先生は世界平和を実験している 作:飛鳥=R♯
飛鳥が便利屋68の存在を知り、しかしすぐに風紀委員へと連絡する選択肢を取らなかった理由は簡単で、彼女達の背後に潜む存在の情報を持っているのではないかという憶測によるものであった。
だがアルは雇い主を知らなかった。先生という立場から見れば、飛鳥はまだ害を与えていない便利屋をどうにかするよりも味方に引き込めないかというスタンスに変更したのだが……。
(まさか少し姿を見ない間に市内で銃撃戦を起こすとは、予想できなかったぞ)
一体全体、何が起きたというのか。風紀委員が便利屋を捕らえるべく接触したまではわかるが、何をどうしたら柴関ラーメンが爆発炎上する展開になるというのか。
疑問がどんどん頭の中で膨れ上がっていくが、それよりも眼前で繰り広げられている争いを止める他にない。アビドスの生徒達が駆けつけるまでもう少し時間もかかるだろうと判断し、飛鳥はか弱い身一つで銃撃戦を止めるべく動き出す。
「あ、あの、皆」
「規則違反者便利屋68!大人しくしろ!!黙って捕まれ!!」
「ぜ、絶対に嫌だから〜!誰が言う事聞くもんですか〜!」
「あの、僕の話……」
ただでさえ銃声で耳を塞ぎたいほどうるさいと言うのに、両陣営ともまったく話を聞いくてくれる余地が見当たらない。加えて飛鳥のか細い声ではそもそも耳に届きさえしないときている。
なんとか説得にこぎ着けなければならない。なので飛鳥はとりあえず姿勢を低くして、風紀委員への接触を図った。そこら中に弾丸が飛び散る最中で向かうには危険だと思いつつも、魔法を生徒に向けて振るう選択などもってのほかだ。
そういうわけでそこら辺に落ちていたごみ箱の蓋を盾に飛鳥は風紀委員陣営へと近付いていく。発砲音で耳がどうにかなりそうなのを堪えながら、彼は尻込みしている様子の風紀委員生徒を見つけた。
「そこの君」
「……え?だ、誰です?本当に誰!?」
「僕はシャーレの飛鳥。ちょっと君が持っている銃を貸してもらえないかな?」
「え、このショットガンをですか?でも……」
「大丈夫、一発撃つだけだから。それにこちらの権限を使えば、一応君から借りる事はできる」
果たして銃声が届くかどうかはわからないものの、やるだけやってみるしかない。飛鳥は生徒からショットガンをもらうと、しっかりストックを肩に押しつけて銃声がよく響く様に空へと銃口を掲げた。
ここで飛鳥はふと、しまったと言わんばかりに頭を抱えた後にショットガンを渡してくれた生徒へと申し訳なさそうに、
「ごめん、後ろから支えてもらえないかな。あまり頑丈な体じゃないんだ」
「へぇ!?いやでも、怒られませんか?」
「その時は僕にそうしろと言われた、と言い訳して欲しい。じゃあお願い」
飛鳥がそれきり黙り込むと、いよいよ風紀委員生徒は従うほかにないと判断したのか、呻きながら彼の背中に立って倒れ込まない様にと支える姿勢を取る。
これでよい、と判断して飛鳥は意を決して引き金を搾り、次の瞬間発砲音に続いて凄まじい衝撃が全身に叩き付けられた。前もって腹の辺りに力は入れていたが、想定通りの衝撃に飛鳥は「うっ」と呻きながら勢いそのままに倒れ込みそうになる。だが、後ろに立ってくれていた風紀委員生徒はしっかりと支えになってくれた。
「わ、わわ……大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。今の銃声、ちゃんと届いたかな……?」
銃声のあまりの迫力に飛鳥の意識は僅かに朦朧とするが、それでも飛鳥はなんとか意識をハッキリとさせて戦闘の様子を見る。
飛鳥の銃撃によるものか、それとも飛鳥が何かしていると誰かが言い出したのかはわからないが目論見通り便利屋も風紀委員、どちらも発砲をやめて視線は全てショットガンを抱えたままふらついている男へと向けられていた。
