先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
転移開始
木々のざわめき。鳥のさえずり。
百鬼夜行学院の中心部より少し離れた位置にある森林に、チップは一人佇む。何かを待ち構えるが如く腕を組む立ち姿には隙というものが一切見られない。だが不思議な事に彼に威圧感と呼べるものはなかった。
瞼を閉じたまま、チップは耳を澄ます。森が立てる音、森が報せる音を拾い上げるのだ。『ここに誰かいる』、という声を。
「―――」
自然とはすなわち、完全なる調和が敷かれた世界。それ故に足を踏み入れる者は明確な遺物として認識される。忍者は闇に潜み、影となって動く者。であれば気配を押し殺し自然と同化する必要がある。
チップの瞼が開く。彼の忍者としての感覚が、近付いてくる敵を察知したのだ。
一つ、二つ……どれがどの気配なのか読み取れないが、間違いない。
忍術研究部が、来る。
「隙ありぃ!!!」
ガサガサと音を立て、チップの頭上から飛び掛かってくる影が二つ。イズナ、そしてミチルの二人だ。
この時点で彼女達の目論見は理解できた。白髪の忍者は真上からの攻撃に目を向ける事もせず、残像を残す程の速度で動く。攻撃が不発に終わり着地した忍者娘は即座に背中合わせとなり、互いを守る様にして体勢を立て直した。
「流石チップ殿……お見通しでした!」
「うぬぬぬ、なんでわかるのさホントに!」
うぎゃあっ、とミチルが声をあげると木々のざわめきに混じり、チップの呆れた呟きが漏れた。
「気配だ気配。お前ら音立てすぎだろうが。枝を踏みしめ、跳ぶ時の音。そういったもんはすべて忍者からすりゃ位置を知らせているんだぜ」
「むむっ……消しているつもりだったのですが……」
「もっと周囲の気配に同化しろ。たとえお前らの図体がデカくても気取られない様にな。あぁそれと……作戦はお見通しだ。今度は全員で気配消せる様にしとけよな、露骨すぎる」
「えっっ」
一際強く木々がざわめき、そして何かに命じられたかの様に静まり返る。その瞬間にチップは再びイズナとミチルの前に現れた。この場にいなかった、ツクヨを抱えてで、である。
「す、すみません……見つかってしまいましたぁ」
「あのな~……確かにこの前の祭りでお前らには負けたが、あの時と同じ戦法が通じるわけねぇだろ! 忍者なめんな!」
イズナとミチルは陽動、わざと音を立ててチップの注意を引いてその隙をツクヨが仕留めるという目論見だったのだ。当然忍者を極めた身であるチップからすればツクヨがいない事も、ツクヨの気配が僅かであるが感じられる事も把握済みだった。実力の差が歴然になったと言えよう。
イズナは悔しそうに拳をギュッと握った後、満面の笑みを浮かべてミチルへと向き、
「部長! 負けです、流石のチップ殿です!」
「悔し~~~ラリアットで負けた癖に~~~!!」
「だぁから! それで同じ事するなっての!」
ゲヘナとの交流会の最終盤。忍術研究部はチップに作戦勝ちし、無事に攫われたイブキ姫を取り戻す事に成功した。それまで苦汁を飲まされていた忍者を相手に勝利できた喜びはそれはもう凄まじいものであったが、良くない成功体験にもなってしまった。要するに、少しばかり調子に乗っているわけである。
なのでそんな忍術研究部(というかほぼミチル一人)を相手にチップは軽く忍者の稽古を行っていた次第である。
「よっと、大丈夫かツクヨ」
「は、はいぃ、大丈夫です。なかなか上達せず申し訳ないです……」
「心配すんな。身体能力は十分。あとは場数こなしゃあ、少しはマシな忍者になる。ミチルがどうかわからねぇけどな」
「あ! 名指し!? 名指しはひどい! 意地悪! 紙忍者!」
「お前だけ個別で修行してやろーか!?!?」
チップがキヴォトスに流れ着き、もうすぐ一週間が経とうとしている。
百鬼夜行でも日に日に『エデン条約』の話題は増えつつあり、いずれ来るであろう戦いに向けてチップは今日、ある人物と会う約束をしていた。
〇
「時間を設けてくれてありがとう、チップ=ザナフ。そしてこの前は千鳥さん達がお世話になったね」
「あんなもん、チャメシインシデントだ。気にするな」
「……その言い回しは気になるけれど、まぁ良いか。何か飲むかい?」
「いらねぇ。要件を話せ」
観光客、そして百鬼夜行の生徒達が入り乱れる大通り沿いの茶屋。屋外に設置されたベンチにチップと共に腰かけるのは、『あの男』もとい飛鳥=R=クロイツである。
交流会を終えてしばらくして、飛鳥はチップに対して『今後について』コンタクトを求めてきた。何故チップなのか、それについてはあまり考える時間は必要なかった。
