先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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飛鳥=R=クロイツは休めない

 227号温泉郷。その名前がキヴォトスに広まるまでそう時間はかからなかった。

 レッドウィンター連邦学園。それは多くの学園が乱立するキヴォトスの中でもダントツで特異、それでいてアンタッチャブルな場所。独自極まる校則によって築かれた体制は他校は愚か連邦生徒会の介入さえ困難なものとなっている始末で、ある種の無法地帯である。

 そんなレッドウィンターに突然温泉宿ができあがったなどという噂が立ち、瞬く間に評判はSNSを中心に湧き上がった。レッドウィンター学区自体が過酷な雪国という事で若干敬遠されていたのだが、わかりやすい観光地が現れた事で思わぬ形で注目を浴びる事になったのである。

 

 さてそんな『227号温泉郷』なる温泉宿なのだが一つ問題がある。この施設を管理している生徒は校則違反者達で構成されており、つまるところ大手を振って施設経営などを行って良いのか疑問が浮かぶのである。

 何より、飛鳥=R=クロイツ個人にも不安点が一つ。

 

「え、えへへへへぇ、ようこそ飛鳥先生。227号温泉郷に~……!」

「ああ、うん。やっぱりそうなるか」

 

 227号温泉郷女将、ならびにその前身にあたる227号特別クラスに所属している生徒の一人である天見ノドカは……飛鳥を盗撮していた罪で投獄されていた身分なのである。

 

 

「それではこちらでごゆるりと……先生専用の露天風呂もご用意しておりますので、うふふふ。後で館内着の浴衣を持ってまりますね」

「うん、ええと、ありがとう」

 

 見慣れた分厚いコートではなくきっちりとした和服姿のノドカはさっと飛鳥を迎え入れ、そのまま部屋にまで案内してくれた。まるで今日という日を待っていたと言わんばかりの手際の良さで、正直不穏である。

 部屋は質素な和室だが、イグサの良い香りがして肩の荷がすっと下りる様な気持ちになる。持ってきた荷物を部屋の隅に置き、ふぅと一息つき、そして飛鳥はおもむろに部屋の各所をチェックし始めた。

 

「……カメラと盗聴器の存在はなし、か」

 

 洗面所、トイレ、テレビ台、押し入れ、あらゆる部分を確認したがそれらしいものは見当たらない。流石に客人の部屋でそんな行為に及ぼうという気持ちをノドカは持っていなかったらしい。

 今でこそ女将らしく振舞っているが、実態は飛鳥への盗撮およびストーキング行為をチェリノに咎められた身である。更に言うならミレニアムの音瀬コタマと同じく通報対象なのだ。

 こうした経緯を持つ生徒が管理する温浴施設に足を運んだ事には理由があり……

 

『もしもし先生? ちゃんと休暇取ってますか? 休んだフリとか許しませんからね!』

「今到着してのんびりしているところだよ早瀬さん。でも本当に良かったのかい、僕だけ休暇を取るだなんて」

『不摂生で体調を崩していた人に言われたくありませんねっ。しっかり休んでください!』

 

 部屋に到着してしばらく外の雪景色などを楽しんでいると、ミレニアムの早瀬ユウカから電話がかかってきた。心配してくれていると取るべきか、それともまったく信頼されていないと取るべきか、どちらにしても電話口から聞こえてくる声に飛鳥は苦笑いを浮かべてしまう。

 

「大丈夫。後で写真でも送るよ。君に頼まれた通り、今日の僕は休みだ」

『わかっていただけたのなら結構です。先生がいない分、シャーレはなんとか回していきますので。なので良いですか先生? 面倒事は避ける、トラブルになりそうな生徒からは避ける、知らない生徒に声をかけられてもついていかない、わかりましたか!』

「……僕は子供か何かなのかな」

 

 何故飛鳥が227号温泉郷へやってきたのか。それはつい昨日、シャーレで仕事をしていた時の事である。

 トリニティの一件がようやくひと段落、事後処理や事情聴取、様々な業務に追われたものの区切りをつけたにも関わらず、飛鳥はそれはそれと言わんばかりに別の仕事に手をつけ始めたのである。ワーカーホリックとはまさにこの事なのだが、そんな状況に喝を入れたのがユウカだ。

 

―――先生! ひどい顔ですよ!!

 

 言われて知ったのだが、どうやら目の下に特大のクマを作って仕事をしていたそうだ。原因は夜通し『考察』を行っていた為で、鏡を見た時飛鳥は流石に自分の目を疑った程だ。

 そんなわけで顔のみならず肉体も疲労でふらついていたのみならず、栄養ドリンクでなんとかしようとしていた飛鳥をユウカが見過ごすはずもない。彼女に怒号を浴びせられた後、急遽休みを取った次第である。

 

『ともかく休んで欲しい気持ちは本当です。体を壊したら元も子もないんですから……』

「心配してくれてありがとう。この後温泉にでも入ってゆっくりするつもりだ。トラブルは……起きないと良いなぁ、ははは」

 

 乾いた笑い声である。トラブルが起きない日などキヴォトスにはない。精々巻き込まれない様に右往左往する程度だろう。

 しかし休みたいという気持ちは偽れない。ユウカとの通話を切り窓際の椅子に腰かけたところ、どっと疲れが押し寄せる。ぐったりと背もたれに体重を預け、重く息を吐いた。

 

「―――いや、本当に疲れているらしい」

 

 思わずひとりごちる。が、返答する者はいない。

 久方ぶりの静寂に飛鳥はある種の心地よさを覚えると共に、若干の寂しささえ抱いてしまっていた。

 月で一人暮らす事は一切苦に感じなかったというのにキヴォトスで先生として過ごしているせいか、いかんせん恋しさという感情に苛まれる様だ。

 