「む!?お前は、確かシャーレの!」
「飛鳥先生!?なんでここに……」
「皆、一旦銃を下げてくれないか。これから話し合いをする上で、銃はお世辞にも有効とは言えない」
飛鳥の呼びかけに対して、誰一人として銃器を下ろそうという生徒はおらず、飛鳥は眉をひそめて咳払いをする。
「……もう一度言おう。追う側と追われる側であるのに間違いはないが、武器を下ろして欲しい。僕には君達が一体どうしてこんな惨状を作り上げたのかに対して、話を聞き出す義務がある」
「イオリ、銃を下ろしてください。彼は先生です、そうする権利があります」
見かねて飛鳥に続いたのは、一度は力を貸してくれたチナツだ。他の生徒に銃を下ろす様にと手を動かしながら、話を続けろと視線で訴えてくる。
イオリは納得がいかないとでも言うかの様にキッと飛鳥へ視線を送ってくるものの、不平不満を口にする様子はない。刺々しい性格であるが、そういった規則や決まり事に対して真面目なのが窺える。
「火宮さん、ありがとう。それじゃあ教えて欲しい、一体ここで何が起きたのかを」
「え、ええとそれは」
まず声をあげたのがアルだった。気まずそうな顔色で手を挙げた様子に、飛鳥は不安がよぎりつつも穏やかな声色で、
「続けて」
「私達、このラーメン屋でこれからどうしようかって話をしていたのよ。アビドスと戦うのは一旦やめるにしても、雇い主の名前も知らないわけだし、今後の動き方を定めないとなーなんて。そしたら風紀委員がやってきて……」
「うん」
「店からサッと逃げ出して撒くつもりだったのよ?でもその、色々間違えて……」
「間違えて?」
「爆破しちゃったの、店……」
「爆破したのか、なるほど……うん?」
思わず首を傾げる。何かの聞き違いではないかと考えたが、心の底から気まずそうなアルと、なんとも言えない表情の仲間達からは嘘を言っている様には見えなかった。
飛鳥は決して戸惑いを顔に出さない様にしながら、チナツとイオリへと顔を向ける。両方の証言を聞いておかなければ公平な判断とは言えない。
ところが風紀委員の二人はアルの発言に対して深く頷いた。残りの風紀委員達もである。
「ええと、本当に店を爆破してしまったのかい?」
「お、お店には私達以外いなかったし、それに一応店長は助け出したわよ!幸い怪我は軽いし……」
「そういう問題じゃないだろ!?店吹っ飛ばしたのは確かだろうが!シャーレの先生、大体こいつらが原因だぞ!」
「あ、あわわわ……!」
「うん、正直僕も弁護の余地がない事に困り果てているところだ」
「先生っ!?」
まさか本当に手違いで店を吹き飛ばすなど誰が想像できるだろうか。ハッピーケイオスであっても、きっと予測できない。恐らく手を叩きながら爆笑するのは必至だ。
しかしそのケイオスから伝えられたアビドスの真実を知った今となっては、便利屋68の存在をみすみす風紀委員に渡せなくなっている。飛鳥は自分でも誤っていると思いながらも、彼女達を庇う選択肢を選んだ。
「確かに、便利屋68はとんでもない事をした。正直僕でも庇いきれない」
「うんうん、その通りだ」
「けれど処分をするのは君達風紀委員ではない。アビドスの生徒達に任せてもらえないだろうか?」
「うんうん、うん!?急に何を言い出す!」
イオリが当然の反応を返してくる。話の流れから考えれば、便利屋を彼女達に引き渡すのが道理と言えるだろう。
飛鳥としてはまだアル達にはいなくなられては困るのだ。何しろ敵の目論見が明らかになってしまった以上、戦力は多い方がいい。アルが店を爆破する直前に仲間達と今後の方針を話していたと言うのならば、アビドスになんとかして力を貸す様仕向ける事も可能なのだ。
まだ風紀委員に対して言い返せる材料は幾つでもある。ペンは剣よりも強し、なんとかしてこの場を納める他にない。
