先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
シャーレに思わぬ隙が生まれ、サオリには新たな命令が下された。
『エンジェル24』の店員としてシャーレに潜入し、飛鳥=R=クロイツを暗殺する事。スクワッド内で最も戦闘力に優れているという理由で選ばれたサオリはスパイとして面接に応募した。
思いがけない展開が待ち受けていた。顔を見ただけで飛鳥はサオリを採用すると言い出したのだ。
「……」
『エンジェル24』はシャーレに最も近いコンビニである。であれば多少なりとも集客は期待できる、と思いきや実際のところほとんど客は来ない。時たま飛鳥に会いに来た生徒が買い物をする程度で、それ以外は閑古鳥だ。
サオリとしてはその方が本来の『任務』に専念できる。彼女にとってこのアルバイトは飛鳥の動向を確認し、隙を見つけて飛鳥を暗殺する為の隠れ蓑でしかないのだから。
(問題はどうして、私を雇ったのか)
何度か顔を合わせてはいる。ゴールデンフリース号の一件では状況が状況とは言え協力もした。しかしまさかそれだけの理由であっさりと採用するなど、何か裏があるとしか言えない。
面接会場にいた別の生徒が飛鳥にひそひそと話していた内容を思い出す。確かゲヘナの行政官だ。
―――先生。あのサオリという生徒、怪しいですよ。履歴書の内容も問題はありませんが……逆に言えば整いすぎです。私は反対です。
あの男、ハッピーケイオスに渡された偽造の履歴書には事実とはかけ離れた経歴が書き連ねられていた。少なくとも怪しまれるものではないとサオリも判断したが、どうやら行政官からすれば不審点が見当たらない事こそ最も怪しいと感じた様である。
早くも任務は失敗か、別に方法はないかとサオリはプランを変更してその場で飛鳥の暗殺を試みようと考えていたが、
―――大丈夫。彼女は信頼できるよ。
飛鳥は行政官の忠言を跳ねのけ、サオリの採用を強行した。まったく耳を貸さない様子に彼女は心の底から呆れ果て、ついでにサオリも見ている中でとてつもない暴言を言い放ってシャーレから出て行ってしまった。
―――すまないね。天雨さんも僕を心配してくれているんだ。それじゃあ改めてお願いするよ、錠前サオリさん。
(……罠か?)
考えられるのはサオリを監視する事。飛鳥に自分の正体がバレていて、ノコノコとやってきたところを招き入れて後々処罰でもするつもりと考えれば、疑いもせずに履歴書の内容を飲み込んだ理由としては納得できる。
エデン条約調印式まであと数週間。たとえ罠だとしてもサオリは飛鳥暗殺を遂行しなければならない。
白洲アズサが桐藤ナギサの暗殺に失敗したどころかトリニティに寝返った。プランBと称して一人で勝手に動いていたケイオスの計画も失敗した。となれば後は調印式そのものを襲撃するしかない。
一番の不確定要素、それが『先生』なる大人だ。あまりにも不透明な素性もそうだが、サオリは飛鳥が暴走する船を操る場に居合わせている。不可解で底が見えない、現状最も危険な存在と言えるだろう。
それ故に今の内に処理しなければならない。来る復讐の日に向けて、彼を……。
「やぁ、錠前さん。客入りはどうかな?」
と、突然名前を呼ばれサオリは意識を引き戻される。いつの間にか飛鳥はレジの前に立ち、彼女をじっと眺めていた。
不意打ち気味に呼ばれたせいかサオリは無意識に腰に差している拳銃を思わず引き抜きかけていた。飛鳥は寸止めした結果の不思議な挙動に首を傾げている。
「……今日はまだ誰も客は来ていない」
「え? 一人も……? それは、参ったな。前々から集客は不安定だとは思っていたけれど。このままじゃ僕だけが常連になってしまうな。はいこれ」
飛鳥はぶつぶつと呟きながらおもむろに手に持っていたカゴをカウンターに載せる。栄養ドリンクとエナジーバー、そして申し訳程度のゼリー。これを毎日買っていくのだから飛鳥という男は食事にあまり関心を寄せていないのがよくわかる。
一つ一つバーコードを読み取りながらサオリはちらりと飛鳥の様子を窺う。警戒心のかけらもない、無防備そのものな姿には先程まで考えていた『策』を仕掛ける様な人間には見えない。
「……」
「? どうかしたかい錠前さん。僕の顔に何かついていたりするかな」
「いや、なんでもない。また同じものを買うな、と思っていただけだ」
「作業しながら食べるのにちょうどいいからね。それにほら、栄養素もちゃんとあるし」
バツが悪そうに飛鳥は視線を彷徨わせる。そんな食生活をするから見るからに細く弱々しい肉体なのだ、という刺々しい言葉が漏れ出そうになるのを堪える。
店内にはサオリと飛鳥以外には誰もいない。今ここで拳銃で頭を撃ち抜いたとして誰にも見られる事なく死体の処理もできるだろう。
(―――タイミングは、今か?)
