先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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痛み

―――閃光を見た。膨大なエネルギーと共に放たれた『アウトレイジ』の光が彼女に突き刺さる。

―――全能の神でありながらその身が砕けていくのを見た。絶対とでも呼ぶべきものにヒビが入るのを見た。

 

『アクセル……アンタのいったとおりだ。私にはなんでもあった。いい事も悪い事も。でも今は何も思い出せない。色々あったはずなのに』

 

―――彼女が呆れた声でいった。今までに聞いた事がないくらい弱々しかった。

 

『……忘れちゃったのかな』

 

―――彼女が笑った。あどけない少女の様に。

 

 それは本来ならば自分が取り戻すべき笑顔だった。彼女に手を差し伸べた者として、一人の人間として。

 彼女に、価値を示すべきだったのに。

 

 

「先生! 先生私の声聞こえますか!? 先生ッ!!」

 

 誰かが呼びかけ、意識を繋ぎ止めようとしてくれている。ナギサの様にもハナコの様にも聞こえる。大丈夫だと応えようにも飛鳥の意識は酷く不明瞭で、手足がまるでいう事を聞いてくれない事が酷く恐ろしく感じた。

 ケイオスに撃たれた脇腹は痛みよりも、焼いた金属を押し付けられたかの様に思える異様な熱が灯っていた。うまく呼吸ができない、それどころか少しずつ頭がぼーっとし始める感覚にさえ襲われた。

 

(そうか、これが死ぬという感覚なのか)

 

 飛鳥は痛みだけでショック死できる自信があった。それだけ虚弱だったからだ。だが運悪く、それとも運よく生きている。おぼろげな意識の中で少しだけ見えたがワカモに手当てしてもらえたおかげだ。とはいえそれで助かるはずもなく、病院に運び込まれた次第だ。

 天井の明かりが何度も何度も視界を通り過ぎていく。どうやら集中治療室を目指している様だ。

 

「先生、先生!」

 

 誰かが手を握ってくれているのか、ほのかな温かみを感じた。それが誰のものなのかを確かめようにも視界は常にぼやけてしまっている。

 そういえばサオリはどこへ行ったのだろうか。無事でいてくれたらそれでよいのだが……。

 そんな風にこの場にいない誰かの事を考えていたタイミングで、飛鳥の意識は闇に飲み込まれていった。

 

 

「呼吸、止まりました!」

「輸血と除細動器準備! 急いで!!」

 

 ハナコの目の前で、意識が途切れた飛鳥の手は力なく落ちた。すぐに看護師達が口元に耳を寄せ、血相を変えて手術室への足を速める。

 飛鳥は四肢を投げ出し、虚ろな目のままで運ばれていく。手術室のドアが乱暴に閉まり、『手術中』のランプが点灯した。

 

「……先生」

 

 ぽつりと呟き、ベンチに崩れ落ちる様に腰かける。視界が真っ暗になりそうだった。

 突然セイアから連絡があり『飛鳥が殺されるかもしれない』という衝撃的な話を伝えられてすぐに、飛鳥が撃たれて病院に搬送されたという情報が飛び込んできた。

 血相を変えてハナコが病院に駆け込めば飛鳥は既に瀕死の状態で、言葉を発する事さえ困難なありさまだ。そうして今、手術室へと運ばれていった。

 ハナコにはわかる。今目の当たりにした飛鳥の状態が『非常にまずい』事は。死という言葉が間近に迫っているのだとハッキリ実感できてしまう程に。

 

「ハナコさん!? 先生は……」

 

 飛鳥が手術室に運ばれてから一〇分程してからナギサは遅れてやってきた。肩で荒々しく息をしながら、青白い顔色で駆けこんできた姿は飛鳥と同じくらい限界を迎えて見えた。

 ハナコはしっとりとした色の床に視線を落とし、かぶりを振る。

 

「今手術中です。私からは何も」

「……っ、私のミスです。先生に護衛をつけていればこんな事にはっ!」

 

 ぎゅっと拳を握り、ナギサは自分を戒める様に歯を噛み締める。ギリリ、という音が聞き取れた。

 言葉にはできなかったが、ハナコはたとえナギサが本人のいう様に護衛をつけたとしてこの結果は避けられなかっただろうと確信していた。恐らく飛鳥を撃ったのはケイオスだ。つまり、こちらの想像や推測というものを軽々と上回る怪人である。そんな相手を前に知恵を練ったところで意味を成さなかっただろう。