「火宮さん、以前君と話した際に君は他学区での活動はあくまでも規則違反者を捕らえるという風紀委員の公務に過ぎないと説明したね?」
「ええ、その通りです。便利屋68に関してはゲヘナの学区から脱走した生徒達であり、優先度は高いと言えるでしょう」
「けれどそれは、便利屋が何もしでかしていない状態での話だ。彼女達はアビドスの学区内で破壊行為を働いた、れっきとした犯罪者なわけだ」
「ですので……」
「学区内で起きた騒動は、あくまでも学区を治める生徒達によって取り仕切られるべきではないかと僕は思う。その為に学区というものがあるはずだ」
「……」
「待て待て!我々は公務の為にやってきているんだ。なら、少なくとも逮捕までは正当な理由があるはずだろう!?」
「なら、予めアビドスの生徒達にその旨を伝えるべきだ。これこれこの様な事情があり、学区内での戦闘行為を容認しろと。銀鏡さん、君は実際その通りにしていない。であれば、こちらからすれば立派な学区内での違法行為となる」
頭をフル回転させながら、飛鳥は同時に風紀委員達の異様なまでの構成員の数に疑問を抱いた。
便利屋68を危険と判断するにしても、異様なまでの部下をイオリとチナツは引き連れている。軍団、という言葉が相応しいほどに。
便利屋との戦闘を見越している?それにしても多い。まるで、他学区他学区との武力衝突まで考慮していたかの様だ。
「火宮さん、銀鏡さん、一つ質問がある。君達は何故そんな大所帯でやってきたんだい。まるで……戦闘を行う事を前提としていた様だ。便利屋達を制圧するのにそれだけ必要だったという事でいいのかな?」
「──そう受け取っていただいて、構いません」
「本当かい?僕にはまるで、アビドスへ強引に攻め入ろうと考えていた様に見えて仕方がないよ。事前に一切の連絡が無いのも、要件を済ませたら即座に撤収するつもりだったからかい?尚更、僕達は正当性について改めて議論する必要がある」
アビドスの生徒達がやってこない限りは、飛鳥の言葉は全て屁理屈として切り捨てられかねない。だがチナツの反応には手応えが感じられ、彼はそこを一気に突き詰め様と試みる。
「僕は一応、政治というものについてもある程度理解しているつもりだ。火宮さん、教えて欲しい。君達は本当に便利屋を……いいや、便利屋だけを狙うつもりだったのかな?」
飛鳥の問いかけにイオリは何の事やらと首を傾げ、チナツは口をつぐむ。それぞれの反応から、どうやら二人は別々の説明を受けてここへやってきた様だ。
飛鳥はアルをチラリと覗き見て、それから穏やかな声色で答えた。
「君達は立派な破壊活動を行ったが、少なくとも僕は今風紀委員会に聞かなければならない事がある。味方でもないし敵でもない、わかるね?」
「あ、あう……はい」
「そこから動かないで欲しい、もう少ししたらアビドスの面々が到着するだろうから。……さて火宮さん、僕の知る君は他人からの問いかけに対して言葉を詰まらせる様な生徒ではない、と認識しているつもりだ。答えられないのか、それとも答えてはならないのか」
『……飛鳥=R=クロイツ先生。流石は大人というところでしょうか。そこまで言い当てるとは』
答えたのはチナツではなく、彼女が懐から取り出した端末から表示された映像に映る少女のものだ。
映像はすぐに立体的なものとなり、飛鳥の前に現れる。見慣れない少女だが、チナツやイオリの上司にあたる存在だという事は咄嗟に理解できる。
「部隊の指揮を取っているのは君だね?自信ありげに登場したのなら、納得のいく説明をしてくれる事を期待するよ」
『まずは市街での戦闘が発生してしまった事に関しては、謝罪しますね。私は"平和的解決”を期待したのですが、どうやら現場で早とちりしてしまった様で』
「あ、ま、待ってアコちゃん!ちょっとしたトラブルというか、もう少しスマートに片付けるつもりだったというか……」
