先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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シン=キスクはわからない/Fire Works

 シン=キスクには難しい事はわからない。何せまだ五歳である。世の中の事などそこまで細かく考えられないし、そもそも視野はまだまだ狭い。明日よりもひとまず今日を最優先だ。

 けれどもそんなシンでも難しい事を考えなければならない日がある。とりあえず悪い奴をぼかっと殴って解決できるわけではない時だ。まだ四則計算もあやふやなシンからすれば、イセカイだのキヴォトスだの何の事やらだ。間違いないのは、大切な友達であるラムレザルがそこにいるという事実だけ。

 

「だーっ! ダメだ、俺にはどうすりゃいいのかわかんね~!!!!」

「わー!!! 私もー!!!!!」

 

 部屋に轟くのは若者二人の大絶叫。シン、そしてラムレザルの妹であるエルフェルト=ヴァレンタインのものである。そしてその模様を困った顔で見つめるのは、シンの母であるディズィーだ。

 三人のいる部屋から少し離れた会議室で今、フレデリック達で異世界への門を開ける為の会議をしている。難しい、とにかく難しい内容の話だ。一応シンも参加していたのだがあんまりにも質問ばかりしていたら追い出されたのである。

 そういうわけで部屋で暇潰しにエルフェルトと自分達にできる事は何かを探していたのだが、まったく見つからないもので大声をあげていた。

 

「こらシン……皆さん会議中ですよ」

「でもさ、でもさ母さん。やる事が何もないって結構きついんだぜ。体がなまっちまうっていうか……とにかくモヤモヤするんだ」

「私もです~! ラムが今も別の世界で頑張ってるかもしれないっていうのにここでただ待つだけだなんて……でも困った事にそういう知識に関してはフレデリックさん達の方が上なのは事実……! 不肖エルフェルト=ヴァレンタイン、この辺りでなんとかして活躍したかったぁー!!」

 

 無力感とは時に感情を震わせる。ここではないどこかで戦いが繰り広げられているかもしれないとなれば猶更だ。これまで戦ってきたどの敵もなんだかんだシンの前に現れてなんか野望を話して『さぁ来い私を倒すと終わるぞー!!!』みたいな空気を出したものだが、まさか別?次元?にいるとはズルいものだ。

 エルフェルトとて同じだ。所属しているバンドのライブを終えて城に顔を出した彼女はラムレザルの失踪を知らされた。そこから自分にできる事はないか、とひた走ったものの成果は得られずに落ち込んでいる。暴れたい気持ちだけなのは確かなのが悔しい。

 

「ちくしょー! 母さん俺ちょっと走ってくる! オヤジと父さんが戻ってきたら教えてくれー!!」

「えぇ!? ちょっと、シン!?」

 

 考えても考えても答えなど出はしない。むしろあまりたくさん考えられない身には重い。シンは思い切って部屋を飛び出して軽く十キロ程走る事にした。ディズィーとエルフェルトに見送られながらビュンと音を立てて彼は廊下を出ると、そのまま感情の下に人にぶつからない様に程々な速度を出して出発する。

 

(オヤジも父さんも難しい顔してる。俺には何ができる? 俺に……俺に!)

 

 皆が何かしている。フレデリックは頭を捻りながら作戦を練っているし、カイは他の王様達と会議だ。

 では自分には? まだ五歳の自分にはどんな事ができると言うのか……。

 

「くそ~!! 俺には何ができるんだオヤジーー!!!!!」

「あ、すみませんそこの方」

「うおぉぉぉぉ誰だ今のーー!!!!!」

 

 廊下を走っていたところで突然誰かに声をかけられた。聞き慣れない声だったものでシンは急ブレーキをかけ、煙を立てて停止する。誰かわからないが、それでも彼の耳には困っている様に聞こえたのだ。

 方向転換して視線を向けた先には、車椅子に腰かける少女の姿があった。ラムレザルが消えたという異世界の住人……そしてものすごく頭がいい!という事しかシンはあまり覚えていない。だがまじまじと観察してみると、とても弱々しかった。

 

「あ、えっと……ヒマリ、だよな。オヤジ達と一緒じゃなかったっけ」

 

 恐る恐る歩み寄り、シンは視線が合う様にしゃがみこむ。ヒマリの体は細い。筋骨隆々なシンと比較するとまるで木と枝の様だ。異世界から来たと言っても、体が弱いらしい。膝の辺りには毛布など置いている。もうすぐ12月だが、城内はさほど寒くはないはずだ。それでもヒマリからすると肌寒いのだろう。