飛鳥が何やら言い訳を述べている間にサオリは改めて拳銃に手を伸ばす。この距離なら確実に仕留められる自信が彼女にはあった。
ゆっくりと拳銃のグリップを握り締め、そして……今だ、と引き抜く―――!
「あー! 先生ー!! 先生先生~!! ここ『ムシクイーン』の最新パックある~!?」
「!?」
「え? 何? うわっ……!?」
滅多に『エンジェル24』には客が来ない。それは単にシャーレの真下という立地が最悪だからなのだが、前述した様に生徒が飛鳥に会いに来るついでに何か買っていく事はたまにある。
よりにもよってサオリが最適だと感じ、銃を引き抜いたそのタイミングで、甲高い声と共に小柄な生徒が店内に突入。勢い余って飛鳥の腹部に突撃し、そのまま床に押し倒していた。咄嗟に銃を隠し何事もなかったかの様に振舞うが、誰かに見られたかとサオリは周囲に視線を走らせる。幸い謎の生徒以外にはいない様だが、思わず汗が額に滲んでいた。
「先生~! 最新パック、最新パック~~!!」
「ぐぐぐ、勇美さん……まず一旦離れてもらえるかな……?」
カウンター越しに飛鳥を覗き込む。小柄な生徒は彼にのしかかり、幼子の様に手足をじたばたさせていた。これまでに何度か飛鳥と知り合いの生徒を見たが、今回は初めて見る顔だ。
「お願い先生~! 新パック新パック~、どこにも売ってなーい!」
「わ、わかった、わかったから待って……仕入れる様にお願いはしているから。錠前さん、『ムシクイーン』の箱を持ってきてあげて欲しい」
「……あ、ああ」
『ムシクイーン』なる商品が何か、サオリは少し考え込んでから思い出し、店舗奥の倉庫へと向かう。
キヴォトスで流通しているカードゲームだとかで、幅広い層に人気だと聞いている。サオリからすればそんな娯楽に興味を持った事など一度もないし、何が面白いのかもまったく理解できなかった。
だが飛鳥自身の要望で量は少ないが入荷する様には指示を受けていた。どうやら彼もプレイヤーのひとりらしい。
「これか」
煌びやかなデザインの小さな箱を手に取りレジへと戻る。カードゲーム、そんな娯楽を楽しめるとは随分と余裕があるものだ。サオリは心底呆れ果てていた。
カウンター前には疲れ果てた様子の飛鳥と小柄な生徒が並んで立っている。小柄な生徒はサオリの手にある箱を見るや否や、目を輝かせてぴょんぴょんと飛び跳ね始める。
「やったやった! 先生ありがと~!」
「どういたしまして……ははは」
小柄な生徒のキラキラとした視線を受けながらサオリは箱を開け、中身を見せる。
『ムシクイーン』は一箱に二〇パック程封入されている。一パックが五枚。そこから欲しいものを見つけ出せれば御の字というわけだ。
小柄な生徒はうんうんと悩みながらパックを一つ取り、代金をサオリに手渡してくる。どうやらこの場で開けるつもりらしい。
「お願い出て~! おねがーい!! わ、先生見てこれ! 当たった~!!」
「本当だ……綺麗な加工をしているね。どうかな、後で一回僕と……」
「え!? やだ! 先生私じゃなくて手札のカードばかり見るし『せんこーせーあつ』ばっかりで楽しくないもん!」
「……そ、そこまで拒絶されると寂しいな」
パックを開けて中身を見る。ただそれだけの事なのに二人は随分と盛り上がっている。
その模様を眺めながらサオリはといえば何を感じるわけでもなく、ただただ呆れていた。
(こんな男が罠を張れるとは思えない。平和ボケした、ただのお人好しだ……)
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区切っても良いから投稿頻度を上げて欲しい
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このままもう少し早く出して欲しい