先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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Estonteco-ミライ

 夜が明けた。朝日が上り人々は眠りから目を覚まし、そしてトリニティで起きた一大事を遅く知る事になる。

 世に広められた事件の筋書きはこうである。

 『聖園ミカがクーデターを画策。背景にはハッピーケイオスという犯罪者の思惑あり。前者は逮捕、後者は逃亡』。

 ミカは自ら罪を認め、自分には情状酌量の余地なしとまで言い切ってしまった。これにより各派閥はわずか三〇分で彼女からティーパーティーとしての一切の権限を剥奪すると決定。エデン条約締結後、反逆者として審問会を行う事まで確定している。

 

「つまりまあ……黒幕がいるにしても彼女はほとんどの罪を背負ったわけだ。あのミカが」

「それだけ彼女は自分の行いを悔いているんだ。被害者である君に言っても、信じ難いとは思うけれど」

 

 あの事件から数日語。トリニティに備えられた一室。大きなベッドには不釣り合いな小柄な体を寝かせ、飛鳥の言葉に百合園セイアは苦笑いを浮かべている。

 

「彼女と話したのかい?」

「一度だけ、目が覚めてすぐに。だがまともな会話などではない。死人が蘇ったんだ。驚くじゃすまない。泣き崩れて、跪いて……ただただ私に許しを求めていた」

 

 ヘイローを破壊され、この世を去ったはずの人間が生きている。何も死者が蘇ったわけではなく、確かな経緯がある。重要なのは彼女が生きていたという事実によって、何人かの少女が救われたという点だ。

 聖園ミカは罪を犯したが、偶然にも一線を越える事はなかった。それが何よりの救いになるだろう。

 

「彼女は、白洲アズサは元気かい?」

「少し事情聴取に時間を取られたが、今は復帰している。君が無事だと聞いて喜んでいたよ」

 

 すべての始まりである百合園セイア暗殺……その実行犯は白洲アズサだった。ミカがアリウスからトリニティへ編入された存在である彼女は予定通りセイアの部屋へと忍び込み、そこで言葉を交わしたそうである。

 いずれ起きるであろう争い。そのきっかけがセイアの死であるとすれば、自分はそんな道を選びたくない。

 アズサはそう決意し、セイアを殺さなかった。とはいえ手を付けずに任務成功、など通るはずもない。偽装の為とはいえ部屋を爆破したのだそうだ……その後は、ミネが現場に駆け付け怪我を負ったセイアを連れて潜伏した次第である。

 

 つまるところ、飛鳥の見立ては間違いではなかった。補習授業部に裏切り者などいなかったのである。

 ベッドの横に置かれた椅子に腰掛け、飛鳥は今一度事態を無事に切り抜けられた事に安堵のため息をつく。その姿を観察しながら、セイアは更なる話題を口にする。

 

「……さて飛鳥先生。私に会いに来たのは何も見舞いの為ではないだろう?」

 

 セイアの声はか細い。長い間昏睡状態でいた彼女の体はいくらキヴォトスの住人と言えど衰弱しており、夜が明けると共に気を失ってしまった程だ。今こうして飛鳥が座っている間も面会時間は過ぎ去っていく。時間が来ると救護騎士団の団長であるミネが部屋に突撃してくるだろう。

 要件は手短に済ませなければならない。飛鳥は気持ちを切り替えると意を決し、

 

「君が話していた『トリニティの危機』について教えてもらいたい。もちろん、百合園さんが良ければ」

「危機についてはもう話したと思うがね。ハッピーケイオスがアリウスと手を組み、行動を起こそうとしていると。具体的な経緯までをこの目で見たわけではないが……」

「まだ話していない事があるんじゃないかな?」

 

 飛鳥はあくまでもにこやかに話すが、セイアはそこで重く口を閉ざし、視線を惑わせる。

 彼女は未来を予知する力を持ち、そしてその結果トリニティに降りかかるであろう災厄を見通した。内容は校内の権力者達にも既に共有され、何より最高責任者であるナギサの後押しもありハッピーケイオスはトリニティにおける最大の敵という枠組みに置かれる事となった。

 そしてそんなケイオスが、トリニティから排斥されたアリウスと結託している。その情報が校内にどれだけの影響を与えた事か。

 曰く、エデン条約調印式でケイオスは襲撃を仕掛けてくる。それにより多くの人々が傷つき、トリニティとゲヘナの二大校は大きな損害を被る事になるだろう、と。

 だが、飛鳥は気付いていた。セイアの語る内容には意図的に穴があけられていると。それが自分自身についてである事も。

 

「当てようか。僕が死ぬ、そんなところだろう」

「……」

「その沈黙が答えだ。予知夢を見られると言っても、顔には出てしまっているね」

「―――先生に伝えるかどうか悩んでいたところだ。未来で死ぬなど、にわかには信じられまい」

「いいや、可能性としては常に考えているよ。今回はハッキリと示されただけに過ぎない。気になるのは、どうやって僕が死ぬのか、だ」

 