 しかし何故フレデリックやカイと会議していたはずの彼女が? シンは不思議に思い首を傾げた。

 

「先程会議は終わりました。明日には『装置』を起動し、キヴォトスへの道を開ける予定です。少し、外の空気を吸おうかと。そうしたら迷ってしまって」

「良いのかよ、一人で出歩いて。体弱いんじゃないのか? あっ、そうだ。それなら俺が連れていくよ! 城門の辺りとか、今なら星とかも見えるぜ!」

「え、良いのですか? 凄く急いでいた様ですが、ええと……お名前は」

「俺、シン! シン=キスク! 困ってるなら助けるのは当たり前だろー。毛布とかも持っていこうぜ、な!」

 

 目の前で困っていて、しかも寒そう。それなら手を差し伸べない理由にはならない。シンは先程までの悩みなど放り投げて、今はヒマリの願いを叶えてやろうという気持ちに切り替えていた。

 

 

 防寒グッズを山程揃え、シンはヒマリが腰かける車椅子を押して城の外に出ていた。思いのほか風は弱く、そこまで寒くはない。それでも彼はちゃんとヒマリの小さな体に毛布をかけてやっていた。

 ヒマリは最初に空を見上げる。夜空には星々が輝いていて、とても美しい。シンには見慣れた光景だが、彼女の目は眩く輝いていた。

 

「綺麗ですね、星が」

「ああ、凄い綺麗だ。ヒマリは見た事ないのか、星」

「見た事はありますが……キヴォトスではこれ程の星空を見るのは結構大変なんですよ」

 

 ヒマリは城下町を見下ろし、

 

「キヴォトスはもっと明るいんです。そこら中が光に包まれていて、人の声で騒がしい。地上が人口の明かりで照らされているおかげで夜空の星はあまり見えないんです」

「光に包まれてるってどれくらいなんだ? 眩しいくらいか?」

「そうですね……眠れないくらいでしょうか」

「うおおお! なんだそれ!? アメイジングじゃねぇか!!」

 

 シンの胸は高鳴った。フレデリックがまだ『ソル=バッドガイ』と呼ばれていた時、彼と共に世界を回った事はあるがそこまで眩い光景は見た事がない。眠れないくらいの光? 星が見えないくらい? 本当だろうか?

 

「なぁヒマリ、ここになくてキヴォトスにあるものって他にはなんだ?」

「そうですね……法術のおかげでそこまで乖離はないのですが、強いて言うならばゲームといった嗜好品はキヴォトスの方が多いかと」

「ゲーム? ゲームってアレだろ、ボードゲームとか!」

「ふふふ、もっと良いのがあるんですよ。うまく言えませんが、とにかく凄い遊びが」

「え~! ちゃんと説明してくれよヒマリ!」

 

 今まで異世界というものに対してシンはざっくりとここではない別の場所。その程度の認識だった。だがヒマリの口から知るキヴォトスという世界に、強く惹かれ始めていた。

 何も世界のすべてを知ったつもりではない。だが自分が今まで見た事もない何かへの好奇心が少しずつ彼を突き動かし始めている。

 

「私ばかり話すのは不公平なので、次はシンさんが教えてください。キヴォトスにはなくてここにあるもの」

「え? あ~そうだな……すっごいデカいハンバーガーがあるぜ! こーんな大きさの!」

「まぁ……! うふふ、私のお腹はあまり大きくありませんから食べられないかもしれませんね」

「心配すんな。ヒマリが食べられなかったら俺が一緒に食べる! はい俺の番終わり、次ヒマリが話してくれよな」

「では……お湯を注ぐとラーメンができる、なんて言ったら信じますか?」

「ラーメン、ラーメンってなんだ!? 俺まだ食った事ないかもしれない!」

 

 夜空の下で話が進む。他愛もない話だ。まず会話というより、シンがヒマリに色々教えてもらっている。まるで母親と子供の様な距離感だった。

 キヴォトスはとても面白そうな場所だった。シンの知らない事ばかりで、シンの見た事がないものが沢山ある。

 

「良いな……行ってみたいな、キヴォトス。俺の友達がさ、多分そっちにいるんだよ。会いに行きたい」

「『装置』が安定すれば、いずれお互いの世界を行き来できる様になると思います。今はまだなんとも言えませんが……まずはあちらに戻らなければ」

「え、あっ!」

 

