先生は世界平和を実験している   作:飛鳥=R♯

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えーい!時間が経ったぞい!!


話し合い

 陸八魔アルとその仲間達で結成された便利屋68は金を積まれればどんな依頼でも請け負うまさにアウトローである。アウトローであると思う。自分では。

 いつものように依頼をこなし爆破し報酬を差し引かれる毎日に彼女がまあまあそれなりに充実感と危機感を覚え、ついでに財源も底を尽きかけていたあたりで、思いもよらぬ場所からの依頼がやってきた。

 

『アビドス高等学校を占拠する』

 

 依頼の内容はキヴォトスではそれなりに常識的な内容である。壊して奪う、なんら疑問は覚えない。なにしろその程度では済まさない凶暴な者達がたむろしているからだ。

 そういうわけでスマートにアウトローらしくきっちり依頼をこなそうと思っていたアルなのだが、アビドスへ襲撃をかける前夜にそれは起きた。

 

「社長、さっき楽しそうに話していた子達アビドスの生徒だよ」

 

 アルに衝撃が走ったのは、柴関ラーメンから事務所へと帰る道すがらに課長であるカヨコよりかけられたあっさりとした言葉である。

 アビドスに在籍する生徒達の境遇についてアルは全く把握しておらず、単に襲撃対象としか認識していなかった。その状態で聞かされたのは彼女達が廃校に追い込まれようとしている学校を救うべく懸命に働いているという切実な内情だったのだ。

 店を後にする際にはお互いに頑張ろうなどと激励したが、よもやその相手が仕事の目標など思いもしなかった。

 

「へぇー便利屋。凄いじゃない、友達と起業するだなんて!」

 

 心から激励の言葉をかけてくれた優しい少女の眼差しが忘れられない。

 

「すまねえな、手が滑っちまった。良かったら食べてくれ」

 

 そう言いながらラーメンを奢ってくれた店主の顔が忘れられない。

 向こうも便利屋がアビドスを襲撃する予定など知らなかったのだ。カヨコの指摘によってアルの心中には早くも罪悪感が宿りつつあった。

 目指すは極悪アウトローだというのに、ハッキリ言ってアルは悪性とかけ離れた心優しい性格だ。恐らく最初から依頼内容が圧倒的弱者を叩き潰すというものだと知っていたら、なんとか理由をつけて断っていたであろうほどに。

 とは言え依頼主は依頼主。依頼内容が不満なので無かった事にしたい、など頷かれるはずがない。便利屋68が苦しい立場に追い込まれてそれでおしまいだ。

  

 アウトローは誰が相手でも銃を下ろしたりはしない。金を積まれればなんでもやる、便利屋68の信条は簡潔なものだ。

 そういうわけで腹を括ったアルが仲間達に加えて残り少ない貯蓄で呼び集めたアルバイトの手下を引き連れて目的のアビドスへ向かったところで、思いがけない展開が待ち受けていた。

 

 

「な、なんか、凄い防御態勢敷いてない!?何よこれー!!」

 

 依頼主から教えられていたアビドス高等学校は外観こそ変わらないものの、敷地内にはこれでもかというほどの遮蔽物が設置されている。臨戦態勢という奴である。

 校門近くだけ手がつけられておらず、迎え入れるかの様に開かれている。恐らく地雷の類いが敷き詰められているのだろうとアルが考えていた直後に手下が突撃し、派手に吹き飛んだ。

 

「カヨコ、もしかして昨夜の件バレちゃったのかしら!?だとしてもここまでガッチリ準備されているのはどういうワケ?」

「昨日の今日にしては反応が良すぎる。あらかじめ私達が来るとわかっていたのか、それとも向こうに冴えている奴がいるのか」

 

 アルは口をもごもごさせながら校舎を見つめる。戦いは避けられないものと踏んでいたがまさかここまで防御を築かれるとは思いも寄らず、わずかばかりではあるがショックだった。

 

「はいはい!アルちゃん、誰か出てきたよ!」

 