「―――君はどの程度現状を把握しているのかな」
「ここは俺の知ってる世界じゃねぇ。別のどっかだ。もちろん法術は使えない。で、どういうわけかお前もいる。物騒な会議も行われるってな」
「大まかにはそれでいい。問題はその会議にハッピーケイオスが介入してくる可能性があるんだ」
「……なるほどな。妙な空気はそのせいか」
「感じるのかい?」
「ああ、思いっきりな」
チップはカンが鋭い。理論立った説明ができるわけではないのだが、とにかくカンが良い。恐らくそうなのだろうと推察した事は大抵が事実であり、幾度となく世界の危機にも役立った。
聖王アリエルスの中に潜んでいたケイオスの存在に誰よりも先に直感によって気付いたのがチップ、と言えばどれだけの精度なのかがよくわかるだろう。そして今回もセンサーとでも言うべき感覚は何かを感じ取っているらしい。
「それなら話は早い、君がハッピーケイオスの何かしらを気取れるのなら力を借りたい。困った事に彼の行動はまるで読めないところがある。理屈ではない、直感による察知……僕としては何とも言い難いけれど、戦力は多い方が良いんだ」
「アイツが何かしでかそうってのはわかる。俺も手を貸してやっても良い。けどな、一つだけ確認させろ。お前がどこの誰で、何を目的にしてるのか」
飛鳥が人通りの激しい場所を選んだのは、万が一チップが敵意を向けてきたとしても刃を抜けない様にする為である。が、彼は武器を持たずともギロリと向けた視線と殺気だけでも相手の心臓を止めうる圧を持っていた。
慎重に言葉を選ぶ時である。以前の飛鳥であれば、この辺りで異様に不穏な言葉の選び方をして不用意な不信感を抱かせていただろうが、今は違う。
「ケイオスの目的は君も知っているはずだ。この街にいる人々を僕は彼の手から守りたい……元の世界でも、ここでも、飛鳥=R=クロイツは社会的な道徳の下に戦うつもりだ」
「……まぁ、わざわざ必死こいて俺を追いかけてきたんだ。物言いに嘘はねぇか。わかった、腑に落ちない点はまだいくつかあるが共通の敵はできたな」
チップは品定めをする様に飛鳥を見つめた後、おもむろに視線を外した。ほっと飛鳥は胸を撫で下ろし、
「近い内にこちらの世界にやってきた者達で会議を行う。場所はシャーレのビルだ。是非君にも来て欲しい。ラジオでそれとなく暗号を流すから」
「……こっちでもやってんのか、あのラジオ」
「だ、ダメかな」
「ダメとは言わねぇがつまんねぇんだよあれ」
あまりにも冷たくバッサリと切り捨てられてしまい、飛鳥は思わず絶句した。確かに放送開始してからというもの良い評判は聞こえてこないがオブラートに包むどころか一刀両断である。ショックなどというレベルではない。
「つま……あ、いや、話が逸れてはいけないか。ともかく、連絡はするからね」
ようやく言葉を引っ張り出し、咳払いと共に念押しする。わかったわかった、とチップは手をヒラヒラさせながらベンチから立ち上がり、
「俺はもう行くぜ。あの忍者娘達に忍者の何たるかをきっちり教え込まねぇとな」
「やりすぎない様にお願いしたいな……」
「いいや、心配するなら俺の方にしとけ。あいつら、このまま成長すれば逸材になる」
「……随分高評価だね?」
「世辞じゃねぇからな。そういうのはできないタチだ。あ、あいつらには言うなよな調子乗るから」
そう言ってチップは先程までの殺気など完全になりをひそめ、飛鳥に背を向けて人々の往来に消えていく。追いかけようとしても、恐らくすぐに見失う事だろう。
ひとまず協力は取りつけた。後はエデン条約を前に改めて話し合う流れを作れば、多少なりとも共同戦線を張れるだろう。
「―――楽しいお話は終わったか?」
飛鳥の隣にいつの間にか腰かけていた流浪人、梅喧を除けばの話だが。
チップの数倍はあろうかという殺気が一直線に飛鳥へと差し向けられる。これほどまでの気配が隣にあったのに気付けなかった自分への呆れと、もしやこのまま切り捨てられるのではないかという恐怖に言葉が詰まった。
ほぼ密着する程の距離を維持し、梅喧はニヤリと笑う。
「ハッ……追いかけていた奴がこんな優男とはな。斬るどころか小突いただけで死んじまいそうだ」
「まさかとは思うけど、本気でそうするつもりじゃないよね」
「どうだろうな。お前も知ってるだろ、俺がどこの誰なのか」
梅喧。ジャパニーズのサムライ。
飛鳥が滅ぼした国の、生き残り。
かつて飛鳥がまだ『あの男』と呼ばれていた時代、彼女は家族の仇を討つべく復讐の道を歩んでいた。
