先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
キヴォトス全体にどでかい演説をぶちまけ、なんだかスッキリした顔でトリニティへと戻ってきた飛鳥を待ち受けていたのは信じられない程の大騒ぎだった。
ゲヘナの負傷兵を収容しているおかげで校内は二大校の生徒が入り乱れており、怪我人をどこに寝かせるか、医者はまだかとそれはもう騒がしい。
そもそも飛鳥が戻ってきたあたりで軽く悲鳴が上がっており、迎えにやってきた正義実現委員会のハスミは呆れ果てた表情を浮かべ、
「先生。救出した直後に一人で瞬間移動してどこかに行くのやめてください、肝が冷えます」
「ごめん、話は早い方がいいかと思って」
「事前に説明しろという話です……!」
明らかに怒りが混じった視線を浴びながらも彼女に案内されるままにトリニティ校内を進んでいき、そうして何度も茶会として使っていた一室へと案内された。
ナギサは戻ってきた飛鳥を、ティーカップ片手にじっと睨みつけてきた。古聖堂を中心とした騒動のおかげでさぞストレスを感じたのだろう、無理もない。とはいえ無事で安心した気持ちのままに飛鳥は呑気に手を振ってこういった。
「うん、無事でよかった。放送は聞いてくれたね?そういうわけで、皆の力を借りたい」
「どういうわけなんですか……!!!」
シンプルに怒鳴られてしまった。というより更にそこから掴みかかられ、無茶苦茶な力で肩のあたりを締め付けられた。
飛行船で別れる時はさほどだったのだがナギサはどうも飛鳥に対して凄まじい怒りを抱かれている様だ。
「いや、なんというか申し訳ない。皆一番気にしていた事だろうからとりあえず先にいっておこうかと思って」
「わかってきた事なんですが、先生は他人に対して説明義務というものをちゃんと持ってもらえると助かります……! 撃たれた傷、塞がっていないですよね?」
ギロリとナギサの視線が脇腹辺りに注がれる。どうしてそれを、といおうとするより先に「バレるのは当然か」と飛鳥は観念した眼差しを彼女に向け、それから首肯で返した。
心配させまいという気持ちで無理矢理気を張っていたが、指摘を受けてみると途端にズキズキと傷が痛む、気がしてならない。
「痛み止めを飲んだり僕なりになんとか堪えているよ。痛みで死ねる自信があったけど、前より体が鍛えられたらしい。だから心配しないで」
「……」
色々な感情がないまぜになったナギサから鋭い視線を投げかけられ、流石に飛鳥も目を逸らしてソワソワしてしまう。親に怒られている子供の様な気持ちだ。しかしながら黙りこくるわけにもいかないので、恐る恐る口を開き、
「ああするしかなかった、という表現はありきたりだと思う。でも……何もしないなんて選択肢は僕にはなかった」
「―――まぁいいでしょう。ご無事でいるなら何よりです。後で必ず診察を受けてくださいね? それから、もう二度と無理をしない様に。今ここで誓ってください」
「あ、じゃ、じゃあ誓います。はい」
実はこのやり取りをするのはナギサが初めてではない。ハスミに連れてこられるまでに同じ様な会話が何度かあったのだ。
まずトリニティの生徒達に詰め寄られ、次にゲヘナの生徒達に怒鳴られた。大体の内容は『アレで納得するか』なのだが、その次には『無理をするな』である。皆怒りと心配で混沌とした感情をぶつけてくるもので、飛鳥はつい目を丸くして感心してしまった程である。
と、ナギサから尖りに尖った目で睨まれている飛鳥に助け舟を入れるかの様に扉がノックされる。部屋の主が誰かを尋ねるよりも先に扉が開いてやってきたのは、ハナコだった。
「失礼しますナギサさん。先生が戻られたと……ああ、先生」
「浦和さん。無事でよかった。避難してきたんだね?」
「最初はそうだったんですが……今はナギサさんの補佐をしているんです。くんずほぐれつ、それはもう仲良く! ですよね? ナギサさん」
「確かにお力はお借りしていますが、くんずほぐれつどころかできれば少し距離を置きたいところです、ええ」
ハナコはいつも通りの調子だったが、飛鳥の顔を見た時に安堵の表情を浮かべていたのは誰の目から見てもハッキリしていた。彼が無事でいた事を彼女も心の底では喜んでいるのだ。だがそんな気持ちを顔に出したくはなかったのでナギサに矛先を変えた、というところだろう。
割って入る様にハナコがやってきた事で怒りを削がれたらしいナギサは嘆息しつつ、改めて飛鳥へと向き直る。意識を切り替えたのか、真剣な面持ちだ。
「まぁ、お説教はここまでにして本題に入りましょう。適当な椅子に座ってください。現状をお話します」
〇
しばらくして会議室に集められたのはトリニティの各組織を束ねる生徒、そして混沌とした状況から避難してきたゲヘナの要人達である。全員集まったところでかなり剣呑な空気が漂ってはいるが、しかし銃を抜こうという者は誰一人おらず全員が椅子に腰かけている辺りに状況がいかに深刻なのかが感じられる。
