先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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やりたかったタイトルその3か4くらいです


The Gravity

 古聖堂が爆破され、戦闘が始まり、それなりの時間が経過した。

 たったそれだけの時間にも関わらず既にキヴォトスの各学園は一人の怪人によって引き起こされた未曾有の危機に対して自衛を始めている。

 その中でただ一人、飛鳥よりこの様な事態を予想して『計画』を教えられていた生徒がいる。キヴォトス一の才女であり、そして異世界より帰還を果たした明星ヒマリである。

 前線に出る事はなく偵察用のドローンを利用してヒマリは炎上する街を駆け抜け、ナギサ達の戦線離脱を手助けした。だが彼女の目的はそれだけではない。飛鳥から託された『解析』の仕事がある。

 

「エイミ、データの解析を開始します。映像一つひとつに手がかりがあるはず。飛鳥先生から渡されたデータとの比較を忘れずに」

「何このデータ。完全にこの世界に存在しない物理法則を基準にしているのに、まだ見つかってない未知の物質を想定してる? 部長意味わからないよこれ」

「そうでしょうね。私にもよくわかってはいませんよ。ですが、それこそは私達の使命。デカグラマトンも魅力的でしたがこの『ミメシス』なる現象はオカルトじみていながらもある種の科学的根拠に基づいて構成されているに違いません……『高度に発達した科学は魔法と呼べる』という、まさにソレですね」

 

 ドローンの目を通してヒマリはケイオスが操る正体不明の軍団を分析し続ける。

 飛鳥より共有されたのは朽ち果てた遊園地より回収された謎の粒子とキヴォトス沿岸部に出現した巨大怪獣の映像データ……そして、『情報体フレア』なる存在しない物理法則を前提とした不可解な理論である。

 彼女の隣に腰かけ、機械の様に冷静にコンソールへ情報を撃ち込み続けるのは『特異現象捜査部』の部員である和泉元エイミだ。意味がわからない、そう口にしたばかりであるはずの彼女は既に新たな情報を取り込み、驚異的なスピードで処理し始めている。

 

「いいですかエイミ。あの謎の軍団、アレは間違いなく実体を持って存在しているんです。ですがその存在を維持しているものはなんでしょうか? 少なくとも出血はしていません、つまり血肉ではない。血肉でなければ彼女達の内側を駆け巡っているものは一体なんですか?」

「……実体を持ちながらそれでいて形而上的な存在って事?」

「そうです。アレは確かに実体を持ちながら、『現象』なのです。彼女達を構成する『何か』を媒介してこの地上に存在している……そこで飛鳥先生から提示された情報体フレアです」

「えーと、正式名称は過剰情報密度現象? 現実の空間内に定められている情報素子量を上回った事で圧壊を引き起こす……ああ、なんとなくわかった。容量オーバーって事……ねぇこの憑依って何?」

 

 恐らくこの場に異世界では物理学の探究者として知られるDr.パラダイムがいれば感嘆の声をあげていた事だろう。

 まだ十代の少女でありながらヒマリとエイミは既に『あちら側』の物理法則を理解し、『こちら側』のフォーマットに当てはめて考察を開始していた。その速度たるやコンピュータを遥かに上回る速度である。

 

「……なるほどわかってきた。この物理法則は複雑に見えてびっくりするくらい簡単なんだね部長。ただの機械言語だよこれ。世界規模の超巨大コンピュータがあって、そこから下される指示が物理現象として発生するんだ」

「素晴らしいですよエイミ。これほどの短時間で理解してみせた事を後で褒めてあげましょう。さて問題は飛鳥先生がこの情報を我々特異現象捜査部に開示してくれた理由にあります」

「今起きてる現象の解析を私達に頼んできたってわけ。納得した。でも部長、これもう答え出てるよ」

「ええ、私もです。今トリニティ学区古聖堂で発生しているあの『軍団』の正体は間違いなく憑依……情報体フレアとでも呼ぶべき現象です。何らかの情報が形を持って溢れ出ているんですね。ただ、その情報の出所は?」

 

 二人が辿り着いた結論。それはほぼ正解である。

 過去に存在したトリニティの守護者『ユスティナ聖徒会』がゲマトリアの技術によって誕生したモノ。それが今現在飛鳥と激闘を繰り広げている者達である。ただ、それは『本来の歴史』である。

 ハッピーケイオスの介入。アリウスとアクセル=ロウの接触。

 当初の予定から大きく形を変えた結果、秤アツコの血によって誕生するはずだった戒律の守護者達は変貌……異世界で『慈悲なき啓示』の尖兵として作り出された一人の少女に情報を上書きされるに至った。

 では、一体何がユスティナ聖徒会を上書きしたのか? システムを書き換えてしまう程の情報とは?