 どうやって攻め込むかカヨコと詳しく話し合おうと考えていた矢先に、室長のムツキが声をあげる。彼女が指差した先、アビドス校舎昇降口から、校門前に待機するアル達へと旗を振りながら近付いてくる人影が見えた。地雷原を難なく通過していくあたりで、アルは可能な限りその順路を記憶しようと目を見開いた。

 手下達が一斉に銃を構える。どういった目的で近付いてきているのか、報酬の事しか頭にない彼女達からすれば全く興味がないのだ。

 慌ててアルは手下を制して、近付いてくる人影をよく見ようと目を凝らす。生徒ではない、もう少し背が高くそして、細い。大人だ。

 

「一旦、銃を下ろしてもらえませんか。そんなに怖い顔をされては、こちらも話したい事が話せない。こうして旗を振っている意味、わかってもらえると嬉しいな」

 

 よもやキヴォトスでそんな甘い事を言う手合いがいるとは、更に言えば旗など振ってくるとはアルも予想できず、面食らって大人をじっと凝視する他にない。カヨコが予想した『冴えている奴』というのは彼の事なのだろうか。

 思わず便利屋68一同は数秒ほど沈黙し、それからカヨコはアルの脇腹を軽く肘で小突く。便利屋の代表者はアルなのだ、返答する役割は彼女に託されている。促されるままに彼女は口を開いた。

 

「話し合い……って何について話すのよ?」

「建設的な話し合いだよ。互いに利益のある話題について議論する。具体的に言うならば僕達アビドス対策委員会は学校を守り、君達便利屋68は学校を襲わずとも得をする」

 

 やはり素性を捕捉されている。得体が知れない大人の怪しい言動にアルは罠を始めとした嫌な想像が頭をよぎるが、決してそれを表情には表さずむしろ正面から強い視線を返す。

 陸八魔アルは冷徹なアウトローである。決して動揺などしないし、相手から見て露骨な驚きなど垣間見せる事はもってのほかだ。

 

「面白そうだとは思うけど、その前に貴方が誰なのか教えてちょうだい。名前も知らない相手と話し合いだなんて、文字通り話にならない」

 

 会話の主導権を握るべくアルは相手の揚げ足を取る。大人はハッとした顔で頷くと、真面目そうな声色で答えた。微かな笑みが浮かべられ底の知れない不穏さを醸し出す姿はこれまでにない警戒心を湧き上がらせた。

 

「それは申し訳ない事をしたね。僕は連邦捜査部『シャーレ』の飛鳥=R=クロイツ、先生と呼ばれる存在だよ」

 

 便利屋という業種である以上、アルの耳にもその存在については届いている。キヴォトスにおいて特異点という他にない超法規的な権限を持つとされる、巨大な個であると。就任直後に発生していた暴動を速やかに鎮圧したとも聞いている。

 ここで嫌な汗がアルの背中を伝わる。大した規模ではない、キヴォトスでは日常的とさえ言える依頼に、よもや連邦生徒会の傘下であるシャーレが関わってくるなど聞いていない。

 とはいえ慌てふためいては飛鳥=R=クロイツの言う話し合いの主導権を奪われかねない。アルは仲間達の視線を一身に受けながら敢えて口元を緩めた。

 

「へぇ、あの先生とお会いできるなんて光栄だわ。私は便利屋68の陸八魔アル。それでその先生はどうしてここにいるのかしら?今の状況だけで判断するのなら、アビドスの味方?」

「そうだね。この学校を狙う暴力組織がいる、と言う事で支援を行うべくやってきた。僕の役職は生徒を手助けする為にあるからだ。そして、その対象は君達も例外ではない。ここからが話し合いを切り出した理由だよ」

 

 飛鳥は旗を下ろすと、意味深に指を二本立てる。銃器を構えている様子はないが、だからこそ言いようも知れぬ圧迫感の様なものが広がっていく。

 アルは唾をゴクリと飲み、仲間達には待ったをかける。飛鳥の言葉は連邦生徒会の権力に近いものである可能性が十二分にあるのだ、下手に遮って厄介な展開にはなりたくない。

 

