先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
街が燃えている。破壊の光が走る度に何かが砕け、そして日常が崩壊していく。
その様をキヴォトスの人間達すべてが目の当たりにしていた。何事もなく終わる、そう思われていたエデン条約調印式で巻き起こる破壊の渦を、暴力と硝煙の匂いに慣れきっていたはずの人々はただ茫然としていた。
それは自分達にとって埒外な事象を目の当たりにしているからで、そして今現実に起こっている事を受け止めるのにしばしの時間を要した。
人々が意見を交換し合う場であるSNSには現場近くにいた人間が投稿した無数の動画ファイルがアップロードされ、尋常ではない出来事が今まさに起きているのだと拡散されていく。
話題の種火となるのはやはり飛鳥=R=クロイツ。不可解な力を持ち、特異的な『大人』であり、そしてシャーレの『先生』。そんな彼がこの事態の原因となっている為に、電子の波に乗った情報は瞬く間に真実を飲み込んでいく。
―――飛鳥=R=クロイツが爆発の原因?
―――私は先生に守ってもらった!
―――飛鳥先生は怪しい!
―――実は……悪い人!?
「な、なんだか凄い事になってるんですけど、いいんですかぁ、これ」
「いいも何もないよ。私達には関係のない事……このままじっとしよう」
ある廃墟には何人かの少女が息を潜め、スマホから調印式会場で繰り広げられている戦いの模様を見つめていた。本来ならばケイオスの教え子であり、今まさに古聖堂で引き起こされている戦いに参加する予定だったアリウススクワッドだ。
ケイオスと飛鳥が激突し、その場に狐坂ワカモが乱入した隙を突いて離脱した彼女達だが行く当てもなく、そして下手に外を出歩けないという理由から身を隠し、嵐が過ぎ去るのを待とうとしていた。本来ならばもっと素早く動き、なるべく街の中心部まで離れるべきなのだが、そうはいかない理由があった。
「り、リーダー、逃げましょうよ!」
メンバーの一人、怖がりなヒヨリが声をかけた先、薄暗い部屋の奥深くには膝を抱いたままピクリともしない少女が一人。
ケイオスから飛鳥の暗殺を命じられ、しかし対話の果てに心を絆され、裏切りの代償を払う事になった錠前サオリがそこにいた。
「……」
サオリは言葉を発しない。己を守る様に、身動きを取ろうとしない。身も心も荒みきった今の彼女には自らの意思で動く事さえままならなかった。
飛鳥に心を許しすぎたのだ。今まですべての感情を押し殺し、アリウスの駒として生き続けた彼女にとって不器用だとしても、純粋な気持ちで誰かと触れ合ってしまえば凍りついた心は溶けだしてしまう。その果てが……彼女の目の前で血の池に沈んでいく飛鳥の姿だった。
「―――無理だよヒヨリ。多分サオリはダメになってる」
「だ、ダメってなんですかダメって」
「……」
仲間の一人であるミサキは自分が発した言葉にぎゅっと唇を噛み締めていた。
ヒヨリも理解している。サオリの心が壊れてしまった事くらいは、容易に。
そしてサオリに寄り添う様に座っている少女……アツコも言葉にせずとも目の前の事実を飲み込もうとしていた。
「サッちゃん、聞こえてる?」
「……」
「先生は生きていた。今、戦ってるみたいだよ」
「……」
「―――もう、いい」
アツコの呼びかけに対し、サオリはぽつりと呟いた。
「もういい、これ以上、何も見たくない。もう―――いやだ」
今にも泣きだしてしまいそうなか細い声が漏れる一方で、ヒヨリが大事そうに両手で握り締めているスマホの画面越しに今まさに激闘が続いていた。
〇
「思い出したんだ。確かに僕に自分なんてない。そんなものとっくの昔になくなってしまった」
「だが……今俺の前に立つ奴は随分といい目をしていやがる」
「そうなんだ、そうなんだよ。君にバラバラにされて自己の再定義ができなくなってアポトーシス寸前まで追い込まれた。ラプラスもびっくりな無限後退だよ……それで、辿り着けた。僕という存在が何の為に今、ここに『在る』のかを」
