先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
「どうする飛鳥君、中まで入るかい?その気になればできるだろう君なら」
「やめておきます。あそこがカイザーの領域であるならば、足を踏み入れた時に不法侵入となってしまう。情報を得られただけで良しとします」
「ショックを受けてもなお、そんな風に話せるのは君の良いところだよ。冷静に状況を分析できていて、感情に左右されない」
ケイオスがエンジンを再始動させると共に、車はUターンしてカイザーPMCの施設から離れていく。飛鳥は助手席からその輪郭をハッキリと目に焼き付けた。
本音を言えば中でどうなっているのかを確認したいが、今は一刻も早く対策委員会に真実を伝えなければならない。携帯を取りだし、飛鳥はモモトークで生徒へと連絡を試みるが、それをケイオスは片手で制する。
「飛鳥君、このアビドスという街が何故カイザーのモノになりつつあるかわかるかい?」
「……いいえ。僕は今、結論から逆算しているところです」
「だよね、うん。じゃあ続けるとしよう。君も知っての通り、アビドスは以前から砂嵐に襲われている。止まる事の無い災害を前にしてできる事など限られていて、学区も自然と狭まっていく。そして借金をして、今に至る、と。問題が発生したのは、アビドスをまだ生徒会という正式な組織が取り仕切っていた頃の事だ」
ケイオスはピンと指を立てると、それを広大な砂漠へと差し向ける。何も無い、というよりかは何かがあったはずの場所へと。
「かさむ借金、進む砂漠化。生徒会は迫り来る危機に対して尽力していた。そんな時に、お金を借りていた組織からとんでもない誘いを受けちゃった。どんなのかわかる?」
「土地の売買、ですか」
「流石。さぁここからはとんとん拍子。最初はこうだ、『いらない土地を売ろう。大丈夫、端っこだから』。『まだ返せない?じゃあまた端っこを貰おうか』なんてね」
何故、カイザーは対策委員会を狙うのか。理由は簡単で、校舎以外に狙うモノがないからだ。
カイザーは少しずつ借金を盾にしてアビドスを削り取っていった。砂漠に設けられた施設はその証明だと言えよう。
「カイザーはびっくりしているだろうね。異常な額の借金と利息、更に襲撃者まで送り込んでいるのにたった五人で抗い続ける対策委員会は大したものだよ」
「何故、カイザーはそこまで遠回りな方法を選ぶのですか?生徒が持つ絶対性とは、一体」
「そこなんだ飛鳥君。キヴォトスが持つ最も特異な点。彼女達は、言葉では表せない『何か』なんだよ。カイザーは決して力尽くでたった五人の生徒を制圧しようとしない。あくまでも、正式な取引の上で対策委員会が折れる瞬間を待っている」
「取引を行う、という点が重要だと言うのですか」
「恐らくね。大体、おかしいとは思わないかい?銃弾を撃ち込まれたくらいじゃ大した傷にもならない頑強な肉体、そしてヘイロー……彼女達は何もかもが異質そのものだ……でも、重要なのはそこじゃない」
ケイオスはアクセルをめいっぱいに踏み込む。車は砂塵を巻き上げながら速度を上げ始めた。
「大切なのは彼女達が年頃の女の子という事だ。いくら力を持っていたとしても情緒は幼いし、視野も狭い。誰かが導かなくちゃいけない」
「それが先生、つまりは僕だと言いたいんですね」
「そういう事。だから君にはもっと人に寄り添える人間になってもらわないといけないんだ、広い視野を持ってね。僕のアドバイス覚えてる?」
「僕にできるかは、わかりませんが」
そこで飛鳥はケイオスの話が終わったと見て、ようやく端末からモモトークを起動して対策委員会の面々にメッセージを送る。内容は『カイザーについて重要な事がわかったから集まって欲しい』というものだ。
ノノミには今日は休むと伝えたというのにこれでは、後から小言の一つや二つは言われそうである。だがアビドスの今後が関わる問題なのだ、共有しないわけにはいかない。
「飛鳥君、前もって伝えておくけれど、僕がこうして手伝っているのは割と無茶してるんだ。端的に説明するとアビドスに関してはあまり口を出さない様にと友達に警告されているんでね」
「貴方に友達がいるとは思いませんでした、意外です」
「言うじゃないか。社交性には自信がある方なんだけどね?まぁいいや、ともかく僕が助けてあげられるのはここまで。あとは飛鳥君が自分でアビドスをなんとかしてね」
「何故、そうまでして僕に力を貸すのですか?貴方が何をしようとしているのか、まったくわかりません」
車は砂漠地帯を抜け、少しずつアビドスの市街へと向かう。髪にまとわりついている砂を手で払いながら、飛鳥はニヤニヤと笑みを止めないケイオスを凝視する。最初はセリカを誘拐し、ビナーを差し向けてきたというのに今は飛鳥に懇切丁寧な説明をしている。
何を目的として動いているのか、ケイオス自身が口にした上でなおハッキリと理解できていないというのが飛鳥の本心である。かつての師でありながら、まったくの別人と会話している様だ。