「シャーレの目的は生徒の支援なんだ。アビドスも便利屋68も、等しく先生として庇護するべき対象に入る。要するに、僕は敵も味方も生徒である以上どちらかの味方にはなれないし敵にもなれない。そういうルールなんだ」

「……それで?まさかとは思うけれど学校を襲わないで、なんて言わないわよね?」

 

 アルは内心、それでも良いと俄かに思い始めていた。アビドス対策委員会がどれほどの苦難に立たされているかはよく知っている。当人達から聞かされたのだ。

 だが依頼を断る事などできない。やりますと受けた以上、達成不可能な状況にならなければ頷いた首を横に振れない。だが飛鳥ならば、シャーレの先生という特別権限を持つ存在であれば、もしかしたら状況を有耶無耶にできるかもしれない。

 

「君達に飲んでもらいたい条件はそれで、もちろんその対価も僕が見繕おう。どうだろう陸八魔さん、1vs1で話し合えないかな?」

「……いいわ、先生とこんな風に話す機会そうそうないもの。どんな面白い話をしてくれるのか楽しみだわ!」

 

 嘘である。内心では選択肢を誤ってはいないものかと不安でならない。とりあえずカヨコに視線を仰ぐと、呆れ果てた顔でかぶりを振っている。多分間違えたのだろう。

 

「では陸八魔さん、校舎へ案内するよ」

 

 ニッコリと飛鳥は笑い、旗を振りながら校舎へと歩いていく。アルも後を追いかける、と思いきや首をぐるりと回転させて便利屋一同へと救いを求める視線を投げかけた。

 

「ど、どどどどうしましょうカヨコ。思い切って言い切っちゃったけど大丈夫かしらこれ!!」

「罠、の可能性は半々かも。あの人は嘘をついている顔には見えないけど、大人の持ってるカードは私達の想像を超える時がある。用心に越した事はない。それに……もし罠だとしても、結局はここを占拠する事に繋がると思う」

「それじゃあさ、それじゃあさ!皆でアルちゃんについていこっか!そっちの方がわかりやすいし手っ取り早いと思うな〜!ね、ハルカちゃん」

「ふ、懐刀……いえ、懐ショットガンであれば地の果てまでも!」

 

 心強い仲間達は口々にアルへの同行を同意する。喜ばしいと言う他になく、彼女はグッと拳を握っていた。

 怪しい誘いではあるが便利屋として真っ向から立ち向かわなければ意味がない。もしも罠だとしてもその時は全身全霊でぶつかっていく他にないのだ。

 

「皆ごめん……よぉし、こうなったら誰が相手だろうとアウトロー流でゴリ押し交渉を叩きつけてやろうじゃないの!行くわよ!」

 

 そういうわけでアルは便利屋の仲間達を引き連れて飛鳥の後に続いて校舎へと向かっていく。校門前で待機する事を命ぜられたアルバイトの生徒達はと言えば、

 

「帰りが遅いと校舎を吹き飛ばすって事でいいー?」

「こっちからの合図があるまで絶対に動かないで」

 

 などと銃器をちらつかせながら叫んだのだが、しっかり強面のカヨコが睨みつけておいた。

 

 

(参ったな、まさか四人でくるとは思っていなかったぞ)

 

 便利屋68と交渉する、それがラーメン屋での遭遇を踏まえて飛鳥の決断である。

 便利屋達がどの様な人物かは定かではない。金に困っているというのがどの程度まで真実なのか確かめる術もない。となれば実際に面と向かって会話をする他にないと判断し、そしてその為にはまず交渉の場を作る必要があった。

 アビドスの面々に徹底した防備を頼み、相手が萎縮したところでカードを提示する。会話の主導権を飛鳥が握り、後は互いに利益のある方向性を模索しこの場を収めようと言うのだ。

