先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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僕の計画

「……今のは」

 

 百合園セイアの体調はまだ安定していない。長い間昏睡状態に陥っており、救護騎士団のミネが定期的に軽いマッサージを施して筋肉が衰弱しきらない様にメンテナンスは行っていたものの、歩くのにさえ膨大な体力を必要とするのだ。

 それ故に陽も沈み始めたところでセイアは床に着いていた。眠らずとも安静にする事で少なからず肉体も回復していく見込みだ。だが、そのタイミングで彼女の脳裏に何か映像が浮かんだ。予知の能力が不意打ちの様にこの先に起こる何かを視たのだ。

 

―――飛鳥=R=クロイツが腹部から血を流し、地面を這っている。その傍らには……長髪の少女。

 

「まさか……今日なのか!?」

 

 セイアは細い四肢を振り回す様に部屋を飛び出し、ナギサの下へと向かう。もしも今見たビジョンが真実であるとすればエデン条約を前にしてトリニティとゲヘナは崩壊してしまいかねない。

 飛鳥の存在が、強大な個の存在が今のエデン条約を保っている。彼がいなくなれば誰が舵を取るというのか。

 何よりも……予知が現実のものになってしまうなどセイア自身が許せなかった。

 

「型にハマるな、型にハマるな……」

 

 進むべき道を教えてくれた友の言葉を口ずさみながらセイアは廊下を駆けた。激しい運動に手足が悲鳴を上げ、肺が爆発しそうになりながらも、必死に。

 そうして辿り着いた先で、セイアは喉が裂けんばかりの声で吠えた。

 

「飛鳥先生を探すんだ! 彼が殺されてしまうっ!!」

 

 

 銃声と共に、サオリを庇った飛鳥の胸に凄まじい衝撃が走った。

 

『わぁ!? 先生!?』

 

 だがそれは無傷で済む事を前提にした無茶な行動。飛鳥の行動を見守っていた『シッテムの箱』の管理AIであるアロナは慌てて以前同じ様な状況に見舞われた時の様に簡易的なシールドを発生させ、銃弾をギリギリのところで押し留める事に成功した。

 金属が弾ける音と共に弾丸が地面を転がる。ケイオスは銃撃が防がれると見越しており、動揺する事もなくすぐに二発目を放った。

 

「―――っ」

 

 飛鳥の『本』が開く。輝きと共に今度は法術によるバリアが彼を守り、ケイオスへと銃弾を反転させた。

 

「おっ、危ない」

 

 ケイオスは体を傾けて弾丸を回避し、楽し気にほくそ笑む。ここまでは計算内。そんな顔つきだ。

 飛鳥は即座に『本』から剣を引きずり出し、ケイオスへと放った。至近距離であればいくらケイオスといえど回避はできないと踏んだのだ。

 剣は深く青い肌に突き刺さり、背中を貫通する。が……青肌の怪人にとって貫通は大したダメージになどなりはしない。笑みを浮かべたままケイオスは拳銃の銃口で思い切り飛鳥の頭部を殴りつけた。

 

「っ、ぐっ」

 

 ゴツッと鈍い音に飛鳥の脳が揺れる。法力によるバリアは銃撃を防ぎはしたものの頭部めがけての強い衝撃とあれば僅かにではあるがダメージは通る。相手が特異な存在そのものであるケイオスならばなおさらだ。

 わずかに後ずさった飛鳥の隙を突き、ケイオスはサオリの腕を掴むと自分の下へと引き寄せる。

 

「はいストップ。飛鳥君も、それからアツコ君達もね」

「―――どうして止まらないといけないのか教えて欲しい」

 

 どういった経緯でついてきたのかは定かではないが、アリウススクワッドの仲間であろう三人の少女達は既にそれぞれの銃口をケイオスへと向けていた。当然である。目の前で仲間に銃を向けられたのだから。

 仲間割れ、と一言で表すには何やら複雑な状況だ。ケイオスはサオリが銃を突きつけた際に『合格』と言っていた。今この瞬間を彼は望んでいた、そういう事になる。

 

