先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
「ナギサ様……ナギサ様!? 皆、ナギサ様です!!」
突然現れたミレニアムの生徒が操るドローンに誘われるままに向かった先、戦場から少し離れたそこには確かに臨時の拠点が作られていた。といっても施設があるわけでもなく、残っていた物資をかき集めてそれっぽく仕上げた程度のものである。
更にいえば拠点に集まっている生徒達の大半が薄汚れており、今の状況に至るまでどの様な経緯であったのかを想像するのは容易だった。
トリニティの生徒達はナギサが健在であると知るとそれまでの不安に満ちた表情をかき消し、一斉に駆け寄ってきていた。
「サクラコ様、ご無事でしたか!? お怪我は!」
「私は大丈夫です。ご加護があったのでしょう……」
シスターフッドの生徒達もおり、サクラコの顔を見るや否や集まり始め、そして口々に互いが無事である事を喜んで何事か唱え合っている。
残ったゲヘナだけは剣呑な空気を漂わせていた。最高指導者であるマコトの顔を見ても喜ぶどころか怪訝な顔をする者が多く、特に風紀委員会の腕章をつけている者達は明らかに怒りを込めている様子だった。
「キキキ、なんか空気悪くないかイロハ」
「そりゃそうでしょうよ。誰か忘れてませんかマコト先輩」
「ん? あ、いわれて見ればヒナの奴がいないではないか。どこに行った? まさか死んだか!」
緊迫した状況下においてマコトは何の配慮もなくぽろっと漏らしてしまい、イロハは「やったな」といわんばかりに近くにいたイブキを抱き寄せるとそそくさとその場を後にする。そしてそのタイミングを待っていたかの様に、風紀委員達をかき分けて近付いてくる生徒達がいた。
先頭を歩くのはヒナの右腕であるアコ。その後ろをイオリとチナツが続いていた。
「マコト議長ッ、空崎ヒナ委員長はご一緒ではないのですか!?」
「知らん! 私達も飛行船から脱出してここまで逃げるので必死だったのだ。あのゴリラの生死など確かめている場合ではなかった!」
「コイツッ……委員長はわざわざ助けに行ってくれたっていうのに!!」
「―――待ってください、アコ、イオリ。ここにいないのはヒナ委員長だけではありません。飛鳥先生もです。マコト議長、ご存知ですか?」
チナツが発した声は気味が悪い程拠点に響き渡り、二大校の生徒達は口々に飛鳥の不在について触れ始める。
混沌としていた戦場から撤退するだけでも一苦労だった以上、あの場にいた飛鳥を救出する暇などなかった。この場にいる誰もそれを責める事などできはしない。
ただ一人、ナギサだけはギリリ、と歯を噛み締め、
「飛鳥先生は、まだ戦っています。恐らくヒナさんも一緒に」
「一緒にって、何とですか」
「襲撃者です。ハッピーケイオスと彼の私兵を抑え込もうとしているんです」
「……じゃあなんですか、貴女達は我が身可愛さにしっぽを巻いて逃げてきたんですか!?」
思わずアコから怒号が飛んだ。敬愛するヒナを置いてきてしまった彼女自身に突き刺さってしまう言葉だったが、それでもそう口にせずにはいられない感情がその胸中には渦巻いていた。
アコだけではない。この場にいる全員が飛鳥=R=クロイツが決して強靭な人間でない事くらい知っている。何故なら彼は一週間前に銃撃され、死の淵を彷徨っていたのだ。
「ま、待て。私達も必死だったんだ。そう噛みつくな……! イブキもいるんだぞ」
「委員長と先生を置き去りにする理由になるんですか!?」
「あ、あの行政官!? これを見てください!!」
今まさにアコが爆発しようかというそのタイミング、風紀委員の一人がスマホを手に駆け込んでくる。大事な話の最中に何の用だといわんばかりに睨みつける彼女へと突き付けられたのは中継らしき映像だった。
そこに映り込む人物を目の当たりにしたアコは目を剥いてスマホを奪い取り、穴が開く程にじっと視線を注ぎ込む。
「なんですか、何が映っているんですか?」
ただ事ではない様子を見たナギサが横から画面を覗き込むと、その声は流れ出した。
『僕と飛鳥君はシャーレの外からやってきた。元の世界で飛鳥君はこう呼ばれている、『魔王』ってね』
「ハッピー……ケイオス!」
ナギサはすぐに画面を操作し、音量を最大にまで引き上げる。その場にいる全員が音声を聞き取れる様にだ。
ケイオスの声は淡々と、そして次々に思いがけない内容を話し始める。
『一体何をしたのかって? 戦争を起こしたんだよ』
『彼は虐殺を起こした。兵器を作った。混沌を生んだ』
『―――友達を裏切った』
それはかつてケイオスがナギサの精神を揺さぶる為に話し続けた内容と同じだった。
そしてこれらが虚偽ではなく事実である事を飛鳥自身から聞かされたナギサは、それ故に瞬時に『これは嘘だ』といい捨てられなかった。
「―――先生が戦争を起こしたってどういう事?」
「虐殺って?」
「兵器??」
次々に拠点内の生徒達がぶつぶつとケイオスの言葉を反復して呟き始める。襲撃を受け焦燥感に駆られている中でケイオスが突如暴露した内容は真偽など関係なく、混乱を与えるに十分だった。
ナギサがハッとして周囲を見ると、やはり全員が何事かと目に見えて困惑している。特にアコはスマホを持ったまま、眉をひそめていた。
「どういう事ですか、これは。何をいって……」
「天雨さん、惑わされてはいけません。これはケイオスの策です。彼は私達を混乱させる為に―――」
「本当なのか、嘘なのか、私が知りたいのはそこです。もしも本当だとしたら……それにケイオスと師弟関係? 一体どういう」
「ですから……!」
アコが抱いている感情がどんなものであるかナギサはよく知っている。かつて裏切り者の存在を信じて疑わず友人さえもふるいにかけようとしたかつての自分自身が、同じ方法でまんまと踊らされてしまったのだから。
故にこの場を落ち着かせなければいけない。ケイオスの言葉に乗っては彼の思う壺だ……!
