先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
マコト曰く、ケイオスは突然彼女の執務室に忍び込みこう声をかけてきたそうだ。
「トリニティはゲヘナを心から憎み、かつて自分達が切り離したアリウス学院と手を組んでまで罠を仕込んでいる」
以前にもケイオスはそうしてナギサに取り入り彼女の心をかき乱した。ゲヘナでも同様の手口を試みたのだろう。
もちろんこんな知らせを聞きはいそうですか、と頷く程マコトは馬鹿ではない。何か裏がある、そう踏んだ。
なので思い切って、
「ふっ! その情報を信じる根拠が私にはないぞハッピーケイオス。トリニティの鳥頭ならまだしも絶対無敵悪の帝王である羽沼マコトが貴様の様な怪しい人間の話なぞ……!」
「あっ、本当? じゃあついでに説明するはずだった新事業案の話はなかった事に」
「え? 新事業??」
「えー……こう見えてカジノ経営も経験済みの私ハッピーケイオスが今回羽沼マコト君に提案するのはゲヘナのまあまあだだっ広い土地に新しく『羽沼マコト記念博物館』のの建設草案でして……」
「ほぉ〜〜詳しく聞かせてもらおうか?」
マコトはこの手の話に弱かった。特に自分の名前が挙げられたら、尚更。
ケイオスは持参していたブリーフケースから本物の企画書を取り出し、本当にその場で営業を仕掛けてきたのだそうだ。
「えー、まずはここ。ゲヘナ資料館。羽沼マコトが『万魔殿』の最高指導者となった事でどれほどの利益がもたらされたのかを折れ線棒線ついでに円形三種類のグラフでお見せします」
「ふぉ〜……」
「館内各所にはゲヘナとトリニティの歴史を記した本をそれぞれ並べるつもりです。ゲヘナは5ページ、トリニティは3000ページくらい」
「なにっ!? 何故だ。ゲヘナの偉大さを語るならもっとページ数が必要ではないか!」
「ふふふ、違うんだなそれが。ゲヘナの歴史書にはこう記されるんだよ、『最強無敵羽沼マコトよ永遠なれ』。そしてトリニティの方は3000ページに渡って逆立ちしたってゲヘナに勝てなかった旨を書いていく。偉大な人間ってね、案外少ない言葉でもその魅力が伝わるんだよ」
「ふぉ〜〜〜、なかなか効く文句を思いつくではないか、ええ!? だが貴様に利益がないだろう」
「特製ハッピーケイオスぬいぐるみをお土産売り場で売ってくれたら文句ないよ〜」
「キキキ! 我々は今この時を持って超建設的なビジネスライクなパートナーシップを結んだ!」
※
「という経緯らしいんだ」
「ああ、何か変な動きしてると思ったら……何してるのかしらホントに」
飛鳥が取りまとめたマコトとケイオスの接触に関する書類を眺め、風紀委員会本部の一室でヒナは心底呆れた声色のままボソッと呟く。目が据わっておりわずかに殺意さえ感じられる眼差しだ。
マコトは飛鳥にこってり絞られた挙句、側近のイロハに何も言わずに勝手に動いた事を咎められている最中だ。もちろんケイオスぬいぐるみの販売は取り消しである。
ヒナは年季を感じさせる木製の机に肘をつき、飛鳥は近くのソファで渋い顔だ。
「それで、マコトはどの程度までケイオスと話していたの?」
「本人の言っている通りなら新事業の話しかしていなかったそうだよ。ただエデン条約に対しては少し後ろ向きな状態だ」
「……アリウスの話?」
ヒナの返答に飛鳥は首肯で応じる。目下最大の懸念点である『アリウス分校』の存在は既に彼女の耳にも届いている様だ。相当の騒ぎになってしまったのだからゲヘナ側に情報は筒抜けだろう。
となればマコトが条約締結に後ろ向きなのは当然である。ゲヘナからすればトリニティの内輪もめの結果で追放されたという過去を持つアリウスに狙われるなど、巻き込まれるにしても限度がある。
が、
「でも正直なところどの道ゲヘナも狙われると思っているよ。アリウスはトリニティから追放された者達だけど、同時にゲヘナも憎んでいると思うから」
「その話マコトにした?」