「うーん、じゃあちょっとインタビューしようか。サオリ君、どうして飛鳥君を撃たなかったのか教えてくれるかい?」

 

 ケイオスはわざとらしい声色でインタビューのつもりなのかマイクの様に銃口をサオリの口元へと近付ける。

 サオリの表情は魂が抜けた様だった。自分自身が今しがた起こした行動に対して動揺している、そんな印象だ。

 

「……わから、ない。わからないんだ。撃てないんだ」

「うーん、撃てないか。それがどうしてか聞いても?」

「―――撃てば、飛鳥=R=クロイツは死ぬ。そう思うと指が震えた」

「うんうん、なるほどね。面白いね。君達キヴォトスの住人は誰もが暴力に対するハードルが低い。その理由は簡単。死なないからだよ。でも、飛鳥君は違う」

 

 ケイオスは銃口を再び飛鳥へと向け、二発撃った。飛鳥はこれを防ごうと前面に法力の壁を立てるが発砲の瞬間に銃弾は虚空へと消え、驚くべき事に彼の背後から現れた。『本』の力が発動している状況だからこそケイオスもまた法力を使い、銃弾を転移させたのだ。

 銃弾が飛鳥の背中に突き刺さる。無論バリアが防いでくれたものの、不意打ち気味の攻撃に体勢が崩れた。

 

「あっ……!」

 

 サオリが思わぬ声をあげ、そしてケイオスは三日月の様に微笑む。

 

「どうしたんだい? 何をそんなに驚くのかな。君が、いや君達がずっとそうしてきた事だよ?」

「……っ」

「君達は簡単には死なない。ヘイローを砕かなきゃ滅多には死なない。だから他者を傷つける事を厭わない。他者を傷つける事を恐れない……僕はそれが、ハッキリ言って面白くないんだ」

 

 ケイオスの銃口は飛鳥に突き付けられたまま。残る銃弾はリボルバー方式であるから残り二発。そして間もなく『本』によって与えられていた制限時間が切れる。

 サオリは震えていた。今までにない程動揺している。目の前で崩れ落ち、膝を着いている飛鳥の姿に心から怯えている。

 

「やめろ」

「そう、その表情。それが見たかった。恐怖、でもただの恐怖じゃない。喪失の恐怖だ。君達にはそれが足りない」

「……貴方は彼女達に、何を教えたかったのですか?」

 

 飛鳥は背中に走る鈍痛に呻きながら問いかける。まもなく時間がきてしまう。それをケイオスに悟られるのも時間の問題だ。となれば、せめてその真意だけは問いかけなければ意味がない。

 震えるサオリを片手で押さえつけながらケイオスは目を背ける。

 

「アリウスにはね、ドラマがないんだよ。虐げられてきた過去、苦しみ続けた青春時代。起伏というものがない。観客が求めるのはいつも山あり谷ありであって陰鬱の連続なんて何も面白くないんだ。だから……知って欲しい。苦しみを与えられてきた者達が他者を苦しめようとする時、どれほどの痛みが伴うのかを」

「―――その為に、サオリを追い詰めたの?」

 

 ロケットランチャーという大物を構えたままでサオリの仲間……確かミサキが怒りを孕んだ声で呟く。怯え、声を震わせる仲間の姿に彼女は激しい感情を伴っていた。

 一触即発。少しでも隙を見せようものならその瞬間にケイオスが蜂の巣になる事は間違いなかった。

 

「追い詰める。そうだね、僕は酷い事をした。でも……おかげで素晴らしいものが見られた。サオリ君は心から『誰かを傷つけたくない』と思い、そして飛鳥君を守る為に僕を撃った……君は正しい選択をしたね。僕も嬉しいよ。君達に社会科見学をしてもらった価値があった」

 

 時間が切れた。飛鳥は大気中に循環していた法力が枯渇していくのをハッキリと感じ、そして次撃たれたらおしまいである事も十分に理解していた。

 アロナがもう一度弾を防いでくれればいいが確認しようにも身じろぎ一つすればその瞬間に撃ち殺されるだろう。大ピンチという奴だ。

 