 

(雇い主が誰なのかまでを聞ければ儲け物だなんて考えていたけれど、やはり難しいかもしれない。僕の腹芸が何処まで通じるか)

 

 旗を持ち、地雷原を挟んで便利屋達を校舎へと迎え入れる。

 この作戦を説明した当初、対策委員会からは怒涛の非難を受けた。何か起きてしまったらどうするのか、と。

 だが飛鳥は見た限りでは危険性のきの字もない。であるならば友好的な面を押し出せば、あるいは……と予想し彼は懸命に目的の為には必要なのだと訴えた。

 そうした結果最大限の譲歩として校庭にこれでもかと言うほどの地雷と遮蔽物が用意される事となった次第である。正直なところ踏み抜いて吹き飛ばないものかと不安でならなかった。

 

「交渉の場は生徒会室で良いかな?対策委員会の面々と顔を合わせておいた方が良いだろうし」

「えっ」

 

 先頭を歩く生徒、陸八魔アルがギョッとした声を出す。飛鳥が振り返ると、彼女は目を見開いて何かを探るかの様な強い視線を彼へと送ってきていた。

 どうやら機嫌を損ねる発言だった様だ。言葉を誤ったかと口中でぼやきながら飛鳥は取り繕うべく顔色を窺う。

 

「当事者であるアビドスと便利屋が顔を合わせる。平等な交渉を行う上での前提だと思っていたのだけれど、気遣いが足りなかったね。申し訳ない」

「い、いいえ良いわよ別に。先生は随分と私達の事を信用しているのね?ここでワッと暴れ出す可能性だってあるのに」

 

 そうだね、その通りだ。そんな風に言い返しそうになった飛鳥は笑みを浮かべて言葉を濁す。

 ゲヘナの治安維持を担う風紀委員から厄介な存在として追跡されている生徒などどんな行動を起こすのか想像できない、露出している地雷の様なものだ。キヴォトスでの暴力行為のハードルがいかに低いかは十分に理解している。

 

「今こうして廊下を歩きながら僕の話を聞いてくれている時点で信用に値すると考えているよ」

「……そう。ねぇ、ところで確認したいのだけれど、この学校に在籍している生徒は何人いるの?」

「全部で五人だ。君達はその内の四人と既に会っているね?」

 

 飛鳥はここでアルに対して鎌をかけてみる事にした。昨夜、柴関ラーメンでシロコ達に接触を図ったのはどういう意図によるものであったのか確認したいのだ。

 

「え、えぇラーメン屋で。まさかあの時の子達がアビドスの生徒だったなんて知りもしなかったけど」

 

 アルの口調は白々しく聞こえる。飛鳥はじっとその仕草を観察しながら嘘をついているかどうかを見抜けないものかと目を細めた。

 

「不思議でならなかったんだ。話を聞く限りでは君達便利屋もお金に困っていて、ラーメン一杯を四人でシェアしようとしていたらしいね。あんなに手下を連れているのに妙だ」

「あ、いや、それはその……ゴニョゴニョ」

 

 露骨に言葉を濁すアルに対して飛鳥は追求するべきかどうか、僅かに思案する。

 便利屋が対策委員会に接触し、その上で危害を及ぼすわけでもなく帰っていった理由が釈然としない。顔を見に来たのか、それとも弱点を探りに来たのか。それとも……単に空腹だったのか?