 

「そういえば、セイアさんは」

「飛鳥先生が撃たれたと聞き、体調を崩されています。ミネ団長が看病してくれていますが……」

「それがいいでしょう、まだ万全ではないですし。ナギサさん、座ってください。立ったままでは体力を消耗しますよ」

 

 ハナコに促されるままにナギサはベンチに腰掛け、それから祈る様に手を合わせる。

 こんなにも弱々しい姿をしていただろうか、とハナコはぼんやりと隣に座る少女の姿を観察する。以前はもっと大きく強かに見えたが、今は枯れ枝の様だ。

 それだけ桐藤ナギサにとって飛鳥=R=クロイツという青年は重要な存在になっていたのだろう。となれば、彼を守れなかった自責の念は相当のものであるに違いない。

 

「……恐らく、もうゲヘナにもこの情報は渡っています。すぐにキヴォトス中に流れるでしょう」

 

 それでも、ナギサは消え入る様な声色でもティーパーティーの長として状況を把握していた。自分のやるべき事を見失ってはいなかった。

 飛鳥=R=クロイツが何者かに銃撃され、重傷。エデン条約調印式を来週に控えた状況で最悪のニュースだ。ケイオスという共通の敵を前にして一応の団結をしつつあった二大校に改めて亀裂が入ってもなんらおかしくはない。何より、エデン条約そのものに対して世間からどんな目を向けられてしまうかわかったものではない。

 

「ですが、もうチャンスは残されていません。ここでトリニティとゲヘナのわだかまりが解消しない事には両者の溝は深まっていくばかり。それはハッピーケイオスの目論見通りになってしまいます。ですから……飛鳥先生、お願いです、どうかご無事で……!」

 

 そこまで口にして、ナギサは何かが決壊したのか顔を手で覆い、苦しげに呻いた。

 

「―――最低ですね。私は、私は自分の都合でものをいっています。ただ先生に死んで欲しくない、そう思えばいいものを条約だなんだと……ああ、もう」

「落ち着いてくださいナギサさん。まだそうと決まったわけではありません。信じて待ちましょう?」

「……ええ、そうします。それしか、できません」

 

 それから二人で手術が終わるまでの間、じっとし続けた。ハナコが気を遣って自動販売機で飲み物を買って差し入れはしたが、ナギサは何も喉を通らない様で渡されたコーヒー缶を手にしたまま虚ろな表情を浮かべ、何事かぶつぶつと呟き続けていた。耳を澄ませて聞いてみたところ、どうやら祈りを捧げているらしかった。

 あまりにも何もない時間が続き、不意にハナコはSNSで飛鳥の名前を検索してみる事にした。銃撃事件の事が取り上げられていればもうトレンドに上がっている事が予想されたが、思いのほかヒットしなかった。話によれば最初に飛鳥を発見したのはヴァルキューレの生徒達だったというから、大事にならない様に情報を抑えているのだろう。

 

(であれば、日が昇ってから報道関係に載る事は間違いありませんね)  

 

「―――手術は終わりましたよ」

 

 と、もう時計の針が0時を指そうかというタイミングで手術室のランプが消えた。続いてドアが開き疲れ果てた様子の医者が姿を現わす。ナギサの肩を叩き、ハナコは医者へと駆け寄る。

 手術は終わった。その言葉から判断するに飛鳥は死んでいない、一命を取り留めたと受け取る事はできる。不安が胸に渦巻きながらも、ハナコは恐る恐る尋ねてみる事にした。

 

「あの、先生は」

「幸いな事に銃弾は貫通していましたので手術は成功しました。一度は心肺停止状態でしたがなんとか持ち直しています。ただ……意識が戻らない状況です」

「い、意識が戻らない?」

 

 ナギサの声は掠れている。水分を一切取らず、ひたすらに祈りを囁き続けていたせいだろう。それに加えて動揺のあまり病人の様に疲れ果てた声色だった。

 医者は落ち着いて、と手で制しつつ、

 

「銃創は止血、感染症の予防などできる事はしました。ですが一度に多量の出血をしたせいで身体の各部にまだ不調が出ているんです。こればかりは患者本人の肉体が回復の為に働いてくれる事を期待するしかありません。予断を許さない状況です」

「……そう、ですか」

 

 命は助かったが、まだ安心できるわけではない。しかしそれでも手術室の奥に消えていく姿が飛鳥の最期になる事は避けられた。ひとまずそれだけでもハナコが安堵するには十分だった。