「待て。何故そんなに慌てている桐藤ナギサ。その口ぶり……貴様は真実を知っているのか?」
「それは……っ」
そしてこんな状況下にも関わらず目ざとく探りを入れてきたのはマコトだった。沈静化させようと必死になったせいでナギサはさぞ悪目立ちしていた事だろう。しまったと思うよりも先に、どういい返せばいいのかがわからず言葉に詰まってしまっていた。
沈黙は何よりも肯定になる。ナギサがマコトの追及に対して答えあぐねたのを目にした生徒達はざわめき始めた。
「つまりなんだ、貴様は……飛鳥=R=クロイツが過去に犯した罪を知っていて黙っていたのか!!」
「っ―――!」
「はっ、何がエデン条約だ。貴様は最初からあの大人と繋がっていたというわけか! 見えたぞ。このどさくさに紛れて我々ゲヘナの寝首を掻こうというのだろう!? はーっ、やはりトリニティと手を取り合うなど不可能だな!」
水を得た魚の様にマコトは嬉々とした様子で捲し立て始め、更にナギサは上手く返答できずにただ黙って聞いてしまっていた。何故なら飛鳥が話した過去を彼女が決して誰かに漏らす事はなく、ずっと己の内にしまい込んでいた事は事実なのだから。
そうして今、最悪の形でその封は開かれてしまった事になる。もしもここまで計算した上でケイオスが動いていたのだとすれば薄気味悪いという他にない。彼はまるで未来を見てきたかの様だ。
「となれば、だ! 攻め込んできているのはアリウスだろう。我々ゲヘナは巻き込まれたのみならずトリニティの不誠実な姿勢のおかげで多大な損害を被った事になる、違うか!」
「―――」
「キキキキ、ヒナの奴が気の毒でならん! 飛鳥=R=クロイツに懐いていた様だが、よもや戦争犯罪者だったとはな! シャーレの先生が聞いて呆れる!」
「……少し黙ってください、マコト議長」
視線を伏せてしまうナギサに対して何の遠慮もなく捲し立てていくマコトを誰も止める事などできない、と思いきやゾッとする程低い声で制止した者がいた。アコである。
先程までの怒り狂った調子は完全に鳴りを潜め、能面の様に冷静さを取り戻した彼女の視線に調子に乗っていたマコトは蛇に睨まれた様に口をつぐんだ。
「今の放送の内容がなんであれ、ヒナ委員長が孤立しているのは確かです。これより部隊を再編成し救援に向かいます」
「行政官、それでしたら今現場に向かっているツルギも合わせて正義実現委員会も同行しましょう」
アコに続いたのはハスミだった。ざわめきが収まらないトリニティの生徒達を持ち前の冷静な声色で落ち着かせながら、彼女はナギサをじっと見据える。黙っていた事について何か思うところがあるのだろう。
が、すぐに視線を逸らし、
「放送の内容が真実なのかどうか、それは飛鳥先生本人に確認するべきでしょう。このままでは彼は間違いなく殺されます。空崎ヒナ委員長のみならず、彼も救助しなければ」
「……ええ、そうですね。今はとにかく我々もできる事をしましょう。貴女にいわれるのは心底癪ですが」
それはまさに鶴の一声だった。混乱している暇があれば手を動かし、事実確認に動く。現段階でケイオスの放送とナギサの反応ですべてを鵜呑みにするべきではないとハスミは訴えたのだ。
思わぬ助け船にナギサがほっと胸を撫で下ろす一方で、マコトは食い下がった。
「飛鳥=R=クロイツが殺されるだと? だが私達は見たぞ。奴はなんかこう、空飛んだりビーム出せたりするんだ。そう簡単に負けはせんだろう!」
『万全ではないとしたら、どうしますか』
一刻も早くこの場から撤退してくてしょうがないのだろう。アコ達の動きを少しでも邪魔しようとするマコトを遮ったのはドローンから響いたヒマリの声である。これにはナギサも眉をひそめ、
「―――冗談ですよね? 嘘です。飛鳥先生は、治療を受けたと」
『治療を受けた事と飛鳥先生本人の体力は別です。そもそも皆さん忘れています。飛鳥先生は私達とは違う。高所から落ちれば死ぬ、刺されれば死ぬ、撃たれれば……死ぬんです』
「それじゃあ、飛鳥先生は!」
『はい。腹部に銃弾が貫通した事による銃創は完治していません。それなのに彼は気合だけであたかも復活した様に見せかけていたんです』