「―――さて、と。じゃあ教え子の成長が見られたところで……マダムからのお願いを聞いてあげなきゃ」

 

 引き金が絞られる。飛鳥の命が、間もなく尽きる。

 サオリの仲間達、先頭に立つ少女が目を見開きケイオスを狙う。まともに飛鳥と交流はしていないが、それでも目の前で起ころうとしている殺人に対して反射的に動こうとしていた。

 だがそれよりも先にサオリはケイオスを突き飛ばしていた。隙をついて肘鉄を叩き込み、体勢が崩れた隙を見逃さずに飛鳥へと駆け寄っていた。

 

 

━━━最初から聞く気のない話だ。耳を傾ける価値さえない。絶望を知らない、夢見る男の他愛もない理想論だ。

 

「僕は緑茶をホットで。それから彼女には……ごめん、好きな飲み物は何かな?」

「水でいい」

「そう言わずに……飲んでみたいものがあればリクエストして。頼りない見た目だけど懐はそれなりだから」

 

 『百夜堂』の店内はガヤガヤと騒がしい。祭りの空気に当てられた人々は次はどこへ行こうか、何を食べようかなどと楽しげに話している。平和を享受するその様子にサオリは半ば呆れた顔でいた。

 刹那的に何かを楽しんで、その後どうなるというか。明日どころか今日さえまともに考えていないに違いない。そんな能天気な者達に囲まれている自分も、馬鹿馬鹿しい空気に飲まれてしまう気がしてならない。

 だが目の前の男はその最たるものだ。多忙で、過労で、その上で何の報酬も与えられないにも関わらず『それが仕事だ』と言ってのける。

 飛鳥=R=クロイツは一度拒否されたかも関わらずメニューを眺め、

 

「それじゃあこのあんみつを勝手に頼ませてもらうよ。一口だけでも試してみてほしいな。そうしたら次は君の口に合うものを探すよ」

「……私の口に合うものを知ってどうする?」

「君を喜ばせたいんだけど……もしかして好きなものを知られるのもパーソナルスペースに踏み込むと感じてしまうタイプかな? だとしたらごめん、距離感測るのは苦手なタイプなんだ僕」

 

 仕事をする分にはいい、与えられた命令をこなすだけなら何ら問題はない。

 だがサオリはこの無遠慮で無神経な男が『大人』の立場から近づいてくるのが気に食わない。彼女のよく知る存在に限りなく近いからだ。

 

「さっき、お前は言ったな。世界平和を目指している、と」

「言ったね」

「本当にできると思っているのか」

「わからない。今実験中だからね」

「実験……?」

「実のところ成功するのかどうかわからないんだ。とても気の長い試みだからね」

 

 コップに注がれた水を飲みながら飛鳥はまるで子供の様に無邪気な声色で言った。 

 思わず眉をひそめてしまう。そんなもの絵空事だ。夢想だ。子供でも考えないくだらない事だ。

 

「くだらない。そんな夢を見たところで無駄だ。虚しいだけだ……」

「そうでもないんだ。むしろ研究者として一番の悲願だからね。それに僕は自分が思うより無駄が好きらしい。いや……というより、無駄があって欲しいと思ってるのかもしれない」

「そんなものに意味はない。すべては、ただ虚しい。何もかもだ」

 

 思わず熱が灯る。飛鳥の考えをどうしても否定したいと考えている自分にサオリは戸惑いを覚えていた。

 心なしか似ている。自分に手を差し伸べた男に。自分を置いていった男に。

 

「そうかな? 僕はそうは考えない。何故なら……すべては、等しく単位でしかないんだ」

「単位?」

「そう、単位。重要だとか重要でないとかは実はすべて僕達がどう思うかという話でしかない。錠前さんが虚しいと感じても、他の人にとってそうではない様に」

「……それなら、私の考えは間違ってないじゃないか」

「そう、間違っていない。大切なのは……いずれ君にとってすべてが価値あるものに変わりうるというところだよ」

 

