先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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白い部屋は貴様だ

「ハーイ皆。もしかして家出用の足が欲しかったりしなーい?」

 

『げ』

 

 サオリが何を考え、何を行動に起こそうとしているのか。それを知るべくアリウススクワッドの三人は家出を試みたわけなのだが、ハッピーケイオスがそれを見過ごすはずもなく。廃墟を飛び出して街を歩いていた彼女達の目の前に派手派手なオープンカーが迎えにやってきた。

 流石にバレないとは思っていなかったが、よもや堂々とやってくるなど予想もしていなかった。しかも口ぶり的にアツコ達を助けに来た様だ。

 

「……なんでここにいるのがわかったの」

 

 アツコが呆れた声色で尋ねると片手はハンドルを握ったまま、青肌の男は自慢げに口の端を歪め、

 

「そりゃ僕は君達の先生だからね。大人からの愛……そう思っといて。あ、実際のところは発信機ね」

 

 つまるところスクワッドの動きは監視されていたわけである。何もされていないとは思っていなかったがプライバシーの侵害に三人はどうしてくれようかこの大人、と鼻歌混じりに力説したケイオスをじっと睨む。だが裏を返せばサオリがどこにいるのかも彼は知っているという事だ。

 もしもケイオスが本当にマダムの右腕的立場だとしたら既にアリウスの生徒達に囲まれている。そうしないという事は……やはりアツコが考える様に彼には何か企みがあるのだ。

 

「私達をマダムには引き渡さないんだ?」

「大人には大人の約束ってものがあってね。実は僕のやる事にマダムは口を挟めないんだよ」

「あのマダムが?」

 

 横から顔をしかめつつ問いかけるのはミサキだ。ケイオスは手をひらひらと動かし、

 

「僕はマダムと仲良くして、マダムは代わりに僕が何かするのを許す。ビジネスって奴だよ。まぁ難しいところは置いといて……どうする? 家出用のタクシーはいらない?」

「あ、あの、ホントに乗ってもいいんですかケイオス……先生」

「いいよ。実のところこのままだとサオリ君が危ないからね、様子を見に行くつもりだったんだ」

「……わかった。じゃあ乗せて」

 

 サングラスの奥で妖しく光るケイオスの目を見つめながら、アツコは意を決してオープンカーのドアを開けて助手席に乗り込む。ミサキとヒヨリがあっと声をあげ、すぐに後を追って後部座席に腰かけた。

 ケイオスはくつくつと笑い、

 

「アツコ君、迷いなかったね。誘拐の可能性とか考えなかった?」

「貴方は私達を待っていた。そうでしょう?」

 

 わざとらしく意地悪な声色で話すケイオスにアツコがそっけなく返す。普段ならばここから更に何かわけのわからない事を宣うものだが、彼は興味深そうにサングラスを外し、その双眸でハッキリと少女を見据えた。

 

「……どうしてそう思うのかな?」

「―――楽しそうだから」

 

 アツコは肌でケイオスの抱く感情を感じ取っていた。特異な出自を持つ彼女だからなのだろう。異質と呼ぶに相応しい男の胸中を直感的ではあるが汲み取れていたのだ。

 眼差し、表情、声色。今のケイオスはいつもよりもずっと『上機嫌』に見える。それはアツコ達が家出しようとしたから、そうとしか考えられない。

 

「ふふ、ふふふ。楽しそうに見えるかい? それは嬉しいね。よーしそれじゃあ皆でサオリ君を迎えに行こう。三〇分もしないよ」

 

 不安げな表情が並ぶ後部座席に親指を立て、ケイオスはご機嫌にアクセルを踏みしめる。オープンカーは荒々しいエンジン音と共に発進した。

 

「ん、じゃあ到着までの間に質問タイムといこうか。皆気になるよネ、僕が何考えてるのか。ヒヨリ君、聞きたい事あったらどんどん聞いていいよ」

「へ!? わ、私ですか」

「無言のドライブなんて楽しくないからね。ほらほら」

 

 車が動き出して間もなくケイオスは唐突にそう言い出し、ヒヨリを指名した。何の迷いもなく「とりあえずコイツが一番いいだろう」というニュアンスを隠さないその姿勢はまさに適当といわざるを得ない。

 急に名前を呼ばれたヒヨリは面喰らいながらも数秒程押し黙った後、恐る恐るといった声色で、

 

