先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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絶賛大不調


JUMP

「では先生!!!!!今日のお仕事もお疲れ様でした!!!!!」

 

 飛鳥が椅子からひっくり返りそうになる程の大音量で挨拶をした後、今日の当番だった宇沢レイサは颯爽と帰宅した。外での仕事が中心だったのだがボディガードを自称し一日中同じ調子でキヴォトス内を駆けまわっていた。元気なのは良いのだが隣で大きな声で話しかけられては心臓に悪い。

 とはいえエデン条約が差し迫っている中での仕事であった為、彼女が持つある種の大袈裟な姿勢には助けられる事もあった。次はもう少し音量を下げてもらえれば助かる。

 

「ふぅ……」

『飛鳥先生、今日もお疲れ様でした!』

「ありがとうアロナ。SNSでまた検索をかけてくれるかい』

『はい。指定した日付以降の行方不明者、失踪者の捜索願ですね?』

 

 ネクタイを緩めながら飛鳥が命じると、『シッテムの箱』を管理するアロナは即座に指定されたキーワードで電子の海に飛び込んでいく。

 大怪獣ペロロジラとの戦闘で大人のカードを使いそれなりの時間が経過した。規定値を上回る法力を僅かな時間であるが別世界に持ち込んだ影響、それが飛鳥の計算ではそろそろ起き始めている頃なのだ。

 問題はいつどこで誰に起きたのかであり、それを探る為にアロナの能力は役に立つ。膨大な情報の中から思い当たるキーワードを引き抜いていけばいずれは辿り着けるという算段だ。

 

「……アロナ。以前僕が君に任せた計算式、間違いはあるかな」

『? ええと、『法術使用による並行世界間相互通行』ですか? いえおかしなところは見当たりませんでした。前回のものよりも精度そのものは上がっていると思いますよ?』

 

 人格を持ち話している様に見えるが、アロナはあくまでもOSである。それ故に多少なりとも飛鳥が持つ秘密を共有したとしても大きく影響する事はない。少し不思議な点があるとすれば彼女の発する音声は飛鳥以外には聞こえていないというところなのだが、その辺りを分解して調べたくても拒否されている現状だ。

 しかしアロナからしても間違いがないと言うのならば、いよいよ飛鳥の目測が誤っていた事になる。

 

(―――意図的に法術を用いて二つの世界間を繋げるゲートをこじ開け、キヴォトスから元の世界へに影響を与える。大きなものにはならないはずだから、あとは観測さえできれば)

 

 恐ろしい事に飛鳥という男は問題ない、と計算しつくした上で敢えて大人のカードによる増幅させた法術で元の世界への穴を作ろうとしたのである。無論、フレデリック達に知られれば激怒では済まない。とはいえ現状用意できる手段の中では最も現実的に世界間を移動できる手段である、そう踏んだのだ。

 ところが問題発生だ。もう一人の自分と交信する事に成功し、あちらの世界で情報体フレアが起きたとも観測した。となれば飛鳥の目論見通り、二つの世界はかなりの近い距離にまで接近していたはずだ。だというのに何も大きな変化は訪れていない。

 

『うーん、飛鳥先生。シンプルな誘拐事件は幾つか発生していますが、忽然と行方不明になったという情報はどこにもありませんね』

「ありがとうアロナ。すまないね」

『いえ! 何かお困りの事があればまたお声掛けください!』

 

 そこでアロナの検索は終わり、飛鳥は口元に手をやってじっと考え込む。

 

(見立てでは、こちら側の人間が誰か向こうに転移したはずだ。僕が知る限りキヴォトスでも流石に失踪事件は取り沙汰になる……しかしそれもないという事は何も起きていない?)

 

 しばらく考え込んだ後、飛鳥は腰かけていた椅子から立ち上がり部屋の隅にあるホワイトボードへと向き合い、ペンでスラスラと想定していた事態を書き記し、大きな相関図を描いた。

 中心部には『法術』、そしてその周囲に飛鳥が知る限りのキヴォトスについてが取り囲む様に記されている。

 

「……僕以外の存在がキヴォトスへやってきたのは法術を使ってから。そしてその背景にはケイオスが関わっている。間違いなくキーになっているのは僕自身。だからこそカードを使用して大規模な法術を行使する事で何かしらの影響が世界間で発生すると考えていたが……まだピースが足りないか」

 