「皆さん、お集まりいただき感謝します。飛鳥先生も戻られたところで今私達が直面している事態について振り返りましょう。ハナコさん、お願いします」
ナギサに促され、ハナコが一人立ち上がり、
「古聖堂での戦闘中に突如出現した謎の軍団『ミメシス』は少しずつ活動範囲を広げつつあります。この軍団を呼び出したであろうハッピーケイオスの目的はミメシスを利用してキヴォトスを征服する事……今はそう捉えておくのが正解でしょう。そしてあの戦いの後に何があったのかを整理してご説明します」
ハナコは一拍置き、
「ナギサ様が送り込んだ救出部隊のおかげ飛鳥先生達が撤退した後、トリニティとゲヘナの混合部隊はミメシスと交戦しながら負傷兵の回収に当たっていました。私達が調べた限りでは戦場にはもう民間人は残っていません。その上で状況把握の為、何度か偵察用のドローンを送り込みましたがすべて撃墜されました。敵の感知能力は我々の予想を大きく上回っています……そしてここからが本題です」
そしてジロリ、とハナコはゲヘナの一団に視線を向け、
「どこかの誰かさんが『爆弾落とせばいいだろう爆弾!キキキ!名案だろう!!』などといって独断で古聖堂に対する爆撃を敢行しました。一切の相談および警告がなかった事は一旦置いておくとして……爆撃は失敗に終わっています。大型の人型兵器らしきモノによって」
「……浦和さん、アレは」
「聞いています。ラムちゃん、なんですよね?」
事実を口にするのはショックを与えてしまうのではないかと不安に思ったものの、言葉を濁したとて事態は好転しない。飛鳥はゆっくりと頷き返す。
「―――うん、間違いない。ラムレザルはケイオスに操られて敵に回っている。けど浦和さん、今は情報の整理を最優先でお願いしたい」
ケイオスの手で内側から『作り変えられた』と思わしきラムレザルはスレイヤーの手で一度は抑え込まれたと聞いていたが、活動を再開してしまった様だ。それどころかミメシス軍団を率いて飛鳥達にとって大きな障壁になりつつあるらしい。
「それにして、独断で爆撃とはなかなか思い切った事をする生徒がいるものだね。羽沼さんもそう思わないかい?」
「え? ん? うむ、そうだな! まったくな!」
飛鳥が少し冷めた目でハナコの視線を追う様に『万魔殿』のマコトに微笑みかけると、彼女は額に汗を滲ませながらサッと顔を背けていた。
「失礼しました。では続きです。まずケイオスと彼の率いる軍団は今も活動しており、危険な状態です。連邦生徒会が動き出す様子はまったくなし。恐らく内輪で何か話し合っているのでしょう。つまるところ、私達だけで戦わなければならないわけです」
「こんなタイミングでも、彼女達は動いてくれないか」
これまでも連邦生徒会はキヴォトスで起きる様々な事件に対しての対応が遅かったが、まさか大規模なテロに対しても沈黙を貫くとは流石に飛鳥も驚かざるを得ない。だが誰しも事情というものがあり、今は七神リン達に何かを物申す場合ではない。
「そういうわけでケイオスを止める為にもゲヘナ、トリニティ両校による共同作戦を行う……予定なのですが」
「何か問題が?」
「部隊の再編成が間に合うかどうかわからないの」
呆れた声色で呟くのはヒナである。重苦しくため息をつき、やれやれとかぶりを振って、
「風紀委員も、正義実現委員会も戦いの中で戦力をだいぶ削られてしまった。自然と編成は所属に関係のない混成部隊なわけなんだけど……そんな簡単に連携が取れるかというとかなり微妙なところなの。最悪戦場で混乱が起きる」
「しかも相手取るのはただの不良生徒どころか正体不明の怪物、か。ラムレザルの事も含め、やるべき事は多いな」
「補足ありがとうございます、ヒナ委員長。話を本筋に戻しましょう。今私達が成さなければならない事は、
①ケイオスとミメシス、そしてアリウスの打倒
②ケイオスに操られているラムレザルの奪還
この二つです。最終目標そのものはケイオスを倒す事にありますが、そう簡単なものではないでしょう」
飛鳥が一対一で、ケイオスに対して最も有効であるストレンジレットを放った上で押しきれなかった。つまり現状あの怪人を倒せるかどうかは断言できないという事だ。
だがにわかに会議室に重い空気が漂い始めていたところで、それを打破するべく声をあげる生徒がいた。
「だが勝機はある。私はそう信じているよ。予知夢の内容が少しずつ変わり始めているからね」
セイアは確かな自信を持ってハッキリとそういった。その場にいる全員からの注目を受けながら彼女は迷いのない眼差しを持ち、
「私が視た予知夢には今の状況はなかった。つまり、まだ未来は確定していないという事だ。些細な出来事が水面に波紋を浮かべ始めているといってもいい」
「百合園さん、それはどういう」
「今ここにはいないんだがね、君の世界から救援がやってきたんだよ。その名は、アクセル=ロウだ」