『起きてしまったものはまあ仕方ありません。我々の過失である事は確かですから。ですが先生、我々の行動はゲヘナに在籍する生徒として、危険分子が他の学区にて犯罪行為を働く事を防ぎたいが為の武力行使であるという点はご留意いただきたいのです』
少女は一拍置いて、
『失礼しました。私は風紀委員会の行政官、天雨アコです。お会いできて光栄です、飛鳥先生』
タチが悪いな、と飛鳥は更に頭を回転させ始める。恐らくアコは話術で人を丸め込むのに慣れている、そういう表情をしている。
武力ではなく政治力。時には実力行使よりもテーブルの上での話し合いが主導権を掌握するものだ、
「天雨さん、君達の言い分は理解している。だが僕が聞きたいのはそこではなく、不必要な武力についてだ。あまりにも多すぎる。誰との戦闘を想定していたのか、やましい事がなければ教えて欲しい」
『便利屋68はこれまでに自分達の『事業』で多くの損害を叩き出し、ゲヘナから逃亡した集団です。ならばこちらもそれ相応の準備をしたまでです』
「それならば、連絡の一つでも入れるのが礼儀じゃないかな。指揮を取る立場であるならば、風紀委員会という組織が治安維持を理由にして他学区で無断に武力を行使し、更に店舗や公共物に被害を与えるなど、どんな誹りを受けるか容易に想像できるはずだ」
バチバチ、と二人の間で稲妻が走る。互いに一歩も退こうとせず、淡々と言葉を交わす様にイオリは勿論、チナツも、便利屋の面々でさえも固唾を飲んで見守る他にない。
ただ一人、アルの脇を通り過ぎてカヨコだけが飛鳥の隣へと立った。何事かと眉をひそめる彼に対して、
「先生、アコの言葉は無視した方がいい。ロクな事を話さない」
『あら、カヨコさん。てっきり弾丸を喰らってその辺りに倒れているものかと』
「はぁ……先生、良い?彼女は絶対に非効率的な事はしない。これだけの手下を引き連れる意味は、多少ゴリ押しても目的を達成できれば良いワケ」
「ゴリ押しても達成したい目標がある、と言いたいのかい」
「……アコ、さっさと先生に説明しなよ。そっちの方が手っ取り早い」
カヨコが心より呆れた声色で返すと、アコは目を細めた。どうやら以前より顔見知りの様だが、とてもではないが友人の関係性には見えない。並々ならぬ確執があるのだと飛鳥は察しつつも、決して口にはしなかった。
『飛鳥先生、度々の非礼、重ねてお詫びします。ですが全ては先生の為に行っているのだと、知っていただきたいのです』
「僕の……?」
『はい。何故なら我々風紀委員会がこのアビドスへやってきたのは、飛鳥先生を保護する為なのですから』
飛鳥を保護する事が、風紀委員会の目的。それに飛鳥は疑わしい視線を投げかけ、カヨコはため息で返す。
「はぁ~~!!!人様の学区で撃ち合っておいて、何が保護よッ!!」
一瞬の静寂を突き破るかの様に怒号が飛ぶ。飛鳥を守る様にして、アビドス対策委員会の面々が遂に到着したのだ。先陣を切ったセリカがアサルトライフルを片手に憤怒の形相でアコへと怒鳴りつけ、続いて同じく怒り顔のシロコとノノミが続く。
ホシノの姿は無い。飛鳥の脳裏にケイオスの言葉がよぎるものの、それよりも優先すべきはアコだ。
「ん、先生を保護する必要性がわからない。アビドスで間に合っている」
『いいえ、間に合ってなどおりません。シャーレ、大人が率いる独立組織とチナツの資料には書いてありますが、キヴォトスには多くの危険が潜んでいるのはご存知のはずです。であるならば、治安維持を主とする我々風紀委員会には、シャーレを危機から守るべく保護する義務があると言って良いでしょう。そう、たとえばトリニティの様な敵対者から』
「なんて、厚かましい言い方をするのでしょう……!先生、こんな方々の話を聞いてはいけませんよ!」
『十六夜ノノミさん、強気な事を言うのは別に構いませんが――――自分達が置かれている状況、果たして理解できているのでしょうか?イオリ、チナツ、手筈通りに』