 

「―――ありがとうございますエイミ。答えは出ました」

 

※

 

 同じ顔をしたミメシス軍団は挙動一つひとつにも一切のズレがない。個にして全体、全体にして個という表現が最適だろう。

 ケイオスが指揮者の如く指を振るえばミメシス達は集まり、唸り、濁流となって地面を波打たせる。

 一体か二体削った程度では黒い波を退けられはしない。ましてやたった一人ではとても……!

 だが、飛鳥=R=クロイツは例外中の例外に当たる。

 

「放出を誘導……ディフュージョンッ!!」

 

 かつてデカグラマトンの一柱であるビナーとの戦闘で使用した最大火力の攻撃、サブミクロン粒子高圧縮球が空間を削り取りながら放たれる。

 黒い波との激突により炸裂した破壊の力はミメシスに打ち勝ち、周囲一帯を巻き込んだ大爆発と共に一気に軍団を蹴散らす。

 そうした戦いの隙間を縫う様にして駆ける少女が一人、空崎ヒナである。細腕からは想像もつかない怪力と共に振るわれる大口径ライフルが火を噴き、ミメシス達を抉り飛ばしていく。

 

 ヒナが飛鳥の味方であると高らかに宣言し、二人のコンビネーションはここに来て境地に至っていた。互いに言葉にせずとも連携して動き、多少のズレこそあれどそれも埋め合わせる程度に。

 飛鳥が頭脳となり、ヒナが手足となる。二人三脚、否、まさに一体となったかの様なその動きは誰の目から見ても二人の信頼関係というものが見て取れた。

 しかしその圧倒的なコンビを前にしても、圧倒的な物量差を上回るには根本的な問題がある。

 

「ほぉ〜、凄い凄い。いい連携だよ二人共。なかなか息が合っている。でも僕には指一本触れられない状態だけどそこのところ大丈夫なのかな?」

 

 そう、確かにミメシスを圧倒してはいるものの大本であるケイオスを撃破しない事には無限に押し寄せる軍勢と戦い続ける未来が待ち受けている。現状あまりにも飛鳥とヒナには打開策と呼べるものは存在しなかった。

 そしてそれを理解していないはずもなく、二人は真剣そのものな面持ちでじっと周囲を睨みつける。

 

「わかっているだろう飛鳥君。大人のカードを利用したオーバークロックはいいが、もう三度目になる延長だ。これ以上は情報素子量の上昇が止められない。いくら異世界間の同調が強まるといっても限度があるんだ。加えて君の肉体に重なる疲労、そしてヒナ君の疲労はカバーしきれないよ」

 

 ケイオスは冷静に飛鳥の現状を分析する。キヴォトス中に向けた放送の効果が出ているのか援軍がやってくる様子はまったくない。真綿で首を絞める様に飛鳥は次第次第に弱りつつある程だ。

 だが飛鳥の目からは闘志が消えない。確固とした意志を持ち、ケイオスと対峙している。

 ヒナが味方してくれた事への喜び……だけではない、何か明確な目的を持った目だ。

 

「……わかっています。わかっていますよそれくらいは」

「ふぅん、じゃあなんでそんな敵意ギンギンの目で僕を見るのかな? まるで―――うん? なんか変だな」

 

 異変に気付いたのはケイオスである。心底楽し気に歪んでいた彼の眼差しは唐突に一切の温度を失い、飛鳥の気力に満ち溢れた眼差しをじっと見つめ返す。

 何かを察し、しかしありえないと嘆息し、まさか、とケイオスは肩をすくめ、

 

「―――まさかとは思うけど、勝つつもりないの?」

「勝つつもりです。僕はその為にここにいる」

「じゃあ、君はどうしてそんな風にしているんだ」

「……内緒です」

 

 言葉を交わした果てに飛鳥はニヤリと微笑んだ。ケイオスは不可解なモノを目にした事でその双眸に僅かではあるが動揺の色を浮かべた。

 飛鳥は何かを期待し、何かを確信している。それは彼らしくもない、まるで待ち遠しく感じている様だった。

 何か妙だ。だがその妙をケイオスは求めてやまない。教え子が自信ありげな顔をしているのだから、なおさら。

 

