先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
交流会当日。かつてない規模の催しも手伝ってか百鬼夜行学区内の盛り上がりは最高潮だった。なんといってもキヴォトスでも大きな力を持つゲヘナを相手取るのだ。もてなす側からすれば今まで以上に張り切る必要がある。
同時にゲヘナの生徒を迎えるという事は、手より先に銃が出るキヴォトスでもぶっちぎりの危険性を持つ者達をわざわざ迎えるという事でもある。治安を意識する者からすればさぞ不安だろう。
それ故に百鬼夜行を統べる『陰陽部』のトップは先生に、シャーレに依頼したのだ。交流会が無事に終わるまでの間、トラブルを未然に防いで欲しいと。
「とはいえ、これだけの規模となると少し大変かもしれないな……トラブルは間違いなく起きる」
「―――人が多すぎる」
そういうわけで百鬼夜行の門をくぐり、飛鳥は学区内でも特に人気なエリアである『渦巻映画村』へと助手の生徒を連れて足を踏み入れていた。
事前に打ち合わせていた集合場所である映画村の案内所前には既に忍術研究部の三人が飛鳥を待っており、先頭のミチルはぴょんぴょんと跳ねながら手を振ってきている。
「先生殿~、こっちだよこっち~」
手を振り返しながら飛鳥は連れてきた助手に、
「挨拶は僕の方から切り出すから安心して欲しい」
「ん……」
飛鳥のそばにもう一人いると気付いたミチル達はむっと目を細め、顔を確かめようとしている。他の二人よりも背の大きいツクヨでさえも身を縮めて目を凝らしている程だ。事前に連絡は入れていたものの、年頃らしく見慣れない生徒がどんな人間なのか気になって仕方がないらしい。
忍術研究部の三人に加えてもう一人助けを借りようと考え、飛鳥は交流会の前日に急遽『彼女』に頼み込んでみた。かなり渋々と言った様子だったものの承諾を得られたので連れてきた次第である。
「皆おはよう。予定の時間から少し早いけれど全員集まった様だから行こうか」
「え、先生殿待ってよ。隣にいるクールな感じの子が誰か紹介してよ」
「そうですそうです! イズナ気になります!」
「百鬼夜行の人、じゃないですよね?」
当然ながら三人とも困惑している。こうなる事は予想していたので飛鳥は待っていましたと頷き返し、傍らに立っている彼女に目配せする。
帽子を目深に被り、顔を隠す様にしながら少女はゆっくりと前に出て、
「……サオリだ。よろしく頼む」
「いつもシャーレの下にあるコンビニで働いてくれている子なんだけど、一緒に来てもらったんだ。仲良くして欲しい。実力は僕が保証する、一度助けてもらったくらいだからね」
「へぇ~! 先生殿のお墨付き……スレンダーでシュッとしててデキる女感も凄いぃ~……!!」
『エンジェル24』の臨時バイトにして、これまで飛鳥と何度も顔を合わせている少女、錠前サオリ。飛鳥はふと彼女と再び行動を共にしたいと考え、声をかけた。
―――サオリが本当に、百合園セイアが語った『錠前サオリ』なのかを確かめる為にも。
〇
「さて、それじゃあ錠前さん。改めてさっき僕達が受けた説明をもう一度振り返っておこうか」
『渦巻映画村』で最も大きな催しである『和楽姫』。その公演に利用されるホール内部は既に開演に向けてスタッフが右へ左へと走り回っており、その中には忍術研究部の三人もいた。
飛鳥とサオリはといえばセキュリティチェックを任されている為に定位置と呼べるものは存在しない。ホール内に爆発物など不審なものがないか、そしてスタッフに紛れ込んで何者かが侵入していないかなどを確認する役割だ。
だが一番重要なのは、これから起きる事である。飛鳥がその確認の為に促すと、サオリは、
「『和楽姫』は『姫』と呼ばれる生徒が悪役に攫われるところから始まる。客達は『姫』を助ける為に学区内を探索し、ゴールを目指す」
「いわゆる体感型という奴だね。重要なのはここで何か問題が起きないかどうかを見張る事。錠前さんはゲヘナの生徒と交流した事は?」
「……いや、それほどはない」
「まぁ、話の流れを無視して銃を抜きやすいところがあると覚えてくれればそれでいい。ひとまず公演までまだ時間があるからホール内を見回ろうか」
「ん……」
サオリを引き連れ、飛鳥は公演が開始するまでに改めて何か危険物はないかと探しに向かう事にした。できれば忍術研究部達も同行させたいところではあったのだが、事情が事情である。今はできる限り人手が必要なのだ。
ロビーでは公演に備え、既に受付スタッフ達が緊張した面持ちで入場者のリストを片手に準備し始めている。百鬼夜行とゲヘナ両校の権力者達が集うというのだから気合も入っている。
「何故私をここに連れてきた? 他にもアテはあったはずだ」