 

(……なんて事だ、読めないぞ。陸八魔アル、行動がまるで予測できない)

 

 そうこうしている内に対策委員会が待つ生徒会室へと飛鳥と便利屋達は到着していた。まさか廊下で情報を聞き出すべく粘るわけにもいかない。飛鳥はそこでアルとの会話を打ち止め、ドアをノックした。

 

「僕だ。便利屋も一緒だよ」

 

 すぐにドアが開き、出てきたのはセリカである。彼女は飛鳥の無事を確認するなりほっとため息をつき、続いてアル達へと目を尖らせた。

 

「アンタ達……!せっかく昨日柴大将がラーメン奢ってくれたのに、まさか敵だったとは思いもしなかったわよ!」

「あ、え、えっとそれは、ムツキ!」

「はい!それはそれ、これはこれ!ラーメン美味しかったけど私達の目的はアビドスを占拠する事!はいカヨコちゃん!」

「え?私も?あー……ほら、公私混同は良くないし、仕事はきっちりやらないと便利屋としては商売あがったりだから、うん。……ハルカも何か言ってあげて」

「殺します殺します殺します殺します殺します殺します殺します殺します」

 

 敵意を隠さないセリカ、それに対してあまり真剣味を感じさせない返答をする便利屋の面々。

 突如として生徒会室を前に湧き出す剣呑とした空気に、飛鳥は胃袋をギュッと握りしめられるような緊迫感に襲われる。ここで戦闘など起ころうものなら予想される結果などわかりきっている。

 仕切り直すべく慌てて彼は咳払いをし、

 

「黒見さん、僕らは話し合うべくこの場にいるんだ。できればトラブルは避けてもらいたい」

「ぐ……わかったわよ。ふんっ」

「そして便利屋の皆さん。見ての通り僕達に戦闘の意思はない。できれば矛は収めたままでいてほしい。特に……そこの君」

 

 飛鳥が指差したのはアルの背後にずっと隠れている小柄な少女だ。ずっとショットガンを両腕で抱きしめ、曇りきった瞳で飛鳥をひたすらに凝視する姿は彼をゾッとさせ背筋を常に粟立たせる。

 

「殺します殺します殺します殺します殺します殺し……え、わ、私ですか?」

「銃を下ろしてもらえないかな。危害を及ぼすつもりはないから」

「……アル様?」

 

 助けを求めるようにアルへと視線を投げかける姿を見るに、どうやらショットガンの少女は彼女に大きな信頼を置いているようだ。となれば飛鳥の言葉はあまり届かないものと考えて良いだろう。

 アルはかぶりを振って、少女を宥める。

 

「ハルカ、一旦武器は下ろして。その時が来たら頼むから」

「わ、わかりました。その時は殺します」

 

 殺意を迸らせ、更にその対象が自分に定められている事に飛鳥は嫌な汗が吹き出そうになりながらも平静を取り繕い、便利屋の面々が落ち着いたのを確認してからセリカに大丈夫だと頷く。

 そうして飛鳥は生徒会室へと戻ってきた。室内には対策委員会の面々が全員揃っており、飛鳥に続いて入ってくる便利屋の面々へと熱視線を送る。

 

「ん……こんなに早く再会するとは思っていなかった」

「本当に次の刺客だったんですね〜⭐︎驚いてしまいました」

「うへ〜……」

「では、向かい合うように座って欲しい。それからアビドスと便利屋、両者の落とし所について話し合おう」

 

 反対するものはおらず、というより互いに視線を決して外さぬようにしているおかげで口を閉ざしたまま生徒達はテーブルを挟んでパイプ椅子へと腰掛ける。そこまで狭くはないはずの生徒会室が今日ばかりは狭く感じられた。

 交渉の場を作る、と言い出した張本人である飛鳥はホワイトボードを準備すると大きく咳払いをし、

 

「まずは僕の提案を飲んでくれた皆にありがとうと言わなければならない。僕も努力しようと思う。まず議題は『平和な解決法』について……」

 

 ホワイトボードにペンを走らせる。

 戦闘を避け、両者に損害を与えずに事態を沈静化させる。それがいかに難しいかなど言われるまでもないが、飛鳥はアビドスを奪おうとする黒幕の存在を見据えている以上こうするしかない。

 

「……陸八魔さん達は、砂狼さん達からアビドスを取り巻く状況についてはある程度聞いているんだね?」

「とんでもない額の借金を抱えているって言うのはまあ」

 

 そう答えたのはアルだ。飛鳥は頷きながら、

 

