先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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結論

「先生? 大丈夫?」

「ああ、うん、ようやく落ち着いてきたところだよ。まさかあんなに強いだなんて思わなくて……恥ずかしいところを見せてしまったかもしれない」

「……少しびっくりしたから、今度は気をつけて欲しいかも」

 

 キヴォトス式マッサージチェアの洗礼を浴び、飛鳥は失神するまでに至っていた。ヒナとチナツの力を借りて部屋にまで戻ったはいいものの、驚く程四肢が痛みに叫ぶ始末だ。ゴロリと布団の上に寝転がり、芋虫の様にもぞもぞ動く姿はなんとも情けないものである。

 ヒナは呆れた様子でその様子を見つめ、苦笑いを浮かべる。一緒に部屋までやってきていたチナツは飛鳥が芋虫状態な間に温泉へ行ってしまい、今は二人きりの状況だ。

 

「すまないね空崎さん。もっと君にゆっくりして欲しかったんだけど」

 

 飛鳥は落ち込んだ様子でチラリと窓へと視線を投げかける。外は既に陽が沈んでおり、激しく光る月がよく見えた。数時間程彼は意識が吹き飛んでいたのだ。

 となるとその間ヒナは付きっきりで見てくれていたわけで、これでは先生として恥ずかしい限りである。彼女に休暇を取ってもらうどころか余計な仕事が増えてしまったのだから。

 

「別に、他にやる事もなかったから平気よ。むしろこんな状態の先生を放っておいた方が大変よ」

「面目ない……うぁあ、いたたた」

「大体、休むべきなのは先生の方じゃない? そんな調子で」

 

 ヒナが細い指でつんと飛鳥の肩辺りを突くと、それだけで全身に張り裂けんばかりの痛みが走る。「んがっ」と聞いた事のない悲鳴をあげ、彼はまたもぞもぞと動いた。キヴォトスに転移してきてから虚弱な肉体に鞭を打ち続けた結果、随分と弱っている。

 しゅんと肩を落として飛鳥はため息をつき、ぐったりと布団に体を預けた。

 

「……トリニティの件、少しは片付いたの?」

「一応は。でもまだ序の口でしかない。重要なのはこれからなんだから」

「調印式当日、ね」

「可能性じゃない。間違いなく狙われている……ケイオスに。とはいえ、準備はそれまでに済ませておく」

 

 トリニティ内で起きたクーデターよりも前に、飛鳥はヒナと共にハッピーケイオスがキヴォトスに与える影響を危惧していた。何より飛鳥自身もあらゆる学園に警鐘を鳴らしていたものの、ケイオス本人がまったく姿を現わさない為に浸透しきっていないのが現状だ。

 だがそのトリニティでの事件において飛鳥はナギサという大きな影響力を持つ生徒に出会い、そして彼女からの信頼を勝ち取れた。キヴォトスでも特に大きな存在であるトリニティのトップがケイオスの被害に遭った以上は、その発言には大きな説得力が増していくだろう。

 

「はぁ……ただでさえトリニティも私達ゲヘナも一触即発の空気なのに、追い打ちを仕掛けてくるなんて。厄介な事になりそう」

「近い内にゲヘナに向かうつもりだ。条約が締結される為にも、両陣営で認識を共有しておくべきだからね」

「それならなおの事休んでね。いざという時に倒れたら、その方が怖い。私も……最後の仕事くらいちゃんと済ませたいし」

「最後―――?」

 

 思わぬ言葉を耳にし、飛鳥は悲鳴をあげない程度に身を起こしてヒナの顔をじっと見つめる。ゲヘナ最強とまで謳われ、今日まで治安維持に努めてきた彼女が引退を仄めかしているのだ。

 よほど顔に感情が出てしまっていたのだろう。ヒナは口元を緩ませ、

 

「別にそんなにネガティブなものじゃない。ゲヘナとトリニティが手を組んで共に戦う……そんな体制ができるのなら、私が引退しても大丈夫なはず。もちろん仕事を投げ出すわけじゃない。ちゃんと引き継ぎだって行うし」

 

 だんだんと口を尖らせ、ヒナはブツブツと呟く。少しばかりムキになっている様子だった。

 

「だから、先生にはちゃんとしてもらわないと。貴方が体を壊したりなんかしたら……その」

「? なんだい?」

「いいえ、なんでもない。こっちの話」

 

 毎度の事だが、飛鳥と話している時ヒナはいつも途中で言葉を濁してしまう。何か伝えたい様な、そうでない様な。いつも追求したい気持ちはあるもののタイミングを逃すのがお約束だ。

 今回ばかりは少し気になってしまい、飛鳥は視線を伏せたまま、何が理由なのかを考える。

 

(―――考えられるとしたら)

 

 思い当たる節は一つしかない。飛鳥はむっとした顔でヒナへと、

 

「安心して欲しい空崎さん。体調には気をつけるし、エデン条約はしっかりやりきる。それが先生としての務めだからね」

「……はぁ、そうね」

 

(しまった、何か選択を間違えたか……!)