 そこでシンはハッとした。すっかり忘れていたが、今は大変な状況の真っ只中だ。

 ヒマリはこうして自分と一緒に仲良く話しているが、本当は家から遠く離れた場所に来てしまったいわば迷子。すぐにでも元いた場所に帰りたいはずなのだ。

 

「悪いヒマリ。俺、なんか一人だけ浮かれて話してた。ごめん……早く戻りたいよなあっちに。寂しく感じさせたりしたかな」

 

 先程までの元気が消え失せ、シンはため息交じりに謝罪の言葉を呟く。フレデリックやカイが必死になって頑張っているのに自分は呑気なものだ。

 ヒマリは落ち込むシンに手をヒラヒラと振り、

 

「そんな……むしろ、真面目な話ばかりで少し疲れていました。シンさんとこうしてお話ができて一息ついたところです。まさか食べ物の話であそこまで盛り上がるとは思いませんでしたが」

「いやホント、ヒマリは俺よりずっと物知りだ。天才だぜ天才」

「そんなぁ……ふふ、ですが実は本当に天才なんですよ。私、『全知』なんです」

 

 何やらシンの言葉にヒマリは嬉しそうにほくそ笑むと、えっへんと胸を張る。なんだか凄く偉そうな雰囲気と偉そうな名前にシンはおお、と声をあげた。

 

「ゼンチ? ゼンチってなんだ?」

「我がミレニアムサイエンススクールにおいて歴史上三人しか得た事がない学位……称号という奴です」

「すっげぇ! スーパー天才って事なんだな! 良いな~、俺も学校行けばもらえるかな、ゼンチ!」

 

 そこで、ヒマリの表情が若干曇った。今度は彼女がハッとする番だった様で、急に元気をなくし、

 

「……シンさんは、学校に行った事がないんですか?」

「ん? ああ、ないぜ。俺、物心ついた時にはオヤジと一緒に旅してたからさ」

「そう、ですか」

 

 ヒマリの様子が急に変になった。シンから視線を逸らし、俯いてしまう。どうかしたのかと顔を覗き込むと、悲しそうな顔だ。

 

「なんだ? 腹でも痛いのか?」

「いえ……私、少し失礼だったかもと。無遠慮な事を言いましたね、シンさんに」

「シツレイ? ブエンリョ? なんで」

 

 シンは目を丸くした。何かヒマリが自分に酷い事をしたとは思っていない。むしろ色々教えてもらったのだ。感謝しかない。だが彼女から見てもそうではないらしい。

 もしや、自分が学校に行っていない事がヒマリにはショックだったのだろうか?

 

「―――なるほどな。ヒマリ、俺さ、確かに学校は行ってないぜ」

「っ……」

「でも、俺は今の俺が嫌いじゃない!」

 

 もしもヒマリが気遣って、そして悲しんでいるのだとしたらそれは違う。シンはそれだけはハッキリと言っておきたかった。そんな心配はしなくていいと。

 ヒマリの前に腰を下ろし、シンはギュッと拳を握る。お腹に力を込める。元気よく話すのが一番なのだ。

 

「俺、正直オヤジ達みたいに頭使う話はわかんない時がある。多分馬鹿って奴だ。でもオヤジはその事で怒ったりなんかしないぜ。まず俺まだ五歳だし!」

「え……五、五歳ですか?」

「おう! もしかしたらこれから学校とか行くかもな! で、だ。これから何をするかとかしないかとか、今の俺にはまだわからない。でもまぁ今はそれでいいんだ。一番大切な事知ってるからな!」

 

 すっくと立ちあがると、シンはヒマリへびしっと指を突き立てる。堂々としたその立ち振る舞いは自信に満ち溢れている。

 

「ゼンチのヒマリに問題だ! 一番大切な事ってなんだと思う?」

「た、大切な事ですか? 大切な事……」

 

 ヒマリはうーん、と本気で悩み始める。口に手を当てて目を細め、一体答えは何かと悪戦苦闘だ。それを見てシンは「よし!」と何かを確信した様に頷き、自分の胸を大きく叩いた。

 

「簡単な話だ。上には空があって、下には地面。そんで……俺はここにいる。それだけわかってりゃいいんだ!」

 