「した。なに!? 他人事ではないのか!?とか言ってた。よかったね、このまま放置していたら共倒れだった。まぁ締結自体は合意の下で行われると思うよ。自衛の為だけど」
「……条約を結ぶ本来の目的は皆忘れていそうね」
ヒナの声色は悲しげだ。飛鳥も内心では同じ事を考えていたのか、視線を逸らしてしまう。
エデン条約は本来憎み合うトリニティとゲヘナが手を取り合い、互いの問題を解決していく事を目的としている。だがケイオスの存在によって意味合いは少し変わりつつあり、『とにかく条約を結ぶ』事に両陣営は集中している始末だ。
つまるところ無事に条約が締結されたとして、真に二大校が調和の道を選んだ事にはならないのである。
「―――でもトリニティには変化が起き始めている。少しずつ前に進もうという意思だ。後は僕が拾い上げる。皆が、何より空崎さんが安心して引退できる様に手は尽くすつもりだ。もう、君達に憎みあうなんてさせない」
ただ飛鳥としては締結を推し進めたい気持ちはもちろんある。二大校が互いに攻撃しあう状況を改善できるタイミングがあるかもしれないのだ。それをみすみす捨ててしまうなどあってはならない。たとえどんな『犠牲』を払う事になろうとも……彼は目の前にいる少女の為にも成し遂げねばならない。
いつもと違う表情をしていたのだろう。飛鳥が淡々と語っていた空気を敢えて乱そうとヒナはため息をついた。
「先生。まるで私が隠遁するみたいな受け取り方してるけどただ休むだけからね。それに私がいない間に貴方が無理をする様なら元も子もないでしょ。なんでもかんでも背負い込むのは違う、そう思わない?」
「……背負い込んで見える?」
「見える。先生は嘘が苦手なんだから無理をするのはやめた方がいい」
「そういえば今日、トリニティの子に元気そうだと声をかけたら同じ言葉を返そう、疲れて見えるなんて言われた……そうか、皮肉か」
なんとも、空崎ヒナという少女は相手の内側を読み取る能力に長けている。でなければゲヘナにはびこる凶悪犯罪と戦う事などできないからなのだろうが、下手をすれば本人よりも飛鳥の事に詳しいかもしれない。
時間差でセイアにかけられた言葉の意味を理解し、飛鳥はため息をついてソファに背中を預ける。ここ数日シャーレに舞い込んでくる依頼は心なしか更に増えていた。原因は飛鳥が見せた法術の影響だ。
もっと怖がられるのかと思っていたが、用心棒だの助っ人だのリーサルウェポンだの予想の斜め上を行く依頼が増え始めたのである。キヴォトスの人間からすれば脅威とはまだ見なされない様だ。無論、すべて断っている。
「先生、もしかしてクロノススクールの放送見ていないの? 皆に心配されていたけど」
「え、心配?」
本当の自分を知ったら皆どう思うのか、という思案に飲み込まれかけたところでヒナが不思議そうな顔でそう言った。意識を引き戻した飛鳥は今朝ハナコと一緒に見ていたあの番組の事かと首を傾げ、
「心配なんてしていたのかい、あれ」
「最後の方よ。インタビュー受けてた生徒達、大体が飛鳥先生へのメッセージとして『体に気を付けて』と言っていたと思う」
それは初耳だった。途中で放送を切って会議の場に向かったもので見逃がしていたが、まさかそんな企画までやっていたとは思っていなかったのだ。ヒナの言葉通りならばしっかり見返すべきだろう。
「……見てなかったかも、うん」
「―――もっと自信を持って。先生の事を大事に思っている生徒は沢山いるんだから。はいこれ」
ヒナはくすりとだけ笑うと椅子から立ち上がり、懐から小さな袋を取り出した。なんだろうと凝視すると、中には何枚かのクッキーが入っていた。
突然の展開に目を丸くする飛鳥の手を取り、ヒナは掌に袋を置いて照れ臭そうに頬を染めた。
「この前私にくれたでしょクッキー。お返し」
「え、じゃあこれ」
「ちょっとだけ時間が空いていたから私も焼いてみたの。味見はちゃんとしたんだけど……」