 取り乱していたナギサの様子を窺う。まだ顔色は優れないが、同じ様に命は救われたと理解して重苦しく息をついていた。

 

「ナギサさん、先生は私の方で見ています。なので今日はトリニティに戻って休んでください。何かあれば連絡します」

「ですが……」

「無理をしてここに留まったとしても先生の容体がよくなるわけではありませんし、ナギサさんが体調を崩したら元も子もないでしょう。恐らく静かにしていたゲヘナもすぐに調子を取り戻します。その時トリニティの長である貴女が不在となれば事態は更にややこしくなると思います」

 

 あくまでも冷静にハナコは現実をナギサへ突き付けていた。今ここで彼女が私情を交らせて飛鳥のそばに居続ければゲヘナとトリニティ間のバランスは大きく揺らいでしまう。あくまでもシャーレは両者の間に立つ存在であり、間違っても片方の陣営と密接に関わるべきではないのだ。

 ゲヘナの羽沼マコトも流石にこの状況で暴れ出す馬鹿ではないが、感情のままに動きかねない下っ端の生徒まで管理は行き届かない。それはトリニティ側も同様だ。

 待て、と制止できるのはティーパーティーでもナギサ一人しかいないわけである。

 

「……では、ハナコさん。先生をお願いします。改めて先生には護衛として正義実現委員会の者をつかせますので」

 

 ナギサはしばらく苦し気に表情を歪めたが、ハナコの言葉を飲み下す様に頷くと会釈だけするとスマホで迎えの者を送る様に連絡をしながら立ち去った。それでも何度か後ろ髪を引かれる様に振り返り、名残惜しそうな面持ちでいた。

 わかっている。本当はナギサが何もかも投げ出してしまいたい事を。あくまでも一人の生徒として飛鳥の身を案じたい事も。

 それでもハナコは冷静に彼女に告げるしかないのだ。『やるべき事をやれ』と。

 

 

「先生、本当に目を覚まさないんですね」

 

 手術を終えた飛鳥は病室に運び込まれ、ベッドの上で点滴の管やら何やらに繋がれて生かされている。

 患者衣の下では今も銃撃の痕が生々しく残っている事だろう。なんとかしてやりたくてもハナコは医者ではない。ただ彼が意識を取り戻し、またあの弱々しくも強い意思を込めた目が自分を見てくれる事を期待するのみだ。

 ヒフミ、アズサ、コハル、そしてラムレザルにはタイミングを見て連絡しなければならない。彼女達がパニックにならない様に、慎重に。

 

「……目を、覚ましてくださいね。でないと私寂しくて仕方ありませんから」

 

 ハナコは今になってようやく自分の声が震えている事に気付いていた。まるで泣き出す寸前かというくらいに震え、上ずっていた。

 何故ナギサがあんなに不安げな顔で去っていったのか、てっきり飛鳥が心配でならないのだと思い込んでいたが、実際はそれだけではないのだろう。

 病室に備えつけられている鏡の前に立つ。そこに映り込むハナコの顔は恐ろしい程やつれて見えた。

 

(そうですか。こんな顔でよくもナギサさんに偉そうにものを言えましたね)

 

 それでもせめて飛鳥が目覚めるまでそばにいてやらなければならない。ハナコはベッドのそばにまで椅子を持っていき、腰かけると彼の手をギュッと握りしめた。

 祈りが意味を成すかなどわからない。懇願が誰かに届くのかなど保証できない。それでも、何もしないよりかはずっとマシだと信じて彼女は手を握り続けた。

 

「先生……私、また悪い子になっちゃいますよ。水着姿でそこら中歩いて、先生を困らせちゃいますよ?」

 

 飛鳥は目覚めない。心電計が鳴らす規則的なリズムだけがひたすらに続く。

 その静寂が苦しく、耐えきれず、ハナコはそこで遂に泣き崩れてしまうのだった。

 

 

 赤く泣きはらした目を閉じて、ハナコは眠りについている。時計の針は深夜の三時を指していた。

 病室の外ではナギサの指示に従って正義実現委員会の生徒が護衛についており、誰も室内には入れない様になっている。

 が、病室の闇から黒衣の怪人が姿を現わした。ハナコを起こさない様にゆっくりと、不死の男レイヴンは室内に侵入してみせる。

 

「……まったく。貴方はいつの間にこんなにも人を泣かせるお方になったのやら」

 