 大声で、街中に響き渡りそうな声でシンは言ってのけた。自分の思っている事がそのままヒマリに伝わるかどうかはわからない。それでもこう伝えたいのだ。

―――俺は俺なりに頑張ってるから、ヒマリは気にすんな。

 シンの宣言を前にしてヒマリは数秒程ぼーっとしていた。ダメだったかな今の、と段々と嫌な汗が湧いてきそうなところで、

 

「ぷっ、ふふふ」

 

 ヒマリは思い切り噴き出し、クスクスと笑い始めた。おかしくて仕方がないという様子だった。

 

「えっ、あれ、やっぱゼンチからするとダメだったかな?」

「いえ、そんな事ありません。むしろ真理を教えられました。上には空、下には地面、そして自分。『我思う故に我あり』ですね」

「???? なんかわかんねぇけど、そういう事だ! よっしゃ、明日絶対ヒマリ達を元の世界に送り帰す! そんで……今度は俺の方からそっちに遊びに行くぜ!」

 

(オヤジ。俺わかった気がする。俺にできる事、それはきっとこんな風に話す事だ。知らない奴と知らない話をして……仲良くなる事なんだ!)

 

 思わぬ出会いを経て、見知らぬ世界に想いを馳せ、シンはまた一つ成長できたという実感を得ていた。

 何より心から……キヴォトスに行ってみたいという強い気持ちが芽生えていた。

 

 それはそれとして、ヒマリを外に勝手に連れ出したのでシンはこの後フレデリックとカイにそれはもうきつく叱られる事になるのだった。

 

 

「おーい、クズノハ殿。イズナだ、話があってやってきた。今日はオイ一人じゃなか。話をしよー」

 

 『バックヤード内部』、ゲート前。

 イズナはクズノハの手でロックされたキヴォトスへ通じる道を叩き呼びかける。本来ならば触るだけでもその情報密度に多少のフィードバックがありそうなものだが、バックヤードで生まれた存在である彼にとってはなんの障害にもなりはしない。

 不可思議な光景である。バックヤードとは有り体に言えば白一色に塗りつぶされた空間で、そこには物質と呼べるものはまるで見当たらない。だがイズナはそこに確かに『在る』何かに対して干渉しているのだ。

 しばらくして虚空から声が聞こえてくる。気だるげな声色は確かにイズナに語り掛けてきたクズノハのものだ。

 

「―――門前払いしたつもりだったのじゃが、まさかもう一度やってくるとは。面の皮が厚い奴じゃ」

「度胸があるて言うてほしいっちゃが。それよりもゲートを開けておくんなまし。でもなきゃ、こっちに流れてきたキヴォトスのめんこい子達を送り返せんでの」

「むぅ? そんな事をしておったのか」

「手を結んで言葉交わせ言うとったのはそっちやが! ちゃーんと仲良しこよしで頑張って、キヴォトスに跳べる装置を作ったっちゃよ! んだども、クズノハ殿が鍵をかけていたら入れんでの!」

「む……むぅ」

 

 イズナの訴えにクズノハは少し驚いた様子だった。どうやら彼女からすればこんなにも早くイズナ達が別世界との移動手段を得るとは予想外だったのだろう。過小評価されていた事がわかるとムムム、と彼は耳をぴくぴくとさせ、

 

「ワイ達は約束を果たしたっちゃ。今度はクズノハ殿が度胸見せる時じゃなか?」

「……イズナ、よろしければ続きは私に話をさせてもらえないでしょうか」

 

 頬を膨らませ不満げなイズナを押さえる様に彼の肩に手を添え、『彼女』は穏やかな声をかける。これにイズナは複雑そうな表情で口を尖らせるが、仕方ないとかぶりを振った。

 

「うーん、よし、ここは助っ人に任せるたい。クズノハ殿、オイよりもっと詳しく話せそうな先生が来てるきに。こん人の話よーく聞いてくんしゃい」

「先生だと……其方は誰ぞ」

「僭越ながら自己紹介を。私は……アリエルス。かつてこの高次元空間バックヤードにて生まれた、かつて『慈悲なき啓示』と呼ばれた存在です」

 

 躍り出るのは、アリエルスだ。今までイリュリア城内で『監視下』という名目で監視されていた彼女をカイの判断により、城外へ……更に言うならバックヤードへ送り込む許可が出たのである。

 もちろんこれに反対する声は多かった。かつてバックヤード中枢部までいたとされるアリエルスを再びそこへ向かわせるなど、万が一内部で何かしらの行動に出れば止める術はない。高密度の情報が荒波の如くひしめいている空間内では特定の人間を除けば、まず侵入する事さえ叶わないのだ。