『鏡』を前に膝を折り、崩れ落ちかけていた怪人が再起動する。己の中に眠っていた『約束』によって自分自身が何者なのか、何を目指して存在しているのかを思い出す事で。
「―――そう、僕は一人の大人であり、先生なんだ」
「上等だ。それじゃあ、もう一試合といくか」
「うん、でも時間がない。君達には時間が残っていない。時計の砂はまもなく尽きる、ひっくり返すにはもう僕の力は残ってない。だから……巻きでいこう」
ケイオスが銃を抜いた。すかさず剣士、梅喧は刀を抜く。突き付けられた銃口に殺意はない。だが初弾よりも確かな意思が込められた動作であり、そして既に彼から迷いが消えている事を示していた。
「僕らの相性は最悪だ。僕は君と一緒に踊り続けても満足できない、君は僕である以上決してスピードを早めたりもしない……だから重要なのは気持ち。僕が僕である以上の……ほんの少しの、気持ちだ」
「いいぜ。困った事に俺ぁお前とやり合うのが少し楽しくなってきた。やれるもんならやってみろ……!!」
勝負は一瞬。銃か、剣か。一発、一太刀で鏡合わせの戦いは終結する。
梅喧が先に動いた。地面を踏みしめ、己自身が一振りの刃であるかの様に滑らかに、射出された。
殺意はない、敵意もない。殺めもせず、ただ断ち切る……これ即ち『斬念剣』。無念無想の境地に至った剣士が振るう渾身の刃がケイオスへと差し向けられた。
「……凄い。背筋が凍る。心臓が早鐘の様に脈打つ。血が沸騰しそうだ」
だが誤算があった。本来、相手の心を写し取る鏡が如きその剣には何人たりとも抗う事はできない。心身を喪失しているか、それともよほどの気狂いでなければ切り結ぶのがやっとなのだ。
吸血鬼であり、そして何よりサムライである名残雪なる存在でさえも自身を『未熟』と吐き捨てる程である、はずなのだ。
「でも」
とはいえそれは相手が個人である場合。
「僕は」
とはいえそれは一対一の場合。
「一人じゃない」
無限にして有限、そう自己を再定義した混沌を前にすれば、鏡はほんのわずかに曇る。
ケイオスは理解した。自らを映す虚像は誤りである。本来ならば自分は映り込む事などありえない。誰でもあって、誰でもないのだから。
では……すべて飲み込む。黒い波となり、嵐となり、鏡さえも取り込んでしまうだけの事。
「ばぁん」
銃声にケイオスの声が重なる。梅喧の剣が鈍るその瞬間を狙いすまして放たれた弾丸は、彼女の腹部に直撃していた。
「―――見えたみたいだな」
「ありがとう。君がいなければ僕は初心を忘れていたよ」
静かに梅喧は倒れ伏す。死んではいない、だが重傷なのは確かである。その横をケイオスはゆっくりと通り過ぎ、静かに歩き始めた。
トドメを刺さないのは情けか、それとも梅喧の剣に敬意を表してか。
だがケイオスの抱いた感慨はすぐに忘却の中に消えていく。一〇〇年を費やして得た答えさえ、彼にとっては二秒で忘れられてしまうのだから。
〇
「はあっ、はあっ、はっ……!」
ヒナは走る。飛鳥を背負い、必死に駆ける。その小さな体躯に似合わぬ速度で弾丸の様に。
黒い煙を吹きながら飛行船は市街地目掛けて墜落しようとしている。このままでは中にいる生徒達のみならず、地上にもとてつもない被害が予測される。どうしようもない惨状が待ち受けている。
故に走るのだ。走って、走って、走り続ける。少しでも飛鳥を近付ける為に。
「先生、もう少しで飛行船の真下に着く。準備をして」
「空崎さん、無茶はしない方がいい。何があるかわかったものじゃ……来た!」
十字路に差し掛かったところで飛鳥が指差した先、ガスマスクを装着した生徒が銃器を手に迫ってきている。少なくとも味方でない事くらいはわかっている。となれば……彼女達がアリウスの兵士である事はすぐに理解できた。
ケイオスが場を荒らし、そしてあの謎の怪物を呼び出し、最後に後詰めの兵士達を送り込む。なんともわかりやすい制圧作戦だ。自ら先陣を切るケイオスの判断は大したものである。
「飛鳥先生、先に行って。ここは私が……」
「NO! そいつを連れて先に行け!」
