先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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Diva of Despair

―――ラムレザル。君は補習授業部の皆と一緒にいて欲しい。何かあった時の別動隊になる。今回の作戦はいうならば……行き当たりばったりだからね。

 

 飛鳥はそういって呆れた風に笑った。まさか自分がそんな事をいおうとは、そんな顔をしていたが他に作戦はないのかと聞くとかぶりを振って応えた。

 曰くケイオスの作戦は予想を遥かに上回るものが多い事が予想され、何が来ると予想するよりも迎え撃つ形で対応せざるを得ないと判断したそうなのだが、まさか古聖堂の防衛から外されるとは思いもしなかった。自慢ではないが戦力としては上から数えられるという自負がラムレザルにはあったのだ。

 

「ラムちゃん、調印式の方に行かなくてもいいんですか?」

「うん。ここにいるべきだって」

 

 非常に安価で色々食べられる素晴らしい飲食店……ファミレスの窓際席から空を見つめるラムレザルを心配してヒフミが声をかけてくれた。落ち込んでいる様に見えてしまったのだろうか、と彼女は振り返り、

 

「皆と一緒にいて、何かあったら動けといわれている。きっと先生はわざと戦力を分散させようとしている。どうしてかは……まだわからない」

 

 ラムレザルの声色は普段と比べて若干ではあるが低いものになっていた。飛鳥の采配に対して疑問を抱かずにはいられない、そんな様子である。

 今朝からずっとこの調子だ。ラムレザルは心ここにあらずといった顔でぼーっとしており、いつものハキハキとした姿はどこへやらである。

 そんな彼女を案じてか、隣に腰かけているアズサは腕を組んで考え込み、

 

「この前お見舞いに行った後すぐに退院が決まって、それから先生が方々を駆けまわっていたという話は聞いてる。でもそれ以外何もわからないというから恐らくは……ハナコは何か知らない?」

「私も気になったんですが細かく聞き出す事はできませんでした。『皆が知らない事に意味はある』だなんていっていましたが……」

 

 ハナコはしばらくの間飛鳥を看病していたのみならず、トリニティとの会議でも同行していた。一時的だが飛鳥の参謀的なポジションに就いて色々と相談を受けていたそうだが、そんな彼女にも飛鳥は詳細を伝えていないらしい。

 時折何を考えているのかまったく読み取れない人間だとは思っていたが、それなりに知り合っているはずのラムレザルにも明かさずに動いているとは予想できない状況である。

 と、ふと何かを思い出したラムレザルが視線を向けた先、しょぼくれた顔でオレンジジュースを飲むコハルがいる。

 

「コハル、それよりもどうして貴女がここにいるの。調印式会場の警備は?」

「……呼ばれてない」

「え」

「招集受けてない。ハスミ先輩もツルギ先輩も同級生達も集まってるのに私だけ呼ばれてない……」

「それなら、私と一緒だね」

「別に慰めになってないし」

 

 ラムレザルが落ち込んでいるとするならばコハルは完全に不貞腐れている。一応正義実現委員会の先輩達に本人から直談判したそうだが『まだ早い』『危険』といわれそのまま待機命令を出されたそうだ。

 そういうわけで不本意ながらこの場に残る生徒二名。いかにも微妙な表情でいるわけである。

 

「まぁまぁコハルちゃん。そんなに落ち込む事ないですよ? 何事も起きなければ、もしくは何かあってもすぐに収まればそれで済む話ですから。ほらほら……くすぐっちゃいますよ~?」

「ちょ、やめてよもー! 今そういう空気じゃなかったってばぜったい!」

「二人共、ここお店なのであんまり騒がないでくださいよ~!」

 

 気を遣ったのか、それとも単にそういう空気を嫌がったのかハナコは手近だったコハルに不謹慎な指の動きと共に近付き、にわかに騒がしくなり始める。慌ててヒフミが仲裁に入りドタバタとしている一方でラムレザルは窓の外に再び視線を向けていた。

 何か、何か嫌な予感がしてならなかった。先日の銃撃事件からずっと彼女は胸の片隅に嫌なざわつきを感じ続けていた。直感ではない、もっと論理的に説明できる、警告の様なものだ。

 

「……ラム、そんなに外が気になる?」

「どうしても……空気が張りつめている様な、そんな感覚がする」

「―――私も似た様な覚えはある。アリウスがもう姿を現わさないはずもない、けれど何を考えるているのかが私には予想できなくて……ん?」

 

