先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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ロボカイという友人

 いつもの様に目を覚ます。決められた時間に、己の定めている感覚の通りに。

 そうしてベッドから起き上がり、まだ夜も明けていない空を窓から見上げる。いつも彼の仕事は人々が眠る時から始まるのだ。

 夜明け前は孤独な時間だ。だがそれを今まで苦に感じた事などはなかった。大抵は、減らず口を叩く相棒がいるのだから。

 今は違う。今、いつも通り目を覚ました彼のそばに相棒の存在はいない。

 

 彼は、ヴェノムは友と呼ぶべき存在がいない空白感に襲われるのだった。

 

 

「それじゃあヴェノムさん、またね。機械の彼、戻ると良いのだけれど」

「気まぐれな奴ですから、きっと忘れた頃に帰ってきますよ」

 

 常連を気さくな笑顔で見送る。ヴェノムが経営するパン屋はまだオープンして間もないが、丹精込めて作ったその味を認められて早くも商店街では有名な店になっていた。近々、街でも名の知れているレストランからの注文も受け付ける予定だ。

 だがヴェノムは、その実績が自分によるものではないと理解している。人の目を僅かではあるが怖れてしまっていた自分の背中を押し、おどけてみせた友人がいたからこその今だと言える。

 ドアが閉まる音と鈴の鳴る音、続く静寂。店内にはパンの焼ける良い匂いが充満し、同時に静寂が湧き出つつあった。

 

「―――もう、一週間になるな」

 

 ロボカイが姿を消し、一週間が経過しようとしている。とにかく騒がしく静かにしている事が絶対にできない彼が、音もなく痕跡もなく失踪したのだ。

 まさか誘拐か、とヴェノムは考えた。仮にも彼は終戦管理局が作り出した存在である。多少の希少価値を見込まれて、どこぞの賊に攫われたのではないかと。

 思い立った直後に夜な夜な噂が立っている盗賊団に片っ端から襲撃をかけたが、ロボカイを知る者は誰もいなかった。知り合い(ザトー)に連絡し、捜索を頼み込んだがそちらからも吉報は得られなかった。

 

(思いのほか、私は君の存在を悪くないと感じていたらしい)

 

 日常に必ずいた存在の喪失。今まで何度も体験したはずの感覚は、どういうわけか今のヴェノムには強烈なダメージを与えてしまっていた。

 今朝焼いたパンは少し焦げていた。客へ微笑みかけても、どこか悲しい顔をしているのだろう。気を遣われてしまった程だ。

 もしもこのまま帰ってこなかったら、いつもの様に会話をした時が最後の思い出となってしまったら……そう思うと筆舌に尽くし難い後悔の念がじわじわとヴェノムを蝕んでいく。一人で考え込んでしまうと起きがちな事だが、こういう時に「気にしすぎ」と指摘してくれる存在がいないと、なかなかどうして深みにハマってしまうものだ。

 

「―――ふぅ」

 

 どうしたものか、と天井を見上げ、嘆息する。と、そのタイミングで鈴の音が鳴った。客が入ってきた合図だ。

 仮にも店主である人間が暗い顔をしてどうするのか、今は悩みを飲み込んで接客に望まねばならない。ヴェノムは気を取り直して天井から近付いてくる客へと視線を戻す。

 少女が三人。見慣れない顔で、しかもなかなか奇抜な服装をしている。一番目を引いたのは、頭に浮かんでいる光輪だ。まるで天使が頭に浮かべている様なデザインは最近の流行り、というにも毛色が違う。ヴェノムは客を前にしているというのに思わず不思議なものを見る目で彼女達を観察してしまっていた。

 

「いらっしゃいませ……?」

「ここはパン屋、で合っているのかな?」

 

 先頭に立つ長髪の少女が恐る恐るという声色で尋ねてくる。確かに店先の看板には『Bakery』の字はあったと思うのだが、何故そんな質問をするのかわかりかねたヴェノムは首を傾げてしまった。

 

「? 確かにそうだが」

「……うん、どうやら間違いではないらしい。良かった」

「良かった……パン屋がパン屋じゃない可能性かなり高かったから」

「流石にそこまでの異世界ではない様ですね……!」

 

 ヴェノムの解答に対して少女達は顔を突き合わせ、何やらブツブツと話し始めた。一体何の話をしているのかまるでわからず、もしやからかわれているのではないかという不安が脳裏をよぎる。

 と、最初の少女とは別に金髪の少女がズイとヴェノムの立つカウンターに躍り出ると、眼鏡をキラリと光らせ、

 

「端的に自己紹介をさせてください! 我々は気付いたらこの街にいました! もう何が何だか全然わからないので何かお聞きできないかと思いこのお店に入った次第です! 携帯の電波も通じていないんですがホントにどこなのでしょうか!」

「……すまない、一体全体どういう事なのかまったくわからないんだが。それに携帯?の電波?とは?」

「え、ええとこれです。これこれ」

 

 困惑するヴェノムに対して少女が取り出したのは長方形の何か……デバイスの類なのはわかるが、あまりにも見慣れない形に目を丸くして彼は顔を寄せる。そこまで詳しいわけではないが、見慣れないパーツで構成されている。というより、まったく見た事がないデバイスだ。

 

「これは、機械……?」

 

