先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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未来を約束しよう

 アリウススクワッドと呼ばれる集団が暗い地下から地上へと上がってからそれなりの時間が経過しようとしていた。

 アリウスの中でも突出した実力を持つ独立した部隊には四人の生徒がおり、来たるトリニティとの決戦に備えて温存されているはずだった。アリウスの生徒会長であるマダムがハッピーケイオスを彼女達の『先生』に任命するまでは。

 

「はぃぃ……今日のアルバイトも終わりました。えへへ、見てくださいこれ。雑誌買っちゃったんです」

 

 アジトである廃墟の一室。スクワッドのメンバーであるヒヨリはニコニコ笑顔で何冊かのファッション雑誌を手に戻ってきていた。食べるのが何よりも好きな彼女であるが、最近は買い食いのみならずこうして雑誌まで勝手に買って帰ってきている。

 本来ならばこんな行動はリーダーであるサオリがきつく叱るものなのだが、最近の彼女は不在が多い。それ故にヒヨリが興味に駆られて行動しても止める者はいない。何より……先生であるケイオスが許可を出していた。

 

「ヒヨリ、また何か買ってきたんだ?」

「えへへ……こ、こういうの買ってもいいってケイオス先生が言ってくれたので」

「いつの間にか、普通に先生呼びなんだねヒヨリ」

「えへ、えへへへ」

 

 ヒヨリを迎えたのは同じくスクワッドのメンバーであるミサキと、彼女達が『姫』と呼ぶ少女、アツコだ。アツコは仰々しい仮面で顔を隠し、言葉ではなく手話で何か仲間に語り掛ける。その内容にヒヨリは頬を掻き、

 

「そ、そうですね。確かにあんまりいう事信じるのも危ないかもですね」

 

 アツコはこういったのだ。『ケイオスをあまり信用しない方がいい』と。

 マダムの信頼する人物という名目でケイオスがアリウススクワッドを監督する立場になり数か月。彼はこれまでアリウスに関わってきたどの大人よりも偏屈だった。

 

 まずケイオスはサオリ達四人を外に連れ出した。自分の愛車であるオープンカーに乗せ、街中を走り回った。理由は『市街地での戦闘を考慮し、事前に地理を把握しておくべき』との事だった。

 次にケイオスはスクワッドにアルバイトを命令した。『敵の内情を知る事で電撃作戦が効率的になる』などと言っていたが真意は読めない。ただマダムからの命令は絶対であるという前提がある以上は従う他になかった。

 そうして破壊工作を行うわけでも、誰かを誘拐するわけでもない。ただ一般人かの様にアリウススクワッドはアルバイトをこなし続けている。

 

「……サオリ、最近様子がおかしいのは二人共気付いてる?」

 

 ふとミサキがそう言い出した。古びたソファに腰かけ脱力した姿勢で呟くには話題の内容は少し尖っている。ヒヨリとアツコは顔を見合わせ、頷いた。

 

「シャーレの先生を暗殺する、っていう仕事がまだ終わっていないんですよね? ケイオスは一人でやる様にって事でリーダーにいってましたけど」

「でもサオリがシャーレに潜入してそれなりに経ってる。何かあった……何があったかわからないけど」

「マダムに呼ばれたりもしてましたよね? も、もしかして上手く行ってないんじゃ」

 

 三人が知る限り、サオリという人物が任務をしくじる事はない。アリウススクワッドのリーダーとして、何より一人の生徒として彼女は与えられた命令に対して強い責任感を持って臨んでいる。これまでも達成困難な任務も達成してきているのだ。

 ただ状況が今までと大きく異なっている。ケイオス、そしてマダムという二人の大人がサオリに何か吹き込んでいる事は明らかだった。

 

「―――」

「アツコ、それは……」

「危険すぎませんか??」

 

 アツコは痺れを切らしてか素早い動きで手を動かし、それに残る二人は否定的な色を示す。

 『サオリの様子を見に行ってみよう』。アツコはそう提案したのだ。あまりにも危険な考えである。

 エデン条約の調印式までもう時間がない。そして桐藤ナギサ暗殺計画が失敗に終わった今、トリニティにアリウスの存在が露呈してしまっている。そんな緊迫した状況下で下手に動き気付かれてしまった時、目も当てられない。

 何よりアツコの存在はアリウスにとって、サオリにとって最も重要といっても良い。いたずらに動くべきではないのだ。

 無論ヒヨリとミサキは首を横に振るつもりだった。確かにリーダーの事は心配だが、その為にアツコを危険な目には遭わせられないと。

 

『ケイオスは多分、私達がここを抜け出すのを待っている』

 

 だがアツコが続いて手話で発したこの内容に二人は眉をひそめた。

 

「抜け出すのを待っている? どうして」

『あの人は私達に白い部屋の話をした』

 

―――窓もドアもない、出口のない白い部屋があるとしよう。何不自由なく暮らしていけるそこに君達がもしも生活しているとして……空からこんな声が聞こえてくるんだ。『ここから出てはいけないよ、皆そうしているんだから君もそうしなさい』って。でもある時、突然部屋に出口が出現した。外に出られるわけだけど、この場合どうするべきが正解なのかな?

