先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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其之十 炸裂! 忍法『ラリアット』

 百鬼夜行学院院主催の『和楽姫』に死ぬ程不釣り合いな戦車が動き出したその時、誰もが『ああこれも出し物の一つかな?』と思い込んだ。実際キヴォトスでは戦車が出張って来る事はまあまあな確率であり、百鬼夜行の街道を突撃していてもちょっと物珍しい程度なのだ。

 だが実際はそうではない。むしろ異常事態を超えた異常事態である。戦車の運転席内で体を縮めながら飛鳥は外の様子を戦々恐々という顔で窺う。

 

「良かったですね先生。およそ今一番頼りになるタクシーですよ」

「……棗さん。確か君、ゲヘナの生徒として大事にしない様に立ち回っていたんじゃなかったかな」

「そのつもりだったんですが、見てるだけなのもモヤモヤしたので重い腰を上げて頑張ってみる事にしました。大丈夫ですよ皆のんびりしてますから」

『ぎゃあああああ!!!!!俺の出店ーッッッッ!!!!!』

「今、露天を轢き潰した様だが」

「百鬼夜行かマコト先輩が弁償するのでご心配なく」

 

 イロハから信じられない連絡を聞かされた飛鳥は急いだ。普通にサオリに助けを求めて引っ張り上げてもらい、もうミチル達が先んじて飛び出してしまったことに気付き慌てて、そしてタクシーの如く到着したイロハの戦車に泡を吹いた。

 兎にも角にも急がねばならないのでその場はサオリと共に戦車に乗り込んだものの、そこから始まったのは暴走という他にない大機動である。

 

「大体ですね飛鳥先生。そちらがさっさとあの忍者を捕まえてくれたらこうはなってないんですよ、何故見せてくれないんですかあの超常現象。すでにキヴォトスのほとんどの人間が貴方にこれまで以上の注目を注いでいるんですよ」

「……使ったら、それはそれでややこしくなるだろう?」

「今の方が十分ややこしいですよ、ええ」

 

 イロハは呆れ果てた声色で操縦桿を手にしたままで飛鳥へと振り返る。その視線から逃れるべく狭い車内へと目を逸らすが、やがてため息をつき、

 

「……色々混み合った事情でね、僕が解決してしまうとよろしくなかった。その結末はこれだけど」

「難儀な生き方されてるんですね先生は。もっと好きにすれば良いのに。ほらもうすぐ着きますよ、ゴール地点」

 

 戦車が向かうのは何重にも階層が重ねられた塔の様な城。その頂上である。

 天守閣、と呼ばれる位置にチップがイブキと共にいる事が中継で判明した。そこから動く様子もない辺り、彼はそこを決戦の場に据えたのだろう。

 

「と、どうやら厄介な邪魔者が出てきた様ですよほら」

「邪魔者って……?」

「ほらあそこ」

 

 イロハが顎でしゃくった先、天守閣へと向かう道中には武装した生徒の集団が何やらたむろしている。全員が天狗―――ジャパニーズに伝わるクリーチャー―――のお面をかぶり、明らかに興奮した様子だ。

 『和楽姫』の会場にてイブキを誘拐しようとしチップによって事が起きる前に撃破された生徒達、その仲間らしい。確か名前は魑魅一座だ。

 

「よーし! このフィナーレを私達で破壊して二度とお祭りなんてできなくしてやろうぜ!」

「っしゃあ!!!」

 

 どうやら天守閣に攻め込み、『和楽姫』の進行を乱そうという魂胆の様だ。まさか首謀者であるニヤが懲りずに再度指示したとは考えづらい。純粋に最悪なタイミングで割って入ってきたのだろう。

 今頃天守閣には忍術研究部が向かっている。その邪魔をされては、今度こそ『和楽姫』は頓挫してしまう。

 

「止めるぞ。これ以上ややこしくされたら面倒だ」

 

 飛鳥が何か言うよりも先に動いたのはサオリだった。これまで指示を待って動く傾向にあった彼女が意を汲んでくれたのだ。何も言わずに準備を始め、彼女は『行ってくる』と視線で投げかけてくる。

―――喫茶店での『会話』には意味があったのだろうか。

 

 思わぬ展開に飛鳥は喜びから目を細め、

 