 飛鳥はかなり思い切った質問を投げかけ、それからすぐにハッとした顔になってセイアを制止した。

 

「ごめん、今のは忘れて欲しい。君自身にそれを話してもらおうだなんて、少し酷な要求だった」

「構わないよ。もう何度も見てきた光景だ。だが、未来のすべてを話してしまえばそれは大きな影響を与えかねない。もっとひどい未来になる可能性さえある。加えて……私もそのすべてを見たわけではない。だが、飛鳥=R=クロイツ。君の未来を教えよう。エデン条約調印式、君はそこで―――」

 

 かちっ、かちっ、かちっ。

 時計の秒針が立てる音は妙に大きく聞こえてしまう。それだけ室内は静寂に包まれ、話し終えたセイアもすべてを聞き終えた飛鳥も口を閉ざしていた。

 飛鳥=R=クロイツが死ぬ未来。それが誇張ではない事は、飛鳥本人の見開かれた目から判断できる。

 数秒の沈黙が続いた後、飛鳥はおもむろに椅子から立ち上がる。

 

「ありがとう。聞けて良かった。ショッキングな内容だろうに、すまない」

「良いんだ。私も最初はこんな事を話すものではないと考えていた。彼に、アクセル=ロウに会うまで」

「―――どんな事を話したんだい?」

「激励だよ。諦めるな、とね」

 

 因果律干渉体、アクセル=ロウ。イレギュラーそのものと言っても良い特異点たる彼がキヴォトスに接触した事により、セイアは現実へと戻ってきたと言う。

 アクセルが何を言ったのか、それは詳しく聞くまでもない。きっと彼らしい、確かな物言いだったのだろう。

 そこでセイアはしっかりと飛鳥を見据える。真剣そのものな眼差しは強い意思を込めていた。

 

「未来は変えられる。私はそう信じて、ここにいる。飛鳥先生。だから敢えて死の未来を伝えた」

「参ったな。随分と思い期待を背負わされてしまった……けれど、応えられる様にしてみせよう。まず第一に、僕はまだ死にたくない」

 

 そこで飛鳥が口の端を緩めると、セイアも同じ様に口元を綻ばせてくれた。予想よりもずっと穏やかで優し気な面持ちをしている。

 

(アクセル、君に礼を言わなければならないな。百合園さんを助けてくれて……ありがとう)

 

 最後に会ったのはホワイトハウス事件以来だが、元の世界に戻れば菓子折りの一つや二つは用意しておくべきだろう。夢の中にまで干渉するのは彼ならではの活躍なのだから。

 と、何かを思い出したらしいセイアはふと口元に手をやり、

 

「そういえば先生。聞いたよ、君が担当しているあの部活……補修授業部。まだ活動を継続していると」

「ん? ああ、そうだよ。もうすぐ最終テストになる」

「だがそれは……もう関係ないはずだ。校内にいる裏切り者を見つけ出す為の部であったのなら、もう用済みでは?」

 

 補習授業部はまだ活動している。明日にはテストが実施され、その結果によってはようやく元の学園生活に戻れる予定である。

 だがセイアの言う事はもっともである。補修授業部はナギサが正体不明の裏切り者が誰なのか、それを確かめるべく設立したもの。すべてが解決したならば早期に解散するべきだ。

 しかし、と飛鳥は困った顔でかぶりを振って、

 

「裏切り者がどうとか関係なく、皆成績が悪かったからね。これじゃあ先が思いやられる。だから僕の判断で続けてもらっているんだ。僕が彼女達を任されたのは、成績向上の為だからね」

「……ふふっ、君は真面目というべきか、融通の利かない性格だな。だが、それがあるから今日までやってきているのか。案外、未来というものは簡単に変わるかもしれないな」

 

 やがて面会の時間が終わりを告げ、飛鳥は本来の仕事に戻るべくセイアに背を向ける。これ以上会話を続けようものならミネに凄まじい剣幕で詰められてしまう。

 部屋のドアに手をかけ、後は外に出るだけ。そんなタイミングで飛鳥はベッドへと振り返り、

 

「―――それじゃあ百合園さん、また明日」

「ああ。また明日、会える事を楽しみにしている」

 

 まどろみは終わった。凍り付いていた百合園セイアの時間が、動き出したのである。

 

 

「さて、それじゃあ皆。いよいよテストの時間だ。これに合格すれば、晴れて補習授業部は解散だよ」

「……あんな事があったのに、普通テストなんてやらないでしょ! 先生のバカ!!」

 

 すべては無事に終わった……わけではない。ここに最後の戦いが待ち受けている。

 ヒフミ、コハル、アズサ、ハナコ、そしてラムレザル。補習授業部の五人達はこれより行われるテストを打ち倒し、そこで初めて勝利を勝ち取れるのだ。

 事実、飛鳥も気持ちとしては免除してやりたい気持ちがある。しかし当初の依頼を完遂しなければシャーレの先生として不誠実である、という事で決断したわけである。もちろん生徒達からは「正気か」という顔をされてしまったが決めたものは仕方がない。