 きっと何かある、そんなおぼろげながらも否定できない感覚にアズサが視線を外に合わせたその時、何かに気づいて声をあげた。ラムレザルがどうかしたのかと問いかけるよりも先に、彼女の指は今にも雨が降り出しそうな曇り空へと向けられる。

 空に線を描きながら円筒状のものが飛翔している。それがミサイルであると気付くのに数秒もかからなかった。

 二人は無言で飛び上がった。テーブルを踏みつける事などお構いなしで仲間達の頭上を飛び越え、ファミレスの入口から大通りへと駆け出す。

 

「え!? ラムちゃん、アズサちゃん!?」

「皆そこにいて。何かまずい」

 

 二人が路上に飛び出し、先程見た飛翔体の正体を確かめようとしたところで、大型の街頭ビジョンが視界に映り込む。クロノススクールのエデン条約調印式生中継番組だ。

 会場である古聖堂に、見慣れた顔が映し出されている。

 

『ハーイ、キヴォトス。僕はハッピーケイオス。手短にいうと超悪者。今から凄い悪い事をするよ。遠くから見てる君、退屈させないよ。期待しててね』

 

 一対の角、白髪、青い肌。異質、異物、異常そのものである存在がそこにいた。

 

『まずは花火が欲しいよね、大事なイベントだから。はいそれじゃあ、巡行ミサイル行ってみよう』

 

 そして次の瞬間、映像の端に見えている古聖堂の上で何かが爆発する。先程の飛翔体はハッピーケイオスが放ったミサイルだったのだ。だが直撃した様子はなく、爆発の中から更に見知った顔が現れる。

 飛鳥だった。『本』を手に虚空に浮かぶその姿はある種の畏怖さえ抱かせ、ケイオスと対を成すかの様な遺物だった。

 

「行かないと」

 

 そう呟いたのはアズサだった。ラムレザルは無言でそれに同調し、示し合わせたかの様に走り出す。何が起きたのかとざわめき街頭ビジョンを録画しようと端末を掲げる人々をかき分け、古聖堂へと全速力で向かった。

 この状況は飛鳥の予想通りだったのだろう。でなければ不意打ち気味の攻撃に対して彼が反応するはずはない。ではここからはどうなるのか、どこまでが予想の範疇なのか。

 

「アズサ、多分アリウスはこの騒ぎにかこつけて襲ってくるつもりだと思う。でも……」

「攻撃は先生が防いだ。襲撃するにはもうトリニティとゲヘナは防御の姿勢を固める準備のはず……アリウスの生徒達はどうやって?」

 

 疑問はそこだった。いくらケイオスが元の世界において『第一の男』という人物であるとしても彼一人で飛鳥を押しのけて調印式を粉砕するにはハードルが高いはずだ。つまり二の矢、更には三の矢まで準備していると推測してもなんら問題はない。

 だが重要なのはその二の矢が一体どの様なものなのか……そこにある。

 

「なんでもありえる。なんでもケイオスはできると思う。だから……だから……」

 

 どうすればいいのか、どうしていくべきなのか、それを考えていたラムレザルはどういうわけか自分の思考が穏やかに白く染まり始めている事に気付いた。突然頭にもやがかかり、手足を動かす以外の事を考えようとするとうまく走れないのだ。

 不調? そんなはずはない。既に飛鳥から体に異常がないのか検査は受けている。何せ自分と同じヴァレンタインと接触したのだ、何かしらの影響を受けているとしてもおかしくない。

 

「……頭がざらつく」

 

 だのに、消え去ったはずの感覚が再びラムレザルを襲っていた。狙い澄ました様なタイミングは恣意的という他になく、拭い去ろうとしても思考が定まらない。

 

「ラム? どうかした? 大丈夫?」

「だ、いじょうぶ」

 

『大丈夫なわけないよ。今君にコマンド送ってるからね』

 

 脳内に直接その声は響いた。こんな事ができる人物は一人しかおらず、そして阻む術をラムレザルは持ち合わせていない。

 ハッピーケイオス。今まさに古聖堂で飛鳥と交戦しているにも関わらず、彼はラムレザルの内部に侵入していた。

 

「あ、うっ……」

 

 思わず膝から崩れ落ちる。肉体の制御が奪われ、四肢の末端から浸食を受けている。

 

「ラム! ラム!?」

「これは」

『うん、ウチの子が接触した時点で君という神秘に干渉は成功していた。後は僕の方で操作するだけ……のはずだったんだけど、少し時間かかっちゃった。飛鳥君を責めないであげてね? たとえ君を地下に幽閉したとしてもこの結果は避けられなかった』

 