「棗さんの戦車で轢いてしまったら危険だ。錠前さんは戦車上から威嚇射撃で牽制を仕掛けて欲しい。棗さん、直線状に橋があるね? 天守閣への最短ルート」

「ありますけど」

「橋を通過したら砲塔を180°回転させて橋を砲撃で破壊して欲しい」

 

 飛鳥の突発的な提案にイロハはしばらく操縦桿を握ったまま静止し、それから思わず後方を振り返った。まさかの砲撃指示にあまり表情を顔に出さない彼女なりに驚愕の色が浮かんでいる。

 だが飛鳥の顔は本気である。むしろそれまでの優柔不断極まる面持ちから一転、発言の撤回など一切考えていない。彼を良く知る者ならば誰もが思う、飛鳥=R=クロイツの豪快な考えである。

 

「本気ですか?」

「すべては演出。シャーレの先生も参加しての、過激なエンターテインメントという事で。錠前さんもわかったね?」

「……ここまで来ればやるしかないだろう」

「はぁ、人畜無害そうな外見に似合わない豪快なアイディアありがとうございます。整備代と砲弾代と橋の修繕費、すべてシャーレに行きますからね……!」

 

 そういうわけで、戦車は魑魅一座目掛けて突撃する。当然このままでは不良生徒達は無限軌道に押しつぶされるだろうがそこを阻むのは戦車上に立つサオリである。

 持参しているライフルを構え、サオリは魑魅一座達の足元に狙いを定めて威嚇射撃を行う。直撃ではなく背後からやってくる戦車に気付かせる為の行動だ。

 

「ッ!? なんだ奇襲……って戦車だとぅ!?」

「ま、まずい! 皆避けろぉ!」

 

 見事に魑魅一座の集団は左右に回避し、移動経路が確保される。その隙を逃がさずにイロハは戦車を加速させその巨体は天守閣へ続く唯一の道である橋を颯爽と駆け抜けた。

 こうなればもちろん魑魅一座は追いかけてくる。ロケットランチャーを構える物騒な生徒の姿も既に確認している。なので、

 

「今だ棗さんっ」

「行きますよぉ。発射っ」

 

 勢いよく砲塔は弧を描いて後方に方向転換し、砲口を今しがた通過したばかりの橋へと定めた。発射態勢に気付いたサオリが即座に車内へと滑り込んだ次の瞬間、鼓膜が破れそうになる程の轟音と共に砲撃が放たれた。

 気持ちの良い音と共に橋は木っ端みじんに砕かれ、駆けつけてきた魑魅一座は対岸へと渡る手段を完全に失った。むしろ勢い余って落ちかけており押し合いへし合いのありさまである。

 

「……無事か飛鳥=R=クロイツ」

「ああ平気だよ。ちょっと頭がガンガンするけど」

「このまま天守閣に向かいますよ……!」

 

 障害を取り除いた戦車は天守閣を目指して突っ込んでいく。時を同じくして、忍術研究部は遂に頂上へと辿り着こうとしていた……。

 

 

 地上より数十メートルは高層にあるが故に、天守閣には横殴りの風が吹きつけている。ひ弱な人間であればこの強風に対して身動きを取るのもやっとだろう。

 だが、来たるべきその時を待ちチップは腕を組み楔の如く、微動だせず佇んでいる。瞳を閉じ、風のごうごうという音の中から三人の少女達の息遣いを既に彼は察知していた。

 

「イブキ、いよいよラストバトルだ。待たせちまったな」

 

 天守閣の襖が勢いよく開き、チップの前に躍り出るは忍術研究部。しかしその足取りは今までよりもずっと軽やかで、横殴りの風に対して揺るぐ事はない。それどころか強く畳を踏みしめて今まさに駆け出さんばかりだ。

 先頭に立つのはもちろんミチルだ。きゅっと眉を引き締め、人差し指をびしっとチップへと突き付ける。

 

「待たせたね! チップ! 忍術研究部が来た! イブキちゃんは返してもらう!」

「思ってたより速かったな。ついでに……少し良い目をする様になったか?」

 

 チップはミチルの目を見てすぐに理解した。焦り、不安、それらが消えた穏やかな瞳……未だ完全とは言えないが彼女の精神が忍者に近付こうとしていると。そしてその背後にいるイズナとツクヨの表情にも強い自信が満ち満ちている事に。

 

「よし、揃ってだいぶ良くなったみてぇだ。それじゃあ悪役らしく言わせてもらうぜ。姫はあそこで囚われの身だ。俺を倒してでも救い出してみせな!」

 