その言葉に応じて、無数の足音が様々な方向から聞こえてくる。ギョッとした対策委員会と、それに巻き込まれる形で便利屋68は飛鳥を中心にして円陣を組んで身構えるが、あっという間にぐるりと彼らを取り囲む様に、アコに送り込まれた風紀委員軍団が現れた。
多勢に無勢などという言葉では済まない。まさに圧倒的な兵力差を前にして、流石にシロコ達も苦々しい表情を浮かべずにはいられない。
『さぁ、どうでしょうか飛鳥先生。私の要求を飲んでいただけますか?』
「先生!あんな奴の言葉、真に受けたら駄目よ!どうせ保護とか言いながら、監禁でもするのよ!」
「そ、そうよそうよ先生!」
「便利屋ァ!状況証拠から判断して、柴関ラーメン吹き飛ばしたのはアンタらでしょ!デカい顔すんな!!」
「ひぃ!ええとそれには色々理由があってね……!?」
対策委員会と便利屋の即席チームで果たして風紀委員に勝利を得られるか、飛鳥はすぐにノーだと判断した。たとえ全員が精鋭だったとしても数の暴力を前にして、無傷で勝ち残る事など出来はしない。何より本当の敵は風紀委員ではなく、カイザーコーポレーションなのだ。
飛鳥は決意と共に、まず目の前に立つシロコの肩に手を置いた。
「砂狼さん、もう良い」
「先生?」
「天雨さん、君の提案を受けよう。君達の下につけば、この場は収めてくれるんだね?」
『先生……!なんて賢い選択なのでしょうか。物わかりが良くて助かります!』
「ちょっ」
「ええ!?」
「本気なの、先生!?」
飛鳥は円陣を抜けると、両手を挙げて降参のポーズを取りながら風紀委員達の前へと進み出た。これにはアコも満面の笑みを浮かべ、チナツは僅かに表情を曇らせる。
衝撃を受けているのは対策委員会と便利屋だ。飛鳥が取った選択に、全員が驚愕の表情を浮かべていた。
そうした反応を全て確認した上で、飛鳥はピタリと足を止める。ちょうど敵と味方、その中間に佇む形で停止したアコに対して指を三本立てた。
「今度は僕から提案しよう。三つだ、三つ飲んでくれたら僕は風紀委員会にこの身を明け渡す」
『……良いでしょう、聞くだけ聞いてあげます。判断はそれからで』
「一つ、僕が今受けているアビドスからの依頼、廃校の阻止を君達が担当する事。
二つ、今後シャーレに舞い込んでくる依頼も、僕と風紀委員で受ける事。
三つ、便利屋は連れていかない事。
簡単な三つだとは思わないかな」
『ご冗談でしょう?まさか、そんな頼みを私が受けるとでも?』
「いや、受けられない無理難題を言ってみただけだ。つまりまぁ、意思表示になる。僕はアビドスからの依頼を完遂していない。加えて言えば便利屋68の起こした被害に対する追求も完全とは言い難い。つまり、風紀委員からの横暴極まりない要請に対して、シャーレの飛鳥=R=クロイツは断固拒否するよ」
飛鳥はハッキリと言い切ると共に、掌を銃口の様にアコへと差し向ける。僅かに風紀委員達がざわめき、武器を構えるべきか判断しかねている内に彼は更なる動きを見せた。
「天雨さん、もしも君達が強引な手段で迫ろうと言うのならば、僕もそれ相応の抵抗をするつもりだ」
『……チナツから聞いていますよ、貴方は戦う手段を持たない』
「本当に?火宮さんが僕の全てを知っていると、君は断言できるのかい?例えば自分では戦えないというのは嘘で、実際はこの場にいる全員を、赤子の手を捻る様に倒せるとしたら?」
飛鳥の背後で、シロコ達が息を呑むのが聞こえた。その反応も踏まえての、ブラフなわけである。
生徒に対して魔法を使う気などさらさら無い。大人は、先生は予想だにしない攻撃を繰り返すかもしれないという抑止力をちらつかせるという、いわば脅しだ。
『ご冗談を、ブラフでしょう』