 呆れ、怒り、悲しみ、色々な感情がないまぜになった声色でレイヴンはベッドへと歩み寄ると、目を閉じたままピクリとも動かない飛鳥の脇腹に手を添える。

 やがてレイヴンの掌から、その漆黒の出で立ちからは想像もつかない程に温かな光が灯る。

 不死の呪い、そう呼ばれる男にはどんな怪我や病でもすぐさま治癒する奇跡と呼ぶべき能力がある。百合園セイアの様に単なる衰弱は本人の問題である以上干渉しきれないが、飛鳥の銃創を治療するなど容易い事だった。

 そう、『普通』ならば。

 

「む―――」

 

 レイヴンは眉をひそめる。バックヤードで生まれた特異な生命体である『ヴァレンタイン』であっても治療可能な彼の能力をもってしても、飛鳥の負傷は明らかに治りが遅い。確かに治癒が進んでいる感覚はあるが全快する様子がないのだ。

 

「これは」

「呪いだ。間違いなく我々ヴァンパイアの」

 

 背後からの声にレイヴンは振り返らない。声の主が理解不能な思考回路を持っているとしても、敵でない事だけは確かだからだ。

 

「ここは、禁煙だったか。うむ」

 

 夜の王、スレイヤーは懐から出しかけていたパイプを仕舞いなおす。口寂しいのかモゴモゴと顎を動かしながら彼はレイヴンに並び立つと、興味深そうに飛鳥を見下ろす。

 

「匂いでわかる。彼に撃ち込まれた銃弾は私の知り合いが持つ『特殊な血』で強化されている」

「貴様以外にナイトレスがいると?」

「いや。あの無垢なる混沌の事だ。どこかで入手したモノをコピーしたんだろう。恐らく彼の血は君の力をもってしても中和するのがやっとだよ。法術でも難しいだろう」

「……呪いは取り除けても、あとは彼が自力で治すしかないという事か」

「そうなる。やれやれ、一体何をどうしたらここまでされる状況になるのやら」

 

 そこでスレイヤーは言葉を切る。じっと、飛鳥を見下ろし続ける。興味深そうに、同時に残念そうに。

 彼の口の端にキラリと覗いた牙を見た時、レイヴンはゾッとする程の殺意を体から溢れさせる。常人ならば直視するだけで失神しかねない程の、鋭い殺意だ。

 

「やめろ。もしもソレをすれば、私は貴様という存在をこの世から消すぞ」

「おっと、失礼。考えていた事が顔に出ていた様だ。だが安心したまえ、やはり野暮というものだ。彼には……人間としてこの危機に立ち向かってもらわなければ。ふふ、それに、私の連れが嫌がるだろうからね」

「―――ゲヘナの風紀委員長か?」

「よくご存知だ。この男が撃たれたと聞いて今頃自室で泣きじゃくっているよ。上からの命令など無視して見舞いに来ればいいものを」

「奇遇だな。私が面倒を見ている阿呆も、同じ様子だ。自分のせいだ、アリウスが許せない、ハッピーケイオスを許さないと恨みつらみをいうのでな、面倒なので気絶させてきた」

 

 そこで二人の怪人は顔を見合わせる。お互い、自分の知る少女を悲しませまいと飛鳥の様子を代わりに身に来たのだ。

 そうしてレイヴンは飛鳥を癒してやろうとし、スレイヤーは場合によっては『仲間』にしようと考えていた。

 下手をすればこの場で一触即発の危機だったがすんでのところで回避に成功した様で、数秒程沈黙した後に両者は視線を逸らした。

 

「……では、もう行くとしようか。呪いは取り除けたかね?」

「なんとか、だ。ここから先は任せるしかない。だがエデン条約までに完治する事は不可能だろう」

「では我々だけで戦うと」

「それしかあるまい。それとも貴様は腹に穴を開けた人間に命を賭けろというのか?」

「―――生憎、それができるから人間という生き物が好きでね。まぁ過度な期待はせんよ」

 

 ふふふ、とスレイヤーは微笑み、次の瞬間姿を消していた。人でもなくギアでもない、遥か昔から『在った』者達は視点から倫理まで人間とまったく異なっている。

 故に、かつて人間であったレイヴンは心からスレイヤーを嫌っていた。どこまでも戯れの様に人間の生に寄り添う姿勢は時に鼻について仕方がないのだ。

 