受付の人間に断りを入れてから入場者の荷物や上着を預かるクロークの内部を確認していたところで、サオリがそんな話を切り出す。当初はあまり乗り気ではなかった様子だが仕事と言われると肩に力が入る様で、てきぱきと安全確認を行っていた。
「何故と言われると二つある。君と話す良い機会だったし、今日一日シャーレに人がいないとわかっているならわざわざ君を『エンジェル24』に置いていく必要もないと思ってね」
「それだけか?」
「それだけだよ。ああ、それと君の能力を信頼して……というのは信用してもらえないかな」
「いや、構わない。私もこういった作業は嫌いではない」
思いのほか飛鳥が話しかけるとサオリはそれなりの反応を返してくれていた。これまでのパターンから考えるにもっとそっけなく扱われると思っていたのだが、何か心境に変化でもあったのだろうか。
受付に問題はなし。後はスタッフが物騒なものをどれだけ開場後に弾けるかにかかっているわけだ。流石に爆弾を持ち込む物騒な生徒は……いないとは言い切れないのがキヴォトスである。
「それでは僕達は別の場所を巡回してきます。錠前さん、行こうか」
「―――む? キキキ、これは驚いたぞ。あの飛鳥=R=クロイツがこんな仕事を自ら進んでやるとはな」
サオリと共に怪しいものはないかと移動をしようかというところで、思わぬ人物に声をかけられた。振り返れば、いつ見ても存在感を放つゲヘナ最高指導者の姿があった。
「やあ羽沼さん。元気そうで何よりだ」
「当然だ。この私は365日健康体そのもの。健康優良キヴォトス女児ナンバーワンとは羽沼マコトの事を指すのだ。キキキ!」
さながら悪の秘密結社じみた黒いロングコート、ゲヘナの象徴たる一対の角。何より常にろくな事を考えていなさそうな瞳。
ゲヘナの生徒会『万魔殿』の議長。つまりあのゲヘナを統率する存在、羽沼マコトは自信ありげに腕を組んで佇んでいる。いつどこで会おうと常にこの姿勢を崩さないのだから、流石としか言いようがない。そしてマコトが一人でいるはずもなく、そのそばにはまた見慣れた姿がある。
「どうも先生。お忙しいところ、マコト先輩が言い出したわがままの為にお越しいただきありがとうございます」
「仕事だし、何よりトラブルが起きたら僕も困るからね。羽沼さんをちゃんと見張っていてもらえると嬉しいよ、棗さん」
棗イロハ。『万魔殿』でのポジションは戦車長……小柄な外見に似合わず武闘派という事である。マコトの助手、もといお目付け役、もとい世話係とでも呼ぶべき生徒だ。本来議長である彼女の部下であるはずなのだが、いつどこで会おうとイロハは尊敬のその字もない接し方である。
「でも良いのかい? 君達程の立場の人間がこんなところウロウロしていて。何があるかわからないよ?」
「ウロウロ? 違うな先生。私がこの足でわざわざ会いに来たのだ」
「会いにって、どうして」
「……すみません、お付きの方。先生をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「―――」
イロハがちらりと窺ったのは先程から無言のサオリである。深く被った帽子のせいで顔はよく見えないが、その仕草から飛鳥は彼女がゲヘナの生徒をあまり好ましく思っていないと理解できた。以前にも同じ様にピリピリとした空気を纏っていた事があるのだ。
「うん? なんだこいつは。見慣れない顔だが……」
飛鳥とイロハは何かを感じ取っていたのだが、どうやらマコトは一切理解していなかった。ずんずんと近付いたかと思えばサオリの顔を下から覗き込もうとする。流石はゲヘナの長。動作のすべてに既視感がある。
「……初対面だ。そしてあまり人の顔をジロジロと見るな」
「いや待て。マコト様のゲヘナ最高峰の頭脳は確かにどこかでお前の顔を見た記憶が……その帽子を取ってみないか?」
「マコト先輩。失礼ですよ」
「ん? ふん、まぁ良いか。悪いが先生は借りるぞ。内密の話があるのでな。良いだろう先生?」
マコトはサオリの帽子に触れようかというところでさっと離れ、飛鳥に微笑みかけてくる。わざわざ『内密』などと言うからにはそれ相応の内容なのだろう。多少大袈裟な動きで邪魔者を追い払おうとする程だ。
仕方ない、と飛鳥はため息をつき、
「錠前さん。すぐに追いつくから先に予定通り巡回をお願いしても良いかな。あとで埋め合わせはするから」
「了解した。先に行っている」
戸惑う様子もなく、サオリは足早にロビーから去っていく。連れてきた側が置いていくなど失礼である事は承知だが、マコトに捕まったとあっては要求を聞き入れた方が話は早いのだ。
ため息をつきながらマコトへと振り返ると、
「こっちだ飛鳥先生。我々の部屋で話そう」
〇
「『和楽姫』の開演までまだもうしばらく時間がある。それまでここで時間でも潰そうじゃないか、ん?」
