっちの方がジャック=オーも喜ぶ』

「話が長くなってしまいそうだから端的にまとめたいんだ」

 

 夜明けの光を見つめながら飛鳥は開かれていた『本』を閉じる。その横顔は真剣極まるものだ。

 

「元の世界に戻る方法がわかったかもしれない」

『え?』

 

 そこで時間が来てしまい、ぶつりと通話が切れてしまう。緊張の糸が切れたばかりに飛鳥はその場にどっかりと座り込み、げっそりとした表情で日の出を見つめる。

 あまりにも色々ありすぎた。戦い、戦い、戦い。およそ貧弱極まる人間に課すものではない。先生とは本当に忙しいものである。

 

「……ん、ああ。これじゃあ二度目のテストも、不合格だな。ああ大変だ」 




はぁい!!!!これでですね!!!!エデン条約編Vol.2までの範囲がですね、一応の完結でございます!!!!!!!!!!!!!!くそ長かったでございます!!!!!!!!!!!!!!ホントに申し訳なかった!!!!!!
遅延に次ぐ遅延、あほくさを越えるあほくさで皆さんに大変ご迷惑をおかけしました!
明日明後日にでもエピローグを投下します。

今後の予定ですが、また何本かメモロビにあたるお話をやった後に短編『227号温泉郷』編、Chapter4.5、そしてChapter4.9『スクワッドのバイト生活』を投稿しまして、それからChapter5『未来への抗戦』になります。
えらい規模のお話になりますが、書き上げられる様に頑張ってまいります。今後とも応援よろしくお願いします。

なお突然現れた梅喧ですが、今まで人外のみが選ばれていたGG側のキャラから何故彼女がやってきたのか?これもまた重要どころとして描いていく予定です。
これにて一旦GG側からの参戦は打ち止めになります。
飛鳥、ロボカイ、ラムレザル、スレイヤー、レイヴン、そして梅喧。この面子がどの様にキヴォトスで活躍するのか、ご期待ください!

現時点での投稿頻度に関してどのように感じていますか?

  • 区切っても良いから投稿頻度を上げて欲しい
  • このままもう少し早く出して欲しい
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