「そう思うのなら好きな様に命ずれば良い。もしもブラフでなかった場合、君は兵力を大きく削られた挙句、シャーレの先生に対して攻撃を行おうとし、派手に負かされたという事実だけが残る。自慢じゃないが、僕は加減というものを知らない。何か起きた時の保証はできない、と事前に申告しておこう」
『ッ……』
アコの表情に、初めて苛立ちに近い感情が浮かび上がる。決めあぐねているが、決めあぐねる様に飛鳥も不穏な言葉を撒いている以上当然の反応だ。
天雨アコは飛鳥=R=クロイツという男をよく知らない。チナツの資料を見たと言うが、それは就任直後の暴動鎮圧に関しての記述とシャーレそのものについての情報だけが記されているだろう。ならば、アビドスの生徒達の方がずっと知っているとさえ断じられる。
そこを突き、飛鳥は真実かそうでないかあやふやな物言いで彼女をこれ以上動けなくしようと画策したのだ。
『先生、あまり困らせないでください。そんな話を聞きたくて我々は―――』
「ならお引き取り願おう。シャーレは独立している。何処の庇護も受けないし、便利屋の処遇はアビドスで決める。そちらとしても、最良の選択だとは思わないかな」
『……先生、もう一度言います。ゲヘナへ来てください』
「これは賭けだよ。僕を攻撃するか、しないか。僕は後者に賭けよう。会って間もないが、天雨さんがこれ以上誤った選択はしない生徒だと、僕は信用したいからね」
『っ、馬鹿にしていますか?』
「大真面目だよ。でも、もし僕が君だったらやめておく。あまりにも、分が悪い賭けだからね?」
飛鳥は揺るぎない視線をアコへと向ける。今この場で、証明しようがない事柄についてを追求するなど不可能と言う他に無いだろう。
彼女に残されている選択肢は、最悪の結果以外を選ぶ事なのだ。
「―――――アコ、やめておいた方が良いよ。その賭けには乗らない方が身の為」
声。それは少し離れた位置から、ハッキリと聞こえた。その方向を全員が凝視すると、風紀委員軍団が何者かに対して一斉に左右へ立ち退き、道を空けている。
カツカツ、と甲高い靴音。続いてズルズル、と何かを引きずる音。
「目を離した隙に、独断で動くとはね。よくもまぁこんな大人数を」
『い、いい、委員長!?』
靴音がピタリと止まる。現れたその姿を目にして、誰もが緊張感に体を強張らせた。
その少女の体格は、とても小さい。だが尋常ではない威圧感を全身から放ち、触れる事さえ許されないだろう。腕には風紀委員の腕章が巻かれている。軍団が迷いなく道を譲った事から、畏れに近い感情を抱いているのがわかる。つまりはアコと同等か、それ以上の地位に存在しているのだ。
鋭い視線がまずはアコを射抜き、次に飛鳥へと注がれる。
「貴方が、飛鳥先生。思っていたよりも……若いのね。イオリ」
「は、はいぃ、委員長!」
「ここへ来るまでに不審者を見つけたわ。拘束しておきなさい」
委員長。そこで飛鳥は遅く、少女の正体を理解した。
「君が風紀委員長、空崎ヒナ」
「ええ、そうよ飛鳥先生。ところで、この不審者は貴方の知り合いだったりする?」
うんざりした口調でヒナは、先程まで引きずっていたモノを飛鳥の足下へと放り投げる。一体誰なのかと視線を落とし、即座に彼は目を剥いて驚き、絶句した。
「や、やぁ飛鳥君。この女の子怖いねぇ、僕捕まっちゃったよ」
「ケイオス……!?」
飛鳥を下ろし、くつくつと笑いながら別れたはずのケイオスは全身をグルグル巻きにされた挙句顔にこれでもかというほど殴打された跡が残っている。無残という他に無いだろう。
「貴方の知り合いなのね。私を車で轢こうとしたから、とりあえず動けない様にしたわ。さて、それじゃあ聞かせてもらおうかしらアコ」
『あ、あのですね、その、あの……』
「私がいない間に、何をしていたの?」
ヒナの囁く様な、けれどぞっとする声色は瞬く間に空気を飲み込んでいく。それはアコに対して優勢であった飛鳥でさえ、例外ではなかった───。
多分アコと飛鳥の相性最悪だと思います