「その借金の裏に何者かの陰謀がある、と僕達は考えている。そして……僕の見立てでは君達便利屋の雇い主はその何者かだ」

「……続けて良いよ。ちょっと続きが気になる。多分ウチの社長、二つ返事で依頼受けたっぽいから」

「ちょ、カヨコ……!」

 

 ポツリと呟いたのはアルの隣に座る生徒。切れ長の瞳の奥では赤い瞳が妖しく光っている。飛鳥は正直に頷き返し、

 

「校庭で話したと通り、こちらからの要求はアビドス襲撃の中止だ。そして更に付け加えるならば、君達の雇用主について教えてもらいたい」

「へぇ……先生、つまり私らに不義理を働けって言うんだ」

 

 これにカヨコと呼ばれた少女は目を細める。ほんの少しだけ空気が冷え込むが、それに応えるようにゴトリと物々しい音が鳴る。そちらへ目を向ければ、シロコが拳銃をテーブルへ置く音だった。

 

「ん……話が終わるまで聞いておいて欲しい」

 

 見えない火花がカヨコとシロコの間で散るが、それを遮るようにして飛鳥は口を開いた。

 

「カヨコ、さん。確かに言うならばこれは雇用主への裏切りだ。けれど僕は先生として、つまりは君達を教え導くと言う立場からの提案だと思って欲しい」

 

「はーい!先生、先生!私浅黄ムツキって言いまーす!質問いいですか?」

 

 そこで椅子に腰掛けて足をプラプラとさせていた生徒、ムツキが手を上げ、発言の許可を求めてくる。

 

「どうぞ」

「裏切れって言うけどさー?そうする事で便利屋に良い事はちゃんとあるのかなーって。一応ウチのモットーは『お金を積まれればなんでもやる』、なんだよ?」

「それに関しては僕の方で捻出する予定なんだ」

「え!?なにそれしらないんだけど!?」

 

 黙って聞いていたセリカが弾かれるように立ち上がる。飛鳥は手で制し、説明するべく今度はアビドスへと体を向けた。

 

「まだ確たる証拠を得られていないけれど、アビドスが返済してきた利息は恐らく悪用されていると考えられる。であればその証拠を掴めば、僕から連邦生徒会へと不正をリークすることができるんだ。そうすれば皆の抱える借金に、なにかしらの救済措置が取られるかもしれない。そして……不正を暴く手伝いをした生徒に関しても、褒賞が与えられる可能性がある」

「うへ〜、先生いつの間にそこまで考えていたのさ」

「利息の行き先が不透明である、という時点で考えついてはいた。まだハッキリとしていないから君達に話すべきか悩ましかったけど」

 

 そこでピンと来たのか、アルがムッとした表情を浮かべる。

 

「……合点がいったわ。つまり私達から情報を引き出して、それを元に黒幕の尻尾を掴み、連邦生徒会に突き出すと」

「そういう事になるね。これは君達からしても良い結果に繋がるはずだ。何も知らずに地上げ屋の片棒を担ぐよりかは、ずっと良いんじゃないかな」

 

 話し合いの内容をざっとまとめ上げるならばこうだ。

 便利屋68は雇い主の情報を可能な限り飛鳥へと渡し、そしてアビドス襲撃を取りやめる。

 飛鳥は黒幕に対して連邦生徒会による社会的な制裁を与え、その後便利屋に対して正式な報酬を与える。

 両者に損がない、まさしくwin-winに取れる誘いである。あとはアルが頷くかどうかだが……

 

「ごめん先生、その頼みは無理だよ」

 

 バッサリとカヨコは飛鳥の提案を切り捨てた。何故、と問いかけるよりも先に彼女はため息をついて、

 

「残念な事にクライアントは自分が何者であるか、全く明かしてくれなかったんだ。加えてウチの社長もその辺り聞き出さなかったし」

「しょ、しょうがないじゃないの!下手な詮索は命取りだって脅されたんだし……」

 

 カヨコがやれやれと呆れる横でアルは頬を赤らめてぶつぶつと呟く。その様子に飛鳥は思わず首を傾げていた。

 

(妙だ。火宮さんが言うには非常に厄介な生徒達だと言うけれど、そんな風には見えない。リーダーの陸八魔さんに至っては、先程からおとなしすぎる。何かの罠なのか?)