 高らかにチップが叫び、踵を返して指差した先。天守閣の最奥には……毛布か何かでぬくぬくと丸まっているイブキの姿があった。

 

「わーい! ニンジャのお姉ちゃん達だー! 頑張れー!!」

 

 誘拐された側にしてはなかなかに充実した状態である。ミチルは折角引き締めていた眉を緩め、ついチップに対して疑問を投げかけてしまった。

 

「……何あれ」

「わぁ、あったかそうですね……」

「チップ殿が着せてあげたんですね!!」

「言うな。ここはさみぃから見繕ってやったんだ」

 

 チップはチップで照れ臭そうに頬を掻き、決戦の空気は次第次第に緩くなり始めた。当初は怪しい誘拐犯だった彼の正体が故あっての行動だと判明した今、あまり前向きに敵意を持てないところがそれないにあるのだ。

 と、再び空気を引き締めるべくチップは手を叩き、バチンと空気を弾く。これに忍術研究部もハッとして構え直した。

 

「つまり、イブキは心配すんな。俺達のやるべき事を忘れるな。一撃、一撃俺に与えられたらお前らの勝ちだ」

「忘れてないよ。そして、今度は負けないからね……私達の忍者チームワーク見せてやる!」

「……よし、来い!」

 

 忍者vs忍者。第二戦。一戦目はミチル達がチップに翻弄されて終わったが、果たして……。

 イブキが目の前で繰り広げられる激闘へのワクワクに笑みを浮かべ、今か今かと待つ中で再びチップの指が三本立てられる。

 

「一つ、二つ、そんで……三つ!」

 

 死闘、開始……! ミチルは迷いなく懐から爆竹を取り出すとチップへと全力で投擲した!

 

「先手必勝! くらえ火遁の術ぁっ!!」

「あぁっ!?」

「道具使っちゃ駄目とは言ってないでしょーが!!」

 

 思わぬ不意打ちにチップは若干反応が遅れたものの、迷わず手で爆竹を払いのける。ミチルの目的は眼前で破裂させて視界を覆う事だったが、防がれても何ら問題はない。重要なのは注意を逸らす事にあるのだから。

 ミチルの背中に手を突き、跳び箱の要領でイズナが飛び上がる。その小柄な肉体からは想像もつかない程の瞬発力によって彼女は弾丸となってチップに肉薄した。

 

「おおっ……!!」

「これぞ主殿と共に鍛え上げたイズナの必殺技! 忍法『ちゅうげの術!』

 

 それはかつて飛鳥の前で披露してみせたイズナ考案の新しい体術。キヴォトスの生徒の中でも久田イズナという少女は頭一つ抜けて身体能力が優れている。故に本人は忍法と呼んでいるが、それらはすべて優秀な肉体が成せる他者では再現不可の曲芸である。

 初撃、上段への全力の拳。風を切って放たれる速度たるや飛鳥では骨が折れるだろう。

 

「お寿司!」

「ちっ……!」

 

 チップ、これを身をよじり回避。続くは二撃、下段への足払い。初撃を回避した姿勢で受け流すのは困難……!

 

「お鍋!」

「こいつ!」

 

 だが伊達に忍者を名乗ってはいない。チップは足元を掬われるよりも先に飛び上がり、これも回避してみせる。そしてこれによって彼はイズナの頭上を取った。無防備な姿を晒す形では反応は難しい……はずだった。

 チップは空中で目を剥いた。本来足元辺りにあるべきイズナの姿がないのだ。影も形も。

 ふっと彼の頭上に影が差す。まさか、もしやと頭上を仰いだチップはそこで〆の技を構えるイズナを認めた。

 かかと落とし、中段。回避不可、迎撃不可。すべて反応してみせる達人だからこそハマってしまう連続攻撃。チップの表情にここで初めて焦りが浮かぶ。

 

「お饅頭ッッ!!」

「What!?!?」

 

 だが、しかし、チップ=ザナフは忍者である。影に忍ぶ疾風そのもの。猛攻に対してあろう事か空中で身を捻らせ、虚空を『蹴』った!

