先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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Why?

「ハーイ、ソラちゃん。お店は繁盛してる?」

「あうっ、ジャック・オーさん……まぁまぁぼちぼちってところです。元のお店よりかはマシかなって」

 

 ジャック・オーがヒラヒラと手を振って声をかけると、カウンターに立つソラは心なしか以前よりも明るい顔で接客姿勢を取る。昨日からこの調子なのだが、それだけ同郷の人間に会えた事が喜ばしいのだ。

 キヴォトスから更に四人の少女が転移してきてから一日が経過したが、『エンジェル24 イリュリア城支店』に休みはない。当初二十四時間営業を申請した際にはカイより速攻で却下され、仕方なく十時から十九時までの間開店している。そこに足を運んだジャック・オーの目的は軽い世間話だ。

 

「凄いわね、あの子達。私も一応メカニックに理解はある方だけど……ついていくのがやっとって感じ。うちのフレデリックってば最初は嫌がってたのに今はもうチーム組んでるし」

「え!? あのフレデリックさんがですか? そ、そうは見えないです」

「アハハハ。大丈夫よ、その反応で問題なし。見た目ゴリラだもんね、あの人。でもね……ああ見えて天才科学者なのよ」

「へぇ~……」

 

 ソラは信じられないという顔ながらもコクコクと頷く。彼女がフレデリックに抱いた第一印象はとにかくごつくてとにかく不愛想なのだ。そう感じても致し方ない。だがジャック・オーが口にした様に、実はメカニックなのだ。それも一〇〇年以上前、今の世界を形作った人間の一人でもある。

 とはいえ自分でそれを口にはしないしそもそも過去になど触れて欲しくないのがフレデリックだ。仕方ないという他にない。

 

「あ、そうだ。ソラちゃんが良ければこれからフレデリック達のところに行かない? 差し入れ持っていくの」

「差し入れ? なんです?」

「ジャンクフードよ。もうちょっと栄養のあるもの食べればいいのに、『俺ぁこれだけで良いんだ。必要十分な栄養はこいつで補える』とか言うのよ」

「……なんていうか、飛鳥先生そっくりで」

「でっしょ~! あの二人、ホント似てる」

「そうなん、ですか?」

「うん、そう。後でフレデリックに聞いてみたら? 飛鳥君との事」

 

 ソラが転移してきてすぐにキヴォトスの話を聞き出した。

 学園都市が連なる世界である事。誰もが銃を持ち、銃撃戦など日常茶飯事という事。でもそれは彼女達にとっての日常である事。

 そんなキヴォトスで飛鳥は先生として少女達の悩みを聞いたり、頼み事を聞いている事。

 正直なところ、異世界の文化よりもそっちの方がよっぽど衝撃的であった。

 

 

 イリュリア城地下。そこに用意された広大なスペースで『装置』の開発は進んでいた。

 ヒマリが書き起こした設計図はフレデリック始めとした有識者の確認を経て『問題なし』と判断され、即座に着工となった。得体の知れない機械を作るなど問題ないのか?という指摘はあったが、これに対してはカイより承認が下りているという大きな大義名分があり、押し切られた。

 さて一番の問題点は開発者がなんとたった四名という事にある。フレデリックと、なんと異世界からやってきたエンジニア部の三人だ。

 

「フレデリック? 入るわよー」

「勝手にしろ。鍵は開いてる」

 

 重い扉をジャック・オーがノックするとフレデリックの低い声が返ってくる。その声色は心なしか、ソラからしても上機嫌に聞こえた。

 扉がゴゴゴ、と音を立てて開く。本来ちょうどよいスペースがあった程度の地下室には既に様々な機材が転がっており、その中心部にはメカニック達が黙々と作業に取り組んでいる。一応開発指揮はフレデリックが取っているそうだが、ウタハ達三人が遅れを取っている様には見えなかった。

 

「おいウタハ。そっちの配線ちゃんと繋いでいるんだろうな?」

「もう済ませてある。むしろ配線関係は少し粗雑なところが見られたから私の方でアップデートしてあるよ。恐らくこっちの方がジールの循環は上手くいくだろう?」

「むっ……ああそうだな、それでいい。ヒビキ、電源部分の仕込みは?」

「―――完成した。少しユーザーライクに欠けていたから一から作り直してある。ショートカットボタンはとにかく多め。心配しないで、形を変えた程度で機能性に問題はない。マイナーチェンジでは終わらせない」

