先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
ハッピーケイオスという男には明確な目標がある。俯瞰的な、常人には理解しがたい絶対的な自分のルールが。
異世界キヴォトスにやってきてからもその自我がブレる事はない。むしろ彼のいた世界よりも学園都市の方がずっとやりがいに満ちているとさえ思える。
『説明していただけますか、ビナーを飛鳥=R=クロイツに差し向けた理由を』
通話の相手である男は丁寧な口調こそ崩さないものの、明かな非難の色をケイオスへと向けてくる。無論予想はできていたし、むしろこうした反応が返ってくる事は待っていたと言うべきだ。
「うん、簡単に言うと君達に飛鳥君の力を見せてあげたかったからさ。実際凄かったでしょ?ビナーはその点ぴったりの相手役だった」
『早くにそうする必要はあったのですか』
「あったよ。その方が絶対面白いからさ?あー、ほら、僕の考えるシナリオとしてはね」
『ですが一歩間違えれば私の目的を妨げかねませんでした』
「大丈夫、飛鳥君はきっと動いてくれただろうから……なんて、君に言ってもわかってもらえないよね。ええとそうだな」
ケイオスはグラスを傾け、乳酸菌飲料で唇を湿らせる。
「飛鳥君は簡単に言うなら善人だ。何が良い事で何が悪い事かをちゃんと理解している。だからきっと、あそこで絶対に力を使ってくれると思った」
『もしもの場合は想定しなかったのですか?』
「勿論したさ。その時は仕方ないから僕が無理矢理『起動』させて戦わせるつもりだった」
男は何か思案した後に、
『貴方は自身を『脚本家』だと自称しましたね。そして、自分の描くシナリオは我々にとっても良いものであると』
「それは本当だよ。ハッキリ言ってこのままだとあまりよろしくないシナリオ運びになる。君達のせいじゃなくて、舞台そのものに問題があるからね」
『飛鳥=R=クロイツはそのキーパーソンであり、欠かせない人物。つまりは『主人公』』
「話が早くて助かるよ。『黒服』君は僕の知る限りだと根回し王君と同じくらい進行する上でスラスラと説明を先読みしてくれる」
『確かに彼の存在は私も非常に興味があります。我々と同じく『外部』から、それでいてまったく違う体系よりやってきている。イレギュラーが物語における主軸となるのはそこまで珍しくもありません』
ケイオスの目論見は第一段階、プロローグをようやく過ぎている。最優先課題であった飛鳥の覚醒、法術の発動、物語はようやくスタートラインに立ったのである。
彼には目を覚ましてもらわなければならない。自分のすべき事、考えなければならない事。脚本家がストーリーに介入するのはナンセンスかもしれないが、そうせざるを得ない理由がケイオスにはあった。
だが男とその仲間達に説明するのは骨が折れる。接触を図った当初も、得体の知れない人物から協力の誘いに彼らは簡単に首を縦には振らなかった。当然と言えば当然だが、しかしケイオスも折れるわけにはいかない。そこで交渉の材料として一冊の本について教えた。不可能を可能にする全知全能の書、異なる神秘の存在を示唆されれば探求者である彼らは興味を持たずにはいられなかった。
「僕らは取引相手だ。互いに利益が出る事を僕も祈ってる。少なくとも君達に損をさせるなんて結果だけは避けるから安心して」
『その言葉にどの程度信頼を置くべきか、測りかねますがね』
「ハッキリ言えば僕だって同じ。でも君達との仲が悪くならない理由はただ一つ。利害関係が一致してるから。黒服君達はキヴォトスに秘められた色んなものが知りたい。僕もキヴォトスに埋まっている色んなものを引っ張り出したい。ほらね?僕はそこに『本』の情報まで教えちゃうんだ、むしろ出血大サービス。そう思わない?」
嘘は言っていない。ケイオスの目的を果たす上でキヴォトスには多くの『舞台装置』が地雷の如く埋まっている。それを見つけ、利用する上で男達の協力は必要不可欠なのだ。
そして男達からしても、不可思議な力を用いるケイオスはゲストとしては申し分ない存在だ。彼らだけでも目的の遂行は可能だが、探求者としての性質からある程度の交流を求めている。
『……クックック、良いでしょう。ビナーの件には目を瞑るとします。アレはまだ一端でしかありません。むしろこれから貴方の言う主人公がどの様にデカグラマトンと接触していくのか、その足がかりになると期待します』