 飛鳥は改めてケイオスを見据え、そしてそれまでとは異なり穏やかな声色で、傍らのヒナにこういった。

 

「空崎さん。君を付き合わせてしまって申し訳なかった。ここからは僕一人で戦う」

「一人でって……何をいいだすの、無茶よそんなの」

「もうすぐこの戦いは一区切りつく。安心して」

 

 そうして飛鳥はゆっくりとケイオスへと歩き出す。向かってくる敵を屠らんとミメシス達が動き出そうとするのを主は遮り、教え子の誘いに応えてやる事にした。

 ヒナがついていこうとすると、飛鳥はかぶりを振って拒絶する。その仕草は彼が一対一の戦いに挑む事を意味していた。

 

「ケイオス、いえ師匠。僕を撃った時貴方は宿題といって、ある問いかけをしましたね?」

「……したね」

「どうして人と人は出会うのか……僕の師匠である貴方らしい問いかけだと思った。答えがあるわけのない宿題を課すだなんてナンセンスだ」

 

 飛鳥は懐に手を入れる。それだけでミメシス達は共鳴する様にざわめいた。状況は明らかに飛鳥の不利だ。既に法術は切れかけており、今度こそ打つ手がなくなろうとしているのだから。

 だが、それなのに彼の目に宿っているのは確かな勝算を元にした決意。一体何を根拠にそこまでの決意を秘めているのか、ケイオスは答えを知るべく踏み出した。

 

「僕は運命という言葉は信じない。偶然という言葉はあっても、必然なんて事象は起きないと思っている」

「僕も同じさ。僕は運命じゃなく理由を信じる。誰かに存在を肯定する事で僕はここにいるからね」

「生憎ですが僕は貴方の思想に共感するつもりもない。明言しようのない何かに肯定されるだなんて」

「それじゃあ、君と僕がどうして出会ったのか教えておくれよ」

 

 そうして二人は向かい合う。ヒナが、ミメシスが見守る中で。

 飛鳥が懐から引き抜いたものは……拳銃だった。何の変哲もない、キヴォトスであればコンビニで撃っている様な。

 ケイオスは己の銃を構えない。飛鳥の回答を待ち受ける。

 

「僕が貴方に出会った理由、フレデリックに、アリアに、そしてキヴォトスの皆に会えた理由は……きっとそういう風に物理法則があったからです」

「……それって運命じゃないの?」

「いえ、物理法則ですよ師匠。異世界であっても変わらない事が一つあった……『重力』です」

 

 飛鳥は微笑みを浮かべ、

 

「僕達は重力のある世界に生まれ、そして同じく重力のある世界と巡り合えた。僕達の共通点はそれです」

「リンゴが木から落ちる事ってそんなに大事?」

「大事ですよ。住む世界が違っていても、話す言葉が違っていても、目の前で起きた事に対して一緒に考えられるんですから。だから僕は……人が人と出会う理由は重力だと思っています。重力が……すべての答えを知っていると信じています」

 

 そうして、まるで飛鳥の言葉が込められたかの様に一発の弾丸がケイオスの眉間に突き刺さった。

 何の変哲もない普通の拳銃。ケイオスにとってなんら脅威ではないはずのその攻撃は……意外にも彼に付き従うミメシス達に異変をもたらしていた。

 それまで一瞬のズレさえ起こり得なかったミメシス達が突然、一斉に乱れ始めたのだ。何かに蝕まれるかの様に悶え苦しみ、そして苦痛から逃れようとそれぞれが独立して動き出したのである。

 

「先生、何をしたの……!?」

 

 ヒナは動揺から声を荒げながらも、飛鳥の起こした行動が混沌の中心から逃れるきっかけとなった事も理解した。

 飛鳥の放った銃弾を受けたケイオス本人が、明らかに動揺していたのだ。

 

「おっ、おお……? これは……飛鳥君、もしかして僕のヒントを拾ってくれた?」

 

 ケイオスの眉間に空いた風穴がまったく塞がろうとしない。これまではたとえ胴体が泣き別れになろうとも復活していた不死身の肉体が、時を止めたかの様に動き出そうとしない。

 だが飛鳥の持つ拳銃になんら異変はない。彼の身を案じた七神リンが貸し与えたものでしかない。

 重要なのは、銃身に込められていた一発の弾丸である。

 

「貴方が僕に撃ち込んだ弾丸には吸血鬼の力が込められていた。なんとかその成分を抽出して一発分は作り出せましたが……七神さんに銃をもらわなければ辿り着けなかったな、選択肢として用意していなかった」

「ええ? リン君にもらったんだ? いいなぁ……そのルートは知らないや」

 

 ケイオスは膝をついた。何しろ脳を撃ち抜かれただけでなく、再生が進まないのだ。当然ながら肉体は思う様に動けはしない。

 状況が一気に好転し、現状打開のタイミングが訪れる。だが傷ついた飛鳥とヒナでこの僅かな隙を突く事などできるのか……?