〇
「俺が見たあの光景とは違う……いや、変わったって感じか」
難しい話は向いていない。自分は一旦、世界を見ておきたい。
アクセルはセイアに会議を任せ、一人キヴォトスの街を見渡す。高層ビルの屋上から戦場になっていた地域を見下ろし、彼はハッピーケイオスの禍々しい気配を確かに感じていた。
元の世界でケイオスが現れた時、その存在にアクセルは背筋が凍りついたのを覚えている。明らかな異物感に臓物が握られる様な、恐ろしい圧迫感だった。
「ここでも、アイツはとんでもない事をしようとしている。しかも……アリウスを利用してだって?」
アクセルの横顔には深い悲しみが浮かび、唇をギュッと噛み締める。己の無力感から血がこぼれんばかりに握り締められた拳は振り下ろす先が見つからない様だった。
「もうちょい早くつけてりゃあな……なんていっても仕方ないか」
状況は理解できた。自分がやるべき事も。アクセルは深呼吸をし、セイアの下へ戻るべく踵を返して跳躍の準備を始めた。超常的な力を持つ彼からすれば遠く離れたトリニティまでは文字通り一瞬で移動できてしまうのだ。
と、そこで後ろ髪を引かれる様な感覚がアクセルを襲った。直感、そう呼ぶべき何かが。
「ん?」
再び屋上から地上を見下ろす。小さな人影が誰もいない路上を走っている姿が見えた。
聞いている通りならばこの一帯はまだ危険だ。もしも迷い込んだのだとすれば助けに行かなければならない。アクセルはトリニティではなく地上へと跳ぶ事にした。
ほんの一瞬、それだけでアクセルはふっと地上目掛けて移動し、人影の前に現れた。
「おっと待ちなよ。ここは危ないぜ、安全なところまで送ってやるよ。えーと、お嬢ちゃん」
「っ……誰?」
人影の正体は少女だった。ライフルを手に、戦場を渡り歩いてきたかの様に薄汚れた姿だ。
焦燥に駆られた表情はただ事ではなく、アクセルは姿勢を落として少女に視線を合わせる。
「そんな怖い顔しないでってば、俺は怪しい奴じゃない」
「……どいて。私は行かなきゃいけない」
「行くってどこに」
「友達のところに。助けに行かないと……」
「ま、待てって。だからって一人で歩かせるわけにゃいかないっての」
アクセルを無視し、少女は独りで歩き出そうとする。やはりただ事ではないと理解し、彼は自分よりずっと小さな手を握って引き留めようとする。
「友達の名前を教えてくれよ、俺が探しに行くから。いっとくけど俺スーパーマン。空は飛べないけどさっきみたいに瞬間移動とかできちゃうからね」
「……」
少しでも少女に心を開いてもらうべくアクセルはおどけた調子で話しかけ、わざとらしく力こぶを見せるかの様に腕を掲げるポーズを取る。ただあまり説得力は出ていない様で、まったく話を聞いてくれる様子はない。
こうなったら何が何でもここから逃がしてやる必要がある。アクセルは意を決し、
「なぁ頼むよ。俺ぁ基本的に喧嘩とかそういうの好きじゃないんだ。君みたいな可愛い子がそんな物騒なモン持って行くなんてもっとヤなんだよ。な? あ、あれかな。まず俺の自己紹介から必要? 俺ね、アクセルっていうの」
「……アクセル? まさか、アクセル=ロウ?」
少女は名前を聞くと同時に、ハッとした顔でアクセルの顔を凝視する。顔に何かついているのかな、と彼が頬をペタペタ触りながらすぐに違和感を覚えた。
「そうそう、アクセル=ロウです、はい……ん? なんで俺の名前を」
「今まで一体どこにいたの!?」
突然の言葉にアクセルは目を丸くしてしまう。初対面の人間のはずなのだが、名前を聞いた途端に少女は一気に距離を詰めてきた。一体全体どういう展開なのかがわからず、首を傾げてしまう。
「ちょ、ちょちょ、待ってくれよ急に何? どこにいたって俺は―――」
「私は白洲アズサ。今はトリニティにいるけれど、かつては……アリウスの生徒だった!」
「な―――」
アリウスの生徒。目の前の少女が?
アクセルはアズサと名乗った少女をじっと見つめ返してしまっていた。何か猛烈に、嫌な予感がしたのだ。
(やっぱり、やっぱり『あの後』に何かあったんだ。あの女……ベアトリーチェがやりやがったんだな)
動揺に支配されかけながらアクセルはかぶりを振り、アズサへと向き直る。彼女に詳しく話を聞く必要がある。だがその為には今すぐここから離れる事が先決だ。
握っていた彼女の手に力を込め、アクセルはトリニティへと跳ぶべく強く念じるのだった。
「アズサちゃん、ここを離れる。それから聞かせてくれ、アリウスに何が起きたのか!」
現時点での投稿頻度に関してどのように感じていますか?
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区切っても良いから投稿頻度を上げて欲しい
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このままもう少し早く出して欲しい