「そうそう、そういう感じで考えてよ。僕は脚本家、面白いストーリーを考えるのが仕事。心配しないで、君も僕も……皆、『Win-Win』になるからさ?」
『もう一度確認しておきます。貴方の目的はなんですか?』
声が鋭くなる。敵対者か、協力者か。そのどちらかをこの場で男は迫ってきている。
ケイオスは手の中のグラスに目を落とした。いつの間にか原液と水が分離して、二つの層を作っている。
後ろを振り返ると、『少女達』はじっと彼に視線を送ってくる。話の内容に耳を傾けているというよりかはケイオスに対しての強い警戒心の表れだろう。
「僕の目的、それは最高のシナリオを作る事。ハッピーエンド、バッドエンド、どっちでも良い。リアリティがあってすべての人に臨場感を与える事さ」
『我々の探求を妨害する事は』
「ないね。僕はあまりそういうのに興味が無いんだ。たとえば宇宙を構成する物質が4%だけ明らかだとする、探求者である君らはそれを解き明かしたいだろうけど僕は全然、さっぱり。むしろそういうのってええと、なんだったかな?前にゴルコンダ君が話してくれたんだったかな。マク、マクガフィン、それなんだ。どうでもいいとかってよりは、僕にとってはそうである以上の理由はないって事」
『求めるのはシナリオ、ドラマ。そういうわけですか』
「そう、そういう事さ」
カラカラとグラスに浮かべた氷が音を立てる。みるみる内に分離していた二種類の液体は混ぜ合わさり、白濁色を取り戻していた。
『クックック。わかりました、では引き続き貴方は脚本の執筆に臨んでください。私からの忠告は二つ。今後、『小鳥遊ホシノ』に危害を加えない事。そして――――あまりマダムの子供達に干渉しすぎない事。前者は特に釘を刺しておきます』
「大丈夫大丈夫。君の邪魔だけはしないと約束するよ。もう一つの方は、できれば内緒にしといてくれる?」
『シナリオに大事な存在、なのですか?』
「まぁ、そんなトコ?」
『彼女に八つ裂きにされるやも知れませんよ』
「僕、不死身だから。じゃあね」
そこでぶつりと通話を切り、ケイオスはポリポリと頭を掻く。そしてそのままの姿勢でボーッと硬直して、
「うん、今のところ順調かな」
それだけ言って彼は少女達へと体を向ける。
どことも知れない廃墟、およそ人が住まうべきでない場所にケイオスの生徒達は息を潜めている。
全部で四人。全員が彼に対して敵意を孕んだ視線を向け、今からでも発砲の姿勢を取れるように身構えていた。
「あれ、もしかして皆今の話全部聞いてた?」
「わざとらしく聞かせていたのはお前だろう。どの口で宣うつもりだ」
「僕が君らに何のやましい感情を持っていないっていう意思表示。そんなに怖い顔しなくても大丈夫だよ、取って食べたりしない。むしろ僕は味方なんだから」
そう言ってケイオスはマジシャンの様に大袈裟な仕草で指を鳴らす。音も無く薄汚れた床にはレジャーシートが敷かれ、更には人数分のグラスがずらりと並んでいる。どれも注がれているのはケイオスが飲んでいたものと同じ、乳酸菌飲料である。
リーダーである帽子の少女は突然現れた品々に目を疑い、しかし決して隙を見せまいとケイオスを睨み返す。
マスクをつけた少女はじっとレジャーシートを見下ろし、やはりケイオスを訝しんだ。
「あ、あの、これってなんでしょうか。飲んだ事ある気が、ない気が」
小柄な少女だけは手を挙げてケイオスへと質問してくる。仲間達から正気かと言いたげな視線を受けながらも疑問を飲み込まずにはいられなかったのだろう。彼はほくそ笑み、
「これはね、ジュースだよ。凄く美味しいんだ。飲むだけでお腹の調子も良くなる。僕は苦いのが苦手だからね、甘い飲み物が大好きなんだ」
「ジュ、ジュース……本当でしょうか、甘いは甘いでも毒の甘みなんじゃないでしょうか?」
「まぁ飲み過ぎたら虫歯になっちゃうかも。でも毒はないよ、安心して」
「ヒヨリ、飲むなよ」
「わ、わかってますわかってます。流石に……」
ケイオスは肩をすくめるとレジャーシートにどっかりと腰を下ろして、おもむろにグラスを一つ手に取ってその中身をあっさりと飲み干す。毒ではない、そう見せる為であったのだが少女達がそれを見て動く気配は見られない。
最後の一人、フードを被った少女は仲間達に手話で何かの意思表示をする。ケイオスはすぐに意味を理解したが、それを口に出せばやぶ蛇なので敢えて見過ごした。