 すべてが価値あるものに。

 今虚しいと思う事が、いつかはそうではないものになる。

 

「―――どういう」

「また今度話そう。そうだな、買い物でもしながら」

 

 飛鳥は朗らかに笑う。話せてよかった、と心から笑う。

 

「あ、来たよあんみつ。是非食べてみてほしい。一口でいいから」

 

 話が長くなってきたところで店員があんみつを持ってくる。見るからに甘ったるい、絶対にサオリが望んで頼まないものを。

 飛鳥にスプーンを渡され、渋々ながらアイスクリームと寒天、そしてあんこを掬い取って口に運ぶ。すると口内に甘みが爆発する様に広がっていった。

 甘ったるい。甘くて仕方がない……けれど不快ではない。

 

「どうかな? 感想を聞かせて欲しい」

「悪くはない」

「それはよかった。いつか、心から君が美味しいといえる日が来るよ」

 

―――飛鳥の浮かべる笑みが最初は嫌いだった。夢想を抱く大人だと。くだらない希望を追い求めている人間のものだと。

―――気付けば、その笑みに対して懐かしさを覚える自分がいて。

―――殺意など、消え失せてしまっていて。

 

『だぁいじょうぶ! いつかサオリちゃん達が笑顔でいられる日がきっとくる。信じてくれよ。そしたらお化粧なんかしてさ、友達と遊びに行くんだ!』

 

―――もしかしたら、そんな日が来るのかもしれないと思い描いてしまって。

 

 

「殺さないで、くれ……!」

 

 心から絞り出す様な声色だった。飛鳥を庇い、地面に跪いてサオリはケイオスを見上げていた。

 

「―――へぇ」

「お願いだ。どんな命令でも聞く。だから……彼を殺さないでくれ」

「サオリ……!」

 

 心からの懇願。サオリを知る者が見れば、きっと驚きのあまり言葉を失うであろう光景がそこにあった。

 飛鳥の命を奪えと命令され、当初はその事に何の躊躇いもなかった錠前サオリは今、飛鳥の命を奪わないでくれと嘆願している。仲間達が見守る中で、恥も外聞もなく。

 ケイオスの顔から笑みが消えた。

 

「どんな命令でも聞く? じゃあアツコ君達を殺せといわれたら君は頷く?」

「っ……!!」

「君のいっていることは矛盾だ。君自身の個人的な感情でしかない。いいのかな、そんな考え方で」

「ああ、わかっている。自分でもどうしてこんな事をしているのか言葉で説明できない。それでも、それでも……この男は、私に『未来』を約束してくれたんだ」

「―――」

「だから、だから頼む。殺さないでくれ」

 

 ケイオスの表情が、みるみる内に能面の様に感情を失っていく。瞬く間に青肌の怪人は蝋人形と化していた。

 そして数秒の後、ゆっくりと口の端まで裂ける様に、歪み、

 

「ふ、ふふふ、あはははは、あはははははは!!!!!!」

 

 弾ける様な笑いが響く。面白くて仕方がないという様子でケイオスは腹を抱え、身をよじる。不気味な光景だ。

 

「未来、未来を約束しただって!? あはははははは、面白いね飛鳥君。君にできるのかい、イノを救えなかった君が? そんなジョークがいえる様になったなんて……僕感動しちゃった!」

「……救えなかったから、こそですよ」

 

 飛鳥は吐き捨てる様に言い返した。鈍痛に襲われながらも体を震わせてケイオスを真っ向から睨み返す。

 

「はぁ……はぁ、そっかぁ、救えなかったから、か。わかったわかった。面白いものを見せてもらったからサオリ君に免じて飛鳥君は殺さないでいてあげる。サオリ君にペナルティもなし」

「っ……!」

「でも代わりに飛鳥君に宿題をあげる。『どうして人と人は出会うのか』、その答えを次会った時に聞かせて。はい、じゃあ殺さない代わりに銃弾一発オマケね。死なないでね」

「え」

 