 

 てっきり途中でリタイアしてしまわないかと不安に感じてしまっているのかと思ったが、どうやら見当違いらしい。飛鳥はまたも誤った選択を取ってしまった事に申し訳なく思い、しゅんとしてしまってた。

 

「まぁ、体調管理を意識してくれればそれでいいわ。しっかりしてね先生……くぁぁ、なんだか眠くなってきた」

 

 ヒナはくっと伸びをし、立ち上がっておぼつかない足取りで部屋を出るべくドアへと歩いていく。自分の部屋に戻ろうとしているのだろうが、気が抜けたその姿は果たしてたどり着けるのかどうか不安なところである。

 そこで飛鳥は気合を入れて体を動かし、ヒナの手をギュッと握った。仮にも風紀委員長である彼女が寝ぼけ眼で館内をうろついているなど笑い話になるかどうかというところだ。

 

「空崎さん、寝るなら僕の布団を貸すよ」

「ん、でもそれじゃあ先生が」

「僕はこれから温泉に入ってくる。空崎さんはここでゆっくりして」

「……わかった」

 

 ヒナは抵抗するどころかすんなりと聞き入れ、飛鳥の真横にゴロンと寝転がるとそのまま猫の様に体を丸めた。そして……十秒程でスヤスヤと寝息を立て始める。飛鳥よりもよっぽど疲労が溜まっているのは彼女の方だ。

 痛む体をもぞもぞと動かし、ヒナが起きない様に気を遣いながら飛鳥は布団から離れる。部屋に備え付けられたタオル一式を手に取り、音を立てずに廊下へと出てしっかりと鍵を閉め、目指すは大浴場である。

 

 

「……ふぅ」

 

 ノドカが支配人権限を用いて作り上げた飛鳥専用の『特別製』露天風呂はとにかく広く、一人で入るにはもったいない。湯舟に肩まで浸かり、居心地の悪さを感じつつも飛鳥は全身に巡っていく温かみにため息を漏らした。

 念の為入る前に監視カメラの類が仕込まれていないか、覗き穴など作られていないかとチェックしたので問題はないと思うのだが、少々不安だ。

 

(なんだか、サオリさんといい空崎さんといい、僕は相変わらずコミュニケーションが下手だな。もっとフレデリックみたいにスラスラと物を言ったり言われたりできればもっとスムーズだろうに)

 

 温泉のおかげで体の疲れは湯の中に溶けていく様だが、心労と悩みは消えるものではない。落ち込みやすいデリケートな飛鳥であればなおさらである。

 これが混浴風呂などであれば偶然入り込んできた生徒と何かしらのハプニングなど期待できようが、しっかり飛鳥専用と銘打たれてしまえばそうもいかない。なので、

 

「悩み事かね若者よ」

「ええ、隣に突然やってこられて悩み事が増えました」

 

 細く心もとない飛鳥の体格を遥かに凌駕するムキムキな肉体を引っ提げて、いつの間にやらスレイヤーが温泉に浸かっているではないか。いつものモノクルとパイプがない、ダンディ70%という様子の吸血鬼は腕を組んだ姿勢で、

 

「しょうがないだろう。他にはほぼ女性用しかないのだから。それに君と話すにはここしかない。でないとヒナ君に聞かれてしまう」

「それに今空崎さんは寝ていますしね。わざわざ二人きりを選んだ理由は?」

「……こんな場所でする質問ではない事くらい承知の上で、聞きたい。あの朽ち果てた遊園地で見たものをどう思うね?」

 

 唐突なスレイヤーの質問に飛鳥は目を細めて応える。かなり強引な話の切り出し方だが、確かにこんな場所でないと好きに話せない。他人に聞かせるには少々不穏極まる話題だ。

 

「休暇中の人間に随分と真面目な話をするんですね? ですが……僕もラムレザル達を助けてくれたお礼がしたかったところです。お話しましょう」

「結構……では一杯どうかね?」

 