(凄いなこの子達。警戒心なんてもんじゃない、思考の幅が限りなく狭まってる。いや狭められてる。自分達以外は敵、大体そういう考え方になってる)
彼女達にケイオスが接触したのは『組織』に接触してからすぐである。一目顔を見ただけで彼はシナリオにおいて重要な存在であると認識し、マダムと呼ばれる少女達の主の目をかいくぐって何度か顔を出すようになっていた。
「サオリ君さぁ、この前僕に連絡を寄越してくれたのにそういう態度は崩さないよね」
「突然山盛りの菓子を置いていかれれば罠か何かだと疑いたくなる。それだけ信用できない」
「……でも、アレは毒も何も入っていなかったよ」
マスクをつけた少女はぽつりと呟くと、ケイオスに続く様にシートへと腰を下ろす。そして何の躊躇いも無くグラスに口をつけて液体をごくごくと飲み干していった。
残りの少女達が息を詰まらせる一方で彼女は口元を袖口で拭う。毒など入っていない、とかぶりを振り、
「毒を入れるのならもっと早くやってる。つまりこの人は、何の害も私達にも与えるつもりはない」
「うんうん、ミサキちゃんはわかってくれたみたいだ」
ケイオスは知っている。たとえ本当に毒が入っていたとしても彼女は飲んでいただろう。
しかし感情には出さない。笑みを浮かべたままで仲間達にも誘いをかける。
「大丈夫だよ、ほら」
「何故私達にこんな事をする。何が望みだ?」
「望みなんてないよ。君らと話がしたい、それだけ。飲まなくてもいいからさ、座ってよ。見上げて話すのも、見下ろして話すのも疲れるよ?」
「……」
リーダーの少女はそこでようやく諦めたのか、視線はケイオスに向けたままでその場に膝を突く。小柄とフードの二人はそれに倣い、シートの端にちょこんと座り込んだ。
全員の警戒心に満ちた視線を一身に受けながらもケイオスはまったく調子を崩さない。むしろ全員が耳を傾けてくれるから気楽だとさえ感じていた。
「やあやあ、これでお茶会ができるね。それじゃあ単刀直入に言おう。僕は君らに聞きたい事があるんだ」
「き、聞きたい事?生きるか死ぬかとか、そういうのでしょうか?命をかけなければいけないタイプの?」
「そんなんじゃない、素朴な質問さ」
ケイオスはグラスの中の氷をカラカラと鳴らし、
「窓もドアもない、出口のない白い部屋があるとしよう。何不自由なく暮らしていけるそこに君達がもしも生活しているとして……空からこんな声が聞こえてくるんだ。『ここから出てはいけないよ、皆そうしているんだから君もそうしなさい』って。でもある時、突然部屋に出口が出現した。外に出られるわけだけど、この場合どうするべきが正解なのかな?」
「そんなところ、あるわけない」
「まぁまぁミサキ君、仮定って言うのは総じて『あり得ない』で構成されてるからさ。で、どう思う?」
少女達の答えは沈黙だった。あれだけの鋭い視線が僅かに和らぎ、全員が怪訝な様子で顔を見合わせる。やっぱりね、とケイオスは確信に至っていた。
「……出るべきではない」
帽子の少女がぽつりと呟く。ケイオスは眉を吊り上げる。
「どうして?」
「その部屋から出る理由が見当たらない。そこにいれば、間違いは起こらないはずだからだ」
「なるほど、それがサオリ君の答えなんだね」
「正解か、不正解か?」
「まだ、そこじゃない。むしろ問題のスタート地点はここから」
全員の顔をぐるりと眺め、ケイオスはニンマリと微笑んだ。純粋な気持ちで、心からの感情を込めて。
「僕は君達が今の質問にすぐ言い返せるくらいになって欲しいんだ」
「全然話が読めないんだけど、私達に意味のある事なの?」
「これってあれですよね。生きるべきか死ぬべきかの瀬戸際でふっとやってくるタイプですよね?全然そういうの、ピンと来ないです……」
「僕は君達を見守りたいんだよね。部屋から出るか、出ないか……どちらを選ぶのかさ。つまり」
シナリオは既に始まっている。飛鳥=R=クロイツが生徒を導くのならば、ハッピーケイオスも同様に動く必要がある。かつて、同じ存在として光と影を司っていた如く。
「――――僕は君達の『先生』になるんだ」
ハッピーケイオスは胎動する。もう一人の『あの男』として。
こういう風に挟まないとギルティギアである事を忘れられちゃいそうなので適宜挟んでいきたいと思います