 

 口を揃えてシラを切っているようにも見えない。であれば、本当に便利屋68は些細を知らされないままアビドスを襲いに来ている事になる。

 恐らく黒幕がカイザーコーポレーションであるというところまで見当はつけていたが、あくまで推察の域を出ない。決定的な情報を彼女達が持っていれば、と考えていたのだが当てが外れてしまった。

 チナツ達風紀委員は便利屋68に対して一体どんな危機感を抱いていたと言うのか、飛鳥は困惑を隠せなかった。

 

「……ふむ。それじゃあ陸八魔さん、君達は依頼してきた人物について本当に知らないんだね」

「それはまあ、その、はい……」

「じゃあ僕達への協力に関してはどうだろう。情報を持っていなくても、顔も知らない相手の頼みを聞くというのは少し不安だ。連邦生徒会という組織にパイプを持っておいて損はないと思うのだけど」

「んぐぐぐ……」

 

 正直なところ、飛鳥としては便利屋68から情報を引き出すだけでなく黒幕から手を引いてもらいたいという気持ちがあった。

 現時点で敵はアビドスに巨額の借金と利息を背負わせている。まだ年端もいかぬ少女からとめどない搾取を行なっているのだ。続いて金を餌にして別の少女を手足の様に扱いながら、自分は決して姿を現さない。そんな姿勢は到底許容できない。

 もしもアルが協力すると決断してくれるのならば、喜ばしい。

 だが──彼女の答えは、予想に反するものだった。

 

「ごめんなさい。誘いはありがたいけど、断っておくわ」

 

 アルの声色は鋭いものへと変わる。先程までのどうにも見ていて心許ない気持ちになる弱々しさから一転して、彼女は刺々しい空気を纏って飛鳥の前にいた。

 

「確かにクライアントは不透明極まりない。でも私達は便利屋、金さえ積まれればなんでもやる。一度受けた依頼を放棄するなんて、信条に反するの」

「うへ〜……つまり私達の敵になる、と」

「社長がこう言うからには、そうなるね。さっきも言ったけど、公私混同はしない」

 

 アルが拒絶の意思を示す事により、その仲間達は敵意を漲らせる。件のショットガンの少女に至っては既に銃口を突きつける一歩手前という姿勢で、いつでも戦闘が行える様に身構えている。

 シロコ達もまた無言で銃器を取り出し、ノノミに至っては満面の笑みを浮かべたままでガトリングガンを担ぎ上げた。

 文字通り一触即発の空気に飛鳥は唾を飲み、同時に『本』の準備をしていた。いつ何が起ころうともこの場にいる全員へ静止をかける程度は行える。だがそれは、あくまでも最終手段だ。

 

(生徒に、子どもに魔法を使うというのは流石に気が引ける。ペンは剣よりも強し……そう信じるしか)

 

 凍りついた空気を前にして飛鳥が弁舌を以て場を沈めようか、というところでパチンと指が鳴った。唐突極まるソレに全員が注意を向けた先には、交渉決裂を宣言したアルがいた。

 

「そう、私達は飛鳥=R=クロイツの誘いには乗らない。でもこんな話し合いの後で戦うには少し気が抜けてしまったわ。カヨコ、ムツキ、ハルカ、今日のところは引き上げるとしましょう」

「良いの社長?」

「良いの。今日は丸腰で私達の前に現れた飛鳥先生に免じて、アビドスは見逃す事にした。帰るわよ!」

「え、爆発させちゃダメなの〜?」

「ダメったらダメ!ほらハルカも!」

 