「どうして私達にバイトやら何やらさせたんですか? 偵察といってましたけど別にここまでやる必要ないですよね?」

「流石ヒヨリ君。核心を突いたね。その答えは簡単……これから傷つける相手を知って欲しかったからさ」

「で、でもそれなら資料とかでも」

「そういう事じゃないよ。君らはあのマダムの下にいるせいで重要な事をすっぽり忘れてる。多分サオリ君はもう気付いてるだろうけど……人を傷つける事の怖さ、それが君達から抜け落ちているもの」

「……怖さ」

 

 ぽつりと呟いたのはミサキである。ケイオスの言葉に思うところがあるのか、何かいいたげに視線を泳がせた。

 

「僕からいわせれば君達のやっている事は恐ろしい程淡白だ。大人達から込められた感情を自分のものだと思い込んで、そしてそれが本物であると信じて疑わない。一つ聞いてもいいかな? 君らの奥底にある『トリニティは嫌いだ』っていう感情。それはどこまで君達の感情? 純度どれくらい?」

「―――どうでもいい。そんなの」

「おっ、ミサキ君早かった。そうだね、どうでもいい。極論君らにとってどうでもいいところなんだよ相手が誰かなんて。だって……アリウスには目標と呼べるものがないんだから」

 

 走行する車内には独特な空気が漂い始める。オープンカーである以上は外気が常に吹き込み決して空気が淀む事などありえないはずなのに、ケイオスが言葉を発する度に何か得体の知れないものが流れ込んできている。

 

「君達運命は信じる? 信じないか。周りを取り囲むものを運命と呼べばどの人生も酷いものだからね。ま……僕に言わせればさ、ドラマがないんだよ。皆には」

「……ドラマ?」

「ああ勘違いしないでね。君達の人生を否定するわけじゃない。アツコ君が生贄としてアリウスに堕ちてきた事とか特に。ただ僕からすれば、サオリ君も含めてアリウスは『止まってる』。それは面白くない。だから……アリウススクワッドの皆にはドラマの登場人物になってもらったんだよ」

「あ、あの、何言ってるのかよくわからないんですが」

「ん? 大丈夫だよ。答えはすぐに見つかるから。きっと、サオリ君が教えてくれる」

 

 上機嫌なケイオスの語りは要領を得ない。というより結論を述べる事を引き延ばしている様に感じられる。

 サオリが迷いを抱いているのはよく知っている。だが、それは何の迷いなのか? 

 

「……ああ、そういう事なんだ」

 

 アツコだけは、何かを悟った様に囁いていた。

 

 

 帰路につくと辺りは少しずつ暗くなり始めていた。飛鳥とサオリは並んで歩いているものの何も話す事などなく、お互いの事をいない者の様に扱っているのではないかと錯覚する程だった。

 

『わかった。君に未来を約束しよう』

 

 飛鳥がそう宣言した直後、サオリはハッとして彼の手を振り払った。自分が踏み込んでものを言ってしまったと理解した飛鳥はしまったと口を閉ざし、そのまま二人は互いに黙り込んでしまったのだ。

 それとなく帰る空気になったものの、完全にサオリとの間に漂っている雰囲気は重苦しいものへと変わってしまっていた。特にサオリに至っては初めて会った時とほぼ同じ様な状態に陥っている。

 

(手を握るのはよくなかったかもしれない。気持ち悪いと思われたのかも)

 

 飛鳥の気持ちはどんよりとしている。歩み寄ったつもりだったが明確な拒絶を受けてしまえばどうにもならない。というか折角縮めた距離感がリセットされてしまった事が残念でならない。

 ただサオリが心の底では助けを求めている事はわかった。そしてケイオスが彼女に対してイノの姿を重ねている事も。

 百合園セイアから告げられた予知夢の内容が今このタイミングで飛鳥の脳内に噴き出し始めていた。

 

『錠前サオリを庇って死ぬ』

 

(一体どのタイミングなんだろう……もしかしてそれも僕の動き方次第という事になるのか)

 

「……シャーレに着いたぞ。じゃあな」

 

 と、サオリのぶっきらぼうな物言いで飛鳥は現実に引き戻される。いつの間にかシャーレのビル前に到着していたらしい。すっかり陽も沈んでしまっている。

 ではここで別れるか? 微妙な空気のままで? それはよくないと流石に飛鳥もわかっている。

 踵を返しさっさと歩いていくサオリの背中を見つめ、意を決して声をかける。

 

「錠前さん、さっき話した事だけどさ」

「あれは独り言だ。だから何も、気にするな」

 