ヒナが飛鳥を下ろし、殿を買って出ようかというタイミング、近付いてくる軍隊の間に何者かが割り込む。暗雲立ち込める空の下でハッキリと見える白髪、そして背中に刻まれた『俺』の一文字。
チップ=ザナフ。現代に生きる忍者は混沌とし始めた戦場に参上した。
「貴方は……」
「説明は後だ。敵は何か嫌な事を考えていやがる。さぁ行け!」
チップが吠えた直後、無数の弾丸が放たれた。何の躊躇いもないその発砲は明らかに飛鳥の命を狙ってのものである。
無論、瞬く間に刃の軌跡と共にすべての弾丸が叩き落される。百鬼夜行学院では見せる事はなかったチップの得物、利き腕に取り付けられた刃が牙を剥こうとしていた。
「Go ahead!」
「……すまない、チップ=ザナフ。空崎さん、頼む」
「後でちゃんと説明してちょうだい……!」
乱入者に驚きながらも味方である事をすぐに理解し、ヒナは再び走り出す。こうしている間にも飛行船は墜落寸前だった。
ヒナと飛鳥が走り去るのを確認し、チップは改めて迫りくる軍団を見据える。
数十人単位だ。恐らくここだけではない、残存しているトリニティ、ゲヘナ生徒共に襲撃を受けている事だろう。
だが何の為にここまでの破壊を起こすのか? ケイオスが何を目指しているのかが読み切れない。わかっている事は飛鳥が協力者と呼んでいた人間からの『条約』にまつわる情報のみだ。
「何をするつもりだ……あの野郎は」
〇
「先生! 見えた!!」
ヒナが叫ぶ。古聖堂から随分と離れた距離まで彼女はほぼノンストップで走り続け、開けた場所まで飛鳥を運んでくれた。
「僕を投げてくれ!」
「はあっ……!!」
飛鳥からの指示に迷いなく、ヒナは全力で彼を空中へと投げ飛ばす。流石はゲヘナ最強の生徒。その膂力から放たれた投擲力は彼の肉体をかなりの高度まで、文字通り発射していた。
だがこれにより飛行船まで限りなく近付く事に成功し、飛鳥は『本』を取り出す。既にクールタイムは終わっている。光と共に法術が復活し、飛鳥は重力を無視して飛行船目掛けて突撃した。
法力を利用した疑似的な通信回線を接続し、飛行船内にいるナギサへの連絡を繋げようと試みる。状況が状況故にノイズが混じっているが、数秒後に回線は開かれた。
『……飛鳥、先生』
「桐藤さん、無事かい!? 船内にいる皆は!?」
『火の手が回っていますので操舵室にいます。私とサクラコさんに、正義実現委員会のハスミさんとツルギさんがいます。『万魔殿』はマコト議長達が……』
『ぬおお! 飛鳥=R=クロイツ先生、何がどうなっている!? このままでは墜落だぞ、墜落!』
ナギサに割って入り、マコトの怒号が飛鳥の耳朶を叩く。思わずのけ反りながらも冷静に、
「今から君達を助けに行く。待っていてくれ!」
『よぉし! とりあえずゲヘナ優先で頼むぞぅ!! トリニティの連中は後でいい!!!』
緊急事態というのに相変わらずのテンションなマコトに呆れながらも飛鳥は飛行船の船体にまで接近し、そこから一気に内部まで量子テレポートを試みる。
一瞬にして彼の肉体はまるで船体を通り抜けるかの様に移動し、飛行船内部、操舵室までの移動を果たしていた。
僅か一秒で飛鳥は瞬間移動し、静かに床に降り立つ。操舵室にはナギサがいっていた様に見慣れた顔がずらりと並んでいた。
トリニティはナギサ、シスターフッドのサクラコ、そしてハスミとツルギ。
ゲヘナはマコト、イロハ、イブキに側近らしき生徒が何人か。
合わせて一〇人近くの生徒が飛鳥の出現に驚きながらも安堵のため息をついていた。
「飛鳥先生……!!」
いの一番に駆け寄ってきたのはナギサだった。飛行船内部で火の中を進んだのだろう、白が目立つ制服はところどころ煤けていた。
無事か、と聞くよりも先にナギサは勢いよく飛鳥に抱き着き、あろう事かぎゅっとホールドしていた。
「へぇ!?」
間抜けた声をあげたのはサクラコである。
「え」
「アギャ……」
緊張感のある表情を浮かべていた正義実現委員会のハスミとツルギは目を丸くした。
そしてマコトと彼女の右腕的存在であるイロハ、そしてマスコットであるイブキはギョッとしていた。