「簡単な話だよ飛鳥君。僕は、純度一〇〇%の原液。水だけでも原液だけでも嫌な僕としては……キヴォトスはちょっとばかり偏りすぎているのさ。だから僕と君とでかき混ぜようってワケ。飛鳥君はアドバイスを忘れずにいればそれでいいよ。ほら、そろそろ車を停めるから降りて」
市街地帯へと入ってすぐの道路でケイオスは車を停める。先程まで砂漠を走っていたというのに車体には一粒たりとも砂は見られない。どの様な加工を施したのかは定かでは無いが、尋ねようものならば軽く一〇分は説明を聞かされるだろう。
飛鳥は言われるがままに車から降りると、運転席のケイオスへとぺこりと会釈する。彼はサングラスの奥で目を丸くした。
「ありがとうございました。一応、お礼は言っておこうと思って」
「ふ、あははは。飛鳥君、君のそういうところは大事にした方が良いよ。訂正する、君は先生向いているかもね。ああ、そうだ。最後に一つ、これは個人的な話なんだけど―――」
くつくつとケイオスはたまらなそうに笑い、それからすっと目を細める。彼がそうする場合は大抵不穏な会話の予兆であるというのは既に把握していた。
「小鳥遊ホシノ、彼女には要注意。あの子、さっき話したアビドス生徒会の子だから」
「小鳥遊さんが……?要注意というのは、一体」
「それは飛鳥君が自分で考えて欲しいな、NGゾーンだから。それじゃあね」
怪しげな言葉を残して、車は飛鳥を残して走り去っていく。追いかけようかと考えたものの、飛鳥は対策委員会との合流を優先するべきであると判断し校舎へ戻る為に歩き出す。
端末がぶるりと震える。確認してみると、モモトークにノノミからの連絡が届いていた。
『先生、ホシノ先輩との連絡がつきません』
ケイオスの言葉が即座に思い起こされる。要注意、それがどんな意味を持つのかを確かめたいもののともかくそれも合わせて生徒達にカイザーの動きについてを教えなければならない。
『とりあえず、今いるメンバーだけでも集まっておいて欲しい。僕もすぐ』
飛鳥が返信を打ち終えようかというその時、耳を塞ぎたくなるほどの爆発音が聞こえた。画面から顔をあげ出所を確認すると、驚くべき事に市街地の中心部で爆発が起きた様だ。
打っていたメッセージを消し、飛鳥は新たに『市街地で爆発』と書いてノノミへと送った。状況を確かめるべく飛鳥は足早に現地へと向かう。『本』はもしも戦闘が起きた場合を考慮し、まだ温存しておく。
『アヤネちゃんからです、爆発現場は柴関ラーメンの近くみたいです!』
「なんだって……?」
ノノミからの新たな連絡に飛鳥は僅かに足を速め、彼なりの最高速度で柴関ラーメンへと向かう。誰が何を目的にして引き起こしたのかはさておき、負傷者の有無を確認する必要がある。何よりアビドスの生徒達が憩いの場とする店なのだ、何かあれば取り返しがつかない。
『先に行っている。皆もできるだけ早く』
飛鳥が返信を終えたところで、再び爆発が起きる。新手のテロなのか、それとも何者かによる侵略行為なのか。兎にも角にも現地で向かわなければならないだろう。
ケイオスによってもたらされたアビドスの真実、ホシノの素性、そして極めつけの爆発。まさに急転直下と言うほかに無い展開はアグレッシブとは言い難い飛鳥にとって、少々荷が重い。息を切らしながら走る中で、彼は思わず友人の口癖を真似ていた。
「ヘビーだな、これは……」
爆発の現場に向かっていると、銃撃音までもが聞こえてきた。戦闘が繰り広げられているのだ。だが一体誰と誰によるものなのか。
飛鳥の脳裏を嫌な想像がよぎった。現在アビドス対策委員会を除いて、トラブルの原因となる可能性を有しているグループが存在している。便利屋68の四人である。ブラックマーケットで札束の詰められたバッグを渡してからは姿を見ていない。
そして、そんな便利屋を追跡する組織もまたいる。アビドスから少し離れた学区で飛鳥に陸八魔アル達の存在を教えてくれた火宮チナツが所属する風紀委員会だ。
(このタイミングで、もしも想像通りの展開となっていたら……少し面倒だぞ)
できれば杞憂で終わって欲しい。心の底から考えつつ、爆発が起きた柴関ラーメンの店舗に辿り着いた飛鳥は、
「なんという事だ……!」
思わず呟きが漏れる。彼が目にしたものは炎上する柴関ラーメンを背景に飛び交う銃弾と、銃を構える何人もの生徒である。そして恐れていた予想は完全に的中していた。
「この規則違反者共め!おとなしく捕まれ!」
「じょ、冗談キツいわよ!?あーもう!」
白目を剥いたアルやその仲間達、便利屋68と交戦するのは赤い腕章をつけた生徒集団、風紀委員だ。先頭に立っている銀髪の生徒には見覚えがある。チナツと共にいた、銀鏡イオリだ。何十人もの部下を引き連れて、彼女達は遂に便利屋68と激突したのである。
市街地を舞台として、生徒同士による銃弾の応酬は戦争じみた雰囲気だ。飛鳥は言葉に詰まりながらも、また友人の口癖を真似た。
「なんて、ヘビーなんだ」