 思いもよらぬ展開だった。てっきり銃撃戦が繰り広げられると思い込んでいたところに、まさか待ったがかかるとは予想していない。シロコ達を手で制しつつ、飛鳥は言葉通りに踵を返して生徒会室を去ろうとするアルの背中へと言葉を投げかけた。

 

「陸八魔さん。気が変わったらまた来てほしい」

「……そうね、気が変わったら。その時があるかわからないけどね」

 

 そうして、アル達便利屋68は去っていく。戦闘行為を一切せず、昇降口から出てしっかり地雷のない場所を通っていき、校門で待機していた手下達を引き連れてすごすごと引き下がった。

 それを生徒会室内で見届けてから、対策委員会の面々はほっと安堵のため息をついた。

 

「ほ、本当にここで撃ち合うんじゃないかと正直とても怖かったです!皆さんはどうですか……?」

「ん……望むところだった。勝てる自信はあった」

「同じくでーす★」

「なんならパンチとキックでもやれたわよ私。でもまあ、飛鳥先生がやめろって顔するから……」

「うへ〜、でも先生、当てが外れちゃったよ。これからどうする?」

 

 ホシノは飛鳥と既に黒幕が誰であるかを大まかに推察している。であるからこそ、確証を得るべく次の行動に早く移りたいのだ。

 残る手段は一つ。話し合いの中で提示していた、アビドスの払った利息がどこへ行ったのかである。

 

「陸八魔さん達から情報は得られず、更に協力を得られなかったのは残念だ。なら次の利息返済日に賭けるしかない……」

 

 飛鳥の声色に迷いはなかった。

 

(……しかし、最後に垣間見えた陸八魔さんの目。彼女は演技をしているのだろうか?これまでにない性格の相手だな)

 

 

 一方その頃、便利屋68の面々はといえば……。

 

「じゃあ私達定時なんで上がりまーす」

「まさか何もせずに金がもらえるなんてなー」

 

 大規模な戦闘を見越して雇ったアルバイトの手下達はまともに撃ち合う事なく、日当を受け取って散り散りになっていく。

 残った便利屋の四人は見送りながら、遠く離れた場所の対策委員会と同じ様にため息をついていた。

 まず最初にカヨコが、

 

「ねえ社長。普通に飛鳥先生の誘いに乗っても良かったんじゃない?」

「えぇ!?でもやっぱり一度受けた依頼なワケだし……あそこでスパッと答えた方がアウトローらしいかなと、思って……」

 

 続いてムツキが、

 

「んー?アルちゃんさ、もしかして雰囲気であそこ答えたの?」

「あ、飛鳥先生に倣って銃撃戦は避けたのよ!あそこからやり合い始めたらもう無茶苦茶になっちゃうと思って……」

 

 カヨコとムツキはもじもじとしながら答えたアルに対して困った顔で返す。立派なアウトローを目指すのは良いのだが、時に不必要な自信で胸を張ってしまうのが彼女のよろしくないところだ。

 

「それによ!アウトローは独立した存在なのよ。後ろ盾とかそういうのを振りかざすよりも、自分達の力で戦っていくべきだと思わない?」

「む……まぁ、一理ある、かな。じゃあこれからどうする?アビドス襲撃は諦めない?」

「それなんだけどね!私良い考えがあるのよ。ズバリ、私達で黒幕──つまり私達のクライアントの正体を暴いてしまえば良いのよ!そういうの、なんていうかカッコよくない!?」

「わー!アルちゃんカッコいいー!それ良いー!私賛成ー!ダークヒーローって感じがしてかなりアウトローだよ!」

「さ、流石ですアル様!!」

「……で、具体的に何をするの」

「それは!それは……どうすれば良いのかしらカヨコ……」

「ああ、本当にウチの社長って人は」

 

 呆れを通り越し、カヨコの感情は新たなるステージへと移行しようとしていた。




頑張って本筋はそのままに再構成しているんですが本当に難しくて本当に難しい。
申し訳ない…!言い訳みたいになるんですけど本当に難しくて…!
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