(こんな事じゃ元の世界に戻っても、イマイチ調子が出ないだろうな)

 

 今頃元の世界では何がどうなっているだろうか。一番気になっているのはキヴォトスとどれくらい時間にズレがあるのかなのだが、調べる方法はない。おとぎ話の様に帰ってみれば一〇〇年は経過していた、などというオチにならない事を信じるのみだ。

 と、物思いに耽っていたところで部屋のドアがノックされ、飛鳥の意識は一気に引き戻される。

 

「はい?」

「館内着をお持ちしました」

 

 ノドカが話していた浴衣の到着だ。飛鳥は眠気さえ襲ってきているだるい体に命じて椅子から立ち上がるとドアまで向かっていき、ドアを開ける。廊下には従業員らしき和風の制服を着た生徒が立っており……飛鳥の見知った顔だった。

 

「君は……サオリさん?」

「飛鳥=R=クロイツ……?」

 

 予想だにもしない展開だ。折りたたまれた浴衣を手にやってきたのは、ゴールデンフリース号の一件で飛鳥に手を貸してくれた謎の生徒、サオリだったのだ。

 まさかこんなところで遭遇するとは思いもよらず、飛鳥は目を剥いて驚いていた。

 

「今度はここでバイトなのかい?」

「ん……そんなところだ」

「良かった、今度は危なくないバイトみたいだね」

「……ああ」

 

 飛鳥がほくそ笑んでもサオリは相変わらず仏頂面である。凛々しい顔立ちではあるものの、感情が読み取りづらい。少なくとも彼女は再会できて嬉しくはないらしい。

 彼女の友人らしいミサキという生徒はアルバイトが学校で禁止されている、と話していた。なのにシャーレの先生と鉢合わせしたとなっては少し面倒に感じているに違いない。

 

「君がここで働いている事は誰にも言わない。安心して欲しい」

「……なら、良い館内着はこれだ。ではな」

 

 サオリはそっけない口調で飛鳥を振り切ると、浴衣を押し付ける様に手渡してそそくさと去っていこうとする。明確な拒絶の意思に若干心がチクリとする飛鳥であるが、廊下に顔を出して彼女の背中へとこう投げかけた。

 

「あの時は助けてくれてありがとう。こうしてお礼を言う前に下船していたみたいだったから、面と向かって言いたかったんだ」

「あそこはああする事が最適解だった。だから、礼などいらない」

 

 最後までそっけない口調のままでサオリは振り返りもせずに廊下を歩いて行ってしまう。呼び止めると銃弾が飛んできそうな程の空気に肩を落としながら、飛鳥は渋々部屋へと戻る事にした。

 休暇先で思わぬ生徒に会えた事は嬉しいのだが、面と向かってあそこまで粗雑に扱われるというもの複雑な気持ちになる。いくら自己評価の低い飛鳥でも多少なりとも「どうして」という気持ちを抱かずにはいられない。

 

「……僕が頼りない大人に見えるのかもしれない。イメチェンを考慮するか」

 

 疲れが表面化し始めた飛鳥の発想は斜め上を突き上げていた。元より体力がない状態での過酷な労働が重なっていたのみならず、更にそこからの解放はリラックスのあまり気持ちを浮足立たせているのだ。

 どうすればよいのかなどとうんうん考えながらとりあえず浴衣に着替え、また飛鳥は窓際の席へと落ち着く。何もせずにただずっと外を見つめ、一人考え事をしたいのだ。

 そんな時にまたしても飛鳥の物思いに横やりが入る。テーブルに置いて見ない様にしていた携帯端末がぶるぶると震え、誰かからの着信を知らせたのだ。

 

(何か嫌な予感がする)

 

 こんなタイミングでの着信などろくな連絡ではない。これまでの経験からそれを確信しつつも、飛鳥は恐る恐るテーブルまで歩いていき端末を手に取る。

 天雨アコからの電話だ。もうこの時点で無視してしまいたい。しかし彼女の事だから電話に出るまで何度でもかけてくるに違いないので、休み気分を返上して飛鳥は通話を繋いだ。

 

「はい」

『飛鳥先生? 今どこですか?』

「今日は休暇を取って、レッドウィンターにある温泉にいる」

『ああ、完璧です。手短に言うので耳の穴かっぽじってよく聞いてくださいね』

「拒否権は」

『今から先生に大事な連絡があります』

「凄い完全に無視した」

 

 相変わらずのアコである。先生という肩書を完全に無視した立ち振る舞い、飛鳥でなければスルーできないだろう。大事な連絡というのも非常に嫌な予感しかしない。げんなりしながらも耳を傾ける。

 

『良いですか先生。我が風紀委員が誇るゲヘナ最強の生徒、空崎ヒナ委員長がですね……今その施設にいるんです』

「え」

『表向きはゲヘナの生徒が建設したその施設の監査という名目なんですが、実際は無理矢理の休暇です。聞いていますか先生。ヒナ委員長は仕事のつもりですが実際は休暇なんです。なのでとにかく休ませてあげてください。良いですね!』

「え」

『それでは!』

「え……」

 

 通話はそこで切れてしまった。端末を耳に当てたまま飛鳥はしばらく呆然とし、数秒程経ってから思い切り「ふぅー」とため息をついた。

 

「……休暇、終了か」

 

 飛鳥=R=クロイツ、休暇は半日もたず。これより先生として『ヒナ委員長のおやすみ』に突入。

現時点での投稿頻度に関してどのように感じていますか?

  • 区切っても良いから投稿頻度を上げて欲しい
  • このままもう少し早く出して欲しい
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