 咳払いの後、

 

「正直なところ事情聴取やら何やらの後にこんな事をするのはとても大変だとは思う。でも、こうして最後に堂々とピリオドを打つ事には大きな意味があるんじゃないかな」

「先生の言う事には一理ある。どの道、成績が悪かったのは確か。ここで成長を遂げればもう勉強に困らない」

「あ、アズサちゃんは相変わらず前向きで……でも、なんだかんだ皆で頑張ってきたからには結果を出したいですね!」

「ふふふ、でも一番はやっぱりラムちゃんの為ですよね皆さん」

 

 むっ、とそこで全員の視線がラムレザルへと注がれる。いつも通りの無表情ながらも彼女は若干気まずそうに視線を逸らしていた。

 そう、他の四人と異なりラムレザルはテストに合格しなければトリニティの生徒として正式に認められない。そういう約束で入学を許可されているのだから。つまりは、補習授業部のお約束である。

 

「……皆で合格しなければいけない、だね。最初あんなにバラバラだった君達がそう意識している事を、僕は心から嬉しい。特に下江さん」

「は、はぁ!? なんで名指しなのよー!!」

「え? でも随分とラムレザルと仲良くなっているみたいだし

「でも私見ちゃいましたよ。コハルちゃんがラムちゃんの為だーって猛勉強してるト・コ・ロ!」

「うるさぁい! もーやだ! ラムなんて知らないし!」

「―――そうだね。コハルの言う通り、私の面倒事に皆を巻き込んでる」

「なっ……ち、ちが、違うってば~!!」

 

 最初の頃より随分と賑やかになったものである。事件からさほど時間が経っていない中でのテスト対策であったのだが、心なしか今までよりもずっと彼女達は一丸になっていた。一つの共同体としての強い連携、助け合いだ。

 顔を真っ赤にしたコハルがキャイキャイと大声をあげ、ハナコが火に油を注ぐかの如く追い打ちをしかける。

 困り顔なヒフミ、真剣に何やら考え込んでいるアズサ。

 そして、そんな仲間達に囲まれて仄かに頬を染めるラムレザル。

 

―――もぅ! また研究室で煙草吸ってる!

―――うるせぇな。これは煙草じゃねぇ。

―――……あ! 気付いてくれたんだ!

―――……別に……普通、気付くだろ。

―――んもぅ! 普通は似合ってるぜーとか言わない? あ、やっぱりいいや。フレデリックが気のきいたこと言うのを想像したら、寒気がしてきた……

 

 古い記憶がつい、飛鳥の脳裏をよぎった。たとえ地獄の淵に立ったとしても決して忘れない、幸せな記憶だ。

 テストを続けさせて欲しい、そうナギサに打診した理由は何もシャーレとして依頼を達成する為だけではない。

 策謀、因縁、多くのトラブルに見舞われてしまった彼女達を本来あるべき姿に戻してやりたかった。

 皆……ラムレザルも、飛鳥の大切な生徒なのだ。

 

「はい、そこまで。それじゃあテストを開始する。合格点は70。良いね? では、テスト開始!」

 

 テストの準備を終え、飛鳥は勢いよく手を叩く。五人は一斉にプリントと向き合い問題を解き始めた。

 先生として手を貸す事はできない。それでも信じる程度ならばいくらでも可能だ。

 

(僕は信じてる。行き詰った現状も、悪い未来も……変えられる要素は常に君達の中にあると)

 

 故に飛鳥は戦う。生徒の持つ未来を、たとえ己が罪を重ねた魔王の身だとしても守る為に。

 

『飛鳥先生。君はある生徒を庇って死ぬ。それは小鳥遊ホシノでも、空崎ヒナでもない。ケイオスの命令で君の命を狙っている……錠前サオリという少女だ』

『先生は自分の敵であるはずの生徒を守る為に、死ぬんだ』

 

(百合園さん、僕は今大きな難題を前にしているよ)

 

 ただ一人、飛鳥はいずれ訪れる明日へ想いを馳せるのだった。

 

―――テスト結果、発表

 阿慈谷ヒフミ 85点

 浦和ハナコ 100点

 ラムレザル=ヴァレンタイン 100点

 白洲アズサ 80点

 下江コハル 70点

 

 補習授業部 無事 全員合格

 

―――Chapter4,fin




さて、これで半年じゃ済まないくらい長かったエデン条約編前半戦が終了となります。
かなり長くなってしまった事にまずはお詫びを。そしてここまでついてきてくれた事に感謝を。
皆様からの応援を背に今度はもうちーーーっと短くできる様に頑張ります。

現時点での投稿頻度に関してどのように感じていますか?

  • 区切っても良いから投稿頻度を上げて欲しい
  • このままもう少し早く出して欲しい
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