 サオリは決して振り返らず、ぶっきらぼうにそう言い放った。これ以上詮索するなという強い意思が感じられる。

 

「無理だよそんなの。だって……僕は先生だ」

 

 飛鳥はつい口を尖らせて答えてしまっていた。サオリの流した涙を見てしまった。彼女が何に苦しんでいるのかを僅かに感じ取ってしまったのだ。そうなれば、先生として放ってはおけない。何より、

 

「あと、君は僕を殺しにきているはずだろう。いいのかい、このままだと達成できないんだよ」

「それは……標的であるお前がいうのか?」

「でも間違った事はいっていないと思う。帰ってどうするつもりなんだ」

 

 飛鳥があんまりにもおかしな事を言い出すのでサオリはギョッとして振り返ってしまっていた。だが純粋な疑問である事に違いはない。

 アリウスに命じられてサオリはここにいるはずだ。だのに目標である飛鳥を暗殺できないままでいればただでは済まないはずである。このまま彼女を帰して……その後どうなるのか?

 サオリは押し黙っている。彼女自身わかっているのだ。このままではよくないと。

 

「……どうすれば、いいんだろうな?」

「錠前さ―――」

 

 そこで、飛鳥とサオリの会話を遮る者がやってきた。ド派手にエンジン音をかき鳴らしながら向かってくるオープンカーが一台。趣味の悪いピンク色の車体に飛鳥は見覚えがあり、そして誰がハンドルを握っているのかは即座に理解した。

 咄嗟にサオリの手を引き、身構える。車は綺麗に減速し、キュッとタイヤが擦れる音と共に停車する。そうして運転席から現れたのは……ハッピーケイオスだ。そして同乗者は以前ゴールデンフリース号で見かけたサオリの仲間達……つまりアリウスの生徒達三人だった。

 

「おっ、グッドタイミングだ。飛鳥君久しぶり」

「ケイオス……?」

 

 まず最初に飛鳥を襲ったのは困惑である。ケイオスは一体何を目的にこの場にいるというのか。思い当たるのはすぐそばのサオリだ。何か関わりがある事はわかっていたが、アリウススクワッドはケイオスの直接的な部下だったのだろう。

 笑みを浮かべながらケイオスは飛鳥を手で制し、サオリへと微笑みかける。

 

「やぁサオリ君。元気してる?」

「……マダムか?」

「いいや。でも君に発破をかけにきた。飛鳥君、紹介するよ。錠前サオリ君、アリウススクワッドのリーダーで僕の教え子で……君を暗殺する様に命じられている」

 

 あっさりとケイオスの口から語られた事実を飛鳥は無言で受け止め、それからサオリへと視線を向ける。

 

「ですが、彼女はそのつもりはないようですよ。錠前さんは僕を殺さなかった」

「そう、それなんだよ。困った事にアリウスのえらーい人は飛鳥君が邪魔で邪魔で仕方ないらしいんだよ。だから死んで欲しくてサオリ君達に度々暗殺の指示を出していた。でもまさか……命令無視とはね」

 

 ケイオスは驚いた様な物言いだが、サオリに向ける眼差しには若干の温かみがある。飛鳥を殺さなかった事を評価している、それだけは間違いなかった。

 アリウスの仲間達は飛鳥と並び立つサオリをじっと見据えている。彼女が裏切った事への非難……ではないだろう。むしろ三人の眼差しは心配している様に見えた。

 

「サオリ君。一応もう一回いうね。飛鳥君を殺すんだ。それがマダムの命令」

 

 ゆっくりとケイオスは歩み寄ってくる。飛鳥はすぐに『本』を取り出せる構えを取った。もしもこの場で戦う事になればどの様な被害規模になるのか想像もつかないが、それでもケイオスに何かする事を許すならば今すぐに動かねば意味がない。

 が、まばたきをした直後にケイオスは飛鳥の目の前から姿を消し、音もなくサオリの背後に立っていた。瞬間移動、振り返って攻撃するよりも先にケイオスが持つ無骨な銃口が飛鳥の額へと押し付けられていた。

 

「ダメだよ飛鳥君。動かないでね」

 

 言われずとも動けない。幾ら彼の射撃がさほど上手くないとしても至近距離から連続で命中させる事は容易いだろう。

 ケイオスはそのままゆっくりとサオリへと顔を向け、また微笑む。

 