覚えている限りではたった一度だけ、側近の一人であったイノが引き起こした騒動を巡って対面したが……果たして、彼女の認識は当時から変わっていないのか。
「……そう気張るな。俺はもう復讐はやめたんだ。それに、多少なりとも見当違いな恨みだったらしいんでな。今は良い。テメェが目の前にいるとしても刀を抜く気なんざ毛頭ねぇ」
「―――君が住んでいた国は」
「おい、わざわざ俺が自分の口で『今は』良いっつったんだぜ。虎の尾を踏みてぇなら構わねぇが」
「っっっ、も、申し訳ない」
どうやら口ぶりから察するに、すべての元凶がケイオスにあるという点は理解していると見て良いだろう。
とはいえ飛鳥も自身がジャスティスに命じ、日本を滅ぼした事実を許してもらおうなどという気持ちはない。まだ、まだ今死ぬ日ではないという事だ。みっともない言い分と言えばそこまでである。
「話は聞かせてもらった。ラムレザルからもテメェがそれなりにやってる事は聞いてる。手が足りなきゃ俺を呼べ」
「対価は?」
「さっさと俺を元いた場所に戻せ。これでも子守で忙しいんだ。じゃあな」
そうして、要件を言うだけ言って梅喧は飛鳥から離れていく。チップの時とは違いその背中が見えなくなるまでずっと意識は張りつめ、まばたき一つできない。
廃棄された遊園地スランピアでの戦いにおいて援軍として突如現れ、ラムレザル達を援護したとは聞いていた。一応は味方なのだろうと見当はつけていたものの、いざ明確な敵意を抱かれては戦慄してしまった。
(でも、変だぞ)
梅喧の姿が見えなくなってから、飛鳥は遅れて胸中に湧き出ていた疑問に気付く。
チップ、梅喧。元の世界からまた二人やってきたわけだが、共通点がある。
(これまで転移してきたのはロボカイ、レイヴン、ラムレザル、そしてスレイヤー卿……いずれも人外と呼ばれる者達だった。ケイオスが連れてくる対象は何かしら限定されているはずだったのに、チップと梅喧は人間だ。何故あの二人が……?)
一人飛鳥は思案し、そしてつい先程置きた失踪事件に結びつく。
法力により元の世界とのゲートは一瞬だけ広げられ、そしてソラがあちらへと移動した。その原因は恐らく法力の出力上昇を目的に大人のカードを利用した影響だ。
では、ゴールデンフリース号を巡る事件で初めて大人のカードを使用した時は……?
「なるほど。あの時、通行できる対象が広げられたのか」
大人のカードによってキヴォトスと別世界とのゲートは更に広げられ、相互転移だけでなく転移対象の条件も緩和された。そう考えるべきなのだろう。
であれば、となれば……これから二つの世界は、誰もが予想しなかった展開に向き合わざるを得なくなるだろう。
「参ったな……説明責任、僕にあるな……」
当事者そのものである飛鳥の言葉は、声色こそ深刻であれど異様に他人事である。エデン条約の日にすべてを話すと言い切ったものの、別世界まで含めて説明できるのかどうか、そこが最大の懸念点になりつつあるのだ。
と、思考が深みにはまりかけたところで懐の携帯端末がブルリと震える。モモトークが凄まじい勢いで通知を鳴らしている。相手は、ゲーム開発部のモモイである。
『先生先生先生』
『大ニュース』
『ウタハ先輩達がね、なんか気付いたら変なところにいて、それでなんか気付いたら戻ってたんだって』
『異世界転生だよ異世界転生』
驚く程要領を得ないので、眉をひそめながら通話を繋ぐ。すぐさまモモイの甲高い声が飛鳥の耳朶を叩いた。
『先生~!!! メッセージ見たよね! ね!』
「見たけど、何が何だか……どういう事だい?」
『ウタハ先輩達、異世界にジャンプしたんだって! こっちの数分が向こうの数時間? だとかなんとか言ってたんだけどそれよりも!! 異世界になんでか、ロボカイの知り合いがいたらしいよ!? すごくなーい!?』
「ちょ、ちょっと待って。ロボカイの知り合い? どういう意味だいそれ」
『いやだから~! 話だけなんだけど、ロボカイが働いてるパン屋さんの人と会ったらしくて……』
連鎖し始めた。ソラを皮切りに、キヴォトスの住民が異世界への転移し始めている。
電話口から聞こえてくるモモイのはしゃぐ声はどんどん遠のいていく。飛鳥はただ、間違いなく訪れる異なる世界同士の対面に想いを馳せるのだった。
現時点での投稿頻度に関してどのように感じていますか?
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区切っても良いから投稿頻度を上げて欲しい
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このままもう少し早く出して欲しい