 否。飛鳥=R=クロイツがこの決断に踏み切ったのは遠く離れたミレニアムから送り込まれた連絡を法力によって拾い上げたが故である。壮絶な戦闘の最中、明星ヒマリより告げられた結論を把握した彼は一か八かの賭けに出たのだ。

 

―――正体不明の軍団はケイオスを媒介にして存在している。ケイオスの撃破=軍団の消滅と捉えてよい。

―――現在トリニティ、ゲヘナ両校の生徒が現場に急行中。到着予定座標は……。

 

「師匠。足を止めているところ申し訳ないのですが、そこは車道ですよ」

「え? あ」

「きぃぃぃぃぃぃやぁァァァァァァァッ!!!!」

 

 唐突に飛鳥が発した言葉にケイオスが首を傾げ、そして足元を確認した直後の事である。

 まるで見計らったかの様なタイミングで咆哮をあげる者がいた。

 トリニティが抱える最大戦力の一人、正義実現委員会委員長、剣先ツルギの絶叫と共に放たれた全力の飛び蹴りがケイオスの頭部を捉えていた。

 

「おごっっっっっっ」

 

 再生が間に合わなかった為にケイオスの回避は遅れ、物の見事に彼の体は宙を舞い吹き飛んでいく。

 更にツルギの後を追う様にしけたたましいクラクションと共に飛び込む車両が一台。ゲヘナの校章が刻まれたそれこそはゲヘナ救急医学部の大事な大事な死体……もとい負傷者回収用のトラックだ。

 さてそんなトラックは恐ろしい程荒っぽいハンドルさばきでミメシスを蹴散らし、飛鳥の前に華麗に停車する。運転席から上半身だけ飛び出したのは、意外にも『万魔殿』の最高指導者であるマコトだった。

 

「キキキキ! ど、どうだぁ怪人めぇ! 正義のマコト様アタックは効いただろー!?!?」

 

 どうやら危なっかしいにも程がある運転スキルは彼女のものだった様だ。衝撃な展開に目を丸くする飛鳥とヒナをよそに、トラックの荷台から続々と見知った顔が降りてくる。先頭に立っているのはハスミとイオリだった。

 

「先生、救援に参りました。乗ってください」

「委員長も! 早く!」

「早く乗らんかぁ飛鳥=R=クロイツ、ついでにヒナ! このマコト様が助けに来てやったんだぞぅ!!!」

 

 ケイオスの放送を聞いた上でツルギを筆頭に彼女達は助けに来てくれた。その事実に飛鳥は表情にこそ出さないものの確かに感激し、しかし彼女達のいう通り脱出するべくヒナへと手を伸ばす。

 

「空崎さん、行こう」

「え、ええ!」

 

 ミメシス達がケイオスの指示を失い、混乱する隙を突いて飛鳥達が乗り込んだトラックは華麗にUターンして逃走経路に移る。ツルギは得物のショットガンを売り回しながら車体上部に佇み、近付く敵を片っ端から銃撃し始めた。

 

「ぎゃひぃぃぃぃぃッッッッどけェェェェェェッ!!!」

「剣先さん、助けに来てくれてありがとう。さっきのキックは見事だった」

「そ、そんな……私、助けに来るのが遅くて、先生、ごめんなさいっ」

「いや、君がここにいる。それだけで僕は嬉しい」

「そ、そんな……そんな……イィィィィィィヤァァァァァァァハハハハハハハハッ! 死ねェェェェェェッ!!!!」

「先生、ツルギを刺激しないでください」

「ごめんなさい」

 

 自動砲台剣先ツルギを搭載したトラックは追いすがるミメシス達をものともせずに戦場から離れていった。

 しばらくして窓から見える外の景色から少しずつ戦いの痕が見えなくなってきた事で、ようやく一同はため息をついて自分達の生還を実感していた。

 特に飛鳥は傍らに座るヒナに思わずぐったりともたれかかり、重くため息をついている始末だ。

 