「あー!? なんだなんだ、この緊急事態に何をどうしとるんだ貴様らは!?」
「い、いや僕にもなんだか……!!」
誰よりも先に絶叫したのはマコトである。これには飛鳥も何をどう説明するのかわからず、とりあえずナギサの肩を掴み、無理矢理引き剥がしていた。
引き剥がされたナギサは自分が咄嗟に取った行動を遅く理解し、みるみる内に顔を赤く染め始めていた。
「や、そ、そのこれは……説明をさせてください、その……!」
「あの……もうなんか色々めんどくさいので脱出しませんか……!?」
「ありがとう棗さん、判断が早くて助かる!」
あまりにもひっ迫した状況下で不意打ち気味な抱擁を食らい、一瞬冷静な判断がつかなかった。飛鳥はイロハの焦燥に満ちた声色でハッと意識を引き戻し、即座に転送の法術を生徒達へとかけていた。
一瞬にして長距離の移動を可能とする転送だが、無論必要とする法力は尋常ではない。残り時間はまだ残っているがこれを使えば法術を発動する為のマナは大きく減少する事になるだろう。
それでも、飛鳥は迷わずナギサ達の転送を最優先で行っていた。
「桐藤さん、地上では既に戦闘が起きている。向こうに着いたらすぐ安全な場所に逃げる事!」
「せ、先生はどうされるんですか!? 私達と一緒には戻らないのですか!?」
「僕はこの船をなんとかする。いいね、すぐに逃げるんだ」
「ですが、せんせ―――」
ナギサの声はそこで途切れた。無事に転送は完了した。沈みゆく飛行船の内部には飛鳥のみが残され、窓から見える外の光景は今まさに高層ビルに激突しようかという状況だ。
飛鳥は息をつき、懐から『大人のカード』を取り出し『本』にはめ込んだ。
既に何度か『穴』は広がっている。つまり元の世界から流れ込む法力の量も多少なりとも許容値が上がっている。それならば多少の無理も……!
「アロナ。法力の出力を上げる。制限時間は99秒から180秒まで延長、レッドゾーンまで到達する前に知らせてくれ」
『はい! 先生!』
「……オーバークロック!!」
『カード』の力によって今まで以上に出力を上昇させ、法術が持つ理を捻じ曲げる力は更なる高みへと達しつつあった。
飛鳥が手を振るえば操舵不能にまで陥っていた飛行船のシステムは失われた回路を法術によって補い、瞬く間に息を吹き返していた。数秒もしない内にすべての機能が再起動に成功し、飛鳥の思うがままに動かせる状態にまで復活したのだ。
「都市部は避けたい……! 海か!」
市街地での墜落は地上への被害は避けられない。なんとしてでも海岸まで移動させ、海に沈める他ない。
飛鳥の指が滑り出し、一瞬の内に飛行船の自動操舵システムを構築。目標を少し離れた海に指定した。これで飛鳥の指示とは関係なしに船体は速度を上げ、海面めがけて墜落する予定だ。
「おっとそこまでだ飛鳥君。なかなかの立ち回りだけど手を上げて」
邪魔さえ入らなければ、の話だった。飛鳥の後頭部へ無骨な銃口を押し付け、ケイオスが不敵な笑みを浮かべるまでは。
音もなく背後に現れた事は問題ではない。梅喧が足止めしきれないであろうというところまで予測はしていた。
「意外ですね、もっと早く邪魔してもよかったと思うんですが」
「それじゃ面白くないだろ。飛鳥君に見せてあげたくてさ、僕がこれから行うサプライズを」
「……サプライズ?」
「君の予想通り、僕の目的はこの調印式そのもの。ここで行われるはずだった儀式をアレンジして僕流に作り変えちゃうつもり」
「そうですか。でもわざわざそれを僕の前に現れてまで話す理由は? もう実行したとか?」
「まさか、僕はそこまでリアリストじゃない。三十五分前に起動したともいわない。君に見せてあげたいのさ……絶望って奴を、さ」
瞬間、飛鳥は勇気を振り絞ってケイオスへと振り返る。発砲される危険を承知で、殴りかかる様な速度で。
意表を突かれたケイオス目掛けてしがみつき、即座に飛鳥は重力を操作してアクセルを踏み込むする様に加速した。
ゴウッッという風切り音と共に二人は操舵室を突き破り、飛行者の船体そのものを貫通してキヴォトス上空目掛けて飛翔していた。