「サオリ君。多分飛鳥君と色々話したとは思うんだけどね……うん、多分マダムはダメっていうと思う。なので……彼を殺して?」

「……殺す」

 

 銃口は飛鳥に向けたまま、ケイオスはサオリの手を取ると無理矢理拳銃を握らせる。後はサオリの意思で引き金を引けば……放たれた銃弾は飛鳥へと向かう。単純な構造である。

 

「ん? あれ、もしかしてコンビニバイトに馴染み過ぎて使い方忘れちゃった? これは拳銃という武器。引き金を引くと弾が出て人に当たると『死ぬ』。あ、ごめん君らは例外か。やり直すね。弾が出て『飛鳥君に当たると死ぬ』」

「それはわかっている」

「じゃあ、飛鳥君を撃って。そしたら色々許してあげる」

「―――」

 

 サオリは銃を握ったまま、銃口を飛鳥の額に向けたままで固まっている。本当に使い方を忘れてしまったかの様だった。

 アリウスの仲間達は何も言わずにサオリをじっと見つめ、ケイオスは眉を吊り上げて不思議そうな顔をしている。

 

「あれ? サオリ君? どうしたの」

「……撃たなくても、いいんじゃないのか。この男を殺さなくても計画に支障は出ないはずだ」

 

 やはりサオリは既に飛鳥を殺す事を完全に諦めていた。その心は揺れ動き、そして涙を流したあの瞬間に決壊しているのだ。

 

「ん? ん~?」

 

 ぽりぽり、とケイオスはこめかみを掻き……少女の心が殺人を拒否している事を理解したのか手を叩くとサオリの耳元に顔を近付け、ぼそぼそと囁く。間近にいる飛鳥は彼が何と言ったのかハッキリと聞き取れた。

 

「今から三つ数える。飛鳥君を撃たないのならアツコ君達を殺す」

「ッ……」

 

 サオリの目が見開かれた。ケイオスの声色から嘘ではない事、そしてその得体の知れない雰囲気から本気でケイオスが仲間達を殺すという事を理解してしまったのだ。

 

「大丈夫。君ならできる。だってずっとそうしてきたんでしょ?」

「…‥‥それ、は」

「ずっとそうしてきた。皆そうしてきた。なら、問題ないはずだよ」

「―――私は」

 

 サオリの額に汗が滲む。

 

「じゃあいくよ。三」

「無理、だ」

 

 飛鳥を見るサオリの視線が泳ぐ。

 

「怖がる事ないよ。それがアリウスでしょ。二」

「違う……私は」

 

 サオリの喉が震える。今にも崩れ落ちてしまいそうな程に体が震える。

 

「―――さぁ、殺すんだ。一」

「ッ、ァァァァァァァッ!!!!」

 

 そうして、絶叫と共にサオリは引き金を引いた。

 撃鉄が弾かれ、弾丸が銃口から飛び出す。向かう先は……ケイオスの眉間だった。

 発砲の瞬間にサオリは身を翻し銃口をケイオスへと突き付け、そして彼に銃弾を叩き込んだのである。

 

「おぉ―――?」

「はぁ……はぁ……はぁ、今、わかった。貴様の言おうとしていた事の意味が」

 

 拳銃を両手で構え、飛鳥を守る様にサオリは立つ。その銃口は迷いなくケイオスへと向けられている。

 

「白い部屋は―――貴様だッ!!」

 

 その言葉を飛鳥は聞いた事がある。ケイオスがかつて話した『社会の縮図』だ。

 誰かに判断を任せ、自我を曖昧にしていく。そんな安寧をかつて賢者と呼ばれていた男は否定した。そんなものは壊してしまえ、と。

 ケイオスはサオリにも同じ話をし、そして思いがけない形で解答を受け取ったのだ。自分はお前のいいなりになどならない、と。

 

「―――合格だよサオリ君。ありがとう、君のおかげで僕の心は少しだけ救われた」

 

 眉間に穴が開いたまま、ケイオスは朗らかに笑う。心の底から喜ばしげで……彼は何の躊躇いもなくもう一丁の拳銃をサオリへと突き付け迷いなく引き金を引いた。

 

「いけないっ……!!」

 

 飛鳥の絶叫に続き、銃声が夜の街に鳴り響いた。




多分次回皆さんは「何してんだこいつ!」と叫ぶ事になると思います

現時点での投稿頻度に関してどのように感じていますか?

  • 区切っても良いから投稿頻度を上げて欲しい
  • このままもう少し早く出して欲しい
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