 思い当たる節があるとすれば、それしかない。一〇〇年は昔に人類が放棄し、今やツェップのみが保有しているとされる旧世界の遺産。それをどういうわけかつい最近作られたばかりの真新しい外観で、まだ一〇代であろう少女が持っている。異常事態、そう呼ぶべき展開だ。

 動揺のあまり硬直してしまっていたヴェノムはハッと正気に戻り、咳払いと共に、

 

「―――ここがどこだかわからない、と言っていたな。まずどういう経緯なのかまで含めて説明してくれるかな」

「わぁ! やりましたよウタハ先輩! ようやく話を聞いてくれる人出現です!」

「助かった……ヒビキの直感は侮れないな」

「正直、お腹が減っていてパンを食べたい気持ちの方が強かった……」

 

 また少女達は顔を合わせて喜び、そして次にゆっくりと店内に並ぶ焼き立てのパンに視線を向ける。続いて彼女達の腹の虫が「ぐぅ」と音を立てたのを、ヴェノムは聞き逃さなかった。

 一斉に顔を赤くし視線を逸らす三人はおもむろに懐から財布を取り出し、

 

「あの……良ければパンを幾つか。お金はちゃんと払いますので。実は今朝から何も食べていないまま、今度は見知らぬ土地でどうしたものかと」

「それはまったく構わないが……待て、なんだその貨幣は」

 

 客として買うと言うのなら拒否する理由はない。が、財布の中がちらりと見えた時にヴェノムはまったく見慣れないデザインの小銭や紙幣に眉をひそめた。一般に流通しているものとまるで違うのだ。

 また顔を寄せ、少女達に財布の中身を見せてもらう。使い古された様子のそれらは確かに貨幣としての歴史を感じさせる一方で、これまで一度も見た事がないモノだ。

 機械、そして謎の貨幣。ヴェノムはじわじわと、「この少女達はもしや詐欺師の類なのではないか?」という疑念を抱き始めていた。

 

(それっぽい外観の機械もどきと、それっぽい貨幣。自分達は遠いどこかから来たという設定で私をからかうつもりなのか? だとすれば、多少は灸を据えてやるべきか……)

 

 そんなヴェノムの疑いが籠った視線に気付いたのだろう。少女達は慌てて首を振り始める。

 

「私達は怪しい者じゃない。それは信じて欲しい。このお金だって私達の街では普通に流通しているものなんだ」

「ここは電子マネーさえも使えない。何もかもが変で、まるで異世界に来ているみたい」

「ホントのホントです! 信じてください!」

「……とはいえ、私の目から見て君達は怪しすぎるが」

「あう……え、ええとですね、それじゃあお話しますよ? 信じてくださいね!」

 

 眼鏡の少女は意を決した様子でヴェノムをじっと見つめる。真剣そのものな面持ちだが、一体どんな話が聞けるのか。

 

「私達はミレニアムサイエンススクールのエンジニア部に所属しています。専門は文字通りエンジニアです。私達はいつも通りに部活動に勤しんでいて、ある依頼を進めている真っ最中でした。そしてさぁ終わったぞ!というところで……一瞬の間にこの街にいたんです」

「ミレニアム、サイエンス……聞いた事もない名前だ。ある依頼というのは?」

「お、驚かないで聞いてくださいね、約束してくださいね? 私達、あるロボットの修理をしていたんです。生首だけのロボットを!」

「……生首だけの、ロボット?」

 

 当初ヴェノムは少女の話を完全に疑っていた。一体どんな出まかせを言い出すのか、と。事実、ミレニアムサイエンススクールなどという意味不明な単語が出た時にはほぼ聞き流す勢いになりかけていた。最後の一言を除いて。

 思い当たる節が一つ。痕跡一つ残さずどこかに行ってしまった、相棒である。

 

「その生首だけのロボット、名前を聞いても良いかね?」

「……『終戦管理局が作り出した超究極ハイパーロボ、オリジナルとかいうハナタレよりずっとカッコよくてイケメンなロボカイ』……っていつも名乗ってる」

「っっっっ」

 

 そんな言葉を平然と吐ける存在をヴェノムは一人、もとい一体しか知らない。

 思わず手が震える。そんなまさか、という言葉を飲み込んで彼は問いかけた。

 

「そのロボカイとやら、頭からプロペラを出して空を飛ぶか?」

「飛ぶ」

「女性に目がないか?」

「目がない。透視機能があると聞いてる」

「……無事で、いるのか」

「元気過ぎていつもうるさいくらいです!」

「―――そうか。わかった」

 

 そこでヴェノムはため息を一つつき、そして思わず安堵の笑みを浮かべてしまっていた。信じていいものか悩ましいはずの話なのだが、ロボカイに命を救われ共に道を歩んできた人間としては信じるしかないと言うべきだった。

 

「君達、エンジニア部と言ったな。パンはいくらでも食べて良い」

『え!?』

「代わりに、ロボカイの話を聞かせてくれないか。お代はそれで十分だ」

「い、良いんですか!? 今の部分で信じてもらえるんですか!?」

「ああ。何を隠そう。私は彼の友人だからな」

 

 

 本来繋がるはずのない二つの世界を巡って引きおこる大きな戦い。その序章は、一軒のパン屋から始まった。

 

 

現時点での投稿頻度に関してどのように感じていますか?

  • 区切っても良いから投稿頻度を上げて欲しい
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