「なんとか生きて帰ってこられた……」

「ですがトリニティは今大混乱です。ケイオスが語った内容について説明を求めろという声がそこら中から湧き上がっていますよ」

「それをいうならゲヘナからも……先生、先生は味方なんだよな? ケイオスのいう事は、嘘なんだよな?」

 

 ハスミとイオリが話した内容に対して飛鳥は、敢えて無言を貫く。今ここで答える内容ではない。より正確にいえば、車内にいる人間に対して答えてよい内容ではない。

 飛鳥はトラックに乗り込んだ際にしまい込んでいた『本』を再び取り出す。

 オーバークロックを繰り返した事で法力はかなり危険な状態になっていたが、十分なクールタイムを挟んだならばいつも通りの制限時間で問題ない。話す内容も99秒あればいい。

 

「うん、今からそれを説明しよう」

 

 そういって飛鳥は一切の説明もなく、車内からテレポートしていた。

 

〇

 

 キヴォトスの中心部にそびえたつ塔、サンクトゥムタワー。連邦生徒会の本部が置かれた、キヴォトスそのものを象徴するかの様な場所。

 そこに音もなく、飛鳥=R=クロイツは出現した。足元に広がる世界すべてを見渡すが如く。

 そして彼は『本』を開き、法術による通話回線を……キヴォトス全土へと走らせた。

 キヴォトスに生きるすべての人間の下へ、飛鳥の声が伝えられる様に。

 

『この放送を聞いているすべての人々へ。僕の名前は飛鳥=R=クロイツ。シャーレの先生だ』

『先程、ハッピーケイオスを名乗る人物が放送した内容について……皆気になっていると思う。だから僕は誠意を持って君達の疑問に答えよう』

『ケイオスが名乗った内容は……すべて真実だ』

 

 どこかで誰かが叫んだ。そんなのは嘘だ。

 

『僕はシャーレにやってくる前に罪を犯し、魔王とまで呼ばれた』

『僕は数十億の命が失われた戦争の火種を作り、多くの悲しみを生み出した』

 

 どこかで誰かが涙した。信じていたのに。

 

『僕は友を裏切った。僕自身の勝手な善意によって』

『僕は……この事を君達に隠していた』

 

 どこかで誰かが怒った。やはり彼は敵だ。

 

『改めていおう―――僕は罪人だ』

 

『そう、罪人だ。だから僕は最初、先生なんて投げ出してしまいたかった。僕の様な人間が人を導けるはずがない、と』

『だがそんな選択はできなかった。苦しむ生徒達が、助けを求める生徒達がいた。彼女達から目を背ける事なんて僕には到底できなかった……だって僕は、よりよい世界を目指して科学者になったのだから』

 

 どこかで誰かがその言葉に耳を傾けた。

 

『でも僕は怖かった。罪人である事は隠しきれないのだから』

『それでも……いつか君達に真実を語る日が来るとしても、その時まで先生で居続けようと思っていた』

 

 どこかで誰かが「どうしてそこまで」と呟いた。

 

『そうして今日まで自分にできる事を精一杯やってきた。大人として皆を助けたいと思って』

『でも、考えてみれば僕はそんなに器用な人間じゃない。今起きている事態がまさにそうだ』

『僕は自分がなんでもできると、自分の力で誰でも助けられるなんて思い込んでいた』

 

 どこかで誰かが「そうですよ」と優しく頷いた。

 

『僕はさっきケイオスに勝てなかった。相討ちに持ち込んで逃げるのが精一杯だった』

『僕じゃ……ダメみたいなんだ』

『だから恥ずかしいし、申し訳ないとさえ思っているけれど―――』

『皆の力を借りたい。どうか、助けて欲しい。こんな情けない先生を』

 

 どこかで誰かが銃を取った。

 どこかで誰かがやれやれだと苦笑いした。

 どこかで誰かが待っていたと笑った。

 

 キヴォトスのどこかで、誰かが、飛鳥=R=クロイツの下へ向かっていた。

 弱くて、情けなくて、それでも確かに必死に戦っていた男の下へ。

 

〇

 

「ふっ、ふふふ、あはははははははは!!!!! あはははははははは!!!!! 面白いよその答え!!!!!!!!」

 

 既に頭部に空いた穴は消え、ケイオスは狂った様に笑っていた。全身を楽器の様に唸らせて心から彼は笑っていた。

 そうして笑い疲れ、肩で息をして、残った感情は……

 

「―――いえたじゃないか、飛鳥=R=クロイツ」

 

 彼はただ待つ。ただ一人。その時を。

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