 ケイオスは虚空めがけて銃口を突き付け引き金を引いた。『本』は開いていない。だが銃弾は音もなく消え、直後サオリの事など関係ないと言わんばかりに飛鳥の目の前に出現していた。

 

「しま―――」

 

 その瞬間、音はなかった。銃弾は静かに飛鳥の脇腹に突き刺さった。

 悲鳴はない。痛みだけでも飛鳥の意識を失わせるには十分な程で、脇腹がじわじわと赤くなっていくのを見下ろしながら彼は静かに倒れた。

 地面にみるみる内に血の池が広がっていく。サオリはその光景を呆然と見下ろしていた。

 

「あ、あ、ああ……」

 

 サオリは四つん這いになってうつ伏せに倒れる飛鳥へと駆け寄り抱き起こす。腹部から流れる血はまったく止まらず溢れ出ている。

 既に肉体を動かす意識が吹き飛んでいる為に、力なく首がぐにゃりと曲がる。飛鳥の双眸には光がなかった。

 

「駄目だ、駄目だ駄目だ……!!」

 

 サオリの腕の中で飛鳥の命が消えていく。飛鳥の命が少しずつ失われていくのがわかった。

 頭が混乱で一杯になる。どうすればいいのかがまるで答えが出ない。目の前で消えゆく命をただ見届ける事しか、できない。

 まともに思考が働かなかったせいだろう。サオリは飛鳥を抱えたまま呆然とし、そして足元に転がってきたソレにも気付かなかった。

 

「グレネード!」

 

 誰かが叫んだ。アツコか、ミサキか、どちらにしても閃光が至近距離で炸裂した事で視界と耳が塞がれてしまう。奇襲だ。

 腕の中にあった重みが急になくなった。誰かが飛鳥を奪ったのだ。追いかけようにも目が見えなくては意味がない。サオリは腕を振り回し彼を探したが、それを阻む様にして両側から無理矢理肩を掴まれた。

 

「サオリ! 逃げるよ!!」

 

 ミサキの声がうっすらとだが聞こえた。それは駄目だ。飛鳥が死にかけているのだ、自分のせいで。助けなくてはいけないのだ。

 けれどショックで体はいう事を聞かない。サオリは仲間達に連れていかれる形でその場から強制的に撤退する事となった。

 

 

「どうか、どうか死なないでください。すぐに助けを呼びますので」

 

 路上から遠く離れた公園。陽も沈み薄暗い場所だからこそ、屋根もあり身を隠すには最適なその場所で飛鳥に手当てを施す少女が一人。

 狐の仮面を投げ捨て、ポロポロと涙を流して、狐坂ワカモは必死に愛する者の命を繋ぎとめようとしていた。

 

「ああ、どうして今日に限って私は貴方様から目を離したのでしょう。どうして今日に限って貴方様は命を狙われるのでしょう。どうして、どうして……ああああ……!」

 

 脇腹からの出血を手で抑えつけ、ワカモは衣服を引きちぎって無理矢理包帯にする。飛鳥の細い胴にぐるりと布を巻き付け応急処置を済ませるが、それでどうにかなる傷ではない事は彼女が一番よく理解していた。

 スマホを取り出しヴァルキューレ警察学校へと電話を繋げる。「はぁい」と呑気な声に心から殺意が湧いたが、全力で抑える。

 

「狐坂ワカモです。これから○×公園で爆破テロを行います。大勢怪我人が出ますのでこれでもかってくらい救急車をよこしなさい」

「は? え? 誰?」

「三秒以内にハイと答えなさい。三、二、一」

「わ、わかりましたぁ!?」

 

 ワカモの名を聞いて冗談だと思う者はいない。あと十分もしない内に助けがやってくるだろう。

 ため息をつきながらワカモは飛鳥の額に浮かぶ脂汗を拭う。呼吸はなんとかできているが、このままでは本当に死んでしまうだろう。

 

「……貴方様。そうまでして生徒の為に命をかける理由はなんなのですか? そうまでしてお体を傷つける理由はなんなのですか?」

「狐坂、さん?」

 