 飛鳥が承諾するとスレイヤーはご機嫌にスイと、とっくりが乗せられたお盆を飛鳥の前によこしてくる。酒でも飲みながら話そうというつもりらしい。もちろん「お酒は苦手なんです」とかぶりを振って、 

 

「キヴォトスに潜伏するゲマトリアなる組織があります。端的に言えば、僕達の敵です。彼らは『ミメシス』なる現象を研究し、そしてスランピアで実際に僕達の敵として差し向けてきた」

「アレは少々不可思議な存在だ。私の見立てでは実体はあるものの中身は空っぽそのものだよ。同時に何かしらの『模倣』であるとは理解できたがね」

「そう、模倣です。ゲマトリアの構成員であるマエストロは感情の再現だと言っていました。どこまでが比喩なのかは不明ですが……言葉通りに受け取るのならば、アレは一種の蘇生術です。ザトー=ONEやジャスティスの様に、一度は完全に消え去ったものが復活した。ヴァレンタインも、同様に」

「……私も薄々気配を感じていたが、例の『混沌』が関わっているのは間違いないのかね」

「本人が自慢げに話していたので、断定できます」

 

 静かな夜に二人は淡々と話を進めていく。共にスランピアで何が起きていたのかを目撃したならば、その正体を確かめようという気持ちは消えない。今回はあくまで前兆でしかなく、これから本番が待ち受けている事をスレイヤーも感じ取っているのだ。

 

「さて、それでは『ミメシス』とやらに踏み込んでも良いかね? 君の事だから大方見当はついているだろう」

「その口ぶりから察するに、貴方は既に理解していると?」

「これからその答え合わせだ。君が同意見であれば、『やはりな』と喜ぶし、『そうだったか』と残念に思うよ」

「……では、端的に言えばミメシスとは僕達の世界で言うところの『情報体フレア』に酷似している様に感じます」

 

 飛鳥は単刀直入に結論を言い切る。スレイヤーは口元を『やはりな』と綻ばせた。

 

「情報体フレアか。記憶に新しい」

 

 飛鳥達がいた『元の世界』における一種のバグ。世界を構成する情報が許容量を上回った時、物理的な異変が引き起こされる怪現象。かつて『慈悲なき啓示』と呼ばれた存在はこの情報体フレアを意図的に引き起こし、全人類を滅亡に追いやる計画を進めていた。

 しかしキヴォトスにはバックヤードは存在しない。世界の構造そのものが異なっているのだ。しかし飛鳥は元の世界での現象に酷似している、そう言い切ってみせた。

 

「情報体フレアは物質の原子を転換するのみならず、時折生命体に接触して意識や肉体を変化させる事がある。『憑依』と呼ばれる現象です。長い時を生きる貴方にも親しみが持ちやすく表現するならば、『亡霊』『幽霊』と呼ばれる存在が情報体フレアによって引き起こされている」

「では私が戦った『ゴズ』やあの『指揮者』は過去の情報が情報体フレアに近い形で顕現し、実態を得た結果であると?」

「そう考えられます。具体的な方法まで聞き出す事は叶いませんでしたが、ゲマトリアが意図的に情報体フレアによる憑依を誘発し、何かしらの研究を行っているのは確かです」

「それはまた、何の為に……?」

 

 スレイヤーの問いかけに飛鳥は渋い顔でかぶりを振って、

 

「わかりません。彼らはキヴォトスの神秘を探究すると主張していますが、具体的な目的は明言されないままです。ただ……生徒をターゲットにしている事と関わりがあります。かつて『黒服』という構成員に遭遇しましたが、彼はとある生徒を何が何でも手中に収めようとしていた」

「―――生徒。ヘイローを持ち、『神秘』を宿すとされるこの世界におけるある種の絶対か」

「彼女達に関して、僕も流石に疑問を持たずにはいられない段階に来ました。トリニティにいる百合園セイアという生徒ですが……因果律干渉体、アクセル=ロウに会ったそうです。夢の中で」

「アクセルと? 夢の中で? それは……」

「ええ、ベッドマンに限りなく近いケースです。僕の知る限りでは、あの少年は識別IDを消す事で自らを多次元化させていた。普通の人間では不可能な行為だ」

 

 飛鳥はスラスラとスレイヤーに対して自身の考察を公開していく。機械が読み上げるが如き正確さとリズムたるや、スレイヤーはおちょこに注いだ酒を手に感心のため息をつく。

 

「原因はわかっています。僕が『始まりの書』を利用して元の世界から法術を抽出する際に穴が開いた。その穴がやがて道になり、二つの世界は座標が近いんです。だから貴方達はこの世界に連れてこられたのかもしれない」