銃で撃たれ、面会謝絶。そんな情報が広まり始めたタイミングで飛鳥はラジオを放送し、自身が健在であると示した。それどころか数日で退院し、エデン条約にも参加すると大々的に宣言していたのだ。
誰もが思っただろう。『やはり大人は違う』と。
だがそんな奇跡など起きはしない。撃たれた時点で死んでもおかしくなかった飛鳥は、まだ重傷のままだったのだ。
「ミネ団長は……どうしてそれを許したんですか!? 救護騎士団の長である彼女がそんな事を許すなんて!」
『飛鳥先生が説得したんです。具体的に何を話したかまでは私も聞いてはいませんが……それでも、今頃蒼森ミネさんは怒り狂っているでしょう。退院の条件は『戦わない』事ですから」
誰も、何もそんな話を聞いてはいなかった。
退院直後、飛鳥はあたかも完全復活したフリをしていた。確かに撃たれたが治療の甲斐あってまったく問題はない、と。
だがその裏では痛みに苦しんでいた。どうにも頼りなく信用できない飛鳥が、周囲を騙し続けていたのだ。
「何故そんな事をしたんですか飛鳥先生は。私達だけでは不安だと、そう思ったんですか? 教えてください」
『至極簡単な話です。飛鳥先生は大人として……責任を果たすのだといっていました』
「何をそんな……!!!」
『先生はこういっていましたよ。自分は言葉ではなく行動を以て皆さんに証明する、と』
どうしてこう、あの男は人に頼ろうとしないのか。相談一つせずに勝手に動こうとするのか。
ナギサは心配を上回り、怒りさえ湧き出そうとしていた。一人で抱え込み暴走する飛鳥に一発お見舞いしたい気持ちさえ湧いてきていた。
「……ハスミさん。立て直したらすぐに飛鳥先生の救援に向かってください。いいたい事が山程ありますので」
「わかりました。ナギサさんが酷く怒っていた、そうお伝えします」
そうと決まれば話は早い。トリニティ、ゲヘナ両校はひっ迫した状況下にも関わらずヒナと飛鳥を救い出すべく再び戦いの中へと身を投じる事を決意していた。
〇
「―――何故だ。このままでは私の見た未来が実現してしまう」
吐き捨てる様に呟きながらセイアは校舎内部を進む。
一方、トリニティの校舎は大混乱に陥りつつあった。突如調印式の会場で爆発が起きた事から始め、不可解な現象が連続して起きているばかりにナギサ不在の状況下では待機している生徒達の指揮がままならないのだ。セイア一人ではすべての生徒達を抑え込む事は不可能とさえいえる。
常日頃から陰謀が渦巻くトリニティは一枚岩ではない。ティーパーティーの人間がやめろ、と命じて止まる程単純ではないのだ。
(このままだと……あの夢の通りだと、非常にまずいぞ!)
「せ、セイア様! 大変です!!」
「大変? 今度はなんだ。今回の騒動はゲヘナの仕業とでもいい出した者がいるのか?」
「そ、それが……ハッピーケイオスを名乗る人物が『飛鳥=R=クロイツは戦争犯罪者である』という内容の放送を!」
(しまった……それは未来の中には出てこなかった。まさか、少しずつ変わりつつあるのか?)
「……それで?」
「お、落ち着いて聞いて欲しいのですが……! 一部過激派がすべての原因は飛鳥=R=クロイツ、並びにハッピーケイオスにあると断定。独自に生徒を集め、シャーレへの攻撃を開始すると!」
「バカな! 状況を理解しているのか!?」
「それだけではありません! 彼女達は、新たなるティーパーティーを作るといい出し……投獄している聖園ミカを開放すると!」
「ッ!?」
―――「ほらね、レイヴン。やっぱり私は魔女なんだよ。その方がずっといいんだよ」
脳裏をよぎったのは覗き見た未来の中でも最悪の映像。
少女が血にまみれ、絶望の涙を流す姿だった。
現時点での投稿頻度に関してどのように感じていますか?
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区切っても良いから投稿頻度を上げて欲しい
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このままもう少し早く出して欲しい