 まるでワカモの涙に応えるかの様に、飛鳥は呻き声をあげながら瞼を開く。意識が混濁しているのか目がぎょろぎょろと動いている。

 

「ええ、そうです。ワカモでございます」

「君が、助けてくれたんだね」

「はい……」

「僕と一緒にいた、女の子達は?」

「わかりません。貴方様をお助けするので精いっぱいで」

「も、戻らなくちゃ」

 

 一体どこにそんな力が残っていたのか、飛鳥は身を起こそうとする。直後に脇腹から走った激痛に呻き、すぐにまたベンチに体を預けて大きく息を吐いた。

 ワカモはかぶりを振って飛鳥の肩に手を添える。

 

「すぐに助けがやってきます。まずはお体を労わって」

「……ありが、とう」

 

 飛鳥はそれだけ呟き、眠る様に目を閉じた。恐る恐る口元に耳を近付けると、息はしている。昏睡状態になったのだ。

 サイレンの音が遠くから聞こえ始めた。慌てて駆けつけたヴァルキューレの生徒達だろう。峠は越えた、とワカモは息をついて立ち上がる。もしも自分が飛鳥のそばにいてはまた騒ぎになる。早々に退散するのが正解だ。

 青年の頬に手を添える。今にも折れてしまいそうだが、だからこそ愛おしくて仕方がない。

 

「―――では、これで失礼いたします。わたくしは常に貴方様を見守っておりますよ」

 

 そうしてワカモは夜の闇に消え、駆けつけたヴァルキューレの生徒達により飛鳥は保護された。

 飛鳥=R=クロイツが襲撃を受け意識不明の重体。

 この報せはすぐにトリニティとゲヘナへと伝わり、そして連邦生徒会にまで届く事となった。

 

 

「……というわけでさ、サオリ君達には逃げられちゃったんだよね。あははは」

 

 地下奥深く、アリウスの根城。ケイオスはたった一人そこに戻り、そしてマダムに状況を報告する。無論、彼女の怒りは凄まじいものである。まずどういうわけかノコノコ一人で帰ってきたケイオスに目を疑い、次に預けていたアリウススクワッド全員に逃げられた挙句、飛鳥を殺し損ねたというのだ。

 

「どういう、事です。何故その様なふざけた事に」

「うーん、サオリ君が嫌だっていうからさ」

「それは貴方がくだらない任務をさせたからでしょう。不必要な感情を植え付けて、折角の道具を鈍らせた」

「まぁ、そうかもね」

「極めつけは……アツコを逃がしたと!? 彼女が何者なのかわかっているのですか。アリウスの正当なる後継者の血筋を引く『ロイヤルブラッド』、我が計画の要なのですよ! それを……みすみす……!」

 

 マダム。その本当の名前はベアトリーチェ。アリウスの長い内戦を終わらせ、生徒会長の座を奪い取った『大人』にしてゲマトリアの一人。

 彼女にとってアリウススクワッド、そしてアツコの存在は長年の計画を完遂する上で最重要といってもよいものだ。だがそれを、ケイオスはまるで落とし物をしたかの様にあっけらかんといってのけた。その態度に、ベアトリーチェは心から憤慨していた。

 

「どう落とし前をつけるのですか!? エデン条約はもうすぐそこまできているのです!」

「そうだね。調印式会場を襲撃して、条約をアリウスに有利な様に書き換えて、アツコ君の血を使って『ユスティナ聖徒会』を味方につける予定だよね」

「それがわかっているのなら何故!!!!!!!」

「うーん、それなんだけどさぁ」

 

 ケイオスはポリポリと頬を掻き、ついでにこめかみも掻き、「あ~」ともったいぶった様子で口をモゴモゴとさせる。自分の置かれている立場がまるで理解できていないその様子にベアトリーチェは隠しきれない殺意を全身から漲らせていた。

 と、意を決した様子でケイオスは微笑み、

 

「その計画さ、僕のにしちゃおうかなって」

「―――は?」

「いやなんていうかさ、正直つまんない作戦だなって。ドラマに欠けるよ」

「ドラ、なんですか? 今なんと?」

「わかりやすくいってあげる。ベアトリーチェ君さ、退場。僕の書く脚本にはいらない」

「へ……?」

 

 あまりにも突然の宣告にベアトリーチェは己の耳を疑った。退場? ドラマ? 脚本? 一体目の前にいる男は何を言っているのか?