 

 ケイオスは出会って間もない頃にスクワッドの面々にこう尋ねた。その時サオリは『出るべきではない』と答えていたが、一体あの質問にどんな意味があるのかまでを彼は細かく教える事はなかった。

 だがアツコは今、何かを感じ取っているらしい。熱が入った様子で彼女は更に手話を続ける。

 

『あの人は私達に何かをさせたい。でなければ今日までの命令はあまりにも不自然』

「……罠だとしても、何の罠かわからないか」

「ええと、つまりどういう事ですか? どうすればいいんですか?」

『正解はない。あの人は私達がどうするのか、それを見ている』

 

 何の為にそんな事をしようというのか? 恐らくハッピーケイオスという男にはこんな問いかけは何の意味もない。

 故にアツコはおもむろに立ち上がった。既に決意は固めている様だった。仮面をゆっくりと外し、決してマダムに晒してはならないと言われていた素顔を露わにする。そして冗談か本気かわからないが懐から可愛らしい猫のお面を取り出して被った。

 

「……行こう。サオリが気になるし、ケイオスの誘いに乗ってみたい」

 

 普段はおとなしいがいざという時は決して自分を曲げない少女である事はよく知っている。ミサキとヒヨリは無言で顔を見合わせ、仕方ないと頷き合うのだった。

 

「じゃあ、やろうか。家出」

 

 

「ふむ……参ったな、もしかして錠前さん好きなものはない?」

「そんなものはない。あったとして意味はないからな」

「逆に嫌いなものは?」

「それもない。選り好みなどできない。強いていうなら大口を叩いた割に計画性のない買い物に人を連れ出す様な人間は好きではない」

「うぐ……」

 

 サオリを連れ街へ飛び出した飛鳥だが、障壁は思いのほか早くにやってきた。非常にシンプルな話で彼女が何を好きなのかてんでわからないのである。聞き出そうにもまともな答えが返ってこず、かといって興味を持ちそうな場所まで行ったとしても大した感想は得られない。

 今まで出会ったどの生徒よりも手強かった。当然といえば当然である。何せサオリはアリウスからやってきた飛鳥の命を狙う暗殺者なのだ。素直に歓談してくれるはずがない。

 

 しかし一度は銃を下ろしてくれた。何か感じ入るものがあったという証明なのだ。それならば飛鳥は先生として何かできる事をせねばならない。具体的にいうと好きなものを見つけて話題に花を咲かせるとかそんなところを。

 

 そういうわけで何か無いものかとさまよい歩き、結局見つからず飛鳥は冷めた顔のサオリが向けてくる鋭い視線に呻きながら街中のベンチに腰かけていた。

 

「……申し訳ない。何か錠前さんにこれだと思ってもらえるものがあるんじゃないかと考えていたんだけど」

「見つけたとしてどうするんだ。それを私に与えるから見逃がしてくれとでも?」

「そんなまさか。ただ、君に喜んで欲しかっただけだよ」

 

 歩き疲れた飛鳥はふぅと息をつき、怪訝な表情を浮かべるサオリに、

 

「君の仲間である白洲さんからアリウスでの生活を聞いた。どんな風に生きてきたのかも。だから僕は先生として何かできないかと、傲慢にもそう思ってしまった。個人の善意なんて独りよがりだと承知だけどね」

「私を憐れんでいるのか」

「そういうわけじゃない。先生である僕からすれば、生徒である君を心配するのはある意味仕事だよ。だからまぁ……うん、上手く言葉にできないけど君の力になりたい」

「余計なお世話だ。私はもう、大人を信じないと決めている」

 

 サオリの言葉にじわりと熱が帯びた。以前百鬼夜行でも垣間見た彼女自身の感情だ。

 それを待っていた、などと口には出せないので飛鳥は目を細め、

 

「一度は期待したのかい、大人に」

 

 飛鳥は聖園ミカの手引きでトリニティへと編入した白洲アズサからアリウスがどの様な場所なのかは聞いていた。

 トリニティの派閥争いにより弾き出され、ひたすらに憎しみを蓄えながら生き続ける者達が集い、大人達の敷く理不尽によって形作られた場所。それこそがアリウスだと。

 

「―――私が幼い時だ。トリニティから追われ、挙句の果てに内戦に明け暮れていたアリウスで孤児だった私達に手を差し伸べた大人がいた。今まで見た事がない能天気で、平和ボケしていて、優しい人間だったのを覚えている。今自分達が置かれている環境を変えてくれるかもしれないなどと思ってその男を慕っていたが……実際はそうではなかった。悪人だった、後からそう聞かされたよ」

「それが事実かどうかは確かめた?」

「男は姿を消した。『絶対に君を助ける』、そう私に約束していたのにだ」

 

 サオリはぽつぽつと、自らについてを語り始める。今飛鳥の目の前にいるのはアリウスの生徒としてではなく、一人の少女としての錠前サオリだ。彼女は無意識に自分自身を曝け出そうとしている。それが少なからず信用してくれているからなのか、それとも胸の内の苦しみを吐き出したいからなのか、飛鳥にはまだ判別できない。