飛鳥の知るヒナといえば、ゲヘナ最強の生徒にして風紀委員長という威厳溢れる肩書を持つ少女だ。だがそんな彼女が手作りでクッキーをくれるなど想像もしていなかった。何よりドキドキしながら袋から取り出したクッキーの丁寧な作りにも、心から感嘆の声が漏れた。
期待を胸に一口齧り、飛鳥はカッと目を見開き、
「美味しい……凄いな。空崎さんが甘いものに詳しいとは知っていたけどこんなにレベルの高いものを食べられるとは思わなかったよ。本当にお世辞抜きで凄い」
「そんなに褒めても何も出ないから……でも作ってよかった。久しぶりに先生の楽しそうな顔を見たかも」
「そうかい?」
「そう。ここ最近ずっと悩んでいるみたいだもの」
ちょこんと飛鳥の隣に腰かけ、ヒナは何かを見透かそうとするかの様に覗き込んでくる。純粋な眼差しだ。心配してくれている事がよく伝わる。
やはり疲れているのだろう。でなければここまで周囲に心配される事はない。そういえば最近鏡を見ていなかった気がする。
「……そうだね、少し疲れてるかもしれない。色々やるべき事が多くて」
自分で口にしたせいなのだろうか、飛鳥は急に体がずっしりと重くなる感覚に襲われた。ヒナにかけられた優しい言葉に気が緩んでしまっているらしい。
つい目元に手をやる。心なしか眠気まで湧き上がってきている。
思えば昨夜も連邦生徒会のリンとエデン条約を巡って話し込んでしまっていた。その前日も一日中事務仕事をして……驚く程疲れが蓄積する事ばかりだ。
ソファに体が沈み込んでいく。蛇口を捻ったかの様に睡魔が襲い掛かってきていた。
「ごめんよ空崎さん、ほんの少しだけ……休ませてもらえると助かる」
「え? 先生?」
緊張の糸がぶつりと切れた飛鳥はふわふわと混濁する意識をなんとか保とうとするものの、ヒナにもたれかかる様にして崩れ落ちてしまった。慌てて彼女が受け止め、そのまま膝の上に頭を乗せてやるとあっという間に吐息を立てて眠り始める。それだけでどれほどの疲労を抱えていたのかがよくわかった。
「先生?」
ヒナが呼びかけても飛鳥はうんともすんとも言わない。瞼を閉じ、手足を投げ出して眠りの中だ。
「……そうやって一人で頑張ろうとするから、大人としていようとするから私達は先生の事が大事なんだよ」
きっと面と向かって言う事など決してないだろう。この瞬間しか無理だと思ったヒナは胸の内から絞り出す様にして飛鳥の耳元に囁いていた。
「大丈夫。先生は私が守るから」
飛鳥に膝枕をしてやりながら、ヒナは穏やかな表情を浮かべる。今まで誰にも見せていない親愛の微笑みだった。
〇
「あの、リーダー。マダムが呼んでます」
アルバイトから戻ったサオリの顔を見るなり、ヒヨリは怯えた声色でそう答える。何を言われるかはわかりきっていた。それ故に彼女はミサキとアツコには何も言わず、一人で『アリウス』へと戻る事にした。
マダム、生徒会を治める『大人』。ずっとアリウスを支配し、ずっとすべてを裏から操っている絶対的な存在。
けれどサオリは『遅い』とも思っていた。スパイとして忍び込ませていたアズサが裏切り、ナギサの暗殺も失敗した。なのに彼女はそれから更に時間が経った今になって呼び出しをかけた。
(……あの男が現れてからマダムの様子が変だ。今までより『遅い』。まるで……いや、いい。考えない様にしよう)
薄暗い地下を抜け、閉ざされた世界へと足を踏み入れる。朽ちかける寸前の廃墟を通り過ぎ、埃が積もった廊下を進む。
奥へ、奥へ、怪物の腹の中へ。
「ああ、誰かと思えば錠前サオリさんじゃないですか。しばらく外の世界にいると聞いていましたが、何の用でここに?」
その道すがら顔見知りとすれ違う。梯スバル……サオリと同じくアリウスにおいては上級生の立場にあり、生徒達の訓練を担当しているいわば相方とでも呼ぶべき少女。
開口一番、皮肉たっぷりの挨拶だ。だがスバルがそうするのも無理はない。
マダムからの命令を受け、ハッピーケイオスの下でサオリ達は偵察任務という体で外界にいる。つまり他のアリウス生徒からすれば……ある意味裏切られたと思われても仕方がない。