「つまり我々はウサギの穴に落ちてこの世界へやってきてしまったと。であれば戻る穴もどこかに?」

「……その話は追々しましょう。重要なのは、異なる構造の世界が法術で繋がりアクセルが百合園さんと接触した為に思わぬ考察材料が湧いてきた事です」

 

 飛鳥はそこでスレイヤーが用意したお盆に乗せられている自分のおちょこを手にすると、真剣そのものな眼差しでじっと凝視する。

 

「キヴォトスは僕らの世界とは異なり機械文明が発達した世界です。だから僕は当初、『もしも』を突き詰めた世界なのだろうと踏んでいた。それならば法術が存在しない事も納得できたからです。ただ実際のところ、少し話が変わってきました。ミメシスのせいです」

「……情報体フレアに酷似した現象」

「そして異能を持った生徒達の存在。言うならば『規範』が異なっているんですよ、キヴォトスは。成り立ちがどうとかではありません。ルールが違う」

 

 その物言いはスレイヤーをハッとさせ、『そうだったか』と残念な面持ちへと変化させる。

 

「つまり、だ。この世界は……『何か』の意思が介在していると?」

「人なのかシステムなのかそれとも……もっと大きなものなのか。どちらにしても、平たく言えば『神』と称するのが手っ取り早い概念が存在している。そして僕の知る限りそれは、ある一点を指します」

「この世の森羅万象を統べる空間。万物を司る、この世の中心」

「そうです。形こそ違う、あくまで同じ形式に過ぎないけれど……この世界には『バックヤード』がある。でなければミメシス―――情報体フレアが起こる原理は説明できない。夢という集合的無意識がバックヤードとも密接に関わっている事を含めれば、更に信ぴょう性は上がる」

 

 存在しないと思われていた高次元世界の証明。それをたった一人で成し遂げてみせた飛鳥に対し、スレイヤーは感嘆を現わしてパチパチと拍手をしてみせる。そんな素振りを見せるからには、彼も同じ結論に至っていたのは間違いないだろう。

 

「この世界に僕達がいるのは偶然じゃなく必然によるもの。似通った構造を持った二つの世界は今、僕の手で繋がっている。そしてここで、貴方が言っていた『戻る穴』の話です」

「是非聞かせてくれ。妻が私の不在に胸が張り裂けんばかりに悲しんでいる頃だ」

「簡単です。僕が作った法力を繋げるゲートを更に広げていけばいい。そうすれば、恐らく異世界間の移動は容易です」

 

 わざとらしく声を上ずらせていたスレイヤーは、そこでスイッチが切れた様に真顔になった。能面に近い表情のままで彼は鼻を鳴らし、

 

「―――残念だ。それは不可能という意味じゃないか」

「その通り。ゲートを広げるという事は二つの世界が接近する事を意味します。そうなればあちらの世界での情報素子量が上昇し、情報体フレアを引き起こす。こちらでも何かしらの被害が発生するでしょうね。あくまで、一気に広げればの場合ですが」

「ほう……? 何故そう思うのかね」

「ラムレザルから聞きました。ジャパニーズの侍が助けてくれた、と。これまでキヴォトスに連れてこられた存在は誰もが、何かしら世の理から外れた者達。ですが特異な体質こそあれどあくまでも人間に過ぎないジャパニーズがこの世界へとやってきたならば話は変わってきます」

 

 飛鳥はおちょこから湯舟に視線を落とし、

 

「ミルピコの割合を1:1にするとして、量を間違えればバランスが崩れます。濃くても薄くても極端は良くない。であれば少しずつ増やしていけばいい。味がおかしくならない様に慎重に」

「―――?」

「あくまで推定ですが、僕達の世界とキヴォトスは今混ざり合う手前にある。互いの法則が相反しないギリギリのラインで。でも少しずつ、慣らしていく様に溶け合えば……美しい色になるかもしれない」

「……」

「ケイオスの目的がわかってきました。彼は今……世界を救う為に、世界を滅ぼそうとしている」

 

 静寂がその場を支配する。ケイオスの目的をハッキリと理解した飛鳥の眼差しは、これまでにない強い光を放っていた。

 エデン条約調印式を控え、飛鳥=R=クロイツとハッピーケイオスの直接対決まで……あとわずかである。




盛大な独自設定です。でもどうじにまんぞくしています。

現時点での投稿頻度に関してどのように感じていますか?

  • 区切っても良いから投稿頻度を上げて欲しい
  • このままもう少し早く出して欲しい
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