 

「いやね? 君がアクセル=ロウの代わりを欲しがってたから僕もそれに応じてあげたさ。最初は君の計画も悪くないなと思ってた。でもさ~……サオリ君がさ、なかなか悪くないドラマを見せてくれた。そうなったら先生である僕も頑張らなきゃ、でしょ?」

「―――つまり?」

「うん。僕がもっっっと面白いシナリオ書こうかなって。だから君の計画も、アリウスも、全部もらう」

「―――ふふふふふ、ふふふふふふ! いいでしょうッッ!! 生きたまま引き裂かれながらまだその様な世迷言が吐けるか、見物ですッ!!!」

 

 ベアトリーチェは怒りを全身から漲らせ、『咲いた』。花を模した異形のモノとなり、この世ならざる声をあげながらケイオスへと溢れんばかりの殺意を向ける。

 誰もがその姿に怯え、竦む程の異形。それを見ながらケイオスはニッコリと微笑んだ。

 

「安っぽいね、B級でももう少し凝った作りにするよ。やっぱり君は役者としても脚本家としても三流だ」

「貴様ァァァァァァァッ!!!!!」

 

 ベアトリーチェが吠え、その爪が、牙がケイオスへと迫る。常人ならば一太刀受ければそれだけで両断されるであろうの殺意。それを前にして……青肌の怪人は笑みを絶やさない。

 ただ腰に下げた二丁の拳銃をゆっくりと引き抜き、構える。

 

「―――君は主役になれるかな?」

 

 刹那。ベアトリーチェを取り囲む様にして無数の銃口が出現する。それらすべて、ケイオスが持つ天界の銃『月の剣』の模造品。しかし常世ならざるモノから放たれる弾丸は異世界であっても絶大な威力を持つ。

 回避はできない。ケイオスは既にベアトリーチェの行動を予測しきっている。

 防御はできない。ケイオスは既にベアトリーチェの反応速度を超えている。

 そもそも戦いになどならない。ケイオスは既に『ベアトリーチェと戦った事がある』。

 

「デウス・エクス・マキナ」

 

 無数の銃弾は、一瞬にしてベアトリーチェの肉体を削り取っていた。

 

「が、ァァァァァァァッ!?!?!?!?!?」

 

 本来ならばこんな事などありえない。だがハッピーケイオスにとってはそうではない。彼にとって不可能などという言葉は存在しえないのだから。

 全身から血を流し、ベアトリーチェは折れた花の様に倒れ込む。鼻歌を歌いながらケイオスは彼女の下に歩み寄ると、微笑みを浮かべたまま手を伸ばす。

 

「ま、待って、待ちなさい!」

 

 何をされるのかを理解したのか、ベアトリーチェは声を震わせながら制止する。

 

「アツコを逃がしたならば、『聖徒会』の力は使えないのですよ!? どうやって計画を達成するのですか!」

「あ~……ふふふ、甘いなぁベアトリーチェ君。そもそもさ、僕にはそんなの『要らない』んだよね」

「は……?」

「言ったよね? 見せたよね? 僕は神の半身。その気になればロイヤルブラッドの代用なんていくらでも効く。つまりさ……僕にドラマを見せてくれなかった君にはがっかりだよ」

「や、やだ、やめて、やめて……私にはやるべき事が、『崇高』へ至るという使命が―――」

「うん、悪役として三〇点くらいだね」

「や、あぁ、ああああああああああ!?!?!?!?!?!?!?」

 

―――そうして、いつの間にかその部屋にはケイオスだけが残っていた。ベアトリーチェの姿はどこにもない。

 

「うん、それじゃあ始めようかな。僕の計画」




いよいよ近付いてきました決戦の時が。

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