 何かが、ラムレザルの中で切り替わっていく。戦う為に作られたヴァレンタインという存在の内部を駆け巡る情報が書き換えられていく。

 抵抗する事は無意味だった。何故ならば内部から上書きされている為にラムレザルが持つ自我そのものは消滅しようとしているのだ。

 

「がっ、ああ……」

「ラム! 返事を……!!」

 

 駆け寄ってきたアズサが肩に手を置く。その温かさをやがてラムレザルは敵対生物による干渉と解釈し始めている己に心から戦慄していた。

 消える、消えてしまう、変わってしまう。誰でもない存在に。

 

「アズ、サ。逃げて―――!」

「……?」

「私が、私じゃなく、なるッッッッ!!!!」

 

 最後の力を振り絞り、肉体の再構築が始まるその瞬間にラムレザルは目いっぱいの力でアズサを突き飛ばしていた。なるべく、『ラムレザル=ヴァレンタイン』の視界からいなくなる様に。

 

「―――ヒフミ達に、よろ、しく」

 

 瞬間、ケイオスの発動したプロトコルにラムレザルは乗っ取られた。頭上に浮かぶヘイローに深く亀裂が入ったかと思えば、瞬く間にその肉体は機械的な四肢に置き換えられてしまう。

 鮮やかな褐色の肌は鋼鉄の外装に消えた。

 華奢な手足は禍々しい刃に歪み果てた。

 細い体躯はに膨れ上がり、およそ四メートル程にまで巨大化。大気を湾曲させるにまで至る。

 

―――ラムレザル*テラー。堕ちた神秘を纏った破壊者がそこにいた。

 

 

「―――先生、こっち!!」

「で、でもあれは」

「今の私達には優先するべき事がある!」

 

 驚愕に目を見開く飛鳥の手を引くどころか体ごと抱え上げ、ヒナはその場からの離脱を図っていた。目標は無論奇襲を受け撃墜された飛行船である。

 船内にはトリニティからはナギサ、サクラコ、そしてミネといったトリニティの重役と警護の為に正義実現委員会が。ゲヘナはマコト達『万魔殿』に加えアコ達風紀委員会の生徒もいる。

 先程の攻撃でどれだけの被害が与えられたのかなど今は考える必要がない。とにかく急行し、救助に向かわなければならない。

 

「■■■■―――!!!!!!」

 

 そして何の躊躇いもなくラムレザルは逃げる背中目掛けて両腕を突き付ける。砲口の様に向けられた指先からは禍々しい閃光が灯り、次の瞬間大気を歪める程の恐ろしいエネルギーが光線となって放たれた。直撃すればひとたまりもない破壊の光は、しかしヒナに届くよりも先に鉄拳によって防がれる。

 破壊者ラムレザルの前に立ちふさがったのは吸血鬼スレイヤーだ。襟を正し、ネクタイを締め直し、彼はこれまでにない程の圧迫感を放ちながら自分より遥かに大柄な敵を見上げる。

 

「ヒナ君、ここは私に任せて早く行くんだ」

「っ……お願い!」

 

 互いに背を向け、少女と吸血鬼は駆け出す。ヒナは仲間の下へ、そしてスレイヤーは敵の下へ。

 スレイヤーが放った拳がラムレザルへと叩き込まれる。ミメシスであるゴズに対して強烈なダメージを与えた一撃だが、しかし鋼鉄の装甲は僅かな傷をつけた程度。これにスレイヤーは目を細め、横凪ぎに振るわれた反撃を回避する。

 

「……聞いておきたいのだがね、彼女は元に戻るのかな?」

 

 スレイヤーが問いかけた先、拘束から抜け出したケイオスは首の骨を鳴らしながら口の端を歪めた。

 

「うーん、内側から書き換えちゃったから戻すのは苦労すると思うよ。そうだなぁ、身動きできなくなるくらいまで叩きのめした上でじっくりディスペルすればなんとかなるかも。できれば、の話だけど」

「ありがとう。では身動きできなくなるくらいまで叩きのめそう」

 

 スレイヤーの判断は早い。ケイオスの発言が嘘か真か、どちらにしても彼はラムレザルが動けなくなるまで攻撃する方向に切り替えた。

 ラムレザルの反応速度よりも早く鉄拳が突き刺さる。その打撃数、五。一瞬にして絶大な威力が一か所に集中し、巨体が僅かにではあるが揺らいでみせた。

 が、揺らいだ程度。金属をこすり合わせた様な禍々しい声と共にすかさず放たれた光線がスレイヤーに直撃した。

 

「むっ!?!?」

 