 そこで飛鳥はふむ、とため息をついて目頭を押さえる。考え込んだとしても答えが出てこないならば今は一度思案を控えるべきだ。行き詰まった時こそ没頭するのではなく気を静め、リラックスしなければならない。

 相関図を勢いよく消していき、ちらりと窓の外を見つめる。陽が沈み始めていた。一階にある『エンジェル24』で夕食でも買おうと思い立ち、うんうんと悩みながら飛鳥はオフィスを後にした。

 

 

「あっ、いらっしゃいませ飛鳥先生! ちょうど新作のお弁当が入荷したんです。良ければいかがですか……?」

「……何か時差があるのか? 今まで会った人達は皆時間関係が曖昧だった。もしやまだ確定していない? しかし……」

「あううう、また無視されてる……!」

 

 シャーレに併設された24時間営業のコンビニエンスストア『エンジェル24』には何でもそろっている。飲食物から日用品、果ては重火器関連。キヴォトスという世界がどんなものかをここだけで表現できる程には物騒だ。そんなそれなりに色々揃っている『エンジェル24』で飛鳥が買うものは大抵がエナジーバー、栄養ドリンクの二種類である。更に飛鳥という男がこの店にやってくる理由は大抵が上記二つを集中したいが為だけであり、およそ買い物と呼ぶには無機質すぎる。

 店員のソラからすれば唯一の客である飛鳥はさぞはた迷惑な人物に違いない。

 

「ああ、すまない。今ちょうど考え事していて……」

「先生いつもそうじゃないですかぁ。たまには美味しいもの買った方が良いですよ?」

「うん、そうだね、僕もそう思う」

「き、聞いてないこの人……!」

 

 飛鳥としても店に貢献したい気持ちはある。しかしおよそ人並みの趣味嗜好からかけ離れた男からすればコンビニでいつもと違う何かを買うなどまったく気が乗らないわけで、いわゆる『⚪︎⚪︎買いに来るいつもの人』という存在に落ち着きやすい部類だ。

 いつも通りに棚からエナジーバーと栄養ドリンクを掴み取り、ソラの待つレジに向かう。頭の中では今一度計算式を組み直し何かが間違っていないかと確かめていた。

 

「大丈夫。健康面ではしっかり監視されているからね。下手な食生活なんて取ろうものならこっぴどく叱られるのさ」

「いいんですかそれで……」

 

 ため息混じりにソラは商品のバーコードを読み取りながら、

 

「そういえば先生、この前温泉に行ったって聞きましたよ。羨ましいです……」

「行った先でもドタバタしていたから休まった感じはしなかったけどね」

「で、でもそういう遠出ができるって羨ましいです。良いなぁ、私もどこか旅行に行ってみ」

 

 パタリ、とレジカウンターにエナジーバーの包み紙が落ちた。ソラが取り落としたのかと思いきやそうではなく、つい先程飛鳥の目の前にいた少女の姿は忽然と姿を消していた。

 しばらく言葉が出てこず、飛鳥はまじまじと眼前の光景を理解しようとする。消えた、だが前兆はなかった。時間も要していない。つまり完全な転移だ。何かしらの力が及んだ様には見えない。二つの世界が繋がった瞬間にそのまま別の世界へ飛んでしまったのだ。

 

「…………これは」

 

 身を乗り出してレジの裏側を覗き込んでもソラの姿はどこにもない。完全に、いなくなっている。

 

「―――成功、したのか?」

 

 果たして人一人が別世界に跳んだ事を成功と言って良いかは難しい問いかけであるが、しかし飛鳥の計算通りに事は起きた。そしてまさかこれだけで済むはずもない、と。

 普通自分のせいで他人に危害が及んだとあれば多少は驚くものであるが飛鳥の表情に焦りはない。予想通りならば何の問題もなく別世界に向かっているし、キヴォトス人の身体能力ならばそう簡単に怪我を負わない事まで計算済みだ。

 

「ああ、いや、でも……どこに跳ぶかは考えていなかった、か?」

 

 誰もいなくなったコンビニの店内で一人、飛鳥はぼやく。

 運の良い事に彼が予想した通りにソラは別世界へ、飛鳥にとっての元の世界へと転移した。

 だが、かつて『バッドガイ』と呼ばれた男の目の前に突然飛び込む羽目になるとは、流石の飛鳥にも想像はできなかっただろう……。

 

 

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