「はぁ……用意してもらった部屋にふんぞり返るのやめましょうよマコト先輩」
連れてこられた部屋は信じられない程趣味の悪い全面金箔の和室である。信じられない程眩しく、信じられない程趣味が悪い。足を踏み入れた直後に退室したいと心から願ってしまう程度には。
とはいえ招かれた以上は話を聞いた方が良い。座布団に腰かけた飛鳥は同じく腰を下ろしたマコトと向き合う。その隣にはチョコンとイロハもいる。
「それで……僕の仕事を止めてまで話したい事って何かな?」
「トリニティでの一件は聞いている。クーデター、内乱、キキキッ。あそこらしい陰湿な出来事だ。疲れただろう?」
「確かに疲れたけれどトリニティに愛想を尽かしてはいないよ? 羽沼さんの下にはつかない」
「むっ? 先手を打たれたか。まぁ良い。先生がそう易々と私のモノにならない事は承知の上だ。まだ聞きたい事がある」
マコトは一拍起き、
「何故このタイミングで、こんな催しに参加したのか。気になるか」
「気になるとも」
「簡単だ。まだ襲ってこないと理解しているんだ」
「―――なるほどね。対岸の火事、とは思っていなかったのか」
どうやら羽沼マコトは理解している様だ。エデン条約の背後で暗躍する
狙いは条約そのものを崩壊させる事。そしてその為に、調印式当日を襲撃する予定である事。
一見するとマコトはあまり政治や腹芸というものに疎い人物という印象を持ってしまいがちだが、実際はそうではない。むしろ虚実を織り交ぜて相手を騙す、まさに悪魔の如き立ち振る舞いが本性なのだ。
「わかった。お互い認識が同じだとい気付けたのは幸いだったよ。でもこういうイベントはできれば避けてもらえると僕は嬉しいかな……それじゃ」
「待て。もう一つ伝えておきたい事がある。あのサオリとかいう女についてだ」
そそくさと立ち去るべく立ち上がった飛鳥は思わぬ名前の登場に動きを止め、マコトをじっと見つめてしまう。
「先生が馬鹿ではない事は知っている。だからこれは確認だ。あの女―――」
と、その瞬間である。突然天井の照明が切れ、室内は一瞬にして闇に包まれた。停電である。
「むっ!? なんだ何事だ!?」
「停電ですか……」
何事かと飛鳥が立ち上がり、状況を把握しようと薄暗い部屋の中をよろよろと動きながら廊下へと飛び出す。どうやら館内全体が停電になってしまっている様で、ドアを開けた先も真っ暗だ。
少しでも視界をハッキリさせようと懐から携帯端末を取り出し、ライト機能をつけようとする。するとタイミングよく明かりがつき、廊下は奥から一斉に明かりを取り戻していく。
―――その時、飛鳥は視界を取り戻すと同時に予想外の人物を目にした。
「よぉ。まさかこんなところで会えるとは思わなかったぜ、『ギアメーカー』」
闇の中に紛れていたその人物は飛鳥から少し離れた位置に佇んでいた。クリーム色の豪華な壁に囲まれ、和と洋の入り混じった異様な出で立ちの男が、紅い目を鋭く尖らせ睨みつけてくる。言うならばその立ち姿は影そのもので、瞬きの内に消えてしまいそうだ。
対面するのは恐らく初めてになる。が、その存在は元の世界にいる時からよく知っていた。特異極まり、そしてジョークめいた『自称大統領』にして『忍者』である。
「君は、チップ=ザナフと言ったか」
「oh。あの魔王に名前を知られているたぁこの俺もビッグになったもんだ。一度顔を拝んでおきたかったんだ。だが悪ぃな、今は別件で忙し―――」
「わぁ! せんせー、先生だ~!」
緊迫感のあるシチュエーション、それを打ち破るあどけない少女の声。飛鳥はチップの存在感に気圧されて気付いていなかったが、彼に肩車をしてもらう形で万魔殿のロングコートを羽織った幼い生徒の姿があった。
丹花イブキ、『万魔殿』最年少メンバーにしてマコトが愛してやまないマスコット……そんな彼女がどうしてチップと共に?
「た、丹花さん? 何がどうなって……」
「別件だっつったろ。それじゃあな、
瞬間、チップは最初からいなかったかの如く姿を消していた。後には何も残っておらず、飛鳥は突然の事態に目を白黒させた。
状況を端的にまとめると、どういうわけかキヴォトスに転移してきていたチップ=ザナフがどういうわけか『万魔殿』が下手をすれば何よりも大切にしている存在を拉致した事になる。
「おお!? 停電から回復した様だな先生! どうした、ハトが無反動砲食らった様な顔をして!」
「―――ああ、もうっ。こうなるから嫌なんだ」
いつもの様に、毎度の如く。
飛鳥=R=クロイツの歩む道には困難とトラブルが常に口を開けて待っている。
現時点での投稿頻度に関してどのように感じていますか?
-
区切っても良いから投稿頻度を上げて欲しい
-
このままもう少し早く出して欲しい