「まぁ、いい。邪魔をしないのならばそれで」

「……ああ、そうして欲しい」

「ッ!?」

 

 流石のレイヴンもその声には反応できなかった。酸素マスクを装着し、か細く呼吸を続けていた飛鳥が目を開け、今にも崩れそうな微笑みを浮かべていたのだ。

 彼はかぶりを振ってすぐそばで眠っているハナコに視線を送る。『起こさないでくれ』、と。

 

「すまない、君の力を借りてしまった」

「ですが貴方を完治させるには至らなかった。呪い、とナイトレスはいっていました」

「ああ、知っているよ。恐らく僕が見た事のあるものだ。まさか、僕が食らう側になるとは思わなかった」

「撃ったのは、ケイオスですか?」

 

 レイヴンの問いに飛鳥は頷き、

 

「完全に僕の弱点を理解している。困った事に僕はあの人に勝てない。何せ師匠だからね」

「アリウスは関わっているのですか?」

「関わっているけれど彼女達はむしろ僕を庇おうとしてくれた。だからレイヴン、責めないでやってくれ」

「……エデン条約はどうされるおつもりで?」

「もちろん行くよ。お膳立てだけして当日にはいないだなんて格好がつかないからね」

「―――死にたいのですか? ご自分の体がどれだけ脆弱なのかご存知なのですか?」

 

 レイヴンの語気に怒りが灯る。けれど飛鳥は微笑み、

 

「ああ知っている。正直撃たれた時点でショック死しなかった自分を褒めたいくらいには」

「では……」

「でも約束したんだよ。『未来』を」

 

 そこでレイヴンの眼差しに明らかな動揺が浮かんだ。飛鳥のいわんとする事をすぐに汲み取ってくれたのだ。誰に対する未来なのかを。

 

「……イノは貴方を裏切った」

「うん。僕が嘘をついたからだ」

「イノは貴方を信じなかった」

「うん。僕が彼女を待たせたからだ」

「イノは……」

「僕はイノを救えなかった。彼女が少しずつ人として死にかけているのがわかっていたのに手を伸ばせなかった。だから、今度は間違わない。あの人に勝って、アリウスを救う」

 

 強い意思を秘めた声だった。今にも砕け折れそうな細い体で、立つ事さえままならない体力で、負けるわけにはいかないという眼差しを持っていた。

 レイヴンはそれ以上何もいわなかった。無言で影となって闇に消え、病室はあっという間に静寂に包まれた。

 飛鳥はふぅ、と息をつき……そして押し寄せてきた痛みに歯を食いしばった。

 

「ぐっ、うぁ……があっ……」

 

 レイヴンの前では平気なフリをしていたが、額に浮かぶ脂汗も、痛みのあまり震える手足にも気付かなかったはずはない。無言でいなくなったのは飛鳥を休ませてやりたかったからに違いないだろう。

 視界が明滅する。痛みのあまり気がおかしくなってしまいそうになる。

 

(でも、痛みを味わうのは誰だってそうだ。だから僕はこの痛みを受け入れなくちゃいけない……)

 

 ハナコは眠っている。心身ともに疲弊していたのだ、無理もない。だからせめて起こさない様にと飛鳥は痛みを飲み込み続けた。

 

 

「……浦和さん、おはよう」

「え? 先生?」

 

 ハナコが目を覚ますと、窓の外から日の光が病室に差し込んでいた。いつの間にか眠ってしまっていて、夜が明けていたらしい。だがそんな事よりも彼女は聞き慣れた声に起こされた事に驚いていた。

 飛鳥が、目覚めていた。優し気な微笑みを携えて、いつも通りに。

 

「あ、せ、先生……」

「心配させちゃったみたいだね。でももう大丈夫、元気になったから」

 

 すぐに嘘だとわかった。まるで死人の様に青白い顔色がバレないと思うのだろうか。

 

(ああ、この人は無理をしているんだ。心配させまいと無理をしているんだ)

 

 そしてそれを指摘してはいけないと理解したハナコは、何もいえなくなってただ笑顔を浮かべるのだった。




私は古いオタクなので状況に合わせてこの歌がぴったりなんじゃないの!と思い続ける男。
この章のテーマソングが何かといわれると呪術廻戦のEDテーマ「よあけのうた」です。

現時点での投稿頻度に関してどのように感じていますか?

  • 区切っても良いから投稿頻度を上げて欲しい
  • このままもう少し早く出して欲しい
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