先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
あと今後やるであろう展開の上でちょっと考えたいことがあるのでアンケートを作りました、よろしければ投票お願いします
「はい!これ先生の分ね!」
作戦会議の翌日、一悶着あった事など綺麗さっぱり忘れた顔でセリカは分厚いチラシを飛鳥へと手渡してきた。
現時点で対策委員会に出来る事、それは銀行強盗でも他校からの誘拐でもましてやアイドルでもなくアルバイトによる金策だ。更にタイミングよくアビドスから少し離れた別の学区にて、ショッピングモールが新装開店するという渡りに船な情報までもが飛んできた。
宣伝の為に人手が必要、そんなモールの従業員の元へ転がり込んできたのは金に飢えたアビドス対策委員会の面々。流れる様に全員がチラシ配りのアルバイトへと就いた次第だ。
金策としてとりあえずアルバイトをするべきである、という方針が固まりひとまず委員会総出で動いたのは正解か不正解か、それはこれからである。
そういうわけでメンバーである飛鳥も問答無用でチラシを渡され、そして過酷な労働に身を投じる事になった次第である。肉体労働などもってのほかであるのに紙束を渡された時の衝撃たるや、不平不満を述べる事もできなかった。
『先生、大丈夫ですか?』
「流石にこれくらいは問題ないよ。でも、得意かと言われたら難しいかもしれない」
周囲に会話する人間がいないからだろう。シッテムの箱、そのシステムOSである『アロナ』と呼ばれる人格は飛鳥へと話しかけてくる。
先生へと就任した初日、突如キヴォトスを襲った暴動を鎮圧した飛鳥を待っていたのはオーパーツ、シッテムの箱の贈呈と、主であるアロナとの遭遇だった。
「アロナ、以前君に法術理論の解析を頼んだね。あの時咄嗟に頼み込んだけれどちゃんと答えてくれたのは、君が法力を理解しているからなのかい」
チラシを配り始めてから数十分ほどで飛鳥はアロナともう少し話したくなってしまい、ひっそりと大通りから少し離れたところにあるベンチに腰掛けてシッテムの箱と会話を始める。どうやら周囲にはアロナの声は聞こえていない様で、ひっそりと声を小さくする必要があった。
アロナは唸って、頭を左右に振って考え込む。言葉を選んでいる様だ。
『うーん……どちらかといえば理解できる様に細かく書き込まれていた、です。あの理論に穴がある様には見えませんでしたし、事実法術は問題なく機能していた事からも飛鳥先生の理論が間違っていなかったという事です』
「……だとしても、それを行える君はただのOSじゃない。オーパーツというのは、やはりそういう意味なんだろうね。アロナ、時間があれば少しシッテムの箱の解析をしてみてもいいかな?分解とまでは言わないけれど興味があるんだ」
『え!?!?いや、それはちょっと嫌です!具体的にどこまでとかそういうラインを引く事も無理で、シンプルにダメです!』
「ダメか。対話型OSといってもここまで確かな会話ができるのは凄い、立派な自我があるんだね。わかったよ、君の意思を尊重する。代わりに時折でいいから心理テストの様なものを実施するから、付き合ってもらえないかな」
『あうう……それもお断りしたいです……。先生は研究者肌なんですね?ミレニアムの生徒達となら馬が合うと思うので、そちらをお勧めします。本当に、本当に!』
ミレニアム、キヴォトスでも大きな勢力を持つ三大校に数えられる内の一つであり、飛鳥は所属している生徒に心当たりがある。
シッテムの箱の画面に指を滑らせ、モモトークというアプリケーションを起動させる。メッセージのやり取りに特化したものなのだが、何度か生徒と会話する機会があったのだ。
「早瀬ユウカ、彼女はミレニアムの生徒だったな」
『あ!先生と私が会った日に起きた暴動鎮圧の際に力を貸してくれた生徒さん達ですね!』
「他には羽川ハスミ、森月スズミ、それと……」
「火宮チナツ、ですね?」
「そうそう、火宮さん。あれ?」
不意打ち気味な声に飛鳥が顔をあげれば、そこには見覚えのある生徒が立っている。声の主はどうやら彼女の様だ。
火宮チナツ、先程の三人と共に飛鳥が肩を並べた生徒である。救護を専門にする、いわゆるサポーターだ。