「わあっ、流石飛鳥君!」
「―――ストレンジレットッ!!」
地上から数十メートルは離れた空の上。飛鳥が『本』から引き抜いたのは一枚のページ。彼がケイオス打倒の為に用意した最強の切り札。
飛鳥はページをケイオスの腹部目掛けて叩きつけ、法力を一気に流し込む。直後、ストレンジレットは起動した。
音が消える。耳朶に響く風の音、突風によってはためく布の音、すべてが一瞬にして虚空へと吸い込まれる。
「―――極小サイズのブラックホール。凄いな、よくこんなの出したね。空間が引き裂けるよ」
「ええ、なので師匠を中心に空間を切り離します。極めて小さく隔絶された世界で……貴方は事象の狭間に消えるんだ」
「ははは、飛鳥君。いいね、僕を消すわけだ。イカしてるよ、そ―――」
一秒後。ケイオスの姿は消失していた。腹部に発生した黒い穴に内側から吸い込まれ、最初から何もなかったかの様に消え去った。
やったか……飛鳥が口中で呟くのと、時間を巻き戻すかの様に虚空へ穴が開き、青肌の手が彼の首を鷲掴みにする。それがケイオスのものである事など考えるまでもなかった。
「前にいったじゃないか! バックヤード経由で分解できるってさ!!!」
「があっ……!!」
「それじゃあ今度は僕の番だ飛鳥君。お互い手の内全部明かさないと面白くないよッッ!!」
飛鳥が反撃するよりも先に空中でケイオスはあろう事か姿勢を変え、上からのしかかるマウントの形を取ってみせる。もがく飛鳥の両腕ごと胴を彼の足で抑え込み、法術を発動するよりも先に二丁拳銃が鼻先へと突き付けられる。
「う、ああ……!」
「こんな事いっても信じられないと思うけどさ。耐えてよね飛鳥君、面白くないからさぁッ!」」
飛鳥の目が見開かれた。法術による防壁はまだ健在だ。弾丸を受け止める事はできる。だが、しかし、目と鼻の先にある銃口を前にして思わず口から呻き声が漏れてしまっていた。
「デウス―――!」
「エクス―――!!」
「マキナ―――!!!」
出現するのは無数の銃口。ゲマトリアの一人、ベアトリーチェを瀕死にまで追いやった銃弾の嵐。耐えきれるのかどうか、それは神のみぞ知る。
〇
「くそっっなんなんだこいつ! これが空崎ヒナか!!」
「物量で押し込め! 負ける相手じゃない!!」
アリウス兵が迫る。山ほどの人数で、山ほどの銃器を携えて。
『委員長! ご無事ですか? こちらは今奇襲を受けています。アリウスの兵を蹴散らし次第そちらに向かいますのでご無事で!!』
ようやく通信が繋がり、アコの叫び声が銃声交じりに聞こえてくる。
「ええ、わかった。こっちもすぐに終わらせるから」
ヒナはそれだけいって、次の瞬間力任せにライフルを横凪ぎに払い、弾丸をばらまく。周囲を囲むアリウス兵はそれだけで悲鳴を上げながら吹き飛んでいく。
近付く者は片っ端から薙ぎ払い、忍び寄る者は手足の一、二本は折った。
敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返し、次第にアリウスの勢いは失われつつあった。勝てない、そう理解し始めたのだ。
「逃げるなら追わない。でも私の邪魔だけはしないで……!!!」
ヒナの声色には明らかな焦燥が浮かんでいた。飛鳥が飛行船に向かってからの状況がまったくわからない。襲いかかってきたアリウスの人間をいくら蹴散らしても状況は何らよくならないというのに前に進む事さえ困難だ。
飛鳥は、飛鳥の体はまだ万全ではない。腹に穴を開けられて『まだ完全に塞がっていない』のだ。
だのに今日、この場に彼は傷を押してやってきた。それが自分の使命だといい切って。
「先生……!」
その時空を見上げたのは偶然に近かった。感情が昂り天を仰いだ直後の事、ヒナは何かが空から落ちてくる瞬間を目にしていた。
人が落ちてきている。重力のままに。その姿に見覚えがある事に気付いたヒナは頭が真っ白になり、文字通り敵を蹴散らして駆け出していた。
気のせいでなければ落ちてくる人の姿は飛鳥に似ていて、気のせいか体中が血に染まっていて……!