 

「……だから、ただ虚しいだけだ。何かを信じるのも、何かに縋るのも」

「なるほど、ニヒリズムが根底にあるのは過去のせいか。けれど腑に落ちない事がある。どうして僕を殺さなかったのか、それを聞いても?」

「―――私にもわからないんだ」

 

 確かに一度は飛鳥と二人きりになり、拳銃を突き付けてきた。けれど彼が語り掛けた事で絶好の機会だったにも関わらずサオリは殺さなかった。

 すべては虚しい。そう感じているはずなのに、サオリは何かを諦めきれなかったのだ。

 

「アリウスにいた時、こんな風に『何故』と悩む事などなかった。奴の……ケイオスの指示で様々な場所を訪れたせいかもしれない」

「彼は君達にそんな事を命じていたのか……でも、どうして」

「社会科見学。そういっていたよ」

 

 と、ベンチに腰かけぼーっと道行く人々を見つめていたサオリは何かに気付き立ち上がった。これまでの何にも興味を示さなかった様子から一転して、確かな目的を持った足取りで彼女は少し離れた店に向かっていく。どうしたのかと飛鳥は慌ててその後を追いかける。

 サオリが興味を示したものは、どこにでもあるコスメショップだ。年頃の女子ともなればこういった店にはよく通う。一度ミレニアムのアスナに連れて行く様にせがまれて大変だったのを飛鳥はよく覚えている。

 

「……化粧品、か」

 

 サオリは店先のショーウィンドウに並ぶ化粧品をじっと眺め、そう囁いた。確かにその声には羨望が籠っている様に聞こえる。

 飛鳥は隣に立ち、サオリの顔を覗き込む。その横顔は様々な感情がないまぜになって見えた。

 

「こんなもの、私には関係ないもののはずなんだ。自分を飾り立てる理由なんてないはずなんだ。なのにどうしてだろうな……貴様と話したせいで、余計な事を思い出した」

「余計な事?」

「さっき話した『大人』は私にこういった。『きっといつか綺麗なお化粧をする日が来る。君は可愛いからきっと笑顔が似合う』……と」

 

 一体それは何者なのか。サオリ達に手を差し伸べようとし、姿を消したその大人は何者なのか。問いただしたい衝動を抑えながら、飛鳥は彼女の絞り出す様な声に耳を傾ける。

 

「どうして貴様を殺さなかったのか、と聞いたな。今……なんとなく答えがわかったかもしれない」

「……」

「ケイオスの言われた通り、様々な場所に行った。豪華客船、温泉、コンビニ……なにもかも、俗物という言葉がよく似合う。誰もが自分の好きな様に生きて、くだらない事を楽しんでいた。私は多分それが羨ましいと感じてしまったんだな」

 

―――そうかな? 僕はそうは考えない。何故なら……すべては、等しく単位でしかないんだ

―――単位?

―――そう、単位。重要だとか重要でないとかは実はすべて僕達がどう思うかという話でしかない。錠前さんが虚しいと感じても、他の人にとってそうではない様に。

―――……それなら、私の考えは間違ってないじゃないか。

―――そう、間違っていない。大切なのは……いずれ君にとってすべてが価値あるものに変わりうるというところだよ。

 

 サオリはきっと気付いた。いや、気付いてしまったのだ。もしかしたら自分が価値はないと断じていたモノにささやかな憧れを抱いてしまっていた事に。

 そしてそれを否定したくても、できない自分がいる事にも。

 

「飛鳥=R=クロイツ。今から私がいう事は独り言だ」

「―――うん」

「私には守らなければならないモノがある。だからその為に今日まで戦ってきた。でも……もしも戦わなくてもいいのだとしたら、戦わなくてもいい様にできるのなら……私達も、あんな風に生きていいのだとしたら」

 

 ゆっくりと、サオリは飛鳥に振り返る。その頬に伝う一筋の涙は錠前サオリという少女が抱える苦しみをありありと見せていた。

 

「私は―――『未来』が欲しい」

 

 その言葉は、その姿は……飛鳥は自分が助けようとして、手の中からすり抜けていった一人の女を思い出させた。

 破天荒で、わがままで、怖れるものを知らなかった。けれど本当は常に虚しさを覚えていた彼女を。飛鳥の目の前で、何かを悟って消えていった彼女を。

 飛鳥はすべてを理解した。何故ケイオスがサオリに入れ込んでいるのか。何故ケイオスがアリウスのそばにいるのか。

 

―――解ってないな。君はまだ僕やイノと戦っているつもりかい?

―――この世界に価値があるというのなら!

―――彼女にそれを示すしかないぞッ!

 

 ケイオスも同じ事を思ったのだ。ケイオスも同じ感情を抱いたのだ。

 

『君に救えるのか?』

 

 そう問いかけられた感覚に襲われ、飛鳥は一歩踏み出してサオリの手を取っていた。今度は離すものかと言わんばかりに強く。

 

「わかった。君に『未来』を約束しよう」

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