「やあ火宮さん、奇遇だね。こんなところで会うだなんて……」
「いえ、一人でぶつぶつ言っている人がいるので怪しいと思って声をかけた次第です。そしたら飛鳥先生でしたので……何か悩みがあるのでしたら相談に乗りますが」
「あ、ちょっと考え事をしていただけだから大丈夫だよ、うん。……今ちょっとアルバイト中だからね、疲れていたのかもしれない」
「アルバイト、ですか?」
「色々あってね。君の方は買い物かい?良ければ見ていってくれると助かる。ほらこれチラシ」
「いえ、今は風紀委員としての活動中なもので。時間があれば寄らせていただきます」
チナツはそう言って後ろで佇んでいる仲間達に視線をやる。皆統一感のある服装で、腕には『風紀』の二文字が刻まれた腕章をつけている。先頭に立っている銀髪の生徒は飛鳥に怪訝な視線を投げかけてきていた。
「風紀委員……ここはゲヘナの学区内ではないはずだけど」
チナツが所属しているのはキヴォトスに存在する多くの学園の中でも特に規模の大きい三大勢力の一つ、ゲヘナ学園。そして学園内における治安維持を目的とした部活が風紀委員会だ。
名の通り風紀委員会の活動範囲はゲヘナの学区内、本来ならばそこからズレているショッピングモールに活動としてやってくるのは些か怪しい。
飛鳥の指摘にチナツはその通りだと頷き、
「問題の種になっているゲヘナの生徒がこの学区付近で目撃されたという情報を得たもので、巡回をしているんです。一応、ゲヘナが起こした問題を解決するのが我々の公務なので」
「あくまで公務の範囲内。なるほど、それで後ろの方にいる仲間達と。そのゲヘナの生徒っていうのは何者なんだい」
「それは……」
「チナツ、先程から誰と話しているんだ?この人は?」
コツコツと靴音を鳴らしながら、待機していた銀髪の生徒が近づいてくる。見るからに勝気な赤い瞳はギュッと飛鳥を射抜き、剣呑な空気を辺りに漂わせる。
セリカに限りなく近いタイプの性格だろう、と飛鳥が早めに見当をつけたところでチナツが補足の為に口を開いた。
「彼は飛鳥=R=クロイツ。連邦捜査部シャーレの先生です」
「以前話していた暴動鎮圧の指揮を取ったというのはこの男か。とてもではないがチナツの報告にあったような人物には見えないな。それに……なんだその顔の跡は」
ビシッと指差されたのは飛鳥の頬、細長い何かを押し付けられた跡である。何かと問われればセリカを怒らせたばかりに顔面へ缶を投げつけられた打撲跡である。非常に痛い。
飛鳥はどう説明したものか、としばらく考え込んだ後に銀髪の生徒に対してあっけらかんと、
「生徒と話していたところ色々手違いというか、勘違いをさせてしまったみたいなんだ。それでこんな風に」
「ん〜?先生というのは生徒に対して様々な相談に乗るものだと聞いていたが、本当にこのモヤシのような男にできるのかチナツ」
「イオリ、失礼です。飛鳥先生はいざという時はテキパキと指示をこなす人です。確かに一見すると覇気の類は感じられませんが……」
「火宮さん、援護なのか追い討ちなのかわからないんだ」
「ハッ……すみません。ええと、彼女は銀鏡イオリ。私と同じ風紀委員のメンバーです」
チナツに促され、イオリは軽い会釈をする。しかしながらその目から怪訝の色は離れない。顔に変な跡をつけているだけでなく、街中でチラシ配りをしているとなれば正しい評価を与えるのは難しい事だろう。
飛鳥は特にそうした仕草を嫌がるわけでもなく、素直に会釈で返し、
「僕は生徒であれば誰でも相談に乗る。火宮さんも銀鏡さんも何かあればシャーレに連絡を」
「ん……覚えておきます。チナツ、行こう」
イオリはツンとした態度で踵を返して去っていく。チナツは申し訳なさげに頭を下げてそれに続き、
「先生、先程話したゲヘナの生徒ですが……『便利屋68』と言います。メンバーは四人。それはもう厄介な……お騒がせな連中です。それでは」
「覚えておくよ、ありがとう火宮さん」
「はい。ああそういえば、口調が少し変わりましたか?私は今の方が好きかもしれません」
そう言って、チナツは手を振りながらイオリと共にパトロールへと戻って行った。
言われてみればいつの間にか、飛鳥の口調は元に戻っていた。セリカに攻撃された昨日からついつい柔らかい口調になってしまうのだ。