「ああ……? ちっ、おいコト……」

「はい! 呼ばれるのをお待ちしてましたよフレデリックさん! 私が担当している法通式ウルツァイト真空集積回路は何ら問題なくパフォーマンスの低下はまずないでしょう! 面白いですね~物理的フォーマットと法力式フォーマットを兼ね備えるとここまで面白い構造になるだなんて、こんな発明に携われるなんてマイスターとして感激です。ちなみにこの補助動力部分なんですが少し心許ないので少しばかり手心を加えても―――」

「ダメだ。そこだけはそのままにしとけ。動力部分は一番デリケートだ……そこ以外は好きにしろ」

「言質を取りました!!!」

 

 なんともまぁ、個性的なメンツである。エンジニア部の三人はそれぞれ好き勝手にアドリブで開発し、適度にフレデリックが制止を入れている。勝手に動く手足を頑張って脳が押さえつけている様な、もっと言葉を選ばないと好き勝手に動こうとする犬を飼い主が必死で引っ張っている様な、珍妙な光景である。何より専門的用語が散らばっており、大きな袋を抱えたままでソラは立ち尽くしていた。

 研究開発にあたってウタハ達には異世界へ転移したという旨は開示している。続いて法術に関しても。だというのに彼女達はショックを受けるよりも先に『もっと法術について教えろ』と前のめりになってきた始末だ。

 それからというものフレデリック先頭に開発を主導しているわけなのだが……ご覧のありさまである。

 大丈夫、と肩を叩いてからジャック・オーはメカニック達へ大声で呼びかけた。

 

「はーい、差し入れ持ってきたわよー!」

「ダ、ダニーミサイルのハンバーガー、ですっ!」

 

 そこでようやくジャック・オー達が部屋にいると気付いたらしいフレデリック達が振り返り、一斉に立ち上がると素早い足取りで近付いてくる。相当腹が空いていた様で、何の迷いもない足取りは猛獣に近い。

 ぐっ、とソラの目の前に立つのはフレデリックである。数十センチは身長に差があり、ソラは見下ろされる構図にプルプルと震えながらも勇気を持ってジャンクフードが詰め込まれた紙袋を突き出す。

 

「ど、どうぞぉ」

「―――こんなもん、ジャック・オーにでもやらせとけ。礼は言っておく、ありがとよ」

 

 本当に、本当にぶっきらぼうな喋り方ながらもうっすらと感謝の言葉を述べてソルは紙袋を受け取り、ウタハ達に手渡す。

 

「先にお前らが食っとけ。一時間昼休憩をしたら再開だ。今日中に外装は完成させるぞ」

「もちろんだとも。早く完成させたくて仕方がない……そしてこのハンバーガーもすぐに食べたくて仕方がない」「大きい。とにかく大きい、これはミサイル」

「差し入れでこんなものをいただけるなんて……異世界は素晴らしいですね!」

 

 少女達がワイワイと紙袋を囲んで言い合っているのを尻目に、フレデリックはソラと視線が合う様にゆっくりとしゃがみこんだ。

 やはり何度見てもゴリラだ。怖い。だが優しさを秘めてもいる。

 

「……ソラとか言ったな」

「ひゃ、ひゃい」

「―――飛鳥の話を聞かせろ。お前から見たアイツについてだ」

「ひゃいぃぃ……」

 

 

 適当な機材に腰かけ、フレデリックはソラにも座る様に促す。ジャック・オーをちらりと伺い、「大丈夫ですか?」と視線で訴えかけるソラに対して彼女は首肯で安全を保障する。

 小鹿の様に足を震わせながらソラは機材に近寄ると、ゆっくりと腰かけた。しっかりと距離を置いて、である。

 

「……あ、あの、飛鳥先生のお話っていうのは」

「なんでもいい。どんだけくだらねぇ話でも、アイツがどんな奴かを話してみろ。ホントに先生なんてやってんのか?」

「や、やってます。私の宿題、解くの教えてくれましたし」

「マジかよアイツ。まぁその、なんだ……元気なのか」

「元気、だと思います。あ、でも、もっと元気の出るもの食べればいいのにな、とか思いますけど」

「そうか……なら、いい」

 

 フレデリックが飛鳥とはどういう関係なのか、ソラは直接的に説明を受けてはいないものの親しい仲であろう事は察せられた。飛鳥本人からの言及はなかったが、しきりに聞いてくるあたりフレデリック側からは強い感情を秘めている程度は理解できる。