「先生ッッッッ!!!!!」
届くはずはないとわかっていて、それでもヒナは必死に手を伸ばした。何もしないよりずっとマシという気持ちで。
そして残酷にもそんな気持ちなど意にも介さず、彼女の目の前に『ソレ』は落ちてきた。
言葉にできない、とにかく不気味な音が鳴った。何かが地面に激突した音だった。
まだ原型は留めている。幸運な事に……それとも不運にも、彼は全身に張り巡らせていた防壁によってなんとか落下時の衝撃から避けられていたのだ。
「……あ、う」
問題はそこではない。ヒナは足元に倒れ伏す彼の状態を前に、言葉を失っていた。
何があったのかなど想像もつかない。ボロ雑巾、そう呼ぶのが相応しい状態だ。
飛鳥=R=クロイツは、死体同然の姿でヒナの下へと戻ってきたのだった。
「せん、せい」
「あ~あ、これじゃ安易なバッドエンドだ」
声は頭上から降ってきた。ゆっくりと舞い降りてくるその姿に気付いたヒナは信じられない程の殺意が全身に漲っていくのを冷静に実感し、拳を砕けんばかりに握り締める。
ハッピーケイオスは両手に拳銃を持ち、愉悦を込めた表情と共に地上へと着地する。
「残念だ。とても残念だ。この結末は何度目になるかな? でもごめんよ、僕の計画はこれからだ」
「……黙って」
「悪いね、黙るつもりはないよ。ここからが面白くなるんだから」
ヒナの怒りが籠った視線を正面から受け止めながらも、ケイオスは飄々とした態度を崩さず、拳銃をホルスターに仕舞い込むと両手を広げ、三日月の様に裂けた笑みを浮かべる。
「準備はもう完了していた。大事なのは―――条約に誰が調印するのか。そして僕はもうとっくの昔に済ませてある。大事なのは、宣誓ってところかな」
「黙れ―――!!!!!」
怒号と共にヒナが突き付けた銃口から無数の弾丸がケイオス目掛けて放たれる。これでもかという程の殺意を込め、怒りを乗せて。
怪人は両腕を広げて攻撃を受け入れる……かと思いきや、音もなく虚無より現れた何者かがその身を盾にしてすべてを防ぎきってしまう。
「な……!?」
ヒナの表情に驚愕が浮かぶ。あろう事か、正体不明の存在は弾丸を全身で受けたにも関わらず、何のダメージもない様子で彼女を見据えていた。
その出で立ちはシスターが身に纏う修道服……だが露わとなっている顔は人形の様に美しい。深紅の瞳、深紅の髪を持つ少女は凄惨な状況にも関わらず異彩を放っている。
そして―――いつの間にか少女は二人に増えていた。否、三人、否、四人、否否否否……数十にまで増殖していた。
「一体、これは」
「えー、オホン。紹介しよう。かつてトリニティには戒律を守る為に存在した組織があった。シスターフッドの前進的組織だね。彼女達は他の追従を許さぬ戦闘集団であり……そして過ぎ去った過去の存在でありながらもトリニティへの誓いと共にその『概念』だけは生き続けていた」
少女達は一糸乱れぬ動きでヒナへと迫る。取り囲まれると判断し、すぐにヒナは倒れ伏す飛鳥へと駆け寄り彼を抱き起こす。
今度は離さない。そういわんばかりに強く飛鳥を抱きしめるヒナを、じわじわと少女達は包囲していた。
「―――うん、ありきたりな設定だ。というか僕は『何回も彼女達を見た』から正直飽きた。なのでシナリオにアレンジしてみる事にしたんだ。筋書きはこう。気高き『ユスティナ聖徒会』のミメシスは、異世界よりやってきた怪人の手でその形を歪めていく事になった。怪人の名前は、ハッピーケイオス」
少女達はじっとヒナを見つめる。人形そのものな不気味な眼差しだ。
「ハッピーケイオスは知っている。命令のままに生き、そして消えた最初の『人形』を。もう退場したキャラだけど……復活させるのは盛り上がるでしょ? えー、オホンオホン―――『あのヴァレンタインが最後の一人とは思えない』」
ケイオスはわざとらしくしゃがれた声で、老人の様にいった。
「まぁそういうわけで……今この瞬間を持って『ユスティナ聖徒会』は僕のものになる。不死のヴァレンタイン軍団となって、ね?」
遂に、男の計画は最終段階に移ろうとしていた。
暴走するラムレザル。
蘇ったヴァレンタイン。
そして死に瀕した飛鳥。
キヴォトスに、嵐が襲い掛かる。
遂にこの展開をお見せする時が来ました。
長かったです。
現時点での投稿頻度に関してどのように感じていますか?
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区切っても良いから投稿頻度を上げて欲しい
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このままもう少し早く出して欲しい