 非常にリスキーではあったものの、今はどんな手段を用いてでも異世界への道を切り開かねばならない。苦渋の決断だった。

 

「……それで、妾に何を話したい」

「貴女が怖れているであろう情報圧壊についてです。現時点で我々はキヴォトスで飛鳥=R=クロイツが起こしている現象に限りなく近い事を行える。といっても彼が片手間で処理する一方で知恵をかき集めての真似事ですが」

「ふむ。ではわかっているであろう? これ以上穴を広げれば近付きすぎる。圧壊どころか衝突だ」

「果たしてそうでしょうか? 前回飛鳥=R=クロイツがゲートを開いた時、彼は自らの分身にこう残しました。『だがそれは、少なくとも世界を崩壊させる程ではないはずだ』、『元の世界に戻る方法がわかったかもしれない』と」

 

 そこでクズノハの声が一度途切れる。アリエルスの話に耳を傾けている。

 

「彼の開くゲートは確かに二つの世界が引き寄せ合う事態となりこちらの世界では情報体フレアが発生しました。ただ飛鳥=R=クロイツはそれをわざと狙っていた。つまり、世界同士の接近を望んで行った。その意味を我々はこう解釈しました―――いずれ世界は完全に溶け合う、と」

「……ほぉ?」

「急な変化、急な転換は崩壊へと繋がります。ですがゆっくりと段階を踏めば緩やかに事態は変化していく。私達の目的はただ迷い込んだ少女達を送り帰すだけではありません。二つの世界にもう一つ橋をかけ……崩壊を回避する事です」

 

 月面に残った飛鳥=R♯はキヴォトスにいる飛鳥本人との交信で『元の世界に戻る方法』という単語を聞き、それからひたすら考察と計算を続けた。一体飛鳥は何を伝えようとしたのかを。

 マスターオブソーサリーの頭脳を丸ごとコピーした存在にかかれば結論に至るのはさほど難しくはなかった。

 意図的にゲートを開く事による世界間の位相調整。つまり接近を誘発し、飛鳥は二つの世界が密接になって相互移動ができる様になると踏んだのだ。

 そして飛鳥は既に三度ワームホール、否、ゲートを開いた。その結果は遂にキヴォトス側からの転移という形で実っている。

 

「―――クズノハ。ロックの解除をお願いします。そうすれば我々は手を取り合える。ハッピーケイオスという存在に対抗できる」

「……」

 

 クズノハの返答はない。答えあぐねている。これ以上開示できる情報はない。理詰めの説明はもう終わりだ。

 では『人間』らしく話す必要がある。アリエルスは口元を綻ばせ、

 

「私達を……信じてください」

 

 アリエルスは信じる、という言葉をまさか口にする日が来るとは思っていなかった。

 全世界に向けて自らの存在を明かした時、そんな言葉を口にする資格など消え失せてしまったと思っていた。

 どうやら恥知らずにも自分は、『人間』の為に何かしたいと思っているのだ。

 

「……制限時間を設ける。それ以上は危険だ。99秒、その間にゲートを閉じろ。準備ができたら妾に声をかけるが良い」

 

 クズノハはため息交じりにそう答えた。信用してもらえたと捉えるべきだろう。完全に彼女の気配は消えてしまっている。

 ふぅ、とアリエルスは息をつきイズナへと振り返る。彼は呆然とした顔で、

 

「まっさか、こん世界の為にそこまでしてくれるとは思わなんだ。一回この世界ば吹き飛ばそうとした奴が」

「ええ、喜劇として見るには酷いストーリーです。かつての私は世界がどうしても正しく見えなかった。不適格として滅ぼそうとさえ思った。でも……」

 

―――答えなんてなかった。『人類』は『人間』の集合体。人間の一要素が人類。

―――人の定義は流動的だったんだ。

 

 製造者、それとも父とでも呼ぶべきだろうか。

 ほんの数秒にも近い時の中で交わした会話は、魂が抜けていたアリエルスに新たな熱を注ぎ込もうとしていた。

 無垢なる混沌が人を愛し、なればこそ攪拌を選ぶならば。

 

「私は私を再定義しました。『慈悲なき啓示』は流動的である人間を……彼らが打ち上げる花火を見守ります」

 

 かつてロボットであった存在は、慈悲を以て人を守るのだ。

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  • 区切っても良いから投稿頻度を上げて欲しい
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