 それにしても、飛鳥の話を聞こうとするフレデリックは先程よりもずっと小さく見えた。ゴリラの様な体格をしているというのに身を縮めて、もじもじとしている。荒々しく粗暴な一面ばかり見えていたが今ソラの隣にいるのは不器用な一人の男だ。

 一体二人はどんな間柄なのか、ソラはいよいよ疑問に思っていた事を投げかける決意を固めた。

 

「あの、飛鳥先生とはどういう関係なんですか?」

「あ……?」

「いえ、その、凄い気にされてるみたいなので」

「ぷふっ……」

 

 思わず噴き出したのは二人の会話を眺めているジャック・オーだった。身を屈めてくつくつと笑った後に、

 

「あのねフレデリック。ちゃんとハッキリ言った方がいいと思うけど? そんな調子じゃ知りたい事も知れないと思うわよ」

「ん……ん」

 

 言葉に詰まってフレデリックは頬を掻き、それからソラをちらりと見る。口を尖らせて何か言いたげな様子だ。

 

(もしかしてこの人、滅茶苦茶口下手?)

 

 だんだんと可愛げが感じられてくる様になってきたソラはちらりとエンジニア部達へと視線を向けると、ついさっきまでどのハンバーガーを食べようかなどと言い合っていた彼女達も興味津々な様子だった。ハンバーガーを齧りながら無言でじっとフレデリックが次に何を言うのか待ち構えている。

 四人、否、ジャック・オーも含めて五人もの人間から注目されたフレデリックはバツが悪そうな表情を浮かべながらも大きく大きくため息をつくと、

 

「アイツは―――友達だ」

 

 そう、小声で呟いた。かなりの覚悟が必要だったのか耳まで真っ赤になっている。それだけでフレデリックという男が不器用で口下手な人間である事はハッキリと分かった。

 その時点で先程までの怖さや威圧感というものが急速に薄れていき、肩の力まで抜けていく。安堵のため息どころかソラは「あ~そういう人なんだ」と思わずほくそ笑んでしまうレベルだ。

 

「……ふふっ」

「おい、何笑ってんだ……!」

「な、なんでもないです。ええと、折角なので私からも飛鳥先生の話聞きたいんですけど」

「あ? アイツの?」

「おお、それなら私達も聞きたい。エンジニア部も参加だ」

 

 この機を逃す手はない。もぞもぞとハンバーガー片手に近寄ってくるのはウタハ達だ。興味津々という色を隠せない表情にフレデリックはしくじったといわんばかりに渋い表情を浮かべ、

 

「テメェら……何調子いい事言ってやがんだ」

「まぁまぁそういわずにお話しましょう! フレデリック親方!」

「いいねコトリその呼び方。私も親方って呼ぶ」

「ちっ、一丁前に技術は持っていやがるから忘れてたが、テメェらがガキなのすっかり忘れてたぜ……!」

 

 かつて『バッドガイ』などと呼ばれていた男が十代の少女に囲まれ、汗を垂らして嫌がっている。彼を知る者であれば―――それこそ飛鳥がいれば、さぞ喜んだ事だろう。何よりもジャック・オーが同じ気持ちなのだ。

 顔を赤くしながらもフレデリックは観念した様子で腕を組み、心底嫌そうな顔で話を始める体勢を作っている。伝えづらいところは世話をしてやるか、と彼女は話の輪に入っていくのだった。

 

「ありゃあ、俺とアイツが同じ研究室にいた時の事だ。つるむのが好きじゃなかったから端の方にいたんだが、あの野郎近付いてきて話しかけてきやがった。なんだって俺に声かける?って聞いたらな、『友達がいなさそうだったから』だそうだ」

「うわぁ~! すっごい言いそうな奴だ……」

「というか、たまに似た様な事を不良生徒に言ったりしてキレさせていた気がするな」

「何が先生だアイツ……」

 

 

「開発は順調に進んでいる様です。恐らく明星さんの言う様に三日以内には完成するかと」

「流石はエンジニア部のマイスター達です。完成までに座標データの確認をしておく必要がありそうですね」

 

 フレデリック達メカニック班が装置の開発に勤しむ一方、カイは自室にてヒマリとティータイムである。と言っても何も無為に時間を消費しているわけではない。頭脳要因であるヒマリは『装置』を操作する側の人間として短い時間で法術基礎をカイから学び、そして今まさに魔法を実践しているのだ。