 受け止めきれずにスレイヤーの足は地面を離れ、宙を舞う。吸血鬼の膂力をもってしても耐えられない力がそこにはあった。

 当然である。かつてバックヤード内で初代ヴァレンタインが変身した個体はシン=キスク、Dr.パラダイム、そしてイズナの三人がかりで抑え込むのがやっとであった程の強敵、そこにキヴォトスの神秘が混ざり合った事でラムレザルはこれまでにない程の強大な力をその身に宿しているのだ。

 

「■■■ォォッ■ゥゥゥゥッッ!」

 

 巨躯からは想像もつかない程の速度でラムレザルは跳ねる。弾丸の様に駆けた彼女の拳は宙のスレイヤーへと差し向けられ、彼の腹部を容易く貫いてみせた。

 

「―――凄いでしょ。第二次聖騎士団選抜武闘大会のジャスティスに限りなく近い出力だ。本来ヴァレンタインにはジャスティスの器としての役割があった。再利用させてもらったんだよ」

 

 ケイオスが笑う。その言葉が真であるならば、ジャスティスの名を知る者に絶対的な恐怖を与えた事だろう。

 かつて世界を滅ぼしかけたギアの頂点。『背徳の炎』なきキヴォトスにおいて止められる者は数少ない。

 幸運な事にその内の一人が、今まさに拳を交えているスレイヤーである。古より生きるナイトレス、夜の王。人知を超えたもう一つの神秘だ。

 

「凄いとも。だが、まだまだ若い」

 

 腹を貫かれているというのにスレイヤーの微笑みは消えない。それどころか思い切り力を込めてラムレザルの側頭部を殴り飛ばし、その勢いで腹部を貫いていた腕から脱出してみせる。瞬く間に大穴は塞がっていた。

 

「何より乱暴な出力方法だ。このままではラムレザルは内側に流れる情報量に耐え切れず圧壊するぞ……?」

「そうだね、そしたら情報体フレアになって……大爆発起こすかも?」

「―――結構。では心を鬼にしよう」

 

 スレイヤーは一呼吸の後に、拳を砕かんばかりに握り締めてラムレザルを睨んだ。

 

「来たまえ……悪いが、粉砕する」

「■―――!!!!」

 

 一撃。ロケットの如き速度で跳んだスレイヤーの拳が深く鋭く炸裂する。金属がひしゃげる歪な音に続き、ラムレザルの巨躯がくの字に折れ曲がり吹き飛んだ。

 ひゅう、と口笛を吹いたのはケイオスである。

 

「すっごい、流石異種。レベルが違うね?」

「先程から傍観者を気取っているが……いつまで観客でいるつもりかね。君も早く舞台へ上がるといい」

「え~、二対一になるよ?」

 

「いいや、二対二だ」

 

 スレイヤーの拳によって大ダメージを受けたラムレザルがもがきながらも立ち上がり、再び攻撃の姿勢を取る一方で、戦いの余波で巻きあがった煙の中を進む刺客がいる。その素早い足取りを吸血鬼は既に感じ取り、奇襲のタイミングを用意したのだ。

 ケイオスの背後を取り、日本刀が妖しく光る。殺意も敵意もない、ただ斬るという心のみがそこにあったが故に彼は反応が遅れてしまった。

 一閃。静かに迫った刃はケイオスの首を真横から斬り落とす、その寸前で押し留められる。咄嗟に怪人が構えた拳銃の銃身が阻んだのだ。

 

「……へっ、意外といい反応しやがる」

「ううん、僕自身凄いびっくりしてる。なんで動けたんだろ」

 

 流浪人、梅喧。この機を今か今かと待ち、そして動き出した彼女の攻撃が防がれたのは偶然か必然か。だが初撃を防がれたならば次は正面から斬るだけの事。ケイオスを蹴り飛ばし距離を取った彼女は抜き身の刃を思わせる視線でじろりと彼を睨んだ。

 

「自分に驚くよ。こんなに冷静でいられるなんて」

「前に会ったかな?」

「いいや。会っちゃいねぇが、お前にすべてを奪われた……元復讐者だ」

 

 ケイオスは梅喧の目をじっと見つめる。片目は眼帯で覆われ、見たところ片腕もない。何があったのかを想像するのは非常に容易い。どんな過去が、どんな悲劇があったのかは読み取れた。

 そして、その上で彼女の目をしばし見つめたケイオスは不敵な笑みをスッと消していた。

 

「まずいな。君は最悪だ。もう恐怖なんて永遠に感じないと思っていたのに」

 

 梅喧の目に、ケイオスは何かを視ていた。

 

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  • 区切っても良いから投稿頻度を上げて欲しい
  • このままもう少し早く出して欲しい
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