 

「αブレード移動だけ!!」

「ほわあ!? なんとぉ!!」

 

 強引ながらも迫りくるかかとに対してチップは地上への急降下を行う事でギリギリで躱す事に成功した。こうなってしまえば今度こそイズナは攻撃が空振りに終わり、無防備な姿を晒してしまう。彼女の技をチップは更に上回ったのだ。

 そう……イズナ『は』上回った。だが、忍術研究部は一人ではない。

 

「とりゃあっ! ミチル流忍術爆竹ぁあっ!」

「うおおっ!?」

 

 イズナを隙を庇う様にしてミチルの爆竹がまた投擲された。反応できないチップではない。身を翻し回し蹴りでこれを弾き飛ばすと、そのままコマの様に回転しながら体勢を整える。その瞬間を見逃さずに二人は合流し再び構えを取った。

 前衛イズナ、後衛ミチル。緩急極まる二段構えの編成はチップを相手に互角に近い立ち回りを演じていた。

 

「ど、どうだ~! 忍術研究部の実力ぅ!」

「ニンニン!」

「ハハハッ! やるじゃねぇかお前ら。なかなか良い動きしやがる! 俺も少しばかり本気出すとするか! 目ん玉ひん剥いてよーく見とけ!」

 

 ぐっとチップが改めて構える。それだけで僅かに空気が軋み、イズナとミチルにもプレッシャーとでも言うべき感覚が襲い掛かった。獲物に狙いを定める猛獣の眼差し、そして姿勢……チップ=ザナフが元の世界であのスレイヤーに『見込みがある』と評価された力の一端が今、二人の少女へ―――!!!

 

「―――ん? 二人?」

 

 構えたまま、チップは思わず首を傾げる。彼の目の前にはミチルとイズナが自信満々な顔で立っている。ミチルと、イズナが。確か最初は三人のはずである。

 ツクヨがいない。一番身長が高く、目立つはずのツクヨがいない。

 

「ん? ん? ん?」

 

 さっとチップは視線を天守閣内に向ける。いるのはチップ、ミチルとイズナ、そして「頑張れー」と応援するイブキとそのそばに立つ木が一本。ツクヨの姿はない。そばに立つ木はもぞもぞと動いて気のせいかイブキに近付いて……

 

「あ!? おい三人目ぇ! 汚ぇぞ!?」

「ひゃあっ!? 見つかっちゃいました……!」

 

 思わずチップが大声を上げた瞬間、木はバタリと倒れ込んだ。その正体はなんと姿を消していたツクヨだ。なんと木に変装して気配を遮断していたのだ。ミチルとイズナがチップを足止めしている内に、彼女がひっそりとイブキを取り返すつもりだったのだろう。

 だがツクヨの動きは何も裏を掻くだけではない。一筋縄ではいかない強敵チップの注意を一瞬でも惹きつけ、そして意識を思わずそちらへ向けさせる事にもある……!!

 

「汚くて結構ォ! 忍者なんてちょっと汚いくらいで問題なし!」

「チップ殿覚悟ぉぉぉぉっ!!」

「あっ、やべっ、しまっ……」

 

 忍術研究部三人で生み出した僅かな隙。細い糸が僅かに通れるかという間隙を、ミチルとイズナがこじ開ける……!!

 

「とりゃあっ!!」

「忍法ラリアットの術ぅ!!」

「Noooooooooooo!!!!!」

 

 次の瞬間チップの太い首目掛けて、二人の渾身のラリアットが叩き込まれた!! その威力たるやロケット噴射んの如く彼の体を吹っ飛ばし、完全にその意識を刈り取ってしまう。畳の上をゴロゴロとチップは転がっていき、顔面をめり込ませ、そこでようやく止まった。 

 まだ動くか? と残心する忍者コンビだが、起き上がってくる様子がないと判断すると互いの顔を見合わせ、拳を高らかに突き上げた……!

 

『やったぁっ!!』

 

 ゲヘナ・百鬼夜行特別交流会。演目『和楽姫』は突如現れ姫を攫った悪の忍者チップ=ザナフを、正義の忍者である忍術研究部が見事撃破。フィニッシュブローは忍法『ラリアット』にて、御免。




死ぬ程長くなりましたが、次回エピローグをやってこの章も終わりです。次々回より改めてエデン条約編Vol.3となります。長い、長くて長い、ごめんなさい。

現時点での投稿頻度に関してどのように感じていますか?

  • 区切っても良いから投稿頻度を上げて欲しい
  • このままもう少し早く出して欲しい
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