「マダムに呼び出された。内容は私も知らない」
「有名になっていますよ。シャーレの『先生』暗殺任務を与えられながら未だに達成できていないと。錠前サオリは大人の甘い言葉に騙されて寝返ろうとしているんじゃないか、と」
サオリは鋭い視線でスバルを一瞥するが、気圧される相手ではない。むしろやれやれだと言わんばかりにかぶりを振られ、
「もちろん私はその噂を嘘だと断じている側ですよ。だってそうでしょう? アリウススクワッドのリーダー、冷酷極まるあの錠前サオリが……絆されているだなんて」
「話はもう終わりか? お互い時間を有効に使うべきだ」
「もしも……本当にそうなのだとしたら、もう大人に期待しない方がいいですよ。『あの人』で懲りたでしょう?」
スバルは名前を出さない。だが一部のアリウス生徒は誰を指しているのか、よく知っている。
皆を騙し、皆を苦しめ、皆をこんな境遇に追いやった裏切り者の大人。マダムが『名前を言ってはいけない』と絶対順守のルールとした程の……悪人。
彼の名を引き合いに出すスバルにサオリはあくまでも冷静に、
「そんな事は、わかっている。お前に言われなくともな」
「ならいいのですが」
何か言いたげで、けれどぐっとこらえてスバルは背を向けて廊下の奥、闇の中に消えていった。
余計に時間を消費してしまった。マダムの機嫌が悪いと踏まえると、何かしらの制裁が与えられるかもしれない。苦い表情を浮かべながら再び奥へと進んでいった。
そうして、サオリは怪物そのものと向き合っていた。
「サオリ。何故、飛鳥=R=クロイツを殺さないのですか?」
マダムはサオリの顔を見るなりそう言った。冷たい、殺意を漲らせたその声色に背筋が震える。
この声を聞いて育ってきた。この声に震えながら戦ってきた。どういうわけか今までよりもずっと彼女の声は恐ろしく聞こえる。視線が合わせられず、石畳だけを視界に入れようとしてしまう。
「サオリ。何故、ハッピーケイオスの命令を聞かないのですか?」
「……シャーレの情報を集めている、ところです。アリウスの為に」
「必要ありません、殺しなさい。懐に入り込んでいるのでしょう? ケイオスは貴女が使命を果たさない事を残念に思っています」
「彼は何者なのですか? 何故マダムはそこまで彼を……」
「ケイオスは我が盟友。このアリウスを統べる私の友です。そんな存在を疑うと? いつからそんな権利を持ったと言うのでしょう。それに、今更一人殺す程度に何を手間取っているのです」
「―――」
マダムの言葉が重くのしかかってくる。胸の内に少しずつ芽吹きつつあった何かがむしり取られていく。
指が震えている。胃の中がぐるぐると渦巻いている。
「サオリ。アリウス分校の真理を唱えなさい」
「……vanitas_vanitatum_et_omnia_vanitas」
絞り出す様に呟く。すべてはただ虚しいと。
「であれば何も、そう、何も考えずに飛鳥=R=クロイツを殺せばよいのです。それこそが貴女にとって、何より大切な『姫』にとって最上の救いになるのです」
「わかり、ました」
「では行きなさい。必ず貴女の役目を果たす事です」
「はい……」
踵を返し、逃げる様にマダムから離れていく。一秒でも早くこの空間から出て行こうと足を速める。
出て行ったとしてどうするのか。シャーレだ、シャーレに向かうのだ。そして……一度は挫けたが、今度こそ飛鳥を殺すのだ。
「忘れないで……私が貴女達の為に何をしてあげたのかを。あの男、アクセル=ロウから救い出してあげた事を」
現時点での投稿頻度に関してどのように感じていますか?
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区切っても良いから投稿頻度を上げて欲しい
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このままもう少し早く出して欲しい