 その目的は『装置』が完成するまでに操作方法を理解する事にある。設計図を記憶していたとはいえどの様に動かすのかまでをヒマリは把握できていなかった。だが今、ある『事実』を知った彼女にとっては法術の把握により問題を解決する糸口を掴んでいる。

 

「失礼。計算式に間違いがあった様です、今修正します」

 

 コホン、と咳払いと共にヒマリが虚空に手を振るうと、法術による立体映像が浮かび上がる。指が映像をなぞるとそこに記されていた無数の計算式が瞬く間に形を変え、新たな式を作り出す。今の彼女は優れた頭脳を法術で補助し、凄まじい速度で出力しているのだ。

 ヒマリの成長は目覚ましい。いくら飛鳥から先んじて法術の存在を聞いていたとはいえ、彼女は恐るべきスピードで法力を操る技術を会得していた。12方階のすべてを把握している―――つまり現時点でこの世界に生きる魔法使いの大半を、彼女は凌駕したのだ。

 

「―――明星さん、改めて確認なのですが」

「はい、なんでしょう?」

「貴女が『装置』の設計図を見た時、エネルギー供給に問題があると言っていましたね。そして法術ならば解決できる、と」

「ええ」

「その上で、フレデリックからはこんな報告がありました。『この装置は通常の電力供給による起動を想定していない』。法力による出力を前提とし、更に言えば物理式と法術式による構造になっているとも」

「……はい。少々、私も驚きました」

 

 カイが切り出したのは『装置』開発の前にフレデリックからもたらされた一つの事実。これには設計図を提供したヒマリでさえ知らなかった様で、目を剥いて驚いていた。

 異世界キヴォトス、ミレニアムサイエンススクールに隠された別世界への転移を行う事を目的とした『装置』。だがその実態は……法力による運用を大前提としていたのだ。だがそれは到底ありえない。何故ならばキヴォトスに法力がもたらされたのは、転移した飛鳥によるものなのだから。

 この事を知る者は少ない。これ以上の混乱を引き起こす事は避けなければならない。だが、かといって解明しないわけにもいかない。あまりにも大きなこの謎に、カイは大きく嘆息する。

 

「明星さんが私達に嘘をついたとは思っていません。ただお聞きしたいのは、『何故』なのかです。重要なのは『何故』あの装置がミレニアムに捨て置かれていたのか」

「……あくまで仮定です。あまりにもすべてが不透明である為に私も断定はしきれませんが、それでも……『装置』を用意した何者かはこう考えていたのでしょう。二つの世界が互いに引き寄せ合い、そして私達がこうして出会う事を」

 

 辿り着ける答えはそれ以外に見つからない。そして、そんな事を想定する者が誰なのかも一人しか思い当たらない。

 

「ハッピーケイオスという怪人の名を、明星さんはご存知ですか」

「飛鳥先生の敵。それが大まかな認識です。キヴォトスにあって害となりうる人物とも……先生と同じ世界から来ている事くらいは、私も理解しています」

「それなら話は早い。簡潔に言うと、彼は単身で世の理に逆らう力を持っています。信じがたいですが……時空を超越する事さえも可能でしょう」

「ではあの『装置』は、ケイオス自身が作り上げたものと?」

「わかりません。これと言えるものは何も。ですがもしそうなのだとしたらケイオスの目的が更に読めなくなってきました。キヴォトスで彼は何をしようとしているのか……」

 

 二つの世界が交わった時、解ける様に仕組まれていた謎。

 ケイオス以外に犯人は見つからない。だがここでカイの抱く『何故』が立ちはだかる。世界を撹拌しようと願う怪人は異なる世界が引き寄せ合い、その果てに何を引き起こそうとしているのか。混沌か、あるいは秩序なのか……。

 

 

「はぁ? おい、今なんつった。飛鳥の野郎、何をしてるって?」

「え、ですから首輪をつけて、犬の真似をしながら公園を走っていたとか」

「ゲヘナの生徒の足を舐めていたとか」

「ゲヘナの生徒に首輪をつけて散歩をしていたとか?」

「おんぶしてくれた生徒の汗を舐めていたとか!」

「あははは! ホントだったら飛鳥君の頭、おかしくなったかもしれないわねフレデリック~?」

「あの、馬鹿野郎……」

 

 

 

 

 

 

 

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