(でもまあ、生徒から信頼を得られるのなら別にこのままでもいいかもしれないな)
よくよく考えれば、生徒に対して敬語で接するのはある意味壁を築いているに等しいかもしれない。
失敗だ。距離感を誤っていたと言っていいのかもしれない。チナツの好意的な反応を見るに、恐らく敬語はもう少し早めに取り払うべきだったようだ。
「アロナ、今の話し方の方が良いのかな?」
『う〜ん、少なくとも私は今の飛鳥先生の話し方が好きですね!なんていうか飛鳥先生そのままって感じがします!』
「……そうか、僕は一応ただの飛鳥だったんだ。この世界では魔法を使う僕も、冴えない僕も同一人物というわけか。うん、じゃあそうするとしよう」
「うへ〜先生、サボりは良くないよぉ」
今度は飛鳥もギョッとしてベンチから立ち上がってしまう。突然後ろから声をかけられたのだ。動揺しながら体を向けると、ベンチの背後に設置されていた茂みからホシノが顔を出していた。
今の会話を全て聞かれていたのか、という驚きの次に何故そんな茂みに隠れている必要があったのかと飛鳥の頭は疑問で埋め尽くされていく。
「小鳥遊さん、あまり驚かさないでもらえるかな」
「ごめんごめん、だって先生が知らない女の子と話していたからさ〜。でへへへ旦那ぁ、一体どこの誰なんです?」
「知り合いだよ。安心してほしい、怪しい会話なんてしていないから」
「うへぇ〜?でも飛鳥先生、嘘ついたじゃん?」
そこで飛鳥はむっと口をつぐんだ。ホシノが言っているのは夕日が沈む中で飛鳥と交わした会話の事だ。
あの時ホシノにホワイトボードに書いた数式について問いかけられて、飛鳥は咄嗟に嘘をついて誤魔化した。しっかり覚えられていたようだ。
なんと釈明したものか、と飛鳥が頬を掻く一方でホシノはニヤニヤと笑った。
「別に怒ってないよ。飛鳥先生が皆を助けてくれたのはホントの事だしさ?でも何か隠し事してないかな〜とおじさん不安に思っちゃうんだよね」
「ならこれからもっと信頼してもらえるように頑張るよ。そう約束しただろう?」
「うへぇ、うへへへへ、先生その話し方いいね。そろそろおじさんも先生の事を信じようかなっ……実を言うとね、おじさんがここにいるのは先生みたいにちょっとサボる為だったんだよね」
今度はホシノが頬を掻いて困り顔を浮かべる番だった。イマイチ掴みどころがない少女だが、今見せている照れ顔だけは本音が混じっているようだ。
であれば飛鳥は先生らしく接するべきだと考え咳払いをすると、
「それなら僕と小鳥遊さんがサボタージュをしていたのは二人だけの秘密という事にしようか。これならお互い隠し事をして、僕が嘘をついた事はチャラになる」
「ふぇぇ?抜け目ないなぁ先生……」
仕方ない、とぼやきながらホシノは茂みからのっそりと出てくる。その手には飛鳥が渡されたものと同じくらい分厚いチラシの束が握られていた。
飛鳥も自分のチラシ束を見せる。二人は互いにその意味を理解して、小さくため息をついてしまった。
「先生、どうしよっかこのチラシ」
「なんとかして配る……には少し時間がかかってしまうね。参ったな」
時間が経っているのにチラシを配り終えていない。サボった割には何の解決にもなっておらず、むしろ逆効果になってしまっている状況に飛鳥はがっくりと肩を落としていた。
そんな二人に追い討ちをかける様にピロン、と電子音が鳴り響く。顔を見合わせて飛鳥とホシノは同時に端末を確認する。アビドス対策委員会のグループトークだ。
『ホシノ先輩、先生、チラシ配り終えた?』
『ん……こっちは全部終わった』
『一足お先に柴関ラーメンに行っていますね〜⭐︎』
「うへぇ〜〜〜〜〜」
「うん……」
思わず天を仰ぎ、それからゆっくりと二人はチラシを配るべく歩き出す。仕事を果たさずに戻るなど不誠実極まりない。何より、サボっていたと気取られるわけにもいかない。
飛鳥は手早く返信する。
『まだ残っているのでそちらを配り終えてから合流します』
「いいの先生、そんなキッパリ言っちゃって」
「君こそいいのかい、そんな他人事みたいな口ぶりで。僕達は共犯者なんだよ」
「うへぇ……うへぇ……」
トボトボ、トボトボ。
チラシの束を手に二人は大通りの人混みへと歩いていくのだった。その背中は物悲しく、けれど共に苦難と戦う戦友の様な雰囲気を漂わせるのだった。