先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
「さてカイ。もう一度私に説明してくれ。一体何故、アクセル=ロウをかつてベッドマンが使用していた特別製ベッドに縛り付けているのか。そしてイズナとディライラの二名をその脇に配置しているのか」
時は戻り現在。イズナとディライラに両側からまくしたてられ白目を剝いているアクセルを眺めながら、ダレルは呆れ果てた声色でカイへと質問を投げかける。
数日前に集結した『バックヤード』の専門家達に力を借り、遂にキヴォトスとの本格的な交信が行われようかというのだが、その方法は奇妙などという言葉では表現しきれない異様な絵面である。
「元聖王アリエルス、いや、『慈悲なき啓示』の提案だと聞いている。彼女を信用していいのか?」
「異世界の存在、そして今世界で起きている混乱を分析したのは彼女です。裏付けはDr.パラダイムと月の飛鳥さんの二人から取れています。夢を通じ、向こう側の世界にいる『百合園セイア』と交信するにはこれしかありません」
「アクセルの意識だけを異世界に飛ばす、か。その為にベッドマンの妹を利用するのはわかるが、あの獣人としか言いようのない人物は何の役に立つ」
ダレルが指差すのは、アクセルにひたすら呼びかけているイズナである。
ダレルは基本的に前線ではなく後方で事務的な作業を行う立場。それ故に『バプテスマ13』の際にも消滅を繰り返すギア、そしてイリュリアを襲ったヴァレンタインの軍勢について分析を続けていた。事件解決の為走り回っていたイズナを知らないのも当然である。
「彼は『バックヤード』で生まれた存在です。ただヴァレンタインの様に人為的に作られたものではありません。それ故に、生まれた土地については恐らく我々よりも精通している―――アクセルが夢の中で活動する際にはディライラが補助し、その間にイズナがバックヤード内でキヴォトスへの道を見つける算段です」
「あのベッドは?」
「ディライラの精神状態を安定させる為、そして万が一を備えてアクセルの身を守る為だと」
「作戦が成功する確率は?」
「恐らく夢の中を移動する分には問題ありません。ですが肝心のキヴォトスへの道を見つけられるかどうかは……まだ何も」
カイは口をきゅっと結び、何か言いたげに目を細める。今回の事件はいくら元聖騎士団団長であり、現第一連王の彼であってもあまりにも把握できていない未知の領域での戦いだ。それ故に目の前で起きている事態の為に力を振るえない己に、少なからず苛立ちを覚えているのだ。
ダレルはその様子を見るや否や、わざとらしく鼻を鳴らし、
「カイ。いつから君は全能の存在になった?」
「え……?」
「君は確かに王だ。民を守る剣であり、厄災から世界を守る盾かもしれない。だが……なんでもできるわけではないだろう? 無力である事と管轄外である事は別だ。今は座して、君が力を振るう時を待て」
「……貴方にはお見通しですか」
「当然だ。君の様な情熱家をサポートするには、これくらいはできなくてはな」
ジャスティス、ヴァレンタイン、ハッピーケイオス、イノ……今まで幾度となく襲いかかってきた世界の危機と、今回の敵は少しばかり異なっている。どうすればいいのか、どうしていればいいのか、正解など誰にもわからない。
ならばそれぞれのできる事をしていくしかない。今目の前でアクセルが白目を剥き、今にも泡を噴き出しそうでいるのも彼にしかできない使命を果たす為の行動なのだから。
「―――それはそれとして、アクセルはいつになったら眠れる?」
「それは、なんとも。最初に出会った事自体、偶発的なものでしたから」
「やれやれ、だ」
〇
「わ、わかりますかアクセルさん。今は目を閉じて、そしてゆっくりと体を沈み込ませてください。水の中に入る様に」
「眠り方なんて人に教えてもらうの初めて……ちょっと待ってね意識した方がこういうのきついからさ??」
アクセルの肩に未来がかかっている。といえば聞こえは良いものの、その為には眠りに落ちなければならない。
無意識の集合体と呼べる夢に突入し、わずかな細い道を辿ってセイアの下へと向かう。目的は飛鳥へワームホールについて知らせる事、そしてキヴォトスへ繋がる道を見つける為に道しるべとなる事。
だが困った事に、流石のアクセルも『寝ろ』と言われて眠れる程柔軟な男ではなかった。
「参ったなぁ。普通に夢の中に入るだけならできるけど、今回はマジで別の世界なわけだから少し勝手が違って」
「うし、じゃあオイの方で何か見繕ってくる。ちょいと待っとき!」
見かねたイズナは遂にアクセルに何かしらの酒を飲ませるべく、足早に部屋から飛び出していく。残ったのはアクセルとディライラ、そしてどうしたものかと不安な面持ちのカイとダレルだ。
はぁとため息をつき、アクセルは天井を見つめる。
「……あのさ、ディライラちゃん。ちょっとだけ話しても良い? ほら、もしかしたら話してる途中で眠れるかもしれないし」
「別に、良いですけど。私に面白い話とか期待しないでください」
「じゃあ君のお兄さんは、ベッドマンはどんな奴だった?」
「お、お兄ちゃん? どうしてそんな事」
「俺、会った事あるんだよ。ベッドマンに」
「っ……それって」
ディライラはちらりとカイとダレルに視線を向ける。肉親の話をできれば他人に聞いて欲しくないのだろう。逡巡した様子で視線を彷徨わせているのに気付いた二人は、アクセルに「外にいる」と視線で訴え、そのままイズナに続く様に部屋から出た。
残ったのはアクセルとディライラのみ。これで心置きなく、話ができる。
「お兄ちゃんに会ったって、どこでですか?」
「夢の中。俺がちょっとだけ人生に迷っちまった時に、ふらりと。あいつの意見を聞いてみたかった」
「……意見?」
「大切な人の為に世界を犠牲にできるのかって話」
両手両足をベッドに拘束された状態ながら、アクセルは表情だけでもいつも通りに陽気に振るまおうと心がける。なんとも滑稽な絵面が、ディライラは話の続きが聞きたくて仕方がない様子だった。
『慈悲なき啓示』の協力者として、ベッドマンは幾度となく立ちふさがった。本人は既にこの世を去っているが、その意思をプログラミングされたベッド本体だけがディライラのそばにいる。だがそれは、あくまで遺されたものでしかない。
孤独に戦い続け、誰にも看取られる事なく消えた少年の想いは今、アクセルの中にしかないのだ。
「大切な人っていうのはまぁそう、君の事。夢から起きる事ができない妹の為なら自分は世界だって敵に回す。妹がいない世界なんて認めないって」
「……」
「俺はそんな風に言われて、悩んで、そんで今ここにいる。こんな風に話してるのはさ、お礼を言いたかったんだよ。君のお兄さんのおかげで……俺は間違わずに済んだって」
『慈悲なき啓示』との決戦直前、アクセルはベッドマンと一対一で言葉を交わした。何の為に戦うのか、何の為に立つのか。譲れない自らの想いを。
おかげでアクセルは自分のいるべき場所を見つけ、そして二度と出会えないはずの存在に巡り合えた。思えばあの時ベッドマンの言葉がなければ、現在はあり得なかっただろう。
「……お兄ちゃん」
ディライラの視線はアクセルを縛るベッドへと向けられる。ぬるりと上部から頭部の様なパーツが展開されると、意思があるかの様に寂しげな光を点滅させた。
そこに兄はいないかもしれない。あくまでも『妹を守れ』というプログラムでしかなくて、自我など宿っていないかもしれない。
それでも一人遺された妹は、自分の為に世界を敵に回した兄の姿を求めてしまっていた。
視線が思わず下を向く。泣いてしまうところを誰かに見られまいとして、俯いてしまう。けれどディライラはぐっと飲み込み、やがてか細い声でひっそりと囁いた。
「ロミオ」
「え?」
「ロミオ・F・ノイマン。それが、お兄ちゃんの名前です。ベッドマンじゃありません」
「―――わかった。ありがとう、ディライラちゃん」
そこでアクセルはゆったりと肩の力を抜いてベッドに体を預ける。かつては恐ろしく見えた機械の怪物が、今はゆりかごの様にさえ思える。きっとそれはかつて持ち主であった少年の信念と願いを思い出したからなのだろう。
待っていたかの様に睡魔が襲いかかってくる。来た、と声に出そうとするよりも先にアクセルの意識は闇の中へと沈み込んでいく。
―――ロミオ。あんたの妹は、良い子だぜ。
〇
そしてアクセル=ロウの意識は跳んだ。意識のみとなり、境界線を越えて異世界へと。
百合園セイアのもとへ。孤独に眠り続ける少女のもとへ。
ディライラは涙を流していた。もう出会えない大切な人を思い出していた。ならばセイアにも伝えなければならない。後悔してからでは遅い、最期の時に気付いても、もう何もかも手遅れなのだ、と。
「そうだ、セイアちゃん。俺からのアドバイス。難しい事とか考えて辛くなった時はこの言葉を頭のはしっこで忘れないで欲しいんだ。『型にハマるな』って!」
その願いは無事に通じた。アクセルの懸命な説得にセイアの心は開かれ、彼女は待ち受ける未来を変えるべく現実へと戻っていった。
もう誰かが後悔から涙を流すなんてまっぴらごめんなのだ。たとえそれが出会って間もない人間だろうとなんだろうと、アクセル=ロウはそういったジメジメとしたものが特段嫌いなのだから。
「―――で、だ。アンタは何しにここへ来た? 俺を始末しに来たとか?」
セイアが瞬きの間に夢から消え、一人テラスに残されたアクセルは忌々し気に振り返る。長いテーブルの端、最初に彼が座っていた椅子に青肌の怪人、ハッピーケイオスがいる。
その手に乳酸菌飲料が注がれたグラスを手にして、ケイオスは相変わらずゾッとする眼差しでアクセルを凝視していた。
「まさか。歓迎しに来たのさ。君のおかげでセイアは夢から出ていったからね」
「どういう意味だ」
「本来ならあの子はもう少し未来に起きる予定だった。でもそれじゃ間に合わない。最悪の未来は間違いなく起きていたからね」
「……俺を利用したっていうのか」
「君とセイア君が繋がる事は予想できていた。でもこんなに早くあの子の心が変わるまでは予想外。流石、因果律干渉体。君は僕の期待も予想も超えてくれる」
グラスを持ったままでケイオスはパチパチと拍手し、
「改めて自己紹介するよ。僕はハッピーケイオス、またの名を『第一の男』。2192年では世話になったね」
「驚いたよ。あの時、俺に伝言を託した奴がこんな悪者とはさ」
「二元論で語るのは良くない。あの時僕が飛鳥君にメッセージを送らなければ元老院によるジャスティス復活は防げなかったかもしれない。『慈悲なき啓示』による絶対確定世界発動も、同様にだ。2192年がやってこない様にしたんだよ、僕は」
「なのにアンタは次に世界を滅ぼそうとした。俺に言わせれば、アンタは二元論そのものだろ。良い奴だし悪い奴。どっちでもない」
「そう。僕は混沌。だからこれから僕は君に二つの話をする。正義の味方と悪役、その両方の立場からね」
一息で白濁色の液体を飲み下し、ケイオスはゆっくりと椅子から降りる。敵意はない。腰の拳銃を抜く様子もない。
彼が一歩踏み出す度にアクセルは心臓が早鐘を打った。本能が危険だと叫んでいる。危害を及ぼすかどうかではなく、ケイオスという存在に対して人間としての自分が強い拒否感を示しているのだ。
「これから元の世界とキヴォトス両方が大変な事になる。クリスマスプレゼント交換の始まりだ」
「プレゼント、交換?」
「最初は僕らの世界からキヴォトスへの一方通行。でも飛鳥君のおかげで双方向の行き来が可能になった。二つの世界は隣り合った状態で融合を開始する」
「……情報圧壊」
「そう。異なる世界が混ざり合う事による情報素子量の急上昇。それにより情報体フレアが大量発生し、やがて両方が吹き飛ぶ事になるだろうね。あ、ちなみにこれは悪役目線ね。僕魔王、あははは」
あっけらかんとした口調でケイオスは未来に起こるであろう悲劇を告げた。何もかもが消え去るであろう最悪の未来を。
では、正義の味方としてのケイオスは何をもたらすというのか?
「それじゃあ次は正義の味方目線。双方向に移動できる様になったという事は、互いの住民が混ざり合うという事。これは僕にもコントロールできない。交換する様な形で存在が入れ替わっていく。その後は、楽しい楽しいグリーティングの時間だ」
「……今度はキヴォトスの方からも俺達の世界に跳ぶって事かよ?」
「あっあっあ~、ヒントはここまで。正義の味方もおしまい。続きは皆で考察して。大事なのは順序立てて考える事。ね?」
そこでケイオスは口を閉ざし、わざとらしく人差し指を立てて口に押し当てる。これ以上は何も言わないという意思表示だ。人を食った様な態度であるが、しかし明かされた情報はあまりにも重要なものだった。
一刻も早くフレデリック達に伝えなければならない。アクセルはぐっと拳を握り締め、夢の中からの脱出を試みる。ケイオスはそれに気付いたのか、
「多分次僕が君と会う時はもっと大変な事になっている。赤い空の下で、色彩の中で会うだろう。その時はよろしくね?」
「……俺としては二度と会いたくないけどな」
「そう言わないでよ、つれないね。ふふふ、イノには僕から伝えておくよ」
「え? おい、待てそれって―――」
最後の言葉の意味を聞くよりも先に、アクセルの意識は元の世界へと引き戻されていく。ケイオスが手を振って見送っている姿が見え、やがて一瞬の内に闇の中に消えてしまった。
―――闇、闇、闇。そしてかすかな光。
夢の中から目覚めた時、アクセルの体は文字通り跳ねた。手足をしっかりと縛っていたおかげで天井まで吹き飛ぶ事はなかったものの、あまりの息苦しさに何度も激しく咳き込む。
「だ、大丈夫ですか……?」
眠っている間、ずっと見守ってくれていたのだろう。ディライラが不安な表情で覗き込んでくる。大丈夫、大丈夫と返しながらアクセルは深呼吸し、調子を整えてからはにかみ、
「向こう側に行ってきた。伝言もしっかり伝えてある」
「ッ……良かったです。今、皆会議の為に集まっているところです。落ち着いてから、そっちに行きましょう」
「会議? 俺が寝ている間に何か起きたのかよ」
「その、ワームホールがまた開いたそうです。それから……それから、向こう側から誰かが来たって」
異世界とは時間の流れがズレているとは聞いていたが、アクセルの予想よりもずっと早くその時は来てしまっていた。
伝えなければならない。ケイオスが語った最悪の未来を。そして、これから世界に起きる事態を。
現時点での投稿頻度に関してどのように感じていますか?
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区切っても良いから投稿頻度